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2020
11.29

恐い病気よりましÇa vaut mieux que d'attraper la scarlatine

Ray Ventura Ça vaut mieux que dattraper la scarlatine


実は私、若い頃は本の虫で、好んで奇書・珍書の類も読んでおりました。そのうちの1冊、中井英夫の「虚無への供物」(1964年刊)は、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」、夢野久作の「ドグラ・マグラ」とともに、日本探偵小説史上の三大奇書といわれます。その中にシャンソンが何曲も出てきたことを今になって思い出しました。最初に登場するのは「恐い病気よりましÇa vaut mieux que d'attraper la scarlatine」という大変ユーモラスな曲。今回、それをご紹介しましょう。「虚無への供物」にはリヌ・クルヴェールLyne Cleversの曲として出ていましたが、1936年のオペレッタ・ノルマンディーl'opérette Normandieの劇中曲で、作詞:アンドレ・オルネスAndré Hornez&アンリ・ドゥコワンHenrî Decoin、作曲:ポール・ミスラキPaul Misraki。レイ・ヴァンチュラとその学友たちRay Ventura et ses colégiensが創唱しました。このグループの曲としては「幸せになるのに何を待つのQu'est-ce qu'on attend pour être heureux」を先にご紹介しています。
後年、レイ・ヴァンチュラの甥のサッシャ・ディステルSacha Distel もカヴァーしています。1993年のアルバム:Sacha Distel et ses collégiens jouent Ray Venturaに収録。

scarlatineは、採用した既存の邦題では「恐い病気」とされますが、「猩紅熱」のこと。ヨーロッパでも流行病の代表とされ、「若草物語」や「アンナ・カレーニナ」にも記述がみられます。昨今なら「新型コロナ」に言い換えたいところですが…。「恐い病気」よりましだと挙げられるもろもろのエピソードは「下ネタ」や「オヤジギャグ」の類。このオペレッタはノルマンディーからアメリカに渡る船上が舞台で、パリに愛する貧乏な青年を残して好きじゃない男と結婚するために、大富豪の父親に無理にアメリカに連れ帰られる娘のお話ですが、コミカルな喜歌劇であり、ハッピーエンドとなるようです。劇中でのこの曲の役割は不明ですが、「好きじゃない男と結婚すること」が「恐い病気」よりましだというのかなと。

レイ・ヴァンチュラとその学友たち



リヌ・クルヴェール



サッシャ・ディステルはSacha Distel et ses colégiensと称して、このように複数の歌手とともに歌っています。



Ça vaut mieux que d'attraper la scarlatine 恐い病気よりまし
Ray Ventura et ses colégiens         レイ・ヴァンチュラとその学友たち


*レイ・ヴァンチュラの歌に合わせた。歌詞間の掛け合いの言葉は省いた。サッシャ・ディステルは若干歌詞が異なる。リヌ・クルヴェールは各コーラスの頭に記した1~5の順に歌っており、数字のないコーラスは歌っていない。

1
Nous avons plutôt tendance
À prendre la vie tristement
Et dans bien des circonstances
On s'affole inutilement
Quelle que soit notre malchance
Dites-vous que ce n'est rien
Tout ça n'a pas d'importance
Car si l'on réfléchit bien.

 僕たちはむしろ
 人生を悲しいものと受け取りがち
 そして状況により
 無意味に取り乱してしまう
 僕たちの不運が何であれ
 それは何でもないとあなたはおっしゃるのでしょう
 それはすべて重要じゃないと
 なにせよく考え直したらわかると

{Refrain:}
Ça vaut mieux que d'attraper la scarlatine
Ça vaut mieux que d'avaler d'la mort-aux-rats 注1
Ça vaut mieux que de sucer d'la naphtaline
Ça vaut mieux que d'faire le zouave au Pont d'l'Alma. 注2

 猩紅熱に罹るよりまし
 猫いらずを食べちゃうよりまし
 ナフタリンをしゃぶるよりまし
 アルマ橋でズアーヴ兵を気取るよりまし。

Ça vaut mieux que dattraper la scarlatine1


Dans l'métro quand il y a foule
On n'sait pas où s'accrocher
Et tandis que le train roule
On ne fait que trébucher
L'autre jour quelqu'un s'exclame:
- Mais vous m'attrapez les seins !
J'lui ai répondu : Madame
Y a pas d'quoi faire ce potin. 注3

 地下鉄の車内が混雑していれば
 どこにつかまったらいいか分からず
 列車が走るあいだ
 よろよろするしかない
 ある日誰かが叫ぶ:
 ちょっと、あなたは私の胸をつかんだわね!
 僕は彼女に答えた:奥さん
 騒ぎ立てるほどのことじゃないだろう。

{Refrain}

4
On a la triste habitude
De couper la queue des chiens
Des gens plein d'sollicitude
Trouvent que cela n'fait pas bien 注4
Cette p'tite queue que l'on mutile
Dit quelqu'un, c'est pas joli,
Mais d'une façon subtile
Blumenthal dit à Lévy:

