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2020
06.14

カーマ・スートラKâmâ Sutrâ

Michel Polnareff Kâma-Sûtra


ミッシェル・ポルナレフMichel Polnareffは約2年半、フランスの田舎町の小さなホテルで隠遁生活を送り、前回ご紹介した「グッドバイ・マリールーGoodbye Marylou」を作った訳ですが、そのあとポルナレフはパリのロイヤルモンソーホテル l'hôtel Royal Monceauに800日以上滞在して「カーマ・スートラKâmâ Sutrâ」を作曲し同名のアルバムを翌1990年にリリースしました。滞在が長引いたのは作曲のためのみならず白内障が進み失明に近い状態だったためでもありました。
この曲は、ポルナレフがホテルのバー:L'Aquariusで歌を録音し、バックバンドはロンドンのアビーロード・スタディオで録音し、ミキシングして作られたそうです。
「カーマ・スートラKâmâ Sutrâ」(サンスクリット語: Kāma Sūtra、कामसूत्र)とは、4世紀~5世紀にヒンズーの聖職者ヴァーツヤーヤナVatsyayanaによって著された古代インドの聖典(性典)です。古来インドでは、ダルマ(法)、アルタ(財)、カーマ(愛)が人生の三大目的とされ、それぞれを追求するための教科書である、ダルマ・シャーストラ、アルタ・シャーストラ、カーマ・シャーストラが複数作られました。「カーマ・スートラ」は1000編におよぶ現存するカーマ・シャーストラのなかで、最も古く重要な文献です。
ポルナレフのこの曲は、「カーマ・スートラ」の内容をモチーフとしているというより、「カーマ・スートラ」に記されたさまざまな体位のまま千年ものあいだ静止している、カジュラーホーKhajuraho寺院群のミトゥナ像Mithunaのイメージに近い気がします。



Kâmâ Sutrâ    カーマ・スートラ
Michel Polnareff ミッシェル・ポルナレフ
 

Quand la poussière aura effacé nos pas
Que la lumière ne viendra plus d'en bas
Ceux qui viendront visiter notre ici-bas
Ne comprendront pas ce qu'on faisait là. 注1

 塵が僕たちの歩みを消し去ったとき
 光が下方からもう届かなくなったとき
 僕たちのこの場所を訪ねて来る人々は
 僕たちがここで何をしていたのか理解しないだろう。

Mais ça ira ah. Ca ira ah.

 でも、それでいいさーあー。それでいいさーあー。

On nous trouvera
Dans les positions 注2
d'Kâmâ-Sutrâ
En se demandant
Ce qu'on faisait là.

 彼らは僕たちを見出すだろう
 カーマ・スートラの
 体位で
 僕たちがそこでしていたことを
 いぶかしみながら。

Mithuna2.jpg


On nous demand'ra
D'où vient d'où l'on va ?
Etcætera
Et on essayera
De savoir pourquoi.

 彼らは僕たちに問うだろう
 どこからきてどこへ行くのか
 などなど
 そして彼らは試みるだろう
 なぜなのかを知ろうと。

On nous expliquera
D'où vient d'où l'on va
Et on essayera
De savoir pourquoi.

 彼らは僕たちに説明するだろう
 どこからきてどこへ行くのか
 そして彼らは試みるだろう
 なぜなのかを知ろうと。

On nous demandera
encore une fois
Des choses auxquelles
on ne repondra pas.

 彼らは僕たちに問うだろう
 もう一度
 僕たちが答えない
 事柄を。

Mais ça ira ah. Ca ira ah.

 でも、それでいいさーあー。それでいいさーあー。

On nous trouvera
Dans les positions
d'Kâmâ-Sutrâ
En se demandant
Ce qu'on faisait là.

 彼らは僕たちを見出すだろう
 カーマ・スートラの
 体位で
 僕たちがそこでしていたことを
 いぶかしみながら。

Mithuna3.jpg


On nous demand'ra
D'où vient d'où l'on va
Etcætera
Et on essayera
De savoir pourquoi.

 彼らは僕たちに問うだろう
 どこからきてどこへ行くのか
 などなど
 そして彼らは試みるだろう
 なぜなのかを知ろうと。

Quand la poussière aura effacé nos pas
On dira de nous tout ce qu'on voudra
Et en parlant de ce qu'on ne connaît pas
On nous dira tout ce qu'on n'était pas.

 塵が僕たちの歩みを消し去ったとき
 彼らは僕たちについて好きなことをぜんぶ言うだろう
 そしてあずかり知らぬことをしゃべりながら
 彼らは僕たちに実際の僕たちと違うことをぜんぶ言うだろう。

Mais ça ira ah.
Mais ça ira ah.
Mais ça ira ah.
Ca ira ah.

 でも、それでいいさーあー。
 でも、それでいいさーあー。
 でも、それでいいさーあー。
 それでいいさーあー

On nous trouvera
Dans les positions
d'Kâmâ-Sutrâ
En se demandant
Ce qu'on faisait là.

 彼らは僕たちを見出すだろう
 カーマ・スートラの
 体位で
 僕たちがそこでしていることを
 いぶかしみながら。

Mithuna1.jpg


On nous demand'ra
D'où vient d'où l'on va
Etcætera
Et on essayera
De savoir pourquoi.

 彼らは僕たちに問うだろう
 どこからきてどこへ行くのか
 などなど
 そして彼らは試みるだろう
 なぜなのかを知ろうと。

[注] 
1 onが何度も出てくるが、ceux「彼ら」を指す場合とnous「僕たち」と指す場合とがあり、文脈で判断して訳した。
2 les positions d'Kâmâ-Sutrâ カーマ・スートラ第2章には体位のリストが記載されている。



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2020
06.09

グッドバイ・マリールーGoodbye Marylou

Michel Polnareff Goodbye Marylou


今回は、ミッシェル・ポルナレフMichel Polnareffの「グッドバイ・マリールーGoodbye Marylou」です。1989年にシングル盤がフランスで発売されて大ヒットし、翌90年のアルバム:Kâma-Sûtraにも収録されています。ポルナレフは1985年から1987年にかけて約2年半、スイスとの国境に近いフランスの田舎町のマノワールManoir の小さなホテルl'hôtel Le Manoir de Chaubuissonで隠遁生活を送っていましたが、その間にこの曲を作りました。

