2014
11.26

インデアン・サマーL'été indien

Joe Dassin Lété indien


今の季節、晩秋から初冬にかけて見られる、温やかで暖かい春に似た天気のことを「小春日和」と呼びますが、これは日本に限らず北半球全体で広く見られる気候現象で、英語でIndian Summerと呼ばれています。これをフランス語にした「インデアン・サマーL'été indien」をタイトルにした曲をジョー・ダッサンJoe Dassinが歌っています。11月ももうすぐ終わってしまいますね。もう少し早く思いつけばよかったですが、急ぎそれを取り上げましょう。

ジョー・ダッサンJoe Dassinのプロフィールから。
彼は、1938年に映画監督ジュールス・ダッシンJules Dassin(仏語読みではダッサン)の息子としてニューヨークに生まれました。
父親ジュールスはハリウッドの映画監督でしたが、なんらかの事情でハリウッドから追放され、一家は1950年にパリに移ります。ジュールスはその後、カンヌ国際映画祭の監督賞を受賞し、60年には、監督・主演したギリシャ映画「日曜日はダメよΠοτέ Την Κυριακή」の世界的な大ヒットでハリウッドを見返します。

息子ジョーは、スイスで教育を受けたのち、56年にアメリカのミシガン大学へ入学しますが2年で中退。ラジオ局でDJのアルバイトをしていたとき、まだ無名時代のボブ・ディランBob Dylanと知り合ったことなどをきっかけに音楽に関心を持ち始めます。60年代の初めにパリに戻り、一時は父ジュールスの仕事を手伝っていましたが、その後、フランスの大手ラジオ局のDJとなります。そして当時の恋人がジョーのデモテープを送ったことでCBSにスカウトされ、専属歌手となります。
そして、69年にリリースされたシングル「オー・シャンゼリゼLes Champs-Elysées」(イギリスの曲「ウォータールー・ロードWaterloo Road」の翻案)が爆発的にヒットし、ジョーはシャンソン界のトップ・スターとしての地位を確かなものにします。また、75年に発表された「インデアン・サマーL'été indien」は、彼の曲のなかで最大のヒットとなりました。79 年には3度目のオランピア劇場コンサートを成功させましたが、同年12月に心臓疾患で緊急入院して手術を受けます。翌80年、2度目の離婚のあと、彼の別荘のあるタヒチのレストランで食事中、心臓発作のため帰らぬ人となりました。

そのほかの曲としては、「君がいなかったらEt si tu n'existais pas」「野ばらのひとSiffler sur la colline」などを挙げておきましょう。

この「インデアン・サマーL'été indien」は、珍しく語りの多い曲です。



L'été indien            インデアン・サマー
Joe Dassin            ジョー・ダッサン


Tu sais, je n’ai jamais été aussi heureux que ce matin-là
Nous marchions sur une plage un peu comme celle-ci
C’était l’automne, un automne où il faisait beau
Une saison qui n’existe que dans le Nord de l’Amérique
Là-bas on l’appelle l’été indien
Mais c’était tout simplement le nôtre
Avec ta robe longue tu ressemblais
A une aquarelle de Marie Laurencin
Et je me souviens, je me souviens très bien
De ce que je t’ai dit ce matin-là 注1
Il y a un an, y a un siècle, y a une éternité 注2

  ねぇ、僕はあの朝ほど幸せだったことはないよ
  僕たちはちょっとこれと同じような浜辺を歩いていたね
  それは秋、晴れ渡った秋で
  北アメリカにしかない季節だった
  向こうではインデアン・サマーと呼ばれている
  だがそれはひたすら僕たちのものだった
  長いドレスを着た君は
  マリー・ローランサンの水彩画のようだった
  そして僕は覚えている、とてもよく覚えているよ
  あの朝に僕が君に言ったことを
  1年前、いや1世紀も前、もうずうっと前のことだ

Lété indien3


On ira où tu voudras, quand tu voudras
Et on s’aimera encore, lorsque l’amour sera mort
Toute la vie sera pareille à ce matin
Aux couleurs de l’été indien

  君が望むところに行こう、君が望むときに
  そしてまた愛し合おう、愛が消えてしまっても
  人生はずっと今朝みたいに
  インデアン・サマーの色をしているだろう

Aujourd’hui je suis très loin de ce matin d’automne
Mais c’est comme si j’y étais. Je pense à toi.
Où es-tu? Que fais-tu? Est-ce que j’existe encore pour toi?
Je regarde cette vague qui n’atteindra jamais la dune
Tu vois, comme elle je reviens en arrière
Comme elle je me couche sur le sable
Et je me souviens, je me souviens des marées hautes 注3
Du soleil et du bonheur qui passaient sur la mer
Il y a une éternité, un siècle, il y a un an

  今では僕はあの秋の朝から遠く離れてしまった
  だがまるであの日に戻ったようだ。僕は君のことを思う。
  君はどこにいるんだ?何をしているんだ?
  君にとって僕はまだ存在しているのか?
  決して砂丘まで届くことのないこの波を僕は見ている
  そう、その波のように僕は後ずさりする
  その波のように僕は砂の上に身を横たえる
  そして僕は思い出す、満潮と
  海の上を通る太陽と幸せを僕は思い出す
  もうずうっと前、いや1世紀前、1年前のことだ

Lété indien4


On ira où tu voudras, quand tu voudras
Et on s’aimera encore lorsque l’amour sera mort
Toute la vie sera pareille à ce matin
Aux couleurs de l’été indien

  君が望むところに行こう、君が望むときに
  そしてまた愛し合おう、愛が消えてしまっても
  人生はずっと今朝と同じように
  インデアン・サマーの色をしているだろう

[注]
1 ce que je t’ai dit「言ったことと」とは、次節に歌われる内容。
2 Il y a une éternité「ずっと昔のこと」。後の節では、un an、un siècle、une éternitéの順序を逆にしている。
3 des marées hautes潮がどんどん引いていく心境の現在と対比して、当時の心の高まりを満潮と表現している。潮汐は月と太陽の引力で引き起こされるが、それが海の上を通る太陽と幸せによって引き起こされたというつながりも読み取れる。



コメント
朝倉ノニーさんがジョー・ダッサンとHelene Segaraとデュエットとした"Et si tu n'existais pas"を取り上げられていらっしゃらなかったか検索させて頂いていて、このページに辿り着きました。彼の辿った人生はなかなかドラマチックだったのですね。いつも色々なことを勉強させて頂いています。いつか、この曲もお時間がある時に取り上げて下さると嬉しいです。
Sabinedot 2015.07.22 20:13 | 編集
先にLe château de sableを出しました。Et si tu n'existais pasは、2012年に旧ブログで取り上げています。コメントをいただいたので見直しましたらJoe Dassinの動画がいつの間にかなくなっていました。今月中にこちらに運びましょう。
Fool Moonのアカペラも出しました。教えてくださってありがとう。
朝倉ノニーdot 2015.07.23 08:37 | 編集
朝倉ノニーさん!旧ブログの方で検索していませんでした。ごめんなさい。youtubeは観れませんでしたがノニーさんの訳詩とマッチングしたイメージフォト、素敵です。訳詩はその時々のノニーさんの心象風景の捉え方も時間を経て微妙なところで違ってくるのでしょうか。楽しみです。
Sabinedot 2015.07.23 19:07 | 編集
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