
シャルル・ボードレールCharles-Pierre Baudelaire (1821-1867)の詩集「悪の華Les fleurs du mal」(1857年)の詩を歌詞とした曲はいくつか紹介いたしました。「恋人たちの死La mort des amants」のページをご覧ください。今回、詩集第一部の「憂鬱と理想Spleen et Idéal「夕べのハーモニーHarmonie du soir」を加えましょう。レオ・フェレLéo Ferréの歌う1967年のアルバム:Léo Ferré chante Baudelaireに収録。この詩は、ボードレールがプラトニックな愛情を抱くサバティエ夫人Madame Sabatierのために作ったされ、igeとoirの韻がきれいにそろい、一行を次の節で繰り返されるパントウム詩型(Pantoum)です。「夕べの諧調」という格調高い邦題も付けられ、何人もの詩人や文豪が訳されています(上田敏訳を記事の最後に収録)が、おこがましくも、あらたに訳してみます。
「ボードレールの詩による5つの歌曲Cinq Poèmes de Baudelaire」にもこの詩が用いられています。
Harmonie du soir 夕べのハーモニー
Léo Ferré レオ・フェレ
Voici venir les temps où vibrant sur sa tige
Chaque fleur s’évapore ainsi qu’un encensoir ; 注1
Les sons et les parfums tournent dans l’air du soir ;
Valse mélancolique et langoureux vertige !
今まさに、梢で身をふるわせ
花々が香を放つ、あたかも吊り香炉のごとく
音と香が、夕空に舞う
物憂いワルツと悩ましい目眩い!

Chaque fleur s’évapore ainsi qu’un encensoir ;
Le violon frémit comme un cœur qu’on afflige ;
Valse mélancolique et langoureux vertige !
Le ciel est triste et beau comme un grand reposoir. 注2
花々が香を放つ、あたかもつり香炉のように
ヴァイオリンが震える、傷ついた心のように
物憂いワルツと悩ましい目眩い!
空は悲しげで美しい、巨きな祭壇のごとく。
Le violon frémit comme un cœur qu’on afflige,
Un cœur tendre, qui hait le néant vaste et noir !
Le ciel est triste et beau comme un grand reposoir ;
Le soleil s’est noyé dans son sang qui se fige.
ヴァイオリンが震える、傷ついた心のように
柔和な心は、果てなく暗い無を憎む!
空は悲しげで美しい、巨きな祭壇のごとく
太陽は身を沈めた、己の凝った血のなかに。

Un cœur tendre, qui hait le néant vaste et noir,
Du passé lumineux recueille tout vestige !
Le soleil s’est noyé dans son sang qui se fige…..
Ton souvenir en moi luit comme un ostensoir ! 注3
柔和な心は、果てなく暗い無を憎む、
輝く往時のすべての名残を拾い集めろ!
太陽は身を沈めた、己の凝った血のなかに…
君の思い出が僕のなかで輝く、聖体顕示台のごとく!
[注}
1 s’évapore「消える、蒸散する」の意味もあるが、encensoir「吊り香炉」のように、とあり、「香りをまき散らす」の意味である。
2 reposoir「祭壇」
3 ostensoir「聖体顕示台」

上田敏「海潮音」(1905年)より
薄暮(くれがた)の曲 シャルル・ボドレエル
時こそ今は水枝(みづえ)さす、こぬれに花の顫ふころ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈(くるめき)よ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
痍(きず)に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻(すが がき)や、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈(くるめき)よ、
神輿の台をさながらの雲悲みて艶(えん)だちぬ。
痍に悩める胸もどき、ヴィオロン楽の清掻や、
闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心(やさごころ)。
神輿の台をさながらの雲悲みて艶だちぬ、
日や落入りて溺るゝは、凝るゆふべの血潮雲。
闇の涅槃に、痛ましく悩まされたる優心、
光の過去のあとかたを尋(と)めて集むる憐れさよ。
日や落入りて溺るゝは、凝るゆふべの血潮雲、
君が名残のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒(せいたいごう)。
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