
大型台風ハギビス襲来!雨風の音を不安な気持ちで聞きながら訳します。
「イゼールの夜哨La garde de nuit à l'Yser」は、第一次世界大戦の始まった1914年に、エルネスト・ジャンヴァルErnest Genvalが書いた詩にリュシアン・ボワイエLucien Boyerが曲を付け、大戦終了直後にダミアDamiaがオランピア劇場で創唱した曲です。
l'Yser「イゼール川」は北フランスの砂岸丘陵地からベルギー西部を経て北海に流入する小海岸河川で、全長77kmのうちベルギー領内の約50kmは運河化されています。第1次世界大戦中の1914年10月17日から31日にかけての15日間、その流域のイゼール平原において、イギリスの海岸を目標にフランスの港湾都市ダンケルク、カレーに進軍しようとしたドイツ軍と,これを阻止しようとするベルギーとフランスの連合軍の間で激しい戦闘が繰り広げられました。イゼール平原の地形は平坦で、海抜も低いことから、ベルギー政府は意図的に運河の堤防を決壊させて洪水作戦を敢行し、連合軍が左岸を確保しドイツ軍の前進は阻止されました。しかし、一帯の風景は変貌しノーマンズランドと化しました。

当時の戦いは塹壕戦が主であったため、冬を迎えるなかで、両軍の兵士は想像を絶する劣悪な環境に置かれたそうです。塹壕と言っても、イゼール平原は湿地であるため塹壕を掘る代わりに、連合軍は土手を築き数万の土の袋を積み上げました。この歌詞は、その激戦地イゼールYserの塹壕戦において、ひとりの夜哨の見聞きした情景を絵画、いいえ映画のように描いており、ヴィクトル・ユーゴーVictor Hugoの詩「魔神Les Djinns」(1829 年の詩集:Les Orientalesに収録)を思わせます。
作詞者のジャンバルはベルギー人で、戦争の初期に負傷したのち、戦争を題材にした歌詞を作り、「軍のシャンソニエchansonnier de l'armée」と呼ばれるようになった人で、その作品のなかで、この曲がもっとも有名です。彼は1925年からはコンゴでいくつかの映画を作り、映画監督としても知られています。第2次大戦ではレジスタンス運動に加わり、ゲシュタポに捕えられ1945年にチフスで亡くなりました。
録音は1933年
La garde de nuit à l'Yser イゼールの夜哨
Damia ダミア
Un rien de lumière 注1
Lueur éphémère
Rampe encore sur terre
Au long des boyaux
La nuit tombe, tombe
Apprêtant la tombe
Et la mort en trombe 注2
Pour bien des héros
C'est l'heure indicible
Où l'humaine cible
Frissonne impassible
Au fond de son cœur
Et c'est l'heure obscure
Où sous notre armure
S'insinue, sûre
La main de la peur
わずかな光が
つかの間の薄明かりが
塹壕に沿い
まだ地を這っている
夜のとばりが降りる、降りる
英雄たちのために
墓穴を
そして劇的な死を用意しつつ
それは言葉で表せない時間で
人身の標的が
平然としつつおののいている
心の奥底で
また、それは暗い時間で
我々の甲冑の内側に
滑り込むのだ、たしかに
恐怖の手が
Bah, léger mécompte
L'angoisse se dompte
Et le sang remonte
Orgueilleux et vif
Doigt sur la gâchette
Le soldat furète
Et par la nuit guette
D'un œil attentif
Les canons rugissent...
Les balles ratissent...
Les abris gémissent...
Sous les coups du fer
Et plus cela barde 注3
Et plus l'on bombarde
Plus belle est la garde 注4
Au bord de l'Yser
ふぅ、ちょっとした見込み違いだ
不安は治まり
血はまた巡る
堂々と、はつらつと
引き金に指をかけて
兵士は獲物を探す
そして、闇のなか
耳を澄まして窺う
大砲が轟く…
一斉の掃射…
鉄弾の雨のもと
塹壕も揺れる…
それが激しさを増すほど
爆撃が激しさを増すほど
イゼールの
夜哨は美しい