ミニテルってご存じでしょうか?フランスで1982年2012年まで普及していた、インターネットの前身のようなビデオテックス用テレテルTeletel 端末のことで、1984年には、従来の電話帳に代わる電話番号検索端末としてモノクロの文字情報のみ表示可能なものが無料で各家庭に配布され、多機能の機種も月極めのレンタルまたは買取で利用可能で、オンラインでの購入、列車予約、株価チェック、電話帳検索、メールボックス作成、チャットなどさまざまに活用されました。 (→参照 ) ミニテルローズminitel rose という出会い系チャットサービスのようなものもあり、この曲はそれがテーマのようです。通信料は一分50円位だったそうで、一晩中やっていたら相当かかったんじゃないでしょうか。
下はそのうちの一つ、3615ULLA



「ハロー・メアリー・ルーHello Mary Lou」(作詞・作曲:Gene Pitney / Cayet Mangiaracina)という似た名前のアメリカの曲があります。1960年にジョニー・ダンカンJohnny Duncanが歌い、翌1961年にリッキー・ネルソンRicky Nelsonが歌いヒットした曲ですが、相手の女の子はこの名前をIDにしたのかな。



Goodbye Marylou   グッドバイ・マリールー
Michel Polnareff   ミッシェル・ポルナレフ


Quand l´écran s´allume, je tape sur mon clavier 注1
Tous les mots sans voix qu´on se dit avec les doigts
Et j´envoie dans la nuit
Un message pour celle qui
Me répondra OK pour un rendez-vous 注2

 ディスプレーが作動すると、僕はキーボードに打ちこむ
 声なしに指で語り合う言葉をすべて
 そして夜間に送る
 ひとつのメッセージを彼女に
 彼女はデートはOKだと僕に返事してくれるだろう

minitel2.jpg


Message électrique quand elle m´électronique 注3
Je reçois sur mon écran tout son roman 注4
On s´approche en multi
Et je l´attire en duo
Après OK, elle me code Marylou 注5

 彼女が僕に電子通信するとメッセージは電気信号で伝わる
 僕はディスプレー上で彼女の物語をすべて受け取る
 多数の人々がたがいに近づき
 僕は彼女を引き寄せてペアになる
 OKのあと、彼女は僕にマリールーとサインを送る

Goodbye Marylou, goodbye Marylou
Goodbye Marylou, goodbye

 グッドバイ マリールー、グッドバイ マリールー
 グッドバイ マリールー、グッドバイ

Quand j´ai caressé son nom sur mon écran
Je me tape Marylou sur mon clavier 注6 
Quand elle se déshabille 注7
Je lui mets avec les doigts
Message reçu OK, code Marylou

 僕はディスプレイ上の彼女の名前を撫でてから
 自分でキーボードにマリールーと打ちこむ
 彼女が現れると
 僕は指で彼女に告げる
 メッセージは受け取ったOKだ、コード:マリールーと

minitel1.jpg


Goodbye Marylou, goodbye Marylou
Goodbye Marylou, goodbye Marylou
Marylou goodbye, Marylou goodbye

 グッドバイ マリールー、グッドバイ マリールー
 グッドバイ マリールー、グッドバイ マリールー
 マリールー グッドバイ、マリールー グッドバイ

Quand la nuit se lève et couche avec le jour 注8
La lumière vient du clavier de Marylou
Je m´envoie son pseudo 注9
Mais c´est elle qui me reçoit
Jusqu´au petit jour, on se dit tout de nous

 夜に起きて日の出とともに眠りにつく
 マリールーのキーボードから光がやってくる
 僕は彼女の分身を迎え入れる
 だが僕を受け入れるのは彼女だ
 早朝まで、僕たちは自分たちのことをぜんぶ語り合う

minitel4.png


Quand l´écran s´allume, je tape sur mon clavier
Tous les mots sans voix qu´on se dit avec les doigts
Et j´envoie dans la nuit
Un message pour celle qui
M´a répondu OK pour un rendez-vous

 ディスプレーが作動すると、僕はキーボードに打ちこむ
 声なしに指で語り合う言葉をすべて
 そして夜間に送る
 ひとつのメッセージを彼女に
 デートはOKだと僕に返事してくれた彼女に

Goodbye Marylou, goodbye Marylou
Goodbye Marylou, goodbye...

 グッドバイ マリールー、グッドバイ マリールー
 グッドバイ マリールー、グッドバイ…

[注]
1 ミニテルのécran「ディスプレー」はCRTディスプレイで、clavier「キーボード」はAZERTY配列。
2 rendez-vous「会う約束、ランデヴー」とは、実際に会うのではなく、ミニテルの出会い系サイトでコンタクトすること。
3 形容詞のélectrique「電気の」とは「電気で動く、電気による、電気を生じる」という意味合いで、électronique「電子の」とは「電子の性質を利用した、電子工学の」という意味合い。électroniqueは「電子工学、エレクトロニクス」の意味の名詞にもなるが、ここでは動詞として用いられ、「電子通信する」の意味。
4 roman「小説、物語」。ここでは、通信で語る内容。
5 codeは「記号、符号」で、coderは「コード化する、暗号化する」の意味だが、ここでは、通信上のIDを示すこと。
6 se taper はさまざまな意味で用いられる。ここではtaperのみと同義として訳した。
7 se déshabillerは「服を脱ぐ」ではないだろう。アルゴ辞典Bobにdéshabiller=regarderとあるので、se déshabiller=se regarder「見られる」で、「姿を現す」意味だと判断した。
8 la nuitがse lèveの主語ではない。coucheともに主語を示すとすればjeあるいはon。
9 pseudo「擬・偽・仮」の意を表す接頭辞だが単独で用いられている。「分身、コピー、アバター」といった意味。s'envoyer「(いやいや)引き受ける」という意味で用いられるが、ここでは、本人そのものではないので残念だというニュアンスか。



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2020
05.31

デジャDéjà

Pia Colombo Un soir de mai


前回のピア・コロンボPia Colomboの「五月の夕べUn soir de mai」と同じ盤に入っている「デジャDéjà」という曲にとても惹かれたのですが、歌詞がどうしても見つからず、なんとか自分で聴き取ってみました。元のフランス語歌詞の情報をお持ちの方、コメントください。聴き直して確認できたら訂正いたします。
1965年。作詞・作曲:ジャン=ピエール・ランJean-Pierre Lang / コレット・シュヴロColette Chevrot。 「すでに」という邦題で歌われていますが、バルバラの「ア・ペーヌÀ peine」lの場合と同様、déjà は文脈のなかで働く言葉で、歌詞のなかではさまざまな意味合いで用いられていて、単独では日本語に置き換えにくい言葉なので、原題の仮名書きにいたします。déjà-vuは「既視感」よりも「デジャヴュ」のほうが通じますしね。



