
今回は「脱走兵Le déserteur」(作曲:ボリス・ヴィアンBoris Vian / アロルド・ベルナール・ベルグHarold Bernard Berg)です。作詞し歌っているボリス・ヴィアンBoris Vianは、作家、詩人、翻訳家、ジャズ評論家、トランペッターそして歌手という多くの顔を持つ人物で、熱狂的なジャズ・ファンとして、デューク・エリントンEdward Kennedy "Duke" Ellingtonやマイルス・デービスMiles Dewey Davis IIIなど、パリを訪れたジャズ・アーティストたちとフランスとの橋渡しをしました。前回のミッシェル・ポルナレフMichel Polnareffに勝るとも劣らずスキャンダラスな側面があり、「墓に唾をかけろJ'irai cracher sur vos tombes」などの過激な小説が一大センセーションを巻き起こしたこともよく知られています。心臓発作のため、39歳で急死しました。彼の各側面に関して多くの文献が出版されています。この歌に関しては、「ボリス・ヴィアンと脱走兵の歌」(マルク・デュフォー 国書刊行会)をお勧めします。
この有名な反戦歌は、第1次インドシナ戦争(1946~1954)の終盤の時期に、第2次インドシナ戦争すなわちベトナム戦争を意識して書かれました。レコードの出荷の遅れの上に、アルジェリア戦争 (1954~1962)開始という状況での軍関係者や退役軍人の組織による興業の妨害やラジオでの放送禁止、レコードの発売制限とが重なり、フランスでは幻の歌となりましたが、そののち、ベトナム戦争反対運動などと結びつき、プロテスト・ソングとして多くの国で翻案されて広まりました。日本でも、「拝啓大統領殿」のタイトルで何人かの歌手のカバーが見られます。
最初に歌手として想定されていたムルージMouloudjiほか多くの歌手が歌っていますが、やはり、ボリス・ヴィアン本人の歌を聴きましょう。1956年のアルバムChansons "possibles" et " impossibles"に収録されています。
次の動画では、ボリス・ヴィアンにまつわるもろもろの周辺事情が解説され、彼の住んでいた部屋や愛用のイタリア風ギターなどの映像が紹介されています。
Le déserteur 脱走兵
Boris Vian ボリス・ヴィアン
Monsieur le Président 注1
Je vous fais une lettre
Que vous lirez peut-être
Si vous avez le temps
大統領閣下
お手紙を差し上げます
お時間があれば
たぶん読んでいただけるでしょう
Je viens de recevoir
Mes papiers militaires
Pour partir à la guerre
Avant mercredi soir
水曜日の夜までに
出征しろという
私宛ての招集令状を
受け取ったばかりです
Monsieur le Président
Je ne veux pas la faire 注2
Je ne suis pas sur terre
Pour tuer des pauvres gens
C'est pas pour vous fâcher
Il faut que je vous dise
Ma décision est prise
Je m'en vais déserter
大統領閣下
私はやりたくありません
哀れな人々を殺すために
私は生まれて来たのではありません
あなたを怒らせるつもりはありませんが
あなたに申し上げねばなりません
私は覚悟を決めました
私は脱走します

Depuis que je suis né
J'ai vu mourir mon père
J'ai vu partir mes frères
Et pleurer mes enfants
Ma mère a tant souffert
Elle est dedans sa tombe
Et se moque des bombes
Et se moque des vers
この世に生を享けてこの方
私は父が死ぬのを見ました
私の兄弟たちが出征するのを
そして私の子供たちが泣くのを見ました
私の母はあまりに苦しんだので
今は墓の中にいますから
爆弾だって平気だし
ウジ虫だって平気です
Quand j'étais prisonnier
On m'a volé ma femme
On m'a volé mon âme
Et tout mon cher passé
Demain de bon matin 注3
Je fermerai ma porte
Au nez des années mortes 注4
J'irai sur les chemins
私が捕虜だった時に
私は妻を盗られ
魂を
そして私の大切な過去のすべてを奪われました
明日の朝早く
私は失われてしまった年月に
きっぱりと別れを告げ
旅に出ます
Je mendierai ma vie
Sur les routes de France
De Bretagne en Provence
Et je dirai aux gens:
Refusez d'obéir
Refusez de la faire
N'allez pas à la guerre
Refusez de partir
ブルターニュからプロヴァンスまでの
フランスの街道筋で
私は物乞いをして暮らすでしょう
そして人々に言うつもりです
従うことを拒否するんだ
拒否するんだ
戦争に行ってはいけない
出征を拒否しなきゃと