Clarté fulgurante
Fleur éblouissante
Traînée sanglante
Dans le ciel tout noir...
C'est une fusée
Qui monte... irisée
De l'enfer lâchée...
Comme un feu d'espoir...
Alors tout se fige
Alors, ô prodige
Par le seul prestige
De cet œil ouvert
Tous les nerfs se tendent
Les âmes se bandent
Et les cœurs attendent
L'holocauste offert...
まばゆい閃光
まぶしい火花
赤い軌跡が
真っ暗な空に…
それはロケット弾だ
昇って来る…虹色に輝いて
地獄から放たれて…
まるで希望の火のように…
その時、すべてが凍り付く
その時、おお驚くべきことだ
この見開かれた片眼の
眼力だけにより
全神経が伸び
精神は張りつめ
心は待ち構える
差し出された生贄を…
Mais le vent se lève
Là-bas vers la grève
Il assaille et crève
Le manteau des cieux
Les nues s'affaissent
Fuient... se dépècent
Des étoiles naissent
En clignant des yeux
Et soudain, près d'elles
De lugubres ailes 注5
Des ailes mortelles
Passent en vrombissant
Quelque gothas passe 注6
Il passe... vorace
Jalonnant sa trace 注7
De flaques de sang...
だが風が起こる
あちらの砂地のほうに
風は襲いかかって
空のマントを引きちぎる
雲は崩れて
遠ざかり…雲散する...
星が出現する
またたきながら
すると突然、そのかたわらに
陰鬱な翼が
死をもたらす翼が
ブルンブルンと音を立てながら通り過ぎる
何機かのゴタ(ドイツの爆撃機)が通り過ぎる
通り過ぎる…貪欲なやつ
血だまりの航跡を
点々と残しながら

Et le temps s'enroule
Et la mort se saoûle
Du sang qui s'écoule
En flots monstrueux
Grisée de tumulte
La Camarde exulte 注8
Et son geste insulte
Aux plus valeureux
Elle arrive lente...
Lâche... patiente
Immonde... démente
Implacable - Hélas
Et sa main fantasque
Dédaignant le casque
Glisse sous le masque
Le poison des gaz..
そして時は巡り
大量に横溢し
流れ出す血に
死は酔いしれる
ざわめきに酔い
死神は歓喜し
その身ぶりは
最も勇敢な者たちをあざ笑う
死神はやってくる、ゆっくりと…
卑怯で…執拗で
下劣で…気違いじみて
冷酷な奴、ああ
そしてその気まぐれな手は
鉄兜を侮り
ガスマスクの下まで
滑り込む。
Enfin l'accalmie... !
Une voix amie
Une voix bénie
S'élève soudain
Le gnasse taciturne 注9
Sent dans l'air nocturne
Le clocher de Furnes 注10
Qui s'émeut... lointain
Il s'émeut et chante
La chanson vivante,
L’heure de détente
Du prochain éveil 注11
La nuit se lézarde
L'aube naît... blafarde...
Finie est la garde
Voici le soleil !
やっと小康状態に...!
味方の声が
祝福の声が
突如、沸きあがる
無口な男は
夜の空気のなかに感じ取る
フールネの町の鐘の音を...
それは遠くで…鳴っている
鳴り響き、そして、歌っている
生命あふれる歌を、
間近の目覚めの
一息つく時間を
夜が裂けて
暁が生まれる…青白い暁が…
夜哨は終わりだ
朝日が昇る !

[注]
1 un rien de…「ほんの少しの」
2 trombe「竜巻」。en trombe「すさまじい勢いで」
3 barder「(状況などが)険しくなる」
4 garde(女性名詞)「歩哨、見張り」およびgarde de nuit「夜哨、夜警」は勤務内容で、その人自身を指すものではない。
5 複数名詞の前に形容詞がつくとdesはdeに変わる。
6 gotha 第1次大戦でドイツが用いた爆撃機。Gotha「ゴタ」はドイツの都市。
7 jalonner「点々と並べる」爆撃機
8 camarde本義は「ししっ鼻」だが、「死」をも意味する。頭が大文字なので「死神」と訳した。
9 gnasse俗語で「人、男」。yass「ヤス」としている歌詞が多いが、これはスイスのトランプゲームのことで採用できない。
10 Furnes「フールネ」ベルギーのウエストフランダース州にある都市。
11 朝は、夜間に続いていた戦闘が収まる時間。
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