2015
01.23

ミラボー橋Le pont Mirabeau

Léo Ferré Le pont Mirabeau


今回は、ギヨーム・アポリネールGuillaume Apollinaireの詩にレオ・フェレLéo Ferréが曲をつけて歌っている「ミラボー橋Le pont Mirabeau」。この詩は、画家マリー・ローランサンMarie Laurencinとの恋の終焉を歌ったもので、詩集「アルコールAlcools」(1913年)に収められています。
下の左の画像はアンリ・ルソーHenri Rousseauの絵「詩人に霊感を与えるミューズ The Muse Inspiring the Poet」(1909年)で、アポリネールとローランサンをあらわしています。右はローランサン。

The Muse Inspiring the PoetMarie Laurencin1


アポリネールは、1880年にイタリアのローマで生まれたポーランド人の詩人・小説家・美術批評家。19歳のときにパリに出て、当時モンパルナスに集まっていた、パブロ・ピカソPablo Picasso、マルク・シャガールMarc Chagall、マルセル・デュシャンMarcel Duchamp、フェルナン・レジェFernand Légerらの芸術家たちと交流します。そして1913年に、随筆「キュビストの画家たちLes Peintres cubistes」を発表して、印象主義を批判し、キュビスムの画風の革新性を論じて何人もの前衛画家を紹介し、新時代の芸術の確立に貢献しました。そのため、「キュビスムCubisme運動」の先導者といわれています。apollinaire.jpg

詩作では、詩集「腐ってゆく魔術師L'enchanteur pourrissant」(1909年)、句読点を一切用いない独特の文体の「アルコールAlcools」(1913年)、文字で絵を描くという斬新な手法の「カリグラムCalligrammes」が代表作。

匿名で出版した「若きドン・ジュアンの冒険Les exploits d'un jeune Don Juan」は、奔放な性生活を綴り、ベストセラーとなりました(1987年に映画化)。また、短編集「異端教祖株式会社L'hérésiaque Et Cie」は、語呂合わせの技法を縦横に駆使した幻想的な世界を描いています。マルキ・ド・サドMarquis de Sadeの再評価とその文学の復興にも尽力し、自身も、同性愛やサディズム、殺人に関する描写をふんだんに盛り込んだ小説「一万一千本の鞭Les Onze Mille Verges」(1907年)を書きましたが、これは1970年まで発禁とされていました。
第1次世界大戦に従軍し、1916年に負傷。よく知られている頭に包帯を巻いた写真はこの時のものです。1917年、戯曲「ティレシアスの乳房Les Mamelles de Tirésias」が上演され、その翌年の1918年にスペイン風邪で病死。38歳でした。彼もペール・ラシェーズ墓地に埋葬されています。死の直後に「カリグラムCalligrammes」が公刊されました。

レオ・フェレLéo Ferréはこの曲をはじめ、アポリネールやアルチュール・ランボーArthur Rimbaud等の詩を歌詞として作曲した曲のコンサートを1986年に開き、ライブアルバムLéo Ferré chante les poètesを出しました。

フェレの歌。ミラボー橋のほかセーヌ川の橋の写真がいっぱい用いられている動画です。



同じメロディで、イヴェット・ジローYvette Giraudほかも歌っていますが、セルジュ・レジアーニSerge Reggianiはまた違った美しいメロディーで歌っています。



マルク・ラヴォワンヌMarc Lavoineの、まったく違った歌い方もなかなか面白いです。



パウワウPow Wowというグループもおしゃれに歌っています。



Le pont Mirabeau           ミラボー橋
Léo Ferré               レオ・フェレ


Sous le pont Mirabeau coule la Seine
Et nos amours 注1
Faut-il qu'il m'en souvienne 注2
La joie venait toujours après la peine

  ミラボー橋のしたをセーヌ川は流れる
  ぼくたちの恋も流れ去る
  思い出せというのか
  辛いことのあとにはかならず歓びが来たことを

Le pont Mirabeau2


Vienne la nuit sonne l'heure 注3
Les jours s'en vont je demeure

  夜よ来い 鐘よ時を告げるがいい
  日々は過ぎようが 僕はこのままさ

Les mains dans les mains restons face à face 注4
Tandis que sous
Le pont de nos bras passe
Des éternels regards l'onde si lasse 注5