S'il faut donner son sang
Allez donner le vôtre
Vous êtes bon apôtre
Monsieur le Président
Si vous me poursuivez
Prévenez vos gendarmes
Que je n'aurai pas d'armes
Et qu'ils pourront tirer 注5
血を捧げなければならないのなら
あなたの血を捧げなさい
あなたはよき使徒です
大統領閣下
もしもあなたが私に追っ手をかけるなら
憲兵たちに伝えてください
私は武器を持っていない
発砲してもかまわないと
[注]
1 この書き出しにより、日本語翻案歌詞の題名が「拝啓大統領殿」とされている。また、原題のLe déserteurは「脱走兵」と訳すしかないが、兵営から逃げ出すわけではないので、正確には「兵役拒否者」といった意味である。
2 Je ne veux pas la faire「私はそれをやりたくない」のla「それ」は、その前にある、la guerre「戦争」を指す。後半にも同じ表現が出てくるが、この場合も、N'allez pas à la guerreが続くので、同じ内容である。
3 de bon matinは「良い朝に」ではなく「朝早く」の意味。
4 fermer la porte au nez de ~ の原義は、「~の鼻先でドアを閉める」すなわちシャット・アウトする意味。ここでは、des années mortes「過去」との決別を、(内側からでなく外側から)ドアを閉めて出ていくということにつなげる表現になっている。
5 最後の2行。ボリス・ヴィアンは最初、"Que je tiendrai une arme / Et que je sais tirer"「私は武器をとって、引き金を引くこともできる(と伝えるがいい)」としていたが、ムルージの意見を入れて、平和主義者的な表現に変えたという。
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この歌、高石ともやの日本語で承知しておりましたが、先日ロシアで予備役の徴兵が行われることになったとのニュースを聞いて、この歌を思い出しました。
少し調べてみると日本語の歌詞は数種類あり内容はほぼ同じですが、やはり原曲の歌詞とその内容が知りたく、こちらにたどり着きました。大変わかりやすくまとめていただいてあり、とても助かりました。ありがとうございました。
少し調べてみると日本語の歌詞は数種類あり内容はほぼ同じですが、やはり原曲の歌詞とその内容が知りたく、こちらにたどり着きました。大変わかりやすくまとめていただいてあり、とても助かりました。ありがとうございました。
金田 誠
2022.09.27 20:22 | 編集

ちょうどアルジェリア戦争に直面していた折で、厭戦や反戦ムードの広がりに政府や軍も神経質になっており、軍関係者や退役軍人の組織がヴィアンやムルージュがコンサートで歌うことを(禁止というより)妨害したそうです。また、放送は禁止され、レコードの発売は制限されたそうです。以上、竹村淳「反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち」(アルファベータブックス2018年刊)を参照しました。
朝倉ノニー
2022.03.06 08:47 | 編集

すみません質問なのですが、ラジオでの放送禁止になったとあるのですが、単に放送禁止になっただけではなく、コンサートで歌うことも「在郷軍人にたいする侮辱」だとして禁止され、さらにレコードも没収されたとあるのですがどうなのでしょう。(マルセル・ムルージの小説「エンリコ」の解説に品田一良氏が書かれている)
蜂谷 哲人
2022.03.06 07:16 | 編集

朝日新聞を読んで朝倉さんのこの記事を見つけられました。
日頃シャンソンは少し馴染んでいるので、この歌の響きは心に響きます。
訳詞も理解を深めてもらえて素敵です。
ありがとうございました。
日頃シャンソンは少し馴染んでいるので、この歌の響きは心に響きます。
訳詞も理解を深めてもらえて素敵です。
ありがとうございました。
堀 明浩
2022.03.05 07:23 | 編集

わたしも今日の朝日新聞読みました
高石ともやが歌っていた唄だなと思いました
こっちが原曲なのですね
原曲の方が素敵です
訳詞もいいですね
高石ともやが歌っていた唄だなと思いました
こっちが原曲なのですね
原曲の方が素敵です
訳詞もいいですね
藤島亘
2022.03.04 10:25 | 編集

はじめまして。本日の朝日新聞朝刊の天声人語でこの曲のことがでていて、詩の内容を知りたくてこのページにたどり着きました。内容がよく分かり助かりました。ありがとうございます。
いつも素晴らし訳と詳しい解説をありがとうございます。この歌に訳をつけて歌おうと思っています(初心者ですが我流でやっています)。ところで、一つ質問ですが、3番のbon apôtreには、皮肉の意味が込められていませんか?偽君子のような。だからエセ大統領となるように。ここが結構大事なように思いますが。
伊藤 洋
2021.09.14 14:31 | 編集

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初めまして。大分県北の田園地帯からお邪魔しました。
私達の国は、森クーデター政権で乗っ取られ、今、あらゆる方面から、静かにファシズムが、忍び寄っています。
違憲立法が通過し、新しい任務を付与された南スーダンへの11次要員は、亡くなりました。
菅義偉に質問した東京新聞の望月記者は、共謀罪通過後、公安の監視対象にされました。
この歌は、沢田研二氏が、歌っていて知りましたが、フランス語で聴けて嬉しいです。
昔から、シャンソンは、好きです。フランス語で歌えたらと憧れます。
私達の国は、森クーデター政権で乗っ取られ、今、あらゆる方面から、静かにファシズムが、忍び寄っています。
違憲立法が通過し、新しい任務を付与された南スーダンへの11次要員は、亡くなりました。
菅義偉に質問した東京新聞の望月記者は、共謀罪通過後、公安の監視対象にされました。
この歌は、沢田研二氏が、歌っていて知りましたが、フランス語で聴けて嬉しいです。
昔から、シャンソンは、好きです。フランス語で歌えたらと憧れます。
三毛猫
2017.06.21 15:57 | 編集