Déjà      デジャ
Pia Colombo ピア・コロンボ


Déjà à quoi bon s'étonner, à quoi bon regretter
Quand on sait bien déjà
Que les mots nous trahis
Que les amours finis
Et qu'on est toujour seule, et qu'on est toujour seule, et qu'on est toujour seule

 いまさら動揺して何になる、悔いて何になるの
 すでによく承知しているから
 言葉は私たちを裏切り
 愛は終わったと
 そしてずっとひとりぼっち、ずっとひとりぼっち、ずっとひとりぼっちだと

Déjà il nous faut oublier
Tous ces mots familiers désaprendre déjà
Regarde la tendresse
Au rêve les caresses
Et se retrouver seule, et se retrouver seule, et se retrouver seule

 もう私たちは忘れなきゃ
 この懐かしい言葉をすべてもう忘れ去らなきゃ
 優しさが目に浮かび
 抱擁を夢みる
 そして気がつけばまたひとりぼっち、またひとりぼっち、またひとりぼっち

Déjà1


{Refrain:}
Pourtant pourtant on s'était dit pourtant pourtant
Adieu c'est que s'aime tant
Pourtant pourtant on s'était dit pourtant pourtant
On s'aimera longtemps

 だけどだけど 言い合ったわね だけどだけど
 さよならを それはとても愛し合っているということ
 だけどだけど 言い合ったわね だけどだけど
 ずっと長い間愛し合うだろうと

Déjà je m'éloigne de toi
Je m'en vais pas à pas
À t' oublier déjà
Je ne suis plus qu'une ombre qui chancelle et qui sombre
De se retrouver seule, de se retrouver seule, de se retrouver seule

 もう私はあなたから遠ざかっている
 一歩一歩
 もうあなたを忘れていく
 私はもはや揺れて沈む影にすぎない
 気がつけばまたひとりぼっち、またひとりぼっち、またひとりぼっち

Déjà2


Pourtant pourtant on s'était dit pourtant pourtant
Adieu c'est que s'aime tant
Pourtant pourtant on s'était dit pourtant pourtant
On s'aimera longtemps
Longtemps longtemps longtemps longtemps

 だけどだけど 言い合ったわね だけどだけど
 さよならを それはとても愛し合っているということ
 だけどだけど 言い合ったわね だけどだけど
 ずっと長い間愛し合うだろうと
 ずっとずっとずっとずっと


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2020
05.28

五月の夕べUn soir de mai

Pia Colombo Un soir de mai


五月生まれの私。でも今年は誕生日が来たという実感もないうちに、もうすぐ五月は終わります。急いで出しましょう、五月の曲を。ピア・コロンボPia Colomboの「五月の夕べUn soir de mai」です。シャルル・アズナヴールCharles Aznavourの「五月のパリが好きJ'aime Paris au mois de mai」のようなうきうきする曲ではなくて、引きこもりの五月向きかな? 作曲・作詞:モーリス・ファノンMaurice Fanon。1965年にEP盤でリリース。



モーリス・ファノン




Un soir de mai 五月の夕べ
Pia Colombo  ピア・コロンボ


Je me souviens 
D’un soir de mai 
Pas bien longtemps 
Que j’avais mis 
Mes chaussons dans les tiens 
Et ton lit dans le mien 
Un soir de mai 
Déjà couchés 
Fini d’aimer 
Et dans tes bras 
Comme une herbe mouillée 
Je me balançais 

 思い出すわ
 ある五月の夕べを
 そんな昔のことじゃない
 私の上履きをあんたの上履きのなかに置いたのは
 そしてあんたのベッドは私のベッドのなか
 ある五月の夕べ
 もう眠っていた
 情事のあとで
 あんたの腕のなかで
 濡れた草のように
 私はゆらゆらしてた

Un soir de mai1


Deux messieurs 
Sont entrés dans la chambre 
Deux messieurs 
Le chapeau de travers 注1
Deux messieurs 
Sans frapper ils entrèrent 
La botte la première 注2 
La police et son clerc 
Deux messieurs 
Je vois qu’ils te frappèrent 

 二人の男が
 部屋に入って来た
 二人の男
 帽子を斜にかぶって
 二人の男
 彼らはノックもせずに入って来る
 まずは蹴りを入れる
 警官とその手下
 二人の男
 彼らがあんたを殴るのを見る

Et sur tes lèvres 
La dernière baiser
Que tu m’as fait 
Sans m’embrasser 
les menottes aux mains 
et tes yeux dans les miens
Et dans mon cœur
Ce sourire en pleurs
Que tu avais
Quand ils t’ont emmené
Comme un drapeau mouillé
qui se balançait

 そして唇で
 あんたが私にした
 最後のキス
 私を抱かず
 両手に手錠で
 私の目のなかにあなたの目
 私の心のなかに
 あんたの浮かべた
 あの涙ぐんだ微笑み
 彼らがあんたを連れ去ったとき
 揺れる
 びしょ濡れの旗みたいだった私

Des messieurs
Sont entrés dans la danse 注3
Des messieurs
Le regard de travers
Des messieurs
Le robe et la rapière
La croix et la bannière
La sentence et son clerc
Des messieurs
Je crois qu’ils te tuèrent

 男たちが
 ことを始めた
 男たち
 猜疑のまなざし
 男たち
 衣装と長剣
 十字架と旗
 判決とそのしもべ
 男たち
 彼らはきっとあんたを殺す

Un soir de mai2


Si tu en reviens
Oh ! Je te le promets
Je te ferai
Un très beau soir de mai
Mes chaussons dans les tiens
Et ton lit dans le mien
Un soir de mai
Déjà couchés
Fini d’aimer
Et dans tes bras
Comme une herbe mouillée
Je me balancerai.

