
サルヴァトーレ・アダモSalvatore Adamoの「インシャラーInch´Allah」は、第三次中東戦争の直前の1966年にアダモ自身が平和への願いを込めて作詞・作曲した曲で、1967年に発売されたシングル盤は8ヶ月の間、ヒットチャートの10位以内をキープしました。アダモはこの年、英語・イタリア語・スペイン語のヴァージョンも作っています。Inch´Allahとはアラビア語إن شاء الل(In Shaa Allah)のフランス語表記で、「それが神の思し召しなら」という意味です。
アダモとしてはユダヤの民の苦難の歴史を思って作った曲だったのでしょうが、アラブ諸国ではイスラエル寄りの内容だということで発禁となり、ベルギーのUNICEF大使に就任した1993年にアダモは、中立的な立場の表現に改変しました。
1967年版
→1967年英語版 イタリア語版 スペイン語版
1993年版
Inch´Allah インシャラー
Salvatore Adamo サルヴァトーレ・アダモ
1993年ヴァージョンの改変部分は■色
J´ai vu l´Orient dans son écrin 注1
Avec la lune pour bannière
Et je comptais en un quatrain
Chanter au monde sa lumière
僕は見た、宝石箱のなかに、
月を旗印にしたオリエントの輝きを
そして思った、世界に向けその光を
四行詩で吟じようと

Mais quand j´ai vu Jérusalem
Coquelicot sur un rocher 注2
J´ai entendu un requiem
Quand sur lui je me suis penché
だがエルサレムを見たとき
それはあたかも岩に咲くひなげしだ
それに身を屈めたときに
鎮魂歌が聞こえてきた
Ne vois-tu pas humble chapelle 注3
Toi qui murmures : "Paix sur la terre"
Que les oiseaux cachent de leurs ailes
Ces lettres de feu : "Danger frontière"?
見えないのか、つましい礼拝堂よ
「地上に平和を」と呟く君は
鳥たちが翼のかげに隠している
「国境を越えたら命はない」という銃火のメッセージが?
Le chemin mène à la fontaine 注4
Tu voudrais bien remplir ton seau
Arrête-toi Marie-Madeleine
Pour eux ton corps ne vaut pas l´eau
道は泉へと続き
君は桶を満たそうと思うだろうが
おやめよ、マリー=マドレーヌ
彼らにとっては君の命は水ほどの値打ちもない
Mais voici qu'après tant de haine
Fils d'Ismaël et fils d'Israël 注5
Libèrent d'une main sereine
Une colombe dans le ciel...
だが今ここで多くの憎しみの後
イシュマエルの息子たちとイスラエルの息子たちは
沈着な手つきで解き放つ
一羽の鳩を空へと…

Inch´Allah Inch´Allah Inch´Allah Inch´Allah
インシャラー、インシャラー、インシャラー、インシャラー
Et l´olivier pleure son ombre 注6
Sa tendre épouse son amie
Qui repose sur les décombres
Prisonnière en terre ennemie
そしてオリーブの木は心に残る面影を
敵地に囚われ
瓦礫の上に眠る
優しい妻を恋人を惜しんで泣く
Et l'olivier retrouve son ombre
Sa tendre épouse, son amie
Qui reposait sur les décombres
Prisonnière en terre ennemie
そしてオリーブの木は再び見いだす 懐かしい面影を、
敵地で囚われの身となって
瓦礫の上に眠っていた
優しい婚約者、恋人を

Sur une épine de barbelés
Le papillon guette la rose
Les gens sont si écervelés
Qu´ils me répudieront si j´ose
有刺鉄線の上で
蝶がバラの花をねらっている
やつらはあまりにも浅はかだから
もし僕が行動すれば僕を始末するだろう
Et par dessus les barbelés
Le papillon vole vers la rose
Hier on l'aurait répudié
Mais aujourd'hui, enfin il ose
そして有刺鉄線を越えて
蝶がバラへと飛ぶ
昨日なら始末されてしまったことだろう
だが今日、そいつはついにやる

Dieu de l´enfer ou Dieu du ciel
Toi qui te trouves où bon te semble
Sur cette terre d´Israël
Il y a des enfants qui tremblent
地獄の神様あるいは天国の神様よ
あんたは自分勝手なところに現れる
ここイスラエルの地では
震えている子供たちがいるんだよ
(1993年版ではカット)
Inch´Allah Inch´Allah Inch´Allah Inch´Allah
インシャラー、インシャラー、インシャラー、インシャラー
Les femmes tombent sous l´orage
Demain le sang sera lavé
La route est faite de courage
Une femme pour un pavé
女達が戦争の嵐で倒れる
明日にはその血は洗い流されるだろうが
道は勇気で作られているんだ
一つの敷石は一人の女性の命で
(1993年版ではカット)
Mais oui j´ai vu Jérusalem
Coquelicot sur un rocher
J´entends toujours ce requiem
Lorsque sur lui je suis penché
だがそうさ僕はエルサレムを見た
岩の上のひなげしを
その上に身を屈めれば
いつでもこの鎮魂歌が聴こえてくる
(1993年版ではカット)

