
以前、「忘却J'oublie(Oblivion) 」を取り上げました。今回は、それと同様に、ミルバMilvaがアストル・ピアソラAstor Piazzollaの曲を彼のバンドネオン伴奏でフランス語で歌い、同じライブアルバムに収録されている「チェ・タンゴ・チェChe tango che」です。「忘却」の記事でアストル・ピアソラAstor Piazzollaについて少々解説していますので参照ください。
また、「忘却J'oublie(Oblivion) 」の記事に出した「ライヴ・イン・東京1988」の全ステージの動画にも、「チェ・タンゴ・チェChe tango che」は入っています。40:05くらいから始まります。字幕に出ている邦訳は私の解釈とは異なりますが。
ヴァイオリンのギドン・クレーメルGidon Kremerとの共演も素晴らしいです。
Che tango che チェ・タンゴ・チェ
Milva & Astor Piazzolla ミルヴァ&アストル・ピアソラ
Che tango che 注1
rosée usée 注2
abusée et
désabusée
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
バラ色に染められ、使い古され
もてあそばれ そして
目を覚まされた私
チェ・タンゴ・チェ

che tango che
qui m’as draguée
qui m’as droguée
qui m’as croquée
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
私を引っ掛け
私に麻薬を飲まし
私をものにした
チェ・タンゴ・チェ
che tango che
limée minée
élimée et
éliminée
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
磨かれ 蝕まれ
擦り切れ そして
つまみ出された私
チェ・タンゴ・チェ
che tango che
qui m’as violée 注3
qui m’as viciée
qui m’as virée
チェ・タンゴ・チェ
私を汚し
私を犯し
私を追っぱらった
che tango che
fauchée fichée
esseulée et
déboussolée
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
巻き上げられ 放り出され
一人ぼっちで
途方に暮れた私
チェ・タンゴ・チェ
qui me frôlais
qui m’affolais
et qui m’as flouée
che tango che
私にちょっかいを出し
私をかき乱し
そして私を騙した
チェ・タンゴ・チェ
tu m’as fait valdinguer
tu m’as fait déglinguer
tu m’avait déshabillée
tu m’avait dévergondée
おまえは私を押し倒した
おまえは私をめちゃめちゃにした
おまえは私を脱がせ
おまえは私をふしだらにした

tu m’as fait me pâmer
tu m’as fait me paumer
tu m’avait tannée
tu m’avait matée
tu m’as baratinée
et tu m’as laissée rétamée
おまえは私をしびれさせ
おまえは私を惑わした
おまえは私を打ちのめし
おまえは私を屈服させ
おまえは私を言いくるめた
そしておまえは私をへとへとにさせた
(tango)
(タンゴ)
che tango che
râpée tapée
camée cassée
décarcassée
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
ぼろぼろにされ 叩かれて
麻薬中毒にされ 皺くちゃにされ
骨抜きにされた私
チェ・タンゴ・チェ
che tango che
qui m’as gâtée
qui m’as fêtée
qui m’as jetée
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
私を甘やかし
私を祭り上げ
私をほうり出した
チェ・タンゴ・チェ
bandominée 注4
bandorlotée
bando dormant
néon néant 注5
abandonée
バンドに支配され
バンドにちやほやされた私
バンドは休止し
ネオンは消滅
捨てられた私

che tango che
qui m’as soûlée
qui m’as roulée
et qui m’as coulée
チェ・タンゴ・チェ
私を酔わせ
私を騙し
そして私を破滅させた
che tango che
tango câlin
tango éteint
tango destin
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
甘ったれタンゴ
しょぼくれタンゴ
運命のタンゴ
チェ・チェ・タンゴ・チェ
qui m’as grisée
qui m’as brisée
mais qui m’as aimée
私をうっとりさせた
私を傷つけた
けれど私を愛してくれた
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
che tango che
チェ・タンゴ・チェ
[注]
1 che tango cheのcheは、アルゼンチン、ウルグアイで、「ねぇ」「あの」といった意味で用いられ、「チェ・バンドネオンChe bandoneón」という曲の歌詞は、バンドネオンに呼びかける内容。ここはあえて日本語にせず、読みのカナ表記にした。呼びかけの場合は¡che! とも表記され、アルゼンチン人がよく使うので、チェcheはアルゼンチン人のあだ名にもなっている。ちなみにキューバ革命の闘士ラモーン Ramónはチェ・ゲバラChe Guevaraの愛称で呼ばれる。
2 この節やほかのいくつかの節では過去分詞の女性形が並ぶが、男性名詞のtangoを形容するものではなく、女である自分がタンゴによってもたらされた状態を形容している。次節ほかでは複合過去が用いられているが、過去分詞が代名詞meに性数一致するのでqui m’as draguéeなどと女性形にならねばならない。採用した動画に添えられた歌詞は間違えている。
3 qui m’as viciée/ qui m’as violée/qui m’as viréeの順に歌っている音源もある。
4 bandominéeとbandorlotéeはそれぞれ、dominée、dorlotéeにbandonéon「バンドネオン」の前半のbandoを合体させた造語。bando dormantは2語に分けている。
※バンドネオンbandonéonという名称は、発明者のドイツ人ハインリヒ・バンドHeinrich Bandの名に由来する。1829年にウィーンで発明されたアコーディオンaccordion(仏accordéon)に続き、1834年にドイツでキーがボタン式のコンサーティーナconcertinaという楽器が開発される。その後ハインリヒ・バンドがその音域を広げ改良し、1847年にバンドネオンを発明した。
5 bandonéonの後半のnéonは「ネオンサイン、ネオン管」の意味の語と同じ。語呂合わせでnéant「虚無、無価値」を加えている。
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