
ジャン・サブロンJean Sablonは、1935年にステージで初めてマイクロフォンを使った歌手だといわれます。
彼の代表曲「去りゆく君Vous qui passez sans me voir」を取り上げることにいたしましょう。36年に、彼のためにシャルル・トレネCharles Trenetが作詞した曲(作曲:Johnny Hess、Misraki / Raoul breton)で、ノスタルジックなメロディとサブロンのソフトな声がすてきです。
彼は、1906年にパリ郊外で生まれました。父親が作曲家で、兄弟もみな音楽界の経歴を持つという芸能一家で、本人も、リセを辞めて音楽学校に入り、17歳の時に歌手としての活動を開始しました。
歌手・作曲家・ピアニストという多芸なミレイユに伴われて最初のアルバムを出して、そこそこの成功をおさめ、1931年には有名なミスタンゲットMistinguettとともにカジノ・ド・パリに出演しました。そして、37年に、この曲が大ヒットし、ディスク大賞を受賞。一躍有名になり、同年、アメリカに渡り、コール・ポーターCole Porterやジョージ・ガーシュウィンGeorge Gershwinと共演し英語で何曲か録音します。その後はオランピアなどのステージで歌うことが多く、世界中で数百万枚のレコードが売れています。
彼はジャズの影響を受けた独特の歌い方が特徴で、フランスのビング・クロスビーBing Crosbyと呼ばれ、ギタリストのジャンゴ・ラインハルトDjango Reinhardtなど、世界中のいろんなミュージシャンと共演したレコードも数多く出しています。
晩年、1982年からは、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロに移り住みました。そちらでも彼は今も人気を保っています。1994年に亡くなり、モンパルナス墓地のサブロン家の墓に眠っています。
作詞したシャルル・トレネ自身の歌。ジャン・サブロンとは歌詞の歌う順序が違います。
Vous qui passez sans me voir 去りゆく君
Jean Sablon ジャン・サブロン
Les souvenirs sont là pour m'étouffer
Des larmes, de fleurs, de baisers
Oui je revois les beaux matins d'avril
Nous vivions sous les toits tout en haut de la ville.
涙と、花と、口づけの
想い出で 僕は今も息が詰まるようだ
ああ 4月の美しい朝を想い出す
僕たちは町の高台にある家に住んでいた。

Vous qui passez sans me voir
Sans même me dire bonsoir
Donnez-moi un peu d'espoir ce soir...
J'ai tant de peine
Vous, dont je guette un regard
Pour quelle raison ce soir
Passez-vous sans me voir ?
Un mot, je vais le dire : "Je vous aime"
C'est ridicule, c'est bohème,
C'est jeune et c'est triste aussi
Vous qui passez sans me voir
Me donnerez-vous ce soir
Un peu d'espoir ?
僕に目も向けず
僕に「今晩は」さえ言わずに通り過ぎる君よ
今宵 僕にわずかな希望を与えたまえ…
僕はとても苦しい
君よ そのまなざしを僕が求めているのに
なぜに今宵
僕に目も向けずに通り過ぎるのか?
ひとつの言葉を、僕は言おうとする「君を愛している」
それは滑稽で、浮ついていて、
青臭く悲しくもある
僕に目も向けずに通り過ぎる君よ
今宵 僕に与えてくれないか
わずかな希望を?

{instrument}
.
..aussi
Vous qui passez sans me voir
Sans me donner d'espoir
Adieu... Bonsoir...
…くもある
僕に目も向けずに
僕に希望も与えずに通り過ぎる君よ
さようなら…こんばんは…
Comment:1
コメント
ジャン・サブロン。日本語のwikiもなかったので。調べたらこちらを発見しました。面白く読ませていただきました。ありがとうございます。
ongaku
2017.08.12 01:56 | 編集
