
ジュリー・ゼナッティJulie Zenattiは1981 年にパリで生まれた歌手。アルジェリア、イタリア、ユダヤという複数の血を受け継いでいます。8歳のときにピアフの「私の神様Mon Dieu」を歌って周りを驚かせたそうです。1997年に15歳でミュージカル「ノートルダム・ド・パリNotre-Dame de Paris」のフラール・ド・リFleur-de-Lys 役に抜擢され、1999年にはエズメラルダEsméralda役もこなしました。
彼女はたいてい、パトリック・フィオリPatrick Fiori とともに自分の曲を書いています。2000年にFragileというアルバムをリリースし、同名の曲とSi je m'en sorsとが大ヒットしましたが、そのアルバムのなかの「すべての苦悩Toutes les douleurs」を今回は取り上げます。この歌詞は、ソヴィエト生まれのバレー・ダンサーでニジンスキーの再来といわれたルドルフ・ヌレエフRoudolf Khametovitch Noureev (1955–1993)のことを歌っています。ヌレエフは1961年に海外公演の途中に亡命し、1963年ごろから英国ロイヤル・バレエのゲストとして長く活躍したのち、80年代にパリ・オペラ座芸術監督に就任。1993年にAIDSによる合併症のため54歳で亡くなりました。
ルドルフ・ヌレエフのソロ
ジュリー・ゼナッティ
Toutes les douleurs すべての苦悩
Julie Zenatti ジュリー・ゼナッティ
Un jour j'ai vu voler un ange
Ce danseur s'appelait Nouriev 注1
Parce qu'il y des hommes qui changent 注2
Une simple vie en rêve
ある日わたしはひとりの天使が飛ぶのを見た
このダンサーはヌレエフという名だった
ただの人生を夢に
変えることができる人たちがいるのだから

Que ce monde est beau
Quand on suit son cœur 注3
Que ce monde est grand
Il vaut tous les pleurs
Toutes les douleurs
なんと世界はうつくしいの
自分の心にしたがったときは
なんと世界は大きいの
それはすべての涙に
すべての苦悩に値する
Je cherche partout cet amour
Et je ne trouve qu'une évidence
Je donne ma vie chaque jour
Pour chanter l'existence
わたしはこの愛をあちらこちら探しまわり
明白なことはひとつしか見いだせなかった
わたしは自分の人生を毎日
生きることを歌うために捧げている

Que ce monde est beau
Quand on suit son cœur
Que ce monde est grand
Il vaut tous les pleurs
Toutes les douleurs
なんと世界はうつくしいの
自分の心にしたがったときは
なんと世界は大きいの
それはすべての涙に
すべての苦悩に値する
Enfin, l'homme qui s'élance 注4
Dit ce qu'on a jamais osé dire 注5
La douleur dans le silence
Et les mots secrets de nos désirs
飛び出してきたその男は とうとう
誰もけっして口にしなかったことを言った
静寂のなかの苦悩
そして私たちの欲望の秘めた言葉を

Que ce monde est beau
Quand on suit son cœur
Que ce monde est grand
Il vaut tous les pleurs
Que ce monde est beau
Quand on suit son cœur
Que ce monde est grand
Il vaut tous les pleurs
なんと世界はうつくしいの
自分の心にしたがったときは
なんと世界は大きいの
それはすべての涙に値する
なんと世界はうつくしいの
自分の心にしたがったときは
なんと世界は大きいの
それはすべての涙に値する
[注]
1 Nouriev=Noureev
2 il yのあと、aが省略されている。
3 suitはêtreではなくsuivreの3人称単数形。
4 Enfin:歌詞サイトではすべてSoudainとされているが、音源を聴いて判断した。
5 口で言ったのではなく、踊りで表現したという意味だろう。
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