
ジャック・ブレルJacques Brel1966年にステージからの引退を表明しました。自身がフランス語に翻案し主演したミュージカル「ラ・マンチャの男L'Homme de la Mancha」の公演の舞台や映画での俳優業に専念したかったための引退表明でしょう、1967年にルーベで最後のリサイタルを行い、アルバム製作はその後も続けていました。
1968年の「孤独への道J'arrive」はたいへん強いメッセージが込められた曲です。J'arriveは日本語に訳せば「僕は行くよ」となり、先に旅立って待っている友に、相手の立場での表現で「僕は君のところに到着するよ」と言っているのです。友はどこで待っているのでしょうか?
「菊の花chrysanthème」が歌詞に出てきます。日本と同様フランスでも、菊は葬式や墓地にふさわしい花とされますが、実はこの風習はフランスで生まれたものです。カトリックでは、人間が死んだ後で、罪の清めが必要な霊魂は煉獄での清めを受けないと天国に行けないが、生きている人間の祈りとミサによってこの清めの期間が短くなるという考え方があります。998年にクリュニー修道院のオディロン院長が、万聖節(聖人の日)の翌日の11月2日を万霊節(死者の日)すなわちすべての死者の魂のために祈りを捧げる日と定めました。その後、1789年に中国から菊がもたらされ、ちょうど季節の花ということで、その日に菊を墓に飾ることが定着していったそうです。歌詞のなかで繰り返される「菊の花から菊の花へとde chrysanthèmes en chrysanthèmes」というフレーズは「弔いから弔いへ」という意味なのでしょうか。ならば、先に亡くなった人に、自分もそっちにあとから行くよと言っていることになります。
J'arrive 孤独への道
Jacques Brel ジャック・ブレル
De chrysanthèmes en chrysanthèmes
Nos amitiés sont en partance
De chrysanthèmes en chrysanthèmes
La mort potence nos dulcinées 注1
De chrysanthèmes en chrysanthèmes
Les autres fleurs font ce qu'elles peuvent
De chrysanthèmes en chrysanthèmes
Les hommes pleurent les femmes pleuvent
菊の花から菊の花へと
僕たちの友情は向かう
菊の花から菊の花へ
絞首台の死、僕たちのいとしの姫ら
菊の花から菊の花へ
他の花はそれぞれの能うことをなす
菊の花から菊の花へ
男たちは泣き、女たちは涙の雨を降らす

J'arrive j'arrive
Mais qu'est-ce que j'aurais bien aimé 注2
Encore une fois traîner mes os
Jusqu'au soleil jusqu'à l'été
Jusqu'au printemps jusqu'à demain
J'arrive, j'arrive
Mais qu'est-ce que j'aurais bien aimé
Encore une fois voir si le fleuve
Est encore fleuve voir si le port
Est encore port m'y voir encore
J'arrive j'arrive
Mais pourquoi moi pourquoi maintenant
Pourquoi déjà et où aller 注3
J'arrive bien sûr, j'arrive
N'ai-je jamais rien fait d'autre qu'arriver
行くよ行くよ
だがどれほど願ったことか
もう一度僕の骨を引きずりたいと
太陽まで夏まで、
春まで明日まで
行くよ行くよ
だがどれほど願ったことか
もう一度見たいと河がまだ
河であるなら港がまだ
港であるならそこに自分をまた見たいと
行くよ行くよ
だがなぜ僕で、なぜ今なのか
いったいどうしてなのか、どこに行くのか
もちろん行くよ、行くよ
僕はそこに行くほかにまったく何もしなかったのだろうか

De chrysanthèmes en chrysanthèmes
A chaque fois plus solitaire
De chrysanthèmes en chrysanthèmes
A chaque fois surnuméraire 注4
J'arrive j'arrive
Mais qu'est-ce que j'aurais bien aimé
Encore une fois prendre un amour
Comme on prend le train pour plus être seul
Pour être ailleurs pour être bien
J'arrive j'arrive
Mais qu'est-ce que j'aurais bien aimé
Encore une fois remplir d'étoiles
Un corps qui tremble et tomber mort
Brûlé d'amour le cœur en cendres
J'arrive j'arrive
C'est même pas toi qui est en avance
C'est déjà moi qui suis en retard
J'arrive, bien sûr j'arrive
N'ai-je jamais rien fait d'autre qu'arriver
菊の花から菊の花へ
そのたびにますます孤独になり
菊の花から菊の花へ
そのたびに余る者が出る
行くよ行くよ
だがどれほど願ったことか
もっと一人になるため
他所に行くため具合良くなるため
列車に乗るように
もう一度恋に落ちたいと
行くよ行くよ
だがどれほど願ったことか
心は灰燼に帰しても
うち震え恋に焼かれて死にゆく肉体を
もう一度星で満たしたいと
行くよ行くよ
先に行っているのが君でなくても
遅れているのはすでに僕なんだ
行くよ、もちろん行くよ
僕はそこに行くほかにまったく何もしなかったのだろうか

[注]
1 dulcinée「いとしい女(ひと)、恋人」
2 qu'est-ce que…は感嘆文。
3 déjàはpourquoiを強調。「いったいどうして」
4 surnuméraire「定員外の」
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