
「ラ・ジャヴァネーズLa Javanaise」は、セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgがジュリエット・グレコJuliette Grécoに捧げた「最高のラブソング」だといわれています。1962年のある夏の夕べ、ゲンズブールはグレコを訪ねて広いサロンでシャンパンを飲みながらレコードを聴いて過ごし、その後に、彼女にこの曲を贈ったそうです。2010年の伝記映画「ゲンスブール*と女たち」(原題:Gainsbourg, vie héroïque)にもそのシーンがありましたね。
* Gainsbourgのsは原則的には、この題名のとおり「ス」と読みます。続くbの影響で濁りを受けるので、このブログでは、実際に聞こえるとおりに「ズ」と表記しています。
グレコ
題名のLa Javanaiseとは、20世紀初頭に流行したダンスであるジャヴァjava(女性名詞)と、語のなかにvaまたはavを入れて隠語化する言葉遊びであるジャヴァネjavanais(男性名詞)とをかけた造語で、わざと語頭を大文字にしてあります。ジャヴァネjavanaisの例を挙げると、chaussure→chavaussavurave, bonjour→bavonjavourといった具合です。
実際、この歌詞のなかには、vaとavの入った語が多いだけではなく、vと同様に唇音である pやmやnのほか粘っこさを持った音を多用し、一種のエロティシズムの表現としているのです。
つまり、「最高のラブソング」というのは、歌詞の意味が、ということだけじゃないんです。したがって、正確な子音の発音をしないと、この曲の味は出せません。
多くのシャンソンの歌詞は押韻のみならず、子音なり母音なりを統制している気もします。例えば、「子供を抱いてPrendre un enfant 」では鼻母音が、「ムーラン・ルージュの歌Moulin Rouge」ではouの音が、「踊りに行くために一番きれいにLa plus belle pour aller danser」では唇音p、b、m(特にp)の音が目立ちます。それらは題名にすでに現れています。
したがって、日本語に翻案して歌ったのでは、まったく別物になってしまうのです。原語で歌うことの重要性をあらためて力説いたします。
La Javanaise ラ・ジャヴァネーズ
Serge Gainsbourg セルジュ・ゲンズブール
J'avoue j'en ai bavé pas vous 注1
Mon amour
Avant d'avoir eu vent de vous 注2
Mon amour
Ne vous déplaise 注3
En dansant la Javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson
実は僕は泡を吹いて苦しんだんだ あなたは違うだろうが
モナムール
あなたの噂を聞くまで
モナムール
はばかりながら
ジャヴァネーズを踊りながら
僕らは愛し合ったよね
一曲の間

À votre avis qu'avons nous vu 注4
De l'amour
De vous à moi vous m'avez eu 注5
Mon amour
Ne vous déplaise
En dansant la Javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson
あなたとしては僕らは何を得たと思うのか
愛から
ここだけの話だが、あなたは僕に一杯食わせたよ
モナムール
はばかりながら
ジャヴァネーズを踊りながら
僕らは愛し合ったよね
一曲の間
Hélas avril en vain me voue 注6
À l'amour
J'avais envie de voir en vous
Cet amour
Ne vous déplaise
En dansant la Javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson
ああ、虚しく終わったことだが、四月は僕を導いた
愛にね
僕はあなたのなかに見たかった
この愛を
はばかりながら
ジャヴァネーズを踊りながら
僕らは愛し合ったよね
一曲の間

La vie ne vaut d'être vécue
Sans amour 注7
Mais c'est vous qui l'avez voulu 注8
Mon amour
Ne vous déplaise
En dansant la Javanaise
Nous nous aimions
Le temps d'une chanson
人生は生きるに値しない
愛なしには
だが、それを望んだのはあなただよ
モナムール
はばかりながら
ジャヴァネーズを踊りながら
僕らは愛し合ったよね
一曲の間
[注] 文脈に合わせて各節を4行ずつにして表記していたが、押韻を明確にするため、8行ずつに表記し直した。(2022年1月11日)
1 en baver「苦しむ」。しかし、baverの「よだれを垂らす、(病気などで)泡を吹く」という原義のニュアンスを残したほうが曲想に合う。pas vous対立を示す問いかけ。
2 avoir vent de qc.「…を風の便りで知る」ことがらについての用法がメインで、人について用いられるのは稀。「あなたの噂を聞くまでは、辛かった」と1行目につながる。「グレコがアメリカから帰った時にこの曲を贈った」とゲンズブールが言っているので、彼女の帰国の噂ということか。
3 déplaiseはdéplaire(…の)「気に入らない」の接続法で、 à ne vous (en)déplaise(多くは皮肉で)「失礼ながら、はばかりながら」。
4 à votre(mon) avis「あなたの(私の)意見では」。voirの過去分詞vuは、ここでは「見出す、経験する」くらいの意味。
5 de vous à moi「ここだけの話だが」。vous m'avez euのeuはavoirの過去分詞で、ここでは「だます、一杯食わせる」の意味。
6 en vain「無駄に、むなしく」→「…したが無駄だった」と訳す方が自然。
7 sans amourという条件での一般論を示している。
8 l'avez vouluのleは前出の内容の代用としての中性代名詞。すなわちsans amour「愛のない状態」つまりは「関係を持たない、別れる」ということであろう。
Comment:3
コメント
こんなにもゲンズブールの意図を深くよく解釈して訳していらっしゃる事に感激です。
香奈枝
2022.10.23 00:24 | 編集

コメントありがとうございます。言葉遊びの好きなゲンズブールらしい発想です。この曲はフランス語で歌わないと価値がないでしょう。
朝倉ノニー
2015.03.08 20:03 | 編集

はじめまして。ラ・ジャバネーズの解説は大変参考になりました。
訳詞はWEBで通覧してきましたが、「ラ・ジャバネーズ」の語そのものの意がわからないまま、検索し、尋ねたりの10数年でした。そして今「20世紀初頭」から始まるご説明に期待以上の空の青さと海の青さを見てしまった気がします。
訳詞はWEBで通覧してきましたが、「ラ・ジャバネーズ」の語そのものの意がわからないまま、検索し、尋ねたりの10数年でした。そして今「20世紀初頭」から始まるご説明に期待以上の空の青さと海の青さを見てしまった気がします。
上林春生
2015.03.08 16:50 | 編集
