
リュシエンヌ・ドリールLucienne Delyle(1917~1962)はイヴェット・ジローYvette Giraud、ジャクリーヌ・フランソワJacqueline Françoisと並んで戦後の三大女性歌手といわれた人。彼女の生年は、Wikipédiaのフランス語のページでは1913年となっています。しかし英語ほか諸国語のページではすべて1917年で、どうやらこちらが正しいようです。(本国のページが間違っているとは、なさけないですね。)彼女はパリで生まれ、最初は薬局で働いていましたが1939年にラジオ放送の出演をきっかけに歌手としてデヴューし、翌年にトランぺッターのエーメ・バレリ Aimé Barelliと結婚し、以来ずっと活動を共にしました。彼女の歌のジャンルは幅広く、低めの甘い声で囁きかけるような歌い方がとても魅力的で、「ルナ・ロッサLuna rossa」「ジャヴァJava」などの代表曲のほか「目を閉じてFermer les yeux」「とてもいいわJe me sens si bien」などムーディーなものに、その特性が発揮されています。「ドミノDomino」もなかなかいい出来です。私は、「雲Nuages」「恋は切なくEmportez mon amour」「ジェルソミーナGelsomina」が特に好きです。1962年に白血病で44歳の若さで亡くなりました。
「サン=ジャンの私の恋人Mon amant de Saint-Jean」(作詞:レオン・アジェルLéon Agel、作曲:エミール・カララEmile Carara)は、ドリールが1942年に創唱し、1980 年にはフランソワ・トリュフォーFrançois Truffautの映画「終電車Le Dernier Metro」にも使われました。近年、パトリック・ブリュエルPatrick BruelがアルバムEntre duex(2つの大戦の間の曲をデュエットでという二重の意味のタイトル)のなかで歌っているものも高い評価を受けています。
これは、不実な男に捨てられた女の歌。彼女の声の魅力と相まって、ヴァルス・ミュゼットというアコーデオンの伴奏による音楽が気持ちを引き立てるようでいてなにか郷愁を誘う不思議な魅力を持っています。
サン=ジャンSaint-Jeanが地名なのか、聖ヨハネ祭のことなのかについて、三木原浩史著「シャンソンの風景」(2012年、彩流社)に詳細に述べられています。…聖ヨハネ祭なら付くはずの定冠詞laが付いていないので地名であろう。それはSaint-Jean-au-Boisというフランス北部の寒村らしい。しかしその裏に聖ヨハネ祭を連想させるという意図を持つのであろう…クリスマスの半年前の6月24日におこなわれる「聖ヨハネ祭」とは、キリスト教以前からヨーロッパ各地で夏至の日におこなわれていた「夏至の火祭り」すなわち異性間の愛情、結婚、新家庭の建設などを祈願する祭を、健康と幸福を祈るキリスト教の宗教行事に様変わりさせて取り込んだもの…。以上、かいつまんで紹介させていただきましたが、興味のある方は原本をぜひお読みください。Saint-Jeanは、歌詞の文脈からも地名としたほうが自然ですが、異性間の愛情を祈願する祭を前身とする聖ヨハネ祭をかけた名称なのでしょう。
Mon amant de Saint-Jean サン=ジャンの私の恋人
Lucienne Delyle リュシエンヌ・ドリール
Je ne sais pourquoi j'allais danser 注1
A Saint-Jean au musette,
Mais il m’a suffit un seul baiser, 注2
Pour que mon cœur soit prissonnier
Comment ne pas perdre la tête, 注3
Serrée par des bras audacieux 注4
Car l'on croit toujours
Aux doux mots d'amour
Quand ils sont dits avec les yeux
Moi qui l'aimais tant,
Je le trouvais le plus beau de Saint-Jean,
Je restais grisée
Sans volonté
Sous ses baisers.
どうして踊りに行っていたのか分からない
ミュゼットをサン=ジャンに、
けれど わたしにはたった一度の口づけでこと足りた、
心がとりこになってしまうのに
どうして正気を失わずにいられるでしょう、
大胆な腕に抱きしめられたら
だって 誰でもきっと信じてしまうわ
甘い愛の言葉を
あんな目をして言われたら
わたしはね、彼をとっても愛していて、
サン=ジャンで一番の美男子だと思ってた、
わたしは酔いしれていた
心ならずも
彼の口づけに。

Sans plus réfléchir, je lui donnais
Le meilleur de mon être
Beau parleur chaque fois qu'il mentait,
Je le savais, mais je l'aimais. 注5
Comment ne pas perdre la tête,
Serrée par des bras audacieux
Car l'on croit toujours
Aux doux mots d'amour
Quand ils sont dits avec les yeux
Moi qui l'aimais tant,
Je le trouvais le plus beau de Saint-Jean,
Je restais grisée
Sans volonté
Sous ses baisers.
あまりよく考えもせずに あげてしまったの
わたしの一番だいじなものを
口のうまい彼はいつも嘘をついていた、
それはわかっていたわ、けど彼を愛してた
どうして正気を失わずにいられるでしょう
大胆な腕に抱きしめられたら
だって 誰でもきっと信じてしまうわ
甘い愛の言葉を
あんな目をして言われたら
わたしはね、彼をとっても愛していて、
サン=ジャンで一番の美男子だと思ってた、
わたしは酔いしれていた
心ならずも
彼の口づけに

Mais hélas, à Saint-Jean comme ailleurs
Un serment n'est qu'un leurre
J'étais folle de croire au bonheur,
Et de vouloir garder son cœur.
Comment ne pas perdre la tête,
Serrée par des bras audacieux
Car l'on croit toujours
Aux doux mots d'amour
Quand ils sont dits avec les yeux
Moi qui l'aimais tant,
Mon bel amour, mon amant de Saint-Jean,
Il ne m'aime plus
C'est du passé
N'en parlons plus.
Il ne m'aime plus
C'est du passé
N'en parlons plus.
ああ、サン=ジャンでも
よそでも
誓いなんてまやかしに過ぎない
わたしったら しあわせを信じ
彼の心を引き止めておきたいと願うおばかさんだった。
どうして正気を失わずにいられるでしょう、
大胆な腕に抱きしめられたら
だって 誰でもきっと信じてしまうわ
甘い愛の言葉を
あんな目をして言われたら
わたしは彼をとっても愛してた、
わたしのすてきな人、サン=ジャンのわたしの恋人
彼はもうわたしを愛していないわ
それは過ぎたこと
話すのはもうよしましょう。
[注] これはリュシエンヌ・ドリールの歌詞で、女性が自分のことを語る形だが、パトリック・ブリュエルの歌詞は「彼女は…」と3人称を用いた語り口。
1 まず、allaisが半過去だということに注目したい。この歌詞では、半過去が回想を示す形で何度も用いられている。
2 ilは非人称。Il suffit à qn. de qc. pour que…「qn.にとって…のためにはqc.で充分だ」
3 comment+inf.の否定形の形。
4 serréeの前のétantが省略されている。
5 je l'aimaisのleは「彼」だが、Je le savaisのleは、前行の内容。
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