 もしあんたがそこから戻って来るなら
 おお!私はあんたに約束する
 あんたに用意するわ
 とっても美しい五月の夕べを
 私の上履きをあんたの上履きのなかに
 そしてあんたのベッドは私のベッドのなか
 ある五月の夕べ
 もう眠っていて
 情事のあとで
 あんたの腕のなかで
 濡れた草のように
 私はゆらゆらするわ

{注]
1 de travers「斜めに」ここでは帽子を斜めにかぶっているということだが、2節あとの Le regard de travers「斜めの視線」とは「猜疑のまなざし」の意味。
2 botteは複数の意味がある。「束」「長靴、蹴ること」「(フェンシングの)一突き、不意の攻撃」
3 entrer dans la danse「ダンスに加わる」以外に「(行動に)参加する。(戦闘などを)始める]の意味も。




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2020
05.22

上海からバンコックまでDe Shanghaï à Bangkok

Georges Moustaki De Shanghaï à Bangkok


ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki が作詞・作曲した「上海からバンコックまでDe Shanghaï à Bangkok」は、ムルージMouloudjiが1969年に作った「サンフランシスコの6枚の枯葉Six feuilles mortes de San Francisco」と同様、長く船旅を続けてきた男がパリの恋人のところに戻るという内容ですが、こちらのほうが古いんです。1961年。同名のアルバムに収録されています。
ムスタキの歌詞はたいていは易しくて訳しやすいのですが、これは結構てこずりました。ちょっと長旅をした気分です。



バルバラBarbaraも歌っています。



イヴ・モンタンYves Montand も


De Shanghaï à Bangkok 上海からバンコックまで
Georges Moustaki     ジョルジュ・ムスタキ


De Shanghaï à Bangkok sur une coque de noix 注1
Sydney à Caracas les jours qui passent sans toi 注2
Traînant de port en port l'ennui à bord le bourdon 注3
Je repense au retour dans quelques jours c'est long
C'est pour toi ma jolie que je suis sorti vainqueur
De ces îles perdues où l'on tue où l'on meurt
J'ai jeté par dessus bord tous mes remords ma conscience
Pour sortir victorieux du cap de désespérance 注4

 上海からバンコックまで小舟に乗って
 シドニーからカラカスまで君なしに日々は過ぎ去る
 港から港へと憂鬱を引きずり船上では暗い気持ちを引きずり
 僕はここ数日間をさかのぼって思い返す、それは長かったと
 ひとが殺したり死んだりしたこの辺鄙な島々から
 僕が勝ち残って出て行ったのは可愛い人、君のためだ
 後悔や良心の呵責はすべて船から投げ捨てた
 絶望峰から意気揚々と去るために

World_map1.gif


Je t'avais promis en te quittant
D'aller conquérir un continent
De piller toute la fortune de la terre
Il y en aurait tant qu'on n'en saurait que faire
Je t'avais promis en te quittant
Des pièces d'or pour ton bracelet
Je crois que c'est raté

 君のもとを去るときに約束したね
 大陸を征服しに行くと
 地上のすべての富を奪うと
 やるしかないものがたくさんある
 君のもとを去るときに約束したね
 君のブレスレットのための金のかけらを
 それはうまく行かなかったようだ

De Shanghaï à Bangkok parmi les docks j'ai flâné
Les filles de couleur m'offraient leur cœur à aimer 注5
Quand j'avais trop le noir j'allais les voir et pourtant 注6
C'est toi qui as mon cœur jolie fleur que j'aime tant
En croyant m'enrichir j'ai vu périr mes dollars
Aux dés ou au poker jeux de l'enfer du hasard 注7
Quand le piano à bretelles jouait le fameux air que t'aimais 注8
Je ne suis pas mélomane mais le vague à l'âme me prenait 注9

 上海からバンコックまでドックのあいだを僕はぶらつく
 皮膚の色の違う娘たちは愛してと僕に心を示した
 僕があまりにも暗い気持ちの時には彼女たちに会いに行ったけど
 僕の心を捉えるのは君、僕の愛する美しい花
 リッチになると信じつつ手持ちのカネが消え去るのを見た
 賭博地獄のサイコロやポーカーで
 アコーデオンが僕の好きな有名な曲を演奏しているとき
 僕は音楽マニアじゃないが物悲しい気持ちにさせられる

Shanghaï1


Je t'avais promis en te quittant
De revenir chargé de diamants
De quoi faire pâlir le soleil et la lune
Mais je n'ai que la peau et les os pour seule fortune
Je t'avais promis en te quittant
De pouvoir te mériter
Je crois que c'est raté

 君のもとを去るときに約束したね
 ダイヤモンドを持って帰ると
 それでもって太陽と月を色褪せさせると
 だが僕はなけなしの富として皮膚と骨しか持たない
 君のもとを去るときに約束したね
 君に相応しくなれると
 それはうまく行かなかったようだ

Adieu Shanghaï Bangkok et ma défroque de marin
Car la prochaine escale c'est le canal Saint-Martin 注10
Je n'aurai pour merveille qu'un peu de soleil dans les mains
Mais quand on se retrouvera
Le bonheur qu'on se paiera
Vaudra bien quelques millions de carats
Et je crois que nous serons bien assez riches comme ça

 さらば上海よバンコックよ、そして船乗りの古着よ
 なぜなら次の港、それはサン=マルタン運河だから
 僕は素晴らしいものとしては両手にわずかの陽光しか持たないだろう
 だが僕たちが再会するとき
 僕たちが享受するしあわせは
 何百万カラットにも匹敵するだろう
 そうして僕たちはすごくリッチになるだろうさきっと

Shanghaï2


[注]
1 coque de noix「クルミの殻」とは「小舟」のこと。
2 Caracas 「カラカス」オーストラリアニュー サウスウェールズ州の州都 南米ベネズエラの首都
3 à bord「船上で」bourdon は「巡礼杖」「マルハナバチ」の2義があり、後者はavoir le bourdonの俗語の熟語で「気がめいっている」の意味で用いられる。
4 cap de désespéranceはcap de Bonne₋Éspérance「喜望峰」に対峙させた造語。「絶望峰」と訳しておく。
5 de couleur「(白人ではない)有色人種の」
6 noir「陰鬱な思い」
7 dé「さいころ」。 jeux de l'enfer du hasardは、jouer un jeu d'enfer「大ばくちを打つ」およびjeu de hasard「運勝負、賭博」を合わせたような表現。
8 piano à bretelles「ポータブル・ピアノ」とは、accordéon「アコーデオン」のこと。
9 vague女性名詞は「波」。男性名詞は「あいまい、どっちつかず」。avoir du vague à l'âme「物憂い心地である」
10 le canal Saint-Martin「サン=マルタン運河」はパリ市内を流れる運河。