  手に手をとって 見つめ合おうよ
  つないだ僕らの腕の橋のしたを
  見られっぱなしにうんざりした波が
  通り過ぎていくあいだ

Le pont Mirabeau5


Vienne la nuit sonne l'heure
Les jours s'en vont je demeure

  夜よ来い 鐘よ時を告げるがいい
  日々は過ぎようが 僕はこのままさ

L'amour s'en va comme cette eau courante
L'amour s'en va
Comme la vie est lente 注6
Et comme l'Espérance est violente 注7

  流れるこの水のように恋は行ってしまう
  恋は行ってしまう
  なんと生の歩みののろいこと
  またなんと希望の酷なことよ

Vienne la nuit sonne l'heure
Les jours s'en vont je demeure

  夜よ来い 鐘よ時を告げるがいい
  日々は過ぎようが 僕はこのままさ

Le pont Mirabeau4


Passent les jours et passent les semaines 注8
Ni temps passé
Ni les amours reviennent 注9
Sous le pont Mirabeau coule la Seine

  何日も過ぎ 何週も過ぎ
  過ぎた時間も
  愛も戻って来はしない
  ミラボー橋のしたをセーヌ川は流れる

Vienne la nuit sonne l'heure
Les jours s'en vont je demeure

  夜よ来い 鐘よ時を告げるがいい
  日々は過ぎようが 僕はこのままさ

[注] eで終わる女性韻が多いことで、優しい響きを与える詩である。大家の翻訳も数多いが、それらと若干異なる解釈を自分なりの自信をもって示したい。下に、堀口大學訳を記載する。
1 nos amoursにcoulentを補って読み取る必要がある。
2 Faut-il…!「…としか思えない、全く…である」という成句があるが、ここは単なるIl faut…の疑問文である。souvenirは文語で、「…が思い出される」の意で、se souvenir「(…を)思い出す」とは異なる用法。Il me souvient de qcやIl me souvient que+ind.といった形で用いられる。ここでは、queが省かれているが、次行につながる。直訳すると、「(次行の内容)が思い出される必要があるのか」。
3 Vienne la nuit sonne l'heure接続法の倒置法で、願望・仮定をあらわすが、次行とのつながりで、譲歩のニュアンスと解釈される。この点、仏語の解説文をいくつか参照して確認した。
4 命令文。愛し合っていた頃の状態にとどまったままの気持ちを表現しているのだろう。
5 語順を戻して読み取る必要がある。L'onde passe sous le pont de nos bras.「私たちの腕の橋の下を波が過ぎる。」そしてl'ondeをsi lasse des éternels regards「(恋人たちが)いつまでも注ぐ視線にうんざりした」と説明している。なお、le pontには「橋」の意味のほか、「つながり、関係」の意味もあり、ここは、二つの意味を兼ねた表現。
6 Comme…「なんと…だ」という感嘆文。
7 Espéranceが大文字になっている。「希望」すなわち強引に未来へと急き立てるものの暴力性を表現している。<vie-est-lente>→ <vi-o-lente>の語呂合わせが絶妙。
8 主語と動詞が逆転されている。
9 reviennent の主語はtemps passéとles amours で、niで否定され、reviennentの前のneが省略されている。souvienne、vienne、reviennentという語呂合わせにも注目したい。


ミラボー橋 堀口大學訳

ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると

日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る

手に手をつなぎ顔と顔を向け合はう
かうしていると
われ等の腕の橋の下を
疲れたまなざしの無窮の時が流れる

日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る

流れる水のように恋もまた死んでいく
恋もまた死んでゆく
生命ばかりが長く
希望ばかりが大きい

日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る

日が去り、月がゆき
過ぎた時も
昔の恋も 二度とまた帰って来ない
ミラボーー橋の下をセーヌ河が流れる

日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る

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