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2017
09.24

ブリュッセルBruxelles

Jacques Brel Les bourgeois


ジャック・ブレルJacques Brelの「ブリュッセルBruxelles」は彼の故郷のブリュッセルの祖父・祖母の若かりし時代(20世紀初頭?)を歌った曲。1962 年のアルバム:Les Bourgeoisに収録されています。作詞はブレル自身。作曲は、彼のピアニストであったジェラール・ジュアネストGérard Jouannest(後にジュリエット・グレコJuliette Grécoの夫となった)との共作。



Bruxelles   ブリュッセル
Jacques Brel ジャック・ブレル


{Refrain :}
C'était au temps où Bruxelles rêvait
C'était au temps du cinéma muet 注1
C'était au temps où Bruxelles chantait
C'était au temps où Bruxelles bruxellait 注2

 それはブリュッセルが夢を持っていた時代のこと
 それは無声映画の時代のこと
 それはブリュッセルが歌っていた時代のこと
 それはブリュッセルがブリュッセルだった時代のこと

Place de Broukère on voyait des vitrines 注3
Avec des hommes des femmes en crinoline 注4
Place de Broukère on voyait l'omnibus 注5
Avec des femmes des messieurs en gibus 注6
Et sur l'impériale 注7
Le cœur dans les étoiles
Y avait mon grand-père
Y avait ma grand-mère
Il était militaire
Elle était fonctionnaire
Il pensait pas elle pensait rien
Et on voudrait que je sois malin

 ブルッケール広場でショーウインドーを覗いたものさ
 男たちやクリノリン・スカートの女たちと
 ブルッケール広場で乗合馬車を見たものさ
 女たちやシルクハットの男たちが乗っていた
 そして屋上席には
 星間に心を馳せて
 僕の祖父がいた
 僕の祖母がいた
 祖父は兵隊で
 祖母は公務員
 祖父は考えもせず祖母は何も考えなかった
 そして僕が利口であるよう望んだ

{Refrain :}

Bruxelle1.jpg


Sur les pavés de la place Sainte-Catherine
Dansaient les hommes les femmes en crinoline
Sur les pavés dansaient les omnibus
Avec des femmes des messieurs en gibus
Et sur l'impériale
Le cœur dans les étoiles
Y avait mon grand-père
Y avait ma grand-mère
Il avait su y faire
Elle l'avait laissé faire
Ils l'avaient donc fait tous les deux
Et on voudrait que je sois sérieux

 聖カトリーヌ広場の舗道の上で
 男たちやクリノリン・スカートの女たちが踊った
 舗道の上で乗合馬車が踊った
 女たちやシルクハットの男たちを乗せて
 そして屋上席には
 星間に心を馳せて
 僕の祖父がいた
 僕の祖母がいた
 祖父はなすべきことを知っていた
 祖母はそうさせた
 彼らは二人してそれをなした
 そして僕が真面目であるよう望んだ

{Refrain }

omnibus4.jpg


Sous les lampions de la place Sainte-Justine
Chantaient les hommes les femmes en crinoline
Sous les lampions dansaient les omnibus
Avec des femmes des messieurs en gibus
Et sur l'impériale
Le cœur dans les étoiles
Y avait mon grand-père
Y avait ma grand-mère
Il attendait la guerre
Elle attendait mon père
Ils étaient gais comme le canal 注8
Et on voudrait que j'aie le moral 注9

 聖ジュスティーヌ広場のランタンのもとで
 男たちやクリノリン・スカートの女たちが歌った
 ランタンのもとで乗り合い馬車が踊った
 女たちやシルクハットの男たちを乗せて
 そして屋上席には
 星間に心を馳せて
 僕の祖父がいた
 僕の祖母がいた
 祖父は戦争を待っていた
 祖母は僕の父を待っていた
 彼らは運河のように陽気だった
 そして僕が意気軒昂であるよう望んだ

{Refrain}

[注]
1 cinéma muet「無声映画、サイレント映画」トーマス・エジソンThomas Alva Edisonが映画の発明者と呼ばれるが、世界最初の映画は、フランスの発明家ルイ・ル・プランスLouis Aimé Augustin Le Princeが1888年に製作した、「ラウンドヘイの庭の場面Roundhay Garden Scene」という上映時間2秒の作品。1927年にアメリカのワーナー・ブラザースが世界初の長編商業トーキー「ジャズ・シンガーThe Jazz Singer」を製作するまではサイレント映画であった。
2 bruxellait:Bruxelleを動詞化した造語bruxellerの半過去形。Bruxelleは英語でBrussel であり、bristle「動物が怒って毛を逆立てる」の視覚方言brusselと同じ綴りなのでその意味合いも含ませているのかもしれない。
3 la place de Brouckère「ブルッケール広場」はブリュッセルにある広場。あとに出てくるla place Sainte-Catherine「サント=カトリーヌ広場」も同様。la place Sainte-Justine「サント=ジュスティーヌ広場」はウィキメディア・コモンズのCategory:Squares in Brusselsでも確認できない。歌詞にはないが、ブリュッセルで一番有名なのはヴィクトル・ユゴーVictor Hugoが賛嘆したことでも知られ、世界遺産であるグラン・プラスGrand-Place。ジャック・ブレルスクエアーJacques Brelsquareなるものも後年作られている。
4 crinoline「クリノリン」元来、19世紀なかばに登場する馬毛と麻の混紡地を使ったスカートを広げるためのアンダースカートを意味したが、のちには材料の如何に関わらず大きく膨らんだスカートやその腰枠をさすようになった。
5 omnibus「乗合馬車」元々はラテン語で「すべての人のための」の意味の言葉で、不特定多数の客を乗せ、一定の路線を時刻表にしたがって運行される馬車。1662年にパリで初めて走行したがいったんすたれ、1820年代に再発明されて19世紀が最盛期であったが、19世紀末に乗合自動車すなわちバスbus(語源はomnibus)が発明され次第に取って代わられた。路面に敷かれた馬車軌道を走行するようにしたものがのちに路面電車となった。
6 gibus「オペラハット」ばね仕掛けで折り畳めるシルクハット。普通の「シルクハット」はhaut-de-forme。
7 impériale「屋上席」は1855年以来設けられた。
8 canal「運河」のように陽気だというのは妙だが、canard「カモ、アヒル」を次行のmoralと韻を踏むため変えたのかと。
9 moralは形容詞としては「道徳的な」だが、名詞としては「気力、士気」の意味。



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