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2018
09.07

鏡の向こう側Là-bas

Barbara La Louve


バルバラBarbara「鏡の向こう側Là-bas」は、ちょうど、ルイス・キャロルLewis Carrollの「鏡のなかのアリスThrough the Looking-Glass, and What Alice Found There」(1872年)のように、鏡の向こう側に異世界があるというお話。そこはアリスが行った不思議な世界というよりもひとつのユートピアで、そこへ行きたいというのです。以前取り上げた「マリエンバードMarienbad」と同様、1973年のアルバム:La Louveに収録されています。このアルバムの曲はすべて、フランソワ・ウェルテメールFrançois Wertheimerが作詞し、バルバラ自身が作曲しています。ウェルテメール( ドイツ語読みはウェルトハイマー)は当時バルバラの恋人だったシンガーソングライターですが、このアルバムの翌年1974年にバルバラが歌った「赤い服の男L'homme en habit rouge」のモデルは彼のこと。その記事も参照ください。



ピアニストのアレクサンドル・タローAlexandre Tharaudの2017年のアルバム:Barbaraはバルバラの曲を編曲し、さまざまな歌手を招いて作ったトリビュート盤。この曲はジェーン・バーキンJane Birkinが歌っています。



Là-bas  鏡の向こう側
Barbara バルバラ


Là-bas rien n'est comme ici
Là-bas tout est différent
Pourtant les chats aussi sont gris
Et les lilas blancs sont blancs
Mais l'amour, s'il est l'amour
N'a ni de pourquoi ni de comment
Et les fleurs des jardins tout autour
Chantent doucement aux enfants.

 あちらでは何もここみたいじゃない
 あちらではすべてが違っている
 だけど猫たちはやっぱり灰色で
 白いリラの花々は白い
 けど恋は、それが恋だとしたら
 「なぜ」もなければ「どのように」もない
 そして庭一面に咲く花々は
 子どもたちに優しく歌う。

{Refrain :}
Là-bas, là-bas
De l'autre côté du miroir
Là-bas, là-bas,
De l'autre côté du miroir

 鏡の向こう側の
 あちら、あちら
 鏡の向こう側の
 あちら、あちら

Là-bas1


Là-bas rien n'est comme ici
Là-bas tout est autre chose
Pourtant un lit aussi est un lit
Et une rose une rose
La beauté qui est beauté
N'a ni de faux semblant ni de fard 注1
Et les douces brises embaumées
Accompagnent l'oiseau qui part.

 あちらでは何もここみたいじゃない
 あちらではすべてが別物
 だけど、ベッドは、やはりベッドで
 バラは、バラで
 美は美たるもので
 偽りの見せかけも虚飾も持たない
 そして優しい薫風が
 飛び立つ小鳥について行く。

{Refrain}

Là-bas rien n'est comme ici
Là-bas tout est autrement
Pourtant la vie aussi est la vie
Et le vent aussi le vent
La mort, si elle est la mort 注2
Mais la mort n'existe plus
Car depuis longtemps déjà elle dort
Seule, paisible, au fond d'un bois.

 あちらでは何もここみたいじゃない
 あちらではすべてが別な風
 だけど人生は、それまた人生で
 そして風も、それまた風
 死は、もしそれが死だとしたら
 いえ死はもう存在しない
 なぜなら、もうずっと前から、死は眠っているから
 ひとり、安らかに、森の奥で。

{Refrain}

J'aimerais tant qu'on y porte 注3
Qu'on s'y voit, que l'on y passe
Oh, oh que je voudrais que l'on y porte
Avant que quelqu'un ne le casse.

 どうしてもあちらに行きたい
 あちらで会いたいの、あちらで暮らしたい
 おー、おー、あちらに行きたいのよ
 誰かが壊してしまう前に。

{Refrain}

Là-bas4


J'aimerais tant qu'on y porte
J'aimerais tant qu'on y passe
Là-bas, là-bas
Là-bas, là-bas
Là-bas, là-bas...

 どうしてもあちらに行きたい
 どうしてもあちらで暮らしたい
 あちら、あちら
 あちら、あちら
 あちら、あちら…

[注] ルフランはLà-bas, là-bas De l'autre côté du miroirが2回繰り返される形だが、ネット上の歌詞では、1回目を前の節の最後に付け、後半を次の節の頭に付けて、ルフランとはしていない。下記1・2・3とも、バルバラの歌を聴いてネット上の歌詞を訂正した。バーキンはバルバラと異なるところがある。
1 ネット上の歌詞はfort「強さ」、2行あとの最後の語をdort「眠る」とし、バーキンもそう歌っているが、バルバラの歌を聴き、fardとpartとした。意味的にもこの方が自然だ。
2 ネット上の歌詞はsi elle est là-basとしているが、バルバラとバーキンを聴き、si elle est la mortと訂正した。
3 ネット上の歌詞はqu'on m'y porte「誰かが私をそこに運ぶ」とし、バーキンもそう歌っているが、バルバラの歌を聴き、この表現をすべてqu'on y porteあるいはque l'on y porteとした。porterは他動詞の「運ぶ」以外に自動詞で「向かう、達する」の意味がある。次行のqu'on s'y voitのse voireが「互いに見る、出会う」とすればonはnous「私たち」だが、「私」として「自身を見出す」という捉え方も可能。この節と最後の節のonとl'onは「私」でも「私たち」でもいいが第1人称の代用。qu'on y porteをqu'on m'y porteとすればこのonだけが第3者となり不自然であろう。



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