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2020
05.16

夢やぶれてJ'avais rêvé d'une autre vie

Les Misérables


「レ・ミゼラブルLes Misérables」でエポニーヌÉponine役が歌う「私の物語Mon histoire」をすでにご紹介していますが、今回は、ファンティーヌFantine が死の間際に歌う「夢やぶれてJ'avais rêvé d'une autre vie」です。

1980年に発売されたミュージカル・アルバムのローズ・ ローランRose Laurens



2012年の映画のアン・ハサウェイAnne Hathaway は英語版のI dreamed a dream。




J'avais rêvé d'une autre vie 夢やぶれて
Rose Laurens          ローズ・ ローラン


J'avais rêvé d'une autre vie
Mais la vie a tué mes rêves
Comme on étouffe les derniers cris
D'un animal que l'on achève

 別の人生を夢見ていたのに
 運命が私の夢を壊してしまった
 仕留めた動物の
 最後の叫び声を押し殺すように

J'avais rêvé d'un cœur si grand
Que le mien puisse y trouver place
Mais mon premier prince charmant
Fut l'assassin de mon enfance

 私の心が住まえるような
 とても大きな心の主を夢見ていた
 でも私の最初のすてきな王子さまは
 私の幼年時代の抹殺者だった

Rose Laurens1


J'ai payé de toute mes larmes
La rançon d'un petit bonheur
À une société qui désarme
La victime, et pas le voleur

 私はささやかな幸せの代価を
 すべて涙で支払った
 盗むやつからではなく犠牲者から
 武器を取り上げる社会に

J'avais rêvé d'un seul amour
Durant jusqu'à la fin du monde
Dont on ne fait jamais le tour 
Aussi vrai que la terre est ronde

 私はたった一つの愛を夢見ていた
 この世の終わりまでも続いて
 だれも経験したことがない
 地球が丸いのと同じほど真実の愛を

J'avais rêvé d'une autre vie
Mais la vie a tué mes rêves
À peine commencée, elle finit
Comme un court printemps qui s'achève

 別の人生を夢見ていたのに
 運命が私の夢を壊してしまった
 始まるやいなや、人生は終わってしまう
 過ぎ去る短い春のように

Rose Laurens2


J'avais rêvé d'une autre vie
Mais la vie a tué mes rêves
À peine commencée, elle finit
Comme un court printemps qui s'achève

 別の人生を夢見ていたのに
 運命が私の夢を壊してしまった
 始まるやいなや、人生は終わってしまう
 過ぎ去る短い春のように

La nuit, la nuit, je sombre en mon corps
Et je m'abondonne à des sinistres corps à corps
La nuit, la nuit, pour deux pièces d'or
Quand ils font jaillir en moi leur pitoyable effort
Ils ne savent pas qu'ils font l'amour avec la mort

 夜に、夜に、私は自分の体のなかに沈み込み
 いまわしい体対体の行為に身を委ねる
 夜に、夜に、二枚の金貨と引き換えに
 彼らがくだらない努力を私のなかに注ぎ込む時
 奴らは死と愛し合っているとは知らない

[注] faire le tour de qc.「…をすでに見た、経験した」


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2020
05.11

驀地(いつか戻りくる人)La ligne droite

Georges Moustaki Danse


褐色の髪の女性La dame brune」(1967年)は、ジョルジュ・ムスタキGeorges MoustakiがバルバラBarbaraのために作り、二人で歌っている曲でしたが、今回は、1972年にジョルジュ・ムスタキGeorges Moustakiが作詞・作曲して歌い、バルバラBarbaraが、それに答える形で歌詞・曲ともに若干アレンジを加えて歌った、La ligne droiteという曲。形容詞としてのdroit(e)には「まっすぐな」と「右の」という二つの意味がありますが、これは前者で、ligne droiteは「一直線」の意味。漢字一字で表すと「驀」です。二字の「驀地」ももともと同じ意味ですが、読み方は「まっしぐら」(→参照)。邦題をこれにしたのは単なる遊び心ゆえお許しを( /ω)。歌詞内容は「直線コース ligne droiteの終点で君を待ちはしない…さまざまに回り道をしても君がやって来ると分かっている…」と、恋人をひたすら待つ気持ちを表しますので、既存の邦題「いつか戻りくる人」を加えました。気持ちとしては「一直線」なんですよね。

ムスタキのアルバム:Danseに二人の歌が収録されています。このアルバムには、「17歳 17 ans」「ヒロシマ Hiroshima」も入っています。

Barbara Amours incestueuses


そして、バルバラのアルバム:Amours incestueusesにも二人の歌が収録されています。このアルバムにはタイトル曲の「禁断の恋Amours incestueuses」のほか、「ペルランパンパンPerlimpinpin」、「春Printemps」も入っています。

ムスタキとバルバラ



イザベル・ヴァジュラIsabelle Vajraとマチュウ・ロザスMathieu Rosaz



La ligne droite         驀地(いつか戻りくる人)
Georges Moustaki&Barbara ジョルジュ・ムスタキバルバラ


Je ne t'attends pas au bout d'une ligne droite
Je sais qu'il faudra faire encore des détours
Et voir passer encore des jours et des jours
Mais sans que rien ne vienne éteindre notre hâte 注1
 
 直線コースの終点で君を待ちはしない
 まだ回り道をしなきゃならないし
 まだ何日も何日も過ぎて行くのを眺めなきゃないと分かっている
 でも、僕たちの焦る気持ちを消してくれるものとて何も無い

Moustaki La ligne1


Il pleut chez toi, chez moi le soleil est de plomb 注2
Quand pourrons-nous enfin marier nos saisons ?
Quand pourrons-nous rentrer ensemble à la maison ?
Nous avons le temps, mais pourquoi est-ce si long

 僕のところは雨、君のところは灼熱の太陽
 いつ、僕たちの季節を一つにすることができるのか?
 いつ、いっしょに家に戻ることができるのか?
 時間はあるさ、だけどなぜこんなにも長いんだ

Mes habits ont parfois des traces de poussière
Et le parfum fané des amours passagères
Qui m'ont rendu ma solitude plus légère
À l'aube de mes nuits blanches et solitaires 注3

