2015
06.03

あじさい娘Mademoiselle Hortensia

Yvette Giraud


イヴェット・ジローYvette Giraudが日本を初めて訪れたのは1955年のこと。53年のダミアDamia、54年のジョセフィン・ベ-カーJoséphine Bakerに続いて3番目で、その後は何度も来日を重ね、日本ではもっとも知られたシャンソン歌手のひとりとなりました。1999年に翻訳出版された、自伝「幕が下りる前に…私の歌、私の日本」に、彼女は、「私は2度生まれた、1916年にパリで、1955年に日本で」と、日本への思いを書いています。
彼女は1916年にパリで生まれ、1945年まではパリのレコード会社のタイピストとして働いていましたが、その声の魅力を買われてラジオのアナウンサーとなります。そして、結婚することになる作詞家ジャック・プラントJacques Planteと出会い、1946年に、彼の作詞でルイギLouiguyの作曲による「あじさい娘Mademoiselle Hortensia」でレコードデヴューします。その年の暮れ、初めて人前で、パリ解放に尽くした連合軍兵士たちの前で歌います。その後は、何度もステージに立ち、1952年に、シャルル・トレネCharles Trénetの「詩人の魂L'âme des poètes」でACCのディスク大賞を受賞。同年、ピアニストのマルク・エランMarc Herrandと再婚します。彼女はスタンダード曲や、他の歌手のカヴァーが多く、ポルトガルのファドの歌手アマリア・ロドリゲスの「コインブラ」を「ポルトガルの四月Avril en Portugal」としてフランス語で歌うなど、レパートリーの幅広さが際立っています。その分、オリジナルなレパートリーは少ないとも言えます。エディット・ピアフÉdith Piafの「愛の讃歌l'Hymne à l'amour」は、もともと彼女が歌うことになっていたのですが、恋人セルダンの急死で、ピアフが自分で歌うと言いだし、レパートリーに加えるのは63年のピアフの死まで待たされることになりました。彼女の声は低くて魅力的ですし、親しみやすくさっぱりした性格も親近感を感じさせるようです。顔立ちはちょっとメリル・ストリープMeryl Streepに似ているでしょうか。1999年に歌手としての活動を終えました。そして昨2014年8月3日に97歳で亡くなりました。

アジサイの季節ということで、今回は「あじさい娘Mademoiselle Hortensia」を取り上げることにいたしました。フランスのアジサイは日本のアジサイから改良された品種だそうです。日本では、アジサイには七変化という別名があるそうですが、貧しいみなしごが伯爵夫人に変身するという意味で「あじさい娘」なんでしょうか。現代版シンデレラ・スト-リーとも呼ばれる内容の歌詞で、めでたしめでたしで終わります。この歌を歌ったことで、イヴェットは「あじさい娘」というニック・ネームで呼ばれるようになりました。

YouTube動画は自分で作りました。



Mademoiselle Hortensia       あじさい娘
Yvette Giraud            イヴェット・ジロー


Au temps des crinolines 注1
Vivait une orpheline
Toujours tendre et câline :
Mademoiselle Hortensia.
La belle était lingère 注2
Comme elle était légère
Devant ses étagères,
Mademoiselle Hortensia.
Tous les galants du Palais-Royal
Lui dédiaient plus d'un madrigal, 注3
Et là, sous les arcades
Les cœurs en embuscade
Rêvaient de vos œillades,
Mademoiselle Hortensia.

  鯨骨のペチコートを穿いていた時代に
  つねに心根優しく情愛の深い
  ひとりのみなしごの娘がいました:
  あじさい娘よ。
  このきれいな娘は用品店の売り子で
  陳列棚の前では
  なんと身ごなしの軽かったことでしょう、
  あじさい娘は。
  パレ・ロワイヤルのプレイボーイたちはみな
  彼女に愛の詩を一度ならず贈りました
  そして、アーケードの下で
  気もそぞろに
  あなたのウィンクを夢見ていたわ、
  あじさい娘さん。

Mademoiselle Hortensia1


Oui, mais un beau jour...
Un homme énigmatique
Entré dans la boutique
Trouva fort sympathique 注4
Mademoiselle Hortensia.
Il prit quelques dentelles
Il dit des bagatelles, 注5
Que lui répondit-elle,
Mademoiselle Hortensia ? ...

  ええ、でもある日のこと…
  不思議な男の人が
  店に入ってきて
  とても好意を持ちました
  あじさい娘に。
  レースをいくつか手にとって
  ちょっとしたことを言いました、
  でもなんて答えたんでしょうね、
  あじさい娘は?…

Je n'en sais rien, je n'écoutais pas,
Mais les voisins vous diront tout bas
Qu'un fiacre, à la nuit close, 注6
Discret, cela s'impose, 注7
Vint prendre, fraîche et rose,
Mademoiselle Hortensia.

  わたしにはわかりません、聞いていなかったから、
  でもまわりの人たちがそっと教えてくれるでしょう
  一台の馬車が、とっぷりと日が暮れてから、
  密かに、それは当然なことだったのよ、
  迎えにやって来たことを、みずみずしくてバラ色の、 
  あじさい娘を。

Mademoiselle Hortensia2


Et depuis ce jour...
On voit dans sa calèche
Filant comme une flèche,
La belle au teint de pêche : 注8
Mademoiselle Hortensia.
Au bois, à la cascade,
Aux bals des ambassades,
Jamais triste ou maussade,
Mademoiselle Hortensia.
Elle a trouvé, non pas un amant
Mais simplement un mari charmant...
Puisqu'elle nous invite,
Venez, venez bien vite,
Rendons une visite
A la comtesse Hortensia.

  そしてその日から…
  矢のように走る
  馬車の中に見かけます
  桃色の肌の美人を
  それはあじさい娘。
  森で、滝で、
  大使館の舞踏会で、
  けっして寂しそうでも陰気でもない、
  あじさい娘。
  彼女は、恋人ではなくて
  すてきなだんな様そのものを見つけたんですよ
  彼女がわたしたちを招待していますから
  いらっしゃい、いらっしゃい早くと、
  お訪ねしましょうよ
  あじさい伯爵夫人を。

[注]
1 crinoline「鯨骨で作られた、スカートを張らせるためのペチコート」で、第2帝政時代に流行した。
2 古くは「下着製造人」、女性形のみ「(ホテル・病院等の)衣類整理係」。ここでは下着(ランジェリー)などの布製品を売る売り子といった意味。
3 un madrigal「マドリガル」14世紀のイタリアに発生し、フランスでは、主として女性に捧げる詩形自由な小詩として、17,18世紀に流行した。
4 trouver qn. sympathique「…を感じがいいと思う」
5 bagatelle「些細なこと、軽口」という意味だが、「愛の言葉」というところを曖昧に表現しているのかもしれない。
6 à la nuit close「とっぷりと日が暮れてから」
7 s'imposer「是非とも必要である、避けられない」
8 teintは、女性名詞としては「色合い、色調」だが、ここでは男性名詞で「顔色」「染め上がり」。


Hortensia1.jpg




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dot 2015.07.06 14:14 | 編集
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