Requiem pour six millions d´âmes
Qui n´ont pas leur mausolée de marbre
Et qui malgré le sable infâme
Ont fait pousser six millions d´arbres
その鎮魂歌は600万の魂のため
その魂は大理石の霊廟を持たず
過酷な砂の大地にもかかわらず
600万の木を芽吹かせる
Requiem pour les millions d'âmes
De ces enfants, ces femmes, ces hommes
Tombés des deux côtés du drame
Assez de sang, Salam, Shalom... 注7
惨劇の双方で没した
これらの子供たちの、女たちの、男たちの
何百万もの魂のための鎮魂歌
血を見るのはもうたくさんだ、サラム、シャロム…
Inch´Allah Inch´Allah Inch´Allah Inch´Allah
インシャラー、インシャラー、インシャラー、インシャラー

[注] イスラエル、エルサレムに関してウィキペディアほかネット上で得た情報と歌詞内容との関連を考えてみたが、私の個人的な見解であることをお断りしておきたい。
1 ヨーロッパでは大文字表記のOrientは主に「東洋」を意味するが、この曲の舞台とするなら、日本語の「オリエント」の意味に近い。また、orientのもう一つの意味「真珠の表面光沢」も含ませており、écrin「宝石箱」すなわち「神殿の丘」の中央に建てられたイスラムの「岩のドーム」 を指しているようだ。これは金箔で覆われて黄金に輝く丸いドームで、内部には、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教すべてにとって重要とされる聖なる岩が祀られている。lune「月」をbannière「旗」の図案にしているのは、新月と五芒星を配したトルコの旗(オスマン帝国の旗を継承)などイスラム教を国教としている国々で、預言者ムハンマドの聖遷を元年とした太陰暦(ヒジュラ暦)を用い、祭礼日がその月日で決められていることに関連するという。ここでは、イスラムの所有するドームだという意味である。
2 Jérusalem「エルサレム」は小高い丘の上に位置し、聖なる場所であると同時に政治的・宗教的な争いの場であり続けてきた。coquelicot「ひなげし」の花はムルージMouloudjiの「小さなひなげしのようにComme un p'tit coquelicot」にあるように流血を象徴するようだ。
3 humbleは名詞の前で「しがない、つましい」。chapelle「礼拝所」 は、エルサレム旧市街(東エルサレム)にあるキリスト教の「聖墳墓教会(復活教会)」だと考えたが、ユダヤ人の礼拝の場所である「嘆きの壁」かもしれない。
4 「旧約聖書」に登場する「ギホンの泉」は古代エルサレムの主要な水源で、現在はアイン・シッティ・マリアム(処女マリアの泉)と呼ばれている。Marie-Madeleineの名はこれに関連づけたものか。
5 Ismaël 「イシュマエル」預言者アブラハムと女奴隷ハガルとの間に生まれた子。旧約聖書の伝承では、全てのアラブ人の先祖とみなしている。Israël「イスラエル」アブラハムの孫にあたるヤコブの別名。彼は古代イスラエルの王の祖先で全てのユダヤ人の祖先と考えられ、その名が現在の国名となった。
6 エルサレムの東側の「オリーブ山」にはユダヤ人墓地がある。l´olivierは擬人化され、son ombreは「心に残る面影、懐かしい面影」で、sa tendre épouse「優しい婚約者」やson amie「恋人」はその言い換え。後続のqui reposeが三人称単数形、prisonnièreが女性形であることから判断した。
7 Assez de…「…はもうたくさんだ」。Salamはアラビア語、Shalomはヘブライ語で「平和」を意味する。
記事をアップしたあとで見つけました。ユダヤ人とパレスチナ人の共生を目指し実践している、イスラエルにある平和のオアシス村「ネベシャローム / ワハト・アッサラーム」の日本語サイトです。応援したい!
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コメント
高校生で飯田橋にある日仏学院の初級仏語コースに通っていたとき、学園内で開かれたパリ祭イベントで、はじめてきき、すごい歌詞だと驚きました。今回背景など、はじめてしりました。約60年前の高校時代が懐かしく思い出されました。ありがとうございました。
竹中次男
2023.12.04 03:00 | 編集

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