 僕の服には、ときどき埃の跡が付き
 眠れぬ孤独な夜が明けたときに
 僕の孤独をやわらげてくれた
 行きずりの恋の色あせた香りが付く

Et toi mon bel amour, dis moi s'il y a des hommes
Qui t'ont rendu la vie un peu moins monotone
Qui t'aident à supporter l'hiver après l'automne
Et les silences obstinés du téléphone

 そして君、愛しいひとよ、いるのかどうか教えてくれ
 君の人生の単調さを軽減してくれた男たちは
 君が秋の後の冬を耐えるのを
 そして鳴らない電話の執拗な静寂を耐えるのを
 ささえてくれる男たちは

Nous nous raconterons nos triomphes, nos fêtes
Mais comment s'avouer toutes nos défaites
L'angoisse qui nous tient, l'angoisse qui nous guette
Et s'accroche à chaque pensée, à chaque geste

 僕たちの勝利を、僕たちの祝宴を語り合おうよ
 だが、どのように打ち明けるのか、僕たちの敗北をすべて
 僕たちを捕える不安、僕たちを伺い
 個々の思いや、個々の仕草につきまとう不安を

Je sais que tu seras au bout de mes voyages
Je sais que tu viendras malgré tous les détours
Nous dormirons ensemble et nous ferons l'amour
Dans un monde réinventé

 僕の旅路の果てに君がいると分かっている
 さまざまに回り道をしても君がやって来ると分かっている
 一緒に眠り、愛し合おう
 再び生み出した世界で


Barbara et Moustaki La ligne


à notre image...

 私たちの想像で…

Je ne t'attends pas au bout d'une ligne droite:
Tu sais, il faudra faire encore des détours
Et voir passer des jours et des jours
Mais sans que rien ne vienne éteindre notre hâte

 直線コースの終点であなたを待ちはしないわ
 まだ回り道をしなくちゃならないし
 何日も何日も過ぎて行くのを眺めなきゃないと分かっているわ
 でも、私たちのはやる気持ちを消してくれるものなど無い

Il pleut chez moi, chez toi le soleil de plomb 注4
Quand pourrons-nous enfin marier nos saisons ?
Quand pourrons-nous rentrer ensemble à la maison ?

 私のところは雨、あなたのところは灼熱の太陽
 いつ、私たちの季節を一つにすることができるの?
 いつ、いっしょに家に戻ることができるの?

Tes habits porteront des traces de poussière
Et le parfum fané des amours passagères
Qui t'ont rendu parfois l'absence plus légère

 あなたの服には、ときどき埃が付き
 恋人の不在をやわらげてくれた
 行きずりの恋の色あせた香りが付く

Oh, moi, mon cher amour,bien sûr j'ai eu des hommes
Qui m'ont rendu la vie un peu moins monotone
Et m'aident à supporter l'hiver après l'automne

 ああ、私、 愛しいひとよ、むろん男はいたわ
 私の人生の単調さを軽減してくれた男たちは
 私が秋の後の冬を耐えるのを助けてくれる男たちは

On ne s'attend pas au bout d'une ligne droite:
Tu sais, il faudra faire encore des détours
Et voir passer des jours et des jours
Mais sans que rien ne vienne éteindre notre hâte

 直線コースの終点であなたを待ちはしないわ
 まだ回り道をしなくちゃならないし
 まだ何日も何日も過ぎて行くのを眺めなきゃないと分かっているわ
 でも、私たちの焦る気持ちを消してくれるものなど何もない

Nous nous raconterons nos triomphes et nos fêtes
Mais comment s'avouer nos superbes défaites
Nos doutes répétés, nos angoisses secrètes?

 私たちの勝利を、私たちの祝宴を語り合いましょう
 でも、どのように打ち明けるの、私たちの際立った失敗を
 私たちの繰り返された疑惑、私たちの密かな不安を?

Un jour, tu seras au bout de mes voyages
Un jour, tu viendras malgré tous les détours
Nous dormirons ensemble et nous ferons l'amour
Dans un monde réinventé à notre image

 私の旅路の果てにあなたがいると分かっているわ
 さまざまに回り道をしてもあなたがやって来ると分かっているわ
 一緒に眠り、愛し合いましょう
 私たちの想像で再び生み出した世界で


Barbara La ligne1


[注]
1 sans queのあとにrienなどの否定語が続いても、否定の否定ではなく、否定の強調。
2 ciel de plombは「どんよりした空」だが、soleil de plombは「灼熱の太陽」。
3 nuit blanche「眠れない夜」
4 ムスタキはIl pleut chez toi, chez moi le soleil est de plombと歌っていたので、バルバラはIl pleut chez toi, chez moi le soleil de plombと歌ってもいいと思うが、心の風景としてはしとしと雨が降っているほうが合うのか。




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2020
05.08

悦びの甦るまでAttendez que ma joie revienne

Barbara Nantes


バルバラBarbaraの「悦びの甦るまでAttendez que ma joie revienne」は、1963年に創唱し、1964年のアルバム:Dis, quand reviendras-tu?に収録された曲。このアルバムの曲は、「いつ帰ってくるの?Dis, quand reviendras-tu ?」「思い出してTu ne te souviendras pas」[今朝Ce matin-là」「リラの季節Le temps du lilas」「ナントに雨が降るNantes」をすでに取り上げています。ほかの曲も順次取り上げていきましょう。
原題は、直訳すると、「私の悦びが戻るのを待ってください」となります。「悦びが戻る」というのは、「悦びを感じられる心が甦る」ということ。邦題は、「悦びの甦るまで」としました。「涙の乾くまで」をふと思い出したもので…(*´~`*)
以前の恋人との苦しい恋の想い出が消えてくれないから、まだあなたの愛を受け入れられない。だから、私が過去を葬り去り、私の心が癒されて新たな恋の悦びを味わえるようになるまで待って。 …でも、だめなんです。「許して、私が愛しているのはあの人 過去は死のうとしないのよ」で歌詞は終わります。



Attendez que ma joie revienne 悦びの甦るまで
Barbara               バルバラ


Attendez que ma joie revienne
Et que se meure le souvenir
De cet amour de tant de peine
Qui n'en finit pas de mourir

 私の悦びが甦るのを待って
 死に絶えてくれない
 あの苦しい恋の想い出が
 死ぬのを待って

Avant de me dire je t'aime
Avant que je puisse vous le dire
Attendez que ma joie revienne
Qu'au matin je puisse sourire

