
フランスの名優ジャン・ギャバンJean Gabinは、1904年にパリで生まれ、1930年より映画に出演。1935年にジュリアン・デュヴィヴィエJulien Duvivier監督の「Pépé le Moko望鄕」に出演し、このなかでシャンソンを実際に歌います。1937年にジャン・ルノワールJean Renoirの「大いなる幻影La Grande Illusion」、翌38年のマルセル・カルネMarcel Carné監督の「霧の波止場Le Quai des brumes」などに出演し俳優としての人気を高めていましたが、第二次世界大戦の激化にともないアメリカへ移住。戦後に帰国して、1954年にはジャック・ベッケルJacques Becker監督の「現金に手を出すなTouchez pas au grisbi」に主演し、ヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞。1960年代以降は、脇役で渋い老人役をこなすようになり、「地下室のメロディーMélodie en sous-sol」や「暗黒街のふたりDeux hommes dans la ville」などの重厚な演技が知られています。また、ジョルジュ・シムノンGeorges Simenonのメグレ警視役を持役にしてシリーズ作品が作られました。
三度の結婚と三度の離婚を経験し、マレーネ・ディートリッヒMarlene Dietrichと浮名を流したこともあったとか。1976年に「脱獄の報酬L’Année sainte」に出演したのち、同年に心臓発作により72歳で亡くなりました。
今回ご紹介する「今にして分かるMaintenant je sais」(1974年)は、ミッシェル・ポルナレフMichel Polnareffの「ホリディHoliday」を作詞したジャン=ルー・ダバディーJean-Loup Dabadieの詩にフィリップ・グリーンPhilip Greenが曲をつけ、ジャン・ギャバンが語り歌っています。70歳のギャバンの言葉は非常に含蓄があり、魅力的な声で語られ歌われると、心の奥深くに沁みわたります。
Maintenant je sais 今にして分かる
Jean Gabin ジャン・ギャバン
Quand j’étais gosse, haut comme trois pommes 注1
J’parlais bien fort pour être un homme
J’disais : je sais, je sais, je sais, je sais
僕がとてもちっちゃなガキだったころ
一人前に見せようと大声で話していた
僕は言っていた:分かってる、分かってる、分かってる、分かってるさ
C’était l’début, c’était l’printemps 注2
Mais quand j’ai eu mes dix-huit ans
J’ai dit : je sais, ça y est, cette fois, je sais
それは駆け出しのころだった、未熟な年頃だった
だが18歳になったとき
僕は言った:分かってる、これでいい、今回はね、分かってるよ

Et aujourd’hui, les jours où je m’retourne
J’regarde la Terre où j’ai quand même fait les cent pas 注3
Et je n’sais toujours pas comment elle tourne!
そして今、過去を振り返る時期に
自分がなおも歩き回っている地球に目を向けてみても
それがどのように回っているのかあいかわらず分かっていない!
Vers vingt-cinq ans, j’savais tout : l’amour, les roses, la vie, les sous
Tiens oui l’amour! J’en avais fait tout l’tour!
25歳ごろ、僕にはすべてが分かった:恋、バラ、人生、金
そうさ恋だよ!それはひととおりすべて経験したよ!

Mais heureusement, comme les copains, j’avais pas mangé tout mon pain : 注4
Au milieu de ma vie, j’ai encore appris.
C’que j’ai appris, ça tient en trois, quatre mots :
だがしあわせなことに、仲間たち同様、僕は自分の分け前をまだ消化し終えていない
人生なかばにして、僕はさらに学んだ。
僕が学んだこと、それは3つか4つの語で言える:
Le jour où quelqu’un vous aime, il fait très beau
J’peux pas mieux dire : il fait très beau!
誰かに愛されている日は、好天さ
これ以上うまく言えないが:好天さ!
C’est encore ce qui m’étonne dans la vie
Moi qui suis à l’automne de ma vie
On oublie tant de soirs de tristesse
Mais jamais un matin de tendresse!
それはいまだに僕を人生において驚かせることだ
人生の秋にさしかかった僕を
ひとは何度もの悲しい夕べを忘れる
だが一度の優しい朝は忘れない!

Toute ma jeunesse, j’ai voulu dire "je sais"
Seulement, plus je cherchais, et puis moins j’savais 注5
若いころはずっと、「分かってる」と言いたかった
ただ、求めれば求めるほど、僕は分からなくなった
Il y a soixante coups qui ont sonné à l’horloge 注6
J’suis encore à ma fenêtre, je regarde, et j’m’interroge :
時計が60回も時を告げた
僕はまだ窓辺にたたずみ、眺めている、そして自らに問いただす:
Maintenant je sais, je sais qu’on n’sait jamais!
今にして僕には分かる、ひとは決して分かることはないんだと分かっている!
La vie, l’amour, l’argent, les amis et les roses
On n’sait jamais le bruit ni la couleur des choses
C’est tout c’que j’sais! Mais ça, j’le sais!
人生、恋、金、友だちそしてバラ
物ごとが出す音も色合いもけっして分かりはしない
僕に分かっているのはそれだけさ!だが僕には分かっている、そのことが!
[注] 歌っているのは黒字の部分だけで、あとは語っている。
1 haut comme trois pommesリンゴ3つ分ほどに「とても小さい」
2 début「初め」「(多く複数で)デヴュー」ここでは「人生の舞台でのデヴュー」といったところ。printemps「春」は「青春」の意味に用いられるが、ここでは人生のもう少し早い時期。
3 faire les cent pas「同じところを行ったり来たりする」
4 j’avais pas mangé tout mon pain 「自分のパンをぜんぶ食べてはいない」つまり「自分の取り分(人生)がまだ残っている」。ジャン自身には結果的には2年残っていた。
5 plus …, (et) moins…「…が多いほど…が少ない」
6 人生の年数を一日の時間に置き換えて表現している。60回としているが実際は70回。
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コメント
まさに名優ですね。私、若くありたいとばかり思っていましたが、この渋さを見習おうと思い直しています。
朝倉ノニー
2016.01.29 08:57 | 編集

渋くて素敵♪ こんな風な方は、なかなか出てこないでしょうね。72才。まだ早い・・ すてきでした^^
mimiha
2016.01.29 00:28 | 編集