 犬のしっぽを切るという
 悲しい習性をひとは持つ
 心遣いあふれる人々は
 それはいいことじゃないと気づく
 ひとが切ったこの小さなしっぽは
 誰かが言うには、きれいじゃない、
 でも上手なやり方ならねと
 ブルーメンソールはレヴィに言う。

{Refrain}

Ça vaut mieux que dattraper la scarlatine2


Chez une vieille douairière
De soixante ans bien sonnés
Des bandits masqués entrèrent
Et voulurent la violenter.
Son mari criait : Arrière !
Je préfère que l'on me tue
Mais brusquement la douairière
Lui dit - De quoi te mêles-tu. 注5

 60歳をすでに過ぎた
 老婦人の家に
 覆面した強盗が入り
 彼女を強姦しようとする。
 夫は叫んだ:やめろ!
 俺を殺してくれたほうがましだと
 だがいきなり老婦人は
 彼に言った:余計な口出ししないでと。

{Refrain}

3
Comme on parlait de supplices
Dans un salon très coté
Quelqu'un dit : Aux îles Maurice
J'ai vu des gens empalés !
Chacun dit : C'est sanguinaire !
Mais un jeune homme ravi
S'écria : Et prout, ma chère 注6
Si vous voulez mon avis !

 刑罰について、
 たいへん定評あるサロンでひとが言うことには
 誰かが言う:モーリス島で
 くし刺しにされた人たちを見た!
 各々が言う:それは残虐だね!
 だがうれしげな若い男が
 叫ぶ:ウッフン、あなた
 あたしの意見を聞きたいのかしら!

{Refrain}

Ça vaut mieux que dattraper la scarlatine3


{Refrain}

2
Un soir au concert Colonne 注7
Eclata un grand scandale
Il y avait un trombone
Qui ne semblait pas normal
Le chef d'une voix rageuse
Lui dit : Nous jouons Tannhäuser
Et vous, vous jouez Sambre et Meuse ! 注8
L'autre répond : "Kek ça peut faire ? 注9

 ある夕べ、コンセール・コロンヌで
 大事件が起こった
 トロンボーンが
 普通じゃなかった
 バンドマスターが大声で
 彼に言う:私たちは「タンホイザー行進曲」を演奏している。
 そして君はね、君は「サンブル・エ・ミューズ連隊行進曲」を演奏している!
 相手は答えた:それが何だよ?

{Refrain}

※下のリヌ・クルヴェールの5コーラス目はレイ・ヴァンチュラとサッシャ・ディステルは歌っていない。

5
Je n’connais pas l’orthographe.
J’suis pas la seul à Paris.
Et souvent j’commets des gaffes.
Ça déplait à mon mari.
L’autr’ jour il me dit : Caresse
Ça s’écrit avec un C
Je répondis tout d’un’ pièce 注10
Avec un Q c’est plus gai.

 私は綴りが分からない。
 パリじゃ私ひとりじゃないけどね。
 そして私は時々ヘマをする。
 夫はそれが気に入らない。
 ある日彼は私に言う:Caresse(愛撫)は
 Cを使って書くんだよ
 私は意固地に答えた
 Qを使うともっと楽しいわ。

{Refrain}

Ça vaut mieux que dattraper la scarlatine4


[注] 
1 mort-aux-rats「猫いらず」黄燐や亜砒酸を主成分とした殺鼠剤。
2 zouave「ズアーヴ兵」アルジェリア人を中心に編成したフランス歩兵隊。1858年に、セーヌ川にかかるPont d'l'Alma「アルマ橋」に、彫刻家ジョルジュ・ディーボルトGeorges Diebolt(1816-1861)作のle Zouave「ズアーヴ兵」とle Grenadier「擲弾兵」の二つの銅像が設置された。話し言葉で、faire le zouaveは「からいばりする、おどける」だが、銅像を考え「ズアーヴ兵を気取る」とした。
3 Il n'y a pas de quoi+inf.「…するほどのことはない」。potin「うわさ話、陰口」 faire du potin「騒ぐ、物議をかもす」
4 faire bien人が主語の場合は「適切に行動する」という意味となるが、celaが主語なので「よい結果をもたらす」といった意味合い。
5 se mêler de ...「…に介入する、口出しする」
6 proutホモセクシャルな女性っぽいオノマトペ。
7 concert Colonne「コンセール・コロンヌ(コロンヌ管弦楽団)」1873年に創設されたパリのオーケストラ。エドゥアール・コロンヌÉdouard Judas Colonneが初代の総監督。
8 Sambre et Meuse=Le régiment de Sambre et Meuse「サンブル・エ・ミューズ連隊行進曲」ジャン・ロベール・プランケットJean Robert Planquetteが1879年に作曲。
9 Kek ça peut faire ?=Quelque ça peut faire ?
10 tout d’une pièce「ぎこちなく」「融通のきかない」
 



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