 私に愛していると言う前に
 私があなたにそう言えるようになる前に
 私の悦びが甦るのを待って
 朝になって私が微笑むことができるのを

Laissez-moi. Le chagrin m'emporte
Et je vogue sur mon délire
Laissez-moi. Ouvrez cette porte
Laissez-moi. Je vais revenir

 行かせて。悲しみが私を連れ出し
 私は妄想の上を彷徨う
 行かせて。この扉を開けて
 行かせて。戻って来るわ

Attendez que ma joie revienne1


J'attendrai que ma joie revienne
Et que soit mort le souvenir
De cet amour de tant de peine
Pour lequel j'ai voulu mourir

 悦びが甦るのを待つわ
 そのために死にたいと思った
 あの苦しい恋の想い出が
 死ぬのを待つわ

J'attendrai que ma joie revienne
Qu'au matin je puisse sourire
Que le vent ait séché ma peine
Et la nuit calmé mon délire

 悦びが甦るのを待つわ
 朝になって微笑むことができるのを
 風が私の苦しみを乾かすのを
 そして夜が私の妄想を静めてくれるのを

Il est, paraît-il, un rivage
Où l'on guérit du mal d'aimer
Les amours mortes y font naufrage
Epaves mortes du passé

 それは、たぶん、浜辺よ
 恋の苦しみから癒される場所は
 死んだ恋はそこで難破して
 過去の遺物となる

Attendez que ma joie revienne2


Si tu veux que ma joie revienne
Qu'au matin je puisse sourire
Vers ce pays où meurt la peine
Je t'en prie, laisse-moi partir

 私の悦びが甦るようにと望んでくださるなら
 朝になって私が微笑むことができるようにと
 苦しみが消える国へ
 お願いよ、私を旅立たせて

Il faut de mes amours anciennes
Que périsse le souvenir
Pour que, libérée de ma chaîne
Vers toi, je puisse revenir

 昔の恋の
 記憶を消し去らなきゃならない
 鎖から解き放されて、
 あなたのもとへ、私が戻って来られるように

Alors, je t'en fais la promesse
Ensemble nous irons cueillir
Au jardin fou de la tendresse
La fleur d'amour qui va s'ouvrir

 じゃ、あなたに約束するわ
 いっしょに摘みに行きましょう
 狂おしい愛の園に
 咲こうとしている恋の花を

Barbara rose
オマージュ・ア・バルバラ


Mais c'est trop tôt pour dire je t'aime
Trop tôt pour te l'entendre dire
La voix que j'entends, c'est la sienne
Ils sont vivants, mes souvenirs

 でも愛していると言うのには早すぎる
 その言葉をあなたが言うのを聞くのも早すぎる
 私が聞く声は、あの人の声
 まだ生きているの、私の想い出は

Pardonne-moi : c'est lui que j'aime
Le passé ne veut pas mourir

 許して、私が愛しているのはあの人
 過去は死のうとしないのよ


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2020
05.01

かわいそうなボリスPauvre Boris

Jean Ferrat Maria


ジャン・フェラJean Ferratは、1966年にボリス・ヴィアンBoris Vian(1959 年没)へのオマージュの曲「かわいそうなボリスPauvre Boris」を作りました。前回の「マリアMaria」と同じアルバムに入っています。ボリス・ヴィアンは、第1次インドシナ戦争(1946~1954)の終盤の時期1954年に、翌55年から始まる第2次インドシナ戦争すなわちベトナム戦争を意識して「脱走兵Le déserteur」を作りましたが、彼自身の歌はラジオでの放送が禁止されて幻の歌となりました。そして、のちに知られるようにはなったけれど世の中はちっとも変わらない。Pauvre Borisというタイトルは、レオ・フェレLéo Ferréの「哀れなリュトブーフPauvre Rutebeuf 」(1955年)を意識したものかなと勝手に思っていますが、今回は「哀れな」じゃ合わない気がして「かわいそうな」にしました。「気の毒な」でもよかったかな…。



Pauvre Boris かわいそうなボリス
Jean Ferrat  ジャン・フェラ


Tu vois rien n'a vraiment changé
Depuis que tu nous a quitté
Les cons n'arrêtent pas de voler
Les autres de les regarder
Si l'autre jour on a bien ri
Il paraît que" Le déserteur "
Est un des grands succès de l'heure
Quand c'est chanté par Anthony 注1
Pauvre Boris

 ほら何も変わっちゃいないんだよ
 君が僕たちの元を去ってから
 バカどもは盗み続け
 ほかの奴らはそいつらを傍観し続ける
 いつかひとが嘲笑ったとしても
 「脱走兵」は、アントニーに歌われて
 時代のヒット曲の一つとなったようだね
 かわいそうなボリス

Pauvre Boris1


Voilà quinze ans qu'en Indochine 注2
La France se déshonorait
Et l'on te traitait de vermine
De dire que tu n'irais jamais 注3
Si tu les vois sur leurs guitares
Ajuster tes petits couplets
Avec quinze années de retard
Ce que tu dois en rigoler
Pauvre Boris

 もう15年だ、インドシナで
 フランスが恥知らずな行為をしてから
 そしてひとは君を蛆虫あつかいした
 君のことをまったくイカさないと言って
 彼らが君の小さな曲を
 15年も遅れて
 ギターに合わせるのを君が見たなら
 それを君は笑うべきだよ
 かわいそうなボリス

Pauvre Boris4


Ils vont chercher en Amérique
La mode qui fait des dollars
Un jour ils chantent des cantiques
Et l'autre des refrains à boire
Et quand ça marche avec Dylan 注4
Chacun a son petit Vietnam
Chacun son nègre dont les os 注5
Lui déchirent le cœur et la peau
Pauvre Boris

 彼らはアメリカに探しに行った
 ドルを稼げるスタイルを
 ある日は彼らは賛歌を歌った
 ほかの者たちは酒盛りの歌を歌った
 そしてディランとともにそれが始まったとき
 各々が自分の小さなヴェトナムを
 各々が自分の黒人を持ち
 その骨は彼らの心と皮膚を引き裂く
 かわいそうなボリス

Pauvre Boris2


On va quitter ces pauvres mecs 注6
Pour faire une java d'enfer
Manger la cervelle d'un évêque
Avec le foie d'un militaire
8aire sauter à la dynamite 注7
La bourse avec le Panthéon 注8
Pour voir si ça tuera les mythes
Qui nous dévorent tout du long
Pauvre Boris

