
「パリに帰りてRetour à paris」は、1947年に、シャルル・トレネCharles Trenetが作詞、トレネと、彼のピアノ伴奏者であるアルベール・ラスリーAlbert Lasryが作曲した曲で、Revoir Parisとも呼ばれます。第2次大戦が終わってパリのわが家へと帰る喜びを歌っています。44年8月25日のパリ開放のニュースを耳にしながらも、すぐには帰れない人々もいたのです。トレネはその年はパリにいましたが、翌45年から54年までアメリカ、カナダ、南米各国を公演して回り、その間にたくさんの曲を作りました。この曲もそのうちのひとつです。戦時中の1943年に歌った「優しきフランスDouce France」とともに、祖国への想いを歌う歌としてフランスの人々に愛聴されてきました。
Retour à Paris パリに帰りて
Charles Trenet シャルル・トレネ
Revoir Paris
Un petit séjour d´un mois
Revoir Paris
Et me retrouver chez moi
Seul sous la pluie
Parmi la foule des grands boulevards
Quelle joie inouïe
D´aller ainsi au hasard
Prendre un taxi
パリに戻る
ひと月の短い滞在
パリに戻る
わが家にふたたび帰る
ひとり雨のなかを
大通りの人ごみをくぐり抜け
なんと素晴らしい喜びだろう
こんな風に気楽に
タクシーに乗るなんて

Qui va le long de la Seine
Et me revoici 注1
Au fond du Bois de Vincennes
Roulant joyeux
Vers ma maison de banlieue
Où ma mère m´attend
Les larmes aux yeux
Le cœur content
タクシーはセーヌ川に沿って走り
そして僕は
うきうき気分で車に揺られ
ヴァンサンヌの森の奥にまた来た
目に涙を浮かべ
心満ちて
母が僕を待っている
郊外のわが家に向かって
Mon Dieu que tout le monde est gentil
Mon Dieu quel sourire à la vie
Mon Dieu merci
Mon Dieu merci d´être ici
おお神よ世の人々はすべてなんと心やさしいのか
おお神よ人生になんという笑顔を向けていることか
おお神よありがとう
おお神よここに来られたことを感謝する
Ce n´est pas un rêve
C´est l´île d´amour que je vois
Le jour se lève
Et sèche les pleurs des bois
Dans la petite gare
Un sémaphore appelle ces gens 注2
Tous ces braves gens
De la Varenne et de Nogent 注3
夢じゃない
僕が見ているのは愛の島だ
日は昇り
森の涙を乾かす
小さな駅では
信号機がこれらの人々を呼ぶ
ヴァレンヌとノジャンの
これらの勇敢な人々を
Bonjour la vie
Bonjour mon vieux soleil
Bonjour ma mie
Bonjour l´automne vermeil
Je suis un enfant
Rien qu´un enfant tu sais
Je suis un petit Français 注4
Rien qu´un enfant
Tout simplement
こんにちは人生よ
こんにちはわが古き太陽よ
こんにちはわが人生よ
こんにちは朱色の秋よ
僕は小さなフランス人だ
ただ単に
ひとりの子供にすぎない

Paris
パリよ
[注] 画像は1944年8月25日のパリ開放。
1 revoici「またここに来た」の意味の副詞。
2 sémaphore(鉄道の)「(腕木)信号機」
3 la Varenneは、パリの南東の郊外にある駅名のようである。Nogent はパリの東の郊外のNogent sur Marneだと思われる。どちらもセーヌ河の支流のマルヌ河沿いでそれほど離れていない。
4 フランス人だと強調するため、頭文字を大文字にしてFrançaisと表記している。
Comment:0
コメント