
エルLという若手の女性シンガー・ソングライターが注目されています。本名はRaphaële Lannadère。1981年生まれで、Lはそのイニシャルでしょうが、ファースト・ネームの最後もエルëleですし、フランス語で同じ発音の「彼女elle」や「翼aile」もかけているようです。エディット・ピアフÉdith Piaf、レオ・フェレLéo Ferré、ジャック・ブレルJacques Brel、バルバラBarbaraなどの曲を歌い、彼らから多くを学んできたという彼女は、2002年に初めてパリでコンサートを開き、ファースト・アルバム「イニシャルInitiale」が今年4月にリリースされました。そこから1曲ご紹介しましょう。
タイトルの「可愛い人Petite」とは不法入国の黒い肌の娼婦のことで、彼女を愛した男性の立場で書かれている歌詞で、愛する相手のために自分のアイデンティティのすべてを投げ出すという内容ですが、単に恋愛だけがテーマではなく、以前「小さな紙切れLes petits papiers」のページに書いた滞在許可証すなわち不法移民の問題をも取り上げたものです。またこの歌詞には、詩人シャルル・ボードレールCharles Baudelaireの詩から引用された言葉も多々織り込まれているそうですが、私には特定できません。ボードレールは黒人混血の女性を恋人に持っていたといわれます。セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgの「ボードレール(踊る蛇)Baudelaire (Le serpent qui danse)」を参照ください。また、エルはボードレールの詩を歌詞にしたレオ・フェレLéo Ferréの曲「恋人たちの死La mort des amants」を歌っていて、そのページで動画をご紹介しています。
Petite 可愛い人
L エル
{Refrain :}
Ma p'tite ma douceur
Je me souviens de tout
Ces talons crève-cœur 注1
Et l'odeur de ton cou
Les trottoirs qui luisaient
Parce qu'il avait plu
Ta peau de nacre noir
La courbe de ton cul.
Ce bruit des bracelets
Que tu cales à tes pas 注2
Qui écrivait chaque fois 注3
Mon cœur en pointillés
Puis tes yeux surtout
Et leur drôle de lueur 注4
Ma p'tite ma douceur
Je me souviens de tout
僕の可愛い人、僕の優しい人
僕はすべて覚えている
あの 心をえぐるような尖ったヒール
そして君の首の匂い
雨が降っていたせいで
濡れていた歩道
黒螺鈿の君の肌
君のヒップの曲線。
君の足どりに合わせ
そのつど僕の心を
点描でなぞっていた
ブレスレットの音
そしてとくに君の瞳と
その不思議な輝き
僕の可愛い人、僕の優しい人
僕はすべて覚えている

Il faisait presque nuit
Et j'ai juré au ciel
Que t'étais pour ma vie
Une patrie nouvelle
Je voulais tout apprendre
Tes rires, ton drapeau
Les marques sur ta peau
J'avais mon cœur à vendre.
夕闇が迫りつつあったので
僕は天に誓った
君は僕の人生にとって
新しい故郷だと
僕はすべてを学び得たかった
君の笑い、君の国の旗
君の肌に記されたマーク
僕は自分の心を売りに出した。
J'ai oublié mon nom
Pour m'rappeler tes chansons
J'laissais mes souvenirs veufs 注5
Pour toi pour être neuf 注6
Amnésique en exil
Et déjà patriote
J't'ai conté mes idylles 注7
Jusqu'à c'que tu m'adoptes
僕は自分の名前を忘れた
君の歌を覚えるために
僕は自分の記憶から配偶者を消した
君のため生まれ変わるために
記憶を失い亡命した
君の歌を覚えるために
僕は君に僕の純愛を物語ろう
君が僕を受け入れてくれるまで
{au refrain}

J'voudrai juste te r'trouver
J'peux pas croire qu'ils soient fous
Pour t'avoir embarquée
Sans que j'puisse te r'parler
Faut qu'j'te dise que mon corps 注8
Ne peux pas t'oublier
Et que je porte encore
Sur ma peau tes baisers.
ただ君にもう一度会いたいんだ
君を船に乗せたからって
彼らが無分別だとは思えない
君にまた話すことができなくて
僕の体が君を忘れられないと
そしてまだ君の口づけの跡を
自分の肌に残していると
言わねばならない。
Je suis tous les tapins 注9
Aux parfums truandés
Qui vendent leur destin
Contre des faux papiers
Loin des bars tapageurs
Et des quartiers branchés
Y'a tes petites soeurs 注10
J'aurai dû t'épouser.
盗品の香水をつけ
にせの身分証と引き換えに
自分を売る
すべての街娼たちの後を僕は追った
さわがしいバーの群れからも
流行りの界隈からも遠く離れたところに
君の小さな妹たちがいる
僕は君と結婚すべきだったんだ。
{au refrain}
[注]
1 crève-cœurは「(胸が張り裂けるような)悲しみ」だが、ハイヒールのtalon aiguillé「尖ったヒール」を、「人の心を傷つけるよう」だと表現している。フランス人の先生によると、スペインの映画監督Pedro Armodovarの映画を見ればこの表現が理解できるとのこと。
2 calerは「(突然)止める、やめる」「(マストなどを)下ろす」「くっつける、固定する」の3つの意味があり、ここでは最後の意味で、「タイミングを合わせる」といったニュアンスのようだ。
3 線をかくdessinerや、絵の具で描くpeindreではなく、字を書くécrireを用いながらen pointillés「点描で」としている。
4 drôleは形容詞だが、(un / une) drôle deで「変な、奇妙な」。話し言葉では「大した、すごい」。
5 自分の記憶をveuf「寡夫」にする。「自分の記憶から配偶者を消す」と意訳した。
6 歌詞全体のなかでJeが男であることが分かるのは、このneufの1語によってのみである。この語がなければ、女性同士という可能性もあった。
7 idylle「牧歌、田園恋愛詩」。比喩的に「純情な恋愛」を指す。
8 文頭のIlが省略されている。
9 suisはêtreではなく、suivre「後をつける」の3人称単数形。
10 Y'a=Il y a。tes petites soeurs「君の小さな妹たち」= les tapins「(不法入国の)街娼たち」、すなわち「君」と同じ境遇の後続の女たち。
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