 僕たちはこれらの哀れな男たちを離れる
 地獄のジャヴァを演奏し
 司教の脳みそを
 軍人の肝臓といっしょに食らい
 ダイナマイトで
 パンテオンもろとも財布を吹っ飛ばすため
 ずっと僕たちをむしばみ続ける
 神話をそれが滅ぼすのかどうかを見るため
 かわいそうなボリス

Tu vois rien n'a vraiment changé
Depuis que tu nous a quitté

 ほら何も変わっちゃいないんだよ
 君が僕たちの元を去ってから

[注]
1 Anthony=Richard Anthony「リチャール・アントニー」は、「脱走兵Le déserteur」をカヴァーした歌手のひとり。彼のカヴァーが特にヒットしたかどうか不明。→動画
2 quinze ans 「15年」この曲が作られた1966年の15年前、すなわち1951年に「ヴィンイエンの戦い」で新兵器ナパーム弾が投下されている。6行あとのquinze années「15年」は、「脱走兵Le déserteur」が作られた1954年の15年後だとすれば1969年で、この曲より未来のこととなるが、後年くらいの意味合いでとらえよう。anは年数の単位で、annéeは特定の1年間を言う語であったが、anに代わり年数の単位とされるようになってきた。音調にも左右されて用いられる。
3 tu n'irais jamaisは、動詞aller「行く」を独特な意味合いで用いている。日本語の「イケる、イカす」が「行ける、行かす」から派生したのと同様。
4 Dylan=Bob Dylan 「ボブ・ディラン」 代表作「風に吹かれてBlowin' in the Wind」(1963年)は、アメリカ公民権運動の賛歌と呼ばれるが、ヴェトナム戦争への反戦歌でもある。 çaはそうしたディラン風プロテストソングを言う。
5 os「骨」(発音:オス)は、複数形(綴りは同じ、発音:オ)で「遺骨」の意味にもなる。
6 最後のパラグラフは、表現内容が理解しづらいが、ces pauvres mecs 「これらの哀れな男たち」すなわちボリス・ヴィアンやボブ・ディラン等以後の展開を示している。彼らのプロテスト精神を継承しつつ、政治行動や人種、性別、セックス、薬物使用に対する社会的態度を盛り込み価値観の転換をもたらした、ビートルズを筆頭とするロック・ミュージックを言うのか?しかし、フェラ自身がこの曲のアルバムのタイトルである「マリアMaria」、そして「夜と霧Nuit et brouillard」といった、より強い反戦のメッセージの曲を歌っている。
7 faire sauter la banque(ゲームで)「胴元(親)を破産させる」という熟語のla banque「銀行」をla bourse「財布」に替えたと思われる。
8 panthéonは一般名詞としては、ギリシャ語由来の語で、古代ギリシャ・ローマで神々を祀った「万神殿」。Pが大文字の固有名詞としては、紀元前27年にアグリッパによってローマに建てられたle Panthéon「パンテオン神殿」と、フランスの偉人たちを祀る霊廟である le Panthéon de Paris「パリのパンテオン」がある。次行のmythes 「神話」との意味的なつながリが重要なので、特定せず一般名詞的に、「パンテオン」と訳す。



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2020
04.27

マリアMaria

Jean Ferrat Maria


今回はジャン・フェラJean Ferratの「マリアMaria」です。作曲はフェラ自身、作詞:ジャン=クロード・マスリエJean-Claude Massoulier。1967年の同名のアルバムに収録されています。
スペイン市民戦争la guerre d'Espagne (1936-1939)で、マリアの二人の息子のうち一人は左派の人民戦線政府の共和派républicains、もう一人は右派の反乱軍のナショナリスト派nationalistesに分かれて殺し合い、ともに命を失います。



Maria     マリア
Jean Ferrat ジャン・フェラ


Maria avait deux enfants
Deux garçons dont elle était fière
Et c'était bien la même chair
Et c'était bien le même sang

 マリアには二人の子どもがいた
 自慢の二人の息子たちがいた
 同じ肌だった
 同じ血だった

Ils grandirent sur cette terre
Près de la Méditerrannée
Ils grandirent dans la lumière
Entre l'olive et l'oranger

 彼らは成長した
 地中海に面したこの地で
 彼らは成長した、降り注ぐ光のなかで
 オリーブとオレンジのあいだで

Maria1.jpg


C'est presque au jour de leurs vingt ans
Qu'éclata la guerre civile
On vit l'Espagne rouge de sang
Crier dans un monde immobile

 それは彼らが二十歳になった頃のこと
 市民戦争が勃発したのは
 血で赤く染まったスペインが
 静止した世界のなかで叫ぶのが聞こえた

Les deux garçons de Maria
N'étaient pas dans le même camp
N'étaient pas du même combat
L'un était rouge, et l'autre blanc 

 マリアの二人の息子たちは
 同じ兵営にはいなかった
 戦いの同じ側にはいなかった
 一人は赤軍、そしてもう一人は白軍

Qui des deux tira le premier
Le jour où les fusils parlèrent
Et lequel des deux s'est tué
Sur le corps tout chaud de son frère ?

 二人のうちどっちが最初に引き金を引いたのか
 銃声が鳴り響いた日に
 そして二人のうちのどっちが
 その兄弟の熱い体の上で死んだのか?

Maria2.jpg


On ne sait pas. Tout ce qu'on sait
C'est qu'on les retrouva ensemble
Le blanc et le rouge mêlés
À même les pierres et la cendre

 分からない。分かっているのは
 彼らがいっしょに見つかったこと
 白と赤はまじり
 石は灰にもろにまみれ

Si vous lui parlez de la guerre
Si vous lui dites liberté
Elle vous montrera la pierre
Où ses enfants sont enterrés

 もしあなたが彼女に戦争のことを話したなら
 もしあなたが彼女に自由を語ったなら
 彼女は石を指し示すだろう
 自分の子どもたちがその下に埋められている石を

Maria4.jpg


Maria avait deux enfants
Deux garçons dont elle était fière
Et c'était bien la même chair
Et c'était bien le même sang

 マリアには二人の子どもがいた
 自慢の二人の息子たちがいた
 同じ肌だった
 同じ血だった

[注] 1917年以降のロシア革命期に、革命側を赤軍、反革命側を白軍と呼んだ。ここでは、左派の人民戦線政府の共和派républicainsが赤軍、もう一人は右派の反乱軍のナショナリスト派nationalistesが白軍である。


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