
「セーヌの花Fleur de Seine」は、1901年に、Fernand DisleとEugène Joullotが作詞し、Émile Spencerが作曲し、1870年生まれのガストン・ドナGaston Dona という歌手が歌っていた曲です。1950年には、イヴ・モンタンYves Montandが歌いました。同年にモンタンが歌った「白いバラ(サン・ヴァンサン通り)Rue Saint-Vincent」と歌詞内容がとても似ていて、不遇な身の上で娼婦になったきれいな女の子が死んでしまうというお話です。
ジョルジェット・プラーナGeorgette Plana(別名リキータRiquita)という、モンタンよりちょっと先輩の女性歌手。
モンタンの動画は私が作りました。モンタンは1節目を歌っていなくて、ほかの部分も数箇所、プラーナと歌詞が違います。
Fleur de Seine セーヌの花
Georgette Plana ジョルジェット・プラーナ
C'était une gosse de dix-huit ans
Venue au monde un soir de déveine,
La petite n'avait pas de parents
Libre le dimanche et la semaine
Elle se promenait d'un air fripon
De Billancourt à Bagatelle, 注1
La nuit elle se couchait sous un pont
Car la rivière, c'était chez elle
それは不運な夜にこの世に生まれた
18歳の子どもでした、
その小さな子は両親がいなくて
日曜も平日も関係なく
彼女はお転婆なようすで往き来していました
ビアンクールからバガテルへと、
夜には彼女は橋の下で寝ました
川、それは彼女の家だったから
Elle avait un jupon plein d'trous
Elle fréquentait un tas d'voyous
Mais quand elle passait auprès de vous
Avec ses grands yeux noirs si doux
Le jeune homme comme le patriarche 注2
Désireux de l'attendre sous l'arche
Disait "C'est le printemps qui marche"
彼女は穴だらけのスカートをはいていて
たくさんの不良たちとつきあっていました
でも彼女が黒くて色っぽい大きな目をして
そばを通り過ぎるとき
立派な身分の若者は
橋のアーチの下で彼女を待ちたいと欲して
「この人は歩く春だ」と言うのでした

Elle était belle comme les amours
Des cheveux blonds un cœur de grisette
Mais vagabonder tous les jours
C'est pas facile de rester honnête,
Aussi se donna-t-elle sans peur
À Charlot, terreur de la berge,
Qui lui prit la taille et le cœur
Un soir dans un bosquet d’ auberge
彼女は恋のように美しく
小鳥のような心を持っていました
だが日々放浪する身では
身持ちよくしているのはやさしいことじゃありません
それゆえ彼女は恐れもせずに
河岸の乱暴者であるシャルロに身を捧げたのです
ある宵に宿屋の植え込みのなかで
彼は彼女の身も心も奪ったのでした
Elle avait un jupon plein d'trous
Elle fréquentait un tas d'voyous
Mais quand elle passait auprès de vous
Avec ses grands yeux noirs si doux
Voyant sa frimousse aguichante
Comme un beau jour qui vous enchante;
On disait "C'est le printemps qui chante"
彼女は穴だらけのスカートをはいていて
たくさんの不良たちとつきあっていました
でも彼女が黒くて色っぽい大きな目をして
そばを通り過ぎるとき
ひとを魅了する輝くばかりに美しい
その色気のある容貌を見て
「この人は歌う春だ」とひとは言うのでした
À force de passer des nuits 注3
À regarder la lune argentine,
D’avoir des coups et des ennuis,
Elle s’en alla de la poitrine, 注4
Puis un jour elle se jeta dans l’eau,
Morte, elle était encore jolie
Elle avait fait le dernier dodo 注5
Dans le lit d’la Seine, son amie
銀色の月を眺めて
幾夜も過ごしていて、
辛いことや嫌なことがいろいろあって、
胸を痛めて衰弱し、
ある日、川に身を投げました
死んでもなお、彼女はきれいなままでした
それは彼女の最後の眠りでした
友であったセーヌの川床での

On la plaçait dans un grand trou
Sans croix, sans nom, comme un toutou
À Pantin, là-bas, tout au bout 注6
Par un matin d' juin beau comme tout,
Et seul un rôdeur de rivière
L’ayant suivie jusqu'au cimetière
Se dit "C’est le printemps qu’on enterre".
人々は彼女を大きな穴に安置しました。
十字架もなく、名前もなく、犬コロのように
パンタン墓地に、あちらに、隅っこに
とても美しい6月の朝
川っぺりをうろついていたひとりの男だけが
墓地までついて来て
「春を埋葬するんだ」とひとりごちたのでした。
[注] ネットで見られるほとんどすべてんの歌詞がプラーナやモンタンが実際に歌っているものとはかなり違っていて、コメントにて指摘を受け、両者を聴き直してプラーナの歌詞として大幅に訂正した。
1 Billancourt「ビヤンクール」はブローニュの森の南にあるコミューン、ブローニュ=ビヤンクールBoulogne-Billancourtであろう。1926年まではブローニュ=シュル=セーヌBoulogne sur Seineと呼ばれていた。Bagatelle「バガテル」はブローニュの森の中心部のバガテル公園le Parc de Bagatelleおよびバガテル城Le château de Bagatelleのことか。
2 patriarche「族長、家長、長老」などの意味の語。
3 A force de + inf.「…したせいで」
4 s’en aller de la poitrineは「肺病で死ぬ」ことを意味する場合があるが、ここでは文脈から、「胸を痛めて衰弱する」くらいの意味。
5 dodo「おねんね」次節のtoutou「わんわん」ともに幼児言葉。
6 Pantin「パンタン」はパリの北東部にあるコミューン。パンタン墓地はパリ近郊で最大級の墓地。
Comment:2
コメント
ご指摘ありがとうございました。
ネットで紹介されている歌詞をそのまま訳していました。
ほとんどすべてが同じ歌詞でした。
が、聴き直して、実際の歌唱とかなり違いがあることが分かり
聞き取って訂正いたしました。
ネットで紹介されている歌詞をそのまま訳していました。
ほとんどすべてが同じ歌詞でした。
が、聴き直して、実際の歌唱とかなり違いがあることが分かり
聞き取って訂正いたしました。
朝倉ノニー
2017.09.29 12:18 | 編集

毎度、お世話になっております。
今回は、原詩の間違いを教えてくださった方がいらっしゃり、
その方のかわりにお知らせいたします。
D’avoir des coups de ses ennemies
とお書きになっていますが、
本当は、
D’avoir des coups et des ennuis
です。
他にもこまごま気になるところがありますが、
とりあえず、ご指摘のあったところだけお知らせします。
今回は、原詩の間違いを教えてくださった方がいらっしゃり、
その方のかわりにお知らせいたします。
D’avoir des coups de ses ennemies
とお書きになっていますが、
本当は、
D’avoir des coups et des ennuis
です。
他にもこまごま気になるところがありますが、
とりあえず、ご指摘のあったところだけお知らせします。
岩元ガン子
2017.09.29 00:19 | 編集
