
「J’oublie忘却」「チェ・タンゴ・チェChe tango che」に続き、「ミルヴァ&アストル・ピアソラMilva & Astor Piazzolla」公演のフランス語の曲をもう一つ取り上げましょう。「ブレヒトとブレルの間でEntre Brecht et Brel」です。作詞:クロード・ルメルClaude Lemesle。
タイトルのブレヒトBrechtとブレルBrelは、語呂がいいというだけで選んだのかどうか…。この曲はミルヴァのための書き下ろしであり、「ミルヴァ&アストル・ピアソラMilva & Astor Piazzolla」公演のフィナーレを飾る曲です。まずは、著名な劇作家であり曲作りにも関わっているベルトルト・ブレヒトBertolt Brechtの曲を歌うことを重視するミルヴァを意識したのでしょう。そして、フランス語版ミュージカル「ラ・マンチャの男L'Homme de la Mancha」(「見果てぬ夢La quête」の記事を参照ください)など、演劇にも携わっているジャック・ブレルJacque Brelをブレヒトと並べたのかもしれません。歌詞内容は、旅役者夫婦の物語のようですが、この公演をおこなうピアソラとミルヴァをそれに喩えて表現しているようです。
このブログでは、ブレヒトの代表作「三文オペラ」の挿入歌「マッキーの哀歌La Complainte de Mackie」と「スラバヤ・ジョニーSurabaya Johnny」を以前取り上げています。ブレルの曲も、もちろんいくつも取り上げています。
Entre Brecht et Brel ブレヒトとブレルの間で
Milva & Astor Piazzolla ミルヴァ&アストル・ピアソラ
Un crépuscule artificiel joue “Limelight” 注1
Quand le silence des rappels éclate 注2
On n’est plus rien qu’une ombre pâle sur un plateau
Qui polichinelle 注3
Entre Brecht et Brel
Et balaie le tréteau 注4
ライムライトが人工の黄昏を演出する
カーテンコールのあとの静寂が響き渡ったとき
もはや舞台の上の青白き影にすぎない彼は
ポリシネル役
ブレヒトとブレルの間で
幕間劇を演じる

Quand un dieu coupe ses ficelles de pantin
L’artiste est nu comme un rebelle argentin
Quand les pleins feux le démaquillent et qu’il se rêveille 注5
Le lilliputien géant
Redevient l’enfant
Qu’il était la veille
操り人形の糸を神が切ってしまうと
芸人はアルゼンチンの反逆者のごとく裸だ
全照明が彼の化粧を剥ぎそして彼が目覚めるとき
巨大化した小人は
前夜と同じ
子供に戻る
La nuit meurt
On a fait l’amour
On sort côté cœur, côté cour 注6
C’est la vie de baladin
Lampe d’Aladin
Qui s’éteint aux portes du jour 注7
夜が明ける
私たちは愛を交わした
私たちは舞台を去る
それが旅役者の生活
夜明けを前にして消える
アラジンのランプ
Je vais chanter
Sur la voie lactée
Dans un rêve plein de ta voix
Et je vais me réveiller
Tout émerveillée
D’être encore ce soir avec toi
私は歌うわ
あなたの声に満ちた夢のなかで
銀河を飛翔しながら
そして私は目を覚ますのよ
今夜もあなたと一緒にいられたことに
心底驚きながら

Un crèpuscule qui annonce une aurore 注8
Une éclaircie en réponse à la mort
c’est le spectacle, c’est la scène, et le rêve qui
m’ont donné des ailes
Entre Brecht et Brel
Entre l’ombre et l’oubli
薄明かりが黎明を告げる
死に対峙する雲間
それは演劇、それは舞台、そして夢
それらが私に翼を与えてくれた
ブレヒトとブレルの間で
影と忘却の間で
Je vais partir en emportant le décor
Je vais sortir en te criant “encore“
Moi Colombine qui salue et redeviens moi 注9
私は舞台装置を運びながら発つわ
あなたに「アンコール」と叫びながら去るわ
私ことコロンビーヌはお辞儀をして私に戻るのよ

Je me rentre dans ma peau 注10
Et sous le rideau
Je dors avec toi.
私はもとの自分に戻り
幕の裾で
あなたと眠る。
[注] 訳すに際してLPおよびCDの歌詞カードを参照したが、納得できない部分がいくつかあり、考えあぐねた末、双方の訳とはかなり異なる解釈に落ち着いた。
1 limelightは英語で「ライムライト」=calcium light「石灰光」。石灰を白熱温度まで加熱して発する白色光で昔の照明用。これが主語で、倒置されていると判断。
2 des rappeles「カーテンコール、アンコール」のle silence「静寂」がéclater「爆発する、突然鳴り響く」という不思議な表現。
3 polichinelle:仮面を使用する即興演劇であるコメディア・デラルテの登場人物(イタリア語ではPulcinella)で、猫背のだまされやすい男。鷲鼻の黒いマスクを被り、白い外套を着ている姿で現れることが多い。マリオネットのポリシネル人形をも言う。本来は名詞だがここでは動詞として用いている。ピアソラを指すようだ。
4 balayer le tréteau:balayer les planches「前座の寸劇を演じる」と同義。同様の表現がどの曲かにあったが、思い出したら書き加えたい。
5 pleins feux sur…は「…に当てられたスポットライト」だが、このpleins feuxは、舞台が終って会場のすべての照明が点くという意味。
6 côté cour「舞台の上手」は役者から見て左手であり、「心臓のある側」ということで、côté cœurと覚えるという。ちなみにcôté jardin「下手」は役者から見て右手であり、jardinの綴りに含まれるdがdroite「右」のdだと覚えるという。côté cœur, côté courは語呂のいい言い回しで「舞台」そのものを示すようだ。ダリダDaridaのBravoという曲の歌詞に、Donnez-moi un bravo côté cœur, côté cour / C´est mon seul mot d´amourというフレーズがある。このsortirは他動詞で、「…を外に出す、追い出す」。
7 aux portes de…「…の入口で」
8 crèpusculeは「黄昏」の意味ではなく「黎明」の意味で用いられている。
9 Colombine:polichinelleとともにコメディア・デラルテの登場人物(イタリア語ではColombina)で、無学だが生まれながらの知恵を持っている女中役。肉体的魅力で周囲を惹き付ける恋人役でもある。ミルヴァを指すようだ。
10 dans la peau de qn.「…の立場に、…の役柄に」
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