
ジャック・ブレルJacques Brelの曲は「アムステルダムAmsterdam」、「忘れないOn n'oublie rien」、「千拍子のワルツLa valse à mille temps」の3曲をすでに取り上げましたが、今回、彼のプロフィールを簡単にご紹介しましょう。
ブレルは1929年にベルギーに生まれたシンガー・ソングライター。地元で、父親の経営していた板紙工場で働きながら、自ら作った曲を歌い始めました。1953年に出した処女録音のレコードがフランスのディレクターの目に留まり、その招きによりパリに出ました。
1954年に初のアルバムを発表してから彼の評価はしだいに高まり、国に残した妻子を呼び寄せました。1959年に出した「愛しかない時Quand on n'a que l'amour」を含むセカンド・アルバムがディスク大賞を受賞し、同年、「行かないでNe me quitte pas」が世界的な大ヒットとなり、その後も、多岐にわたるテーマの幅広いスタイルの曲を次々と世に出しました。彼は、ちょっと堅物だったらしくその服装・雰囲気からも神父L'abbéとあだ名され、これまた大物歌手でゴリラGorilleとあだ名されるジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassensと仲がよかったようです。
彼は人気絶頂の1966年に、突然シャンソンからの引退を発表し、セルバンテスMiguel de Cervantesの小説「ドン・キホーテDon Quixote」をもとにしたブロードウェイ・ミュージカル「ラ・マンチャの男Man of La Mancha」(1965年)のフランス語版L'Homme de la Manchaの制作・上演に没頭します。
そして彼の作ったフランス語版ミュージカル「ラ・マンチャの男L'Homme de la Mancha」は、1967年にカーネギー・ホールで、1968年にはブリュッセルの「ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)」で、そしてまたパリの「シャンゼリゼ劇場Le théâtre des Champs-Élysées」で彼自身の主演で上演されました。
ブレルの68年のアルバム「ラ・マンチャの男L'Homme de la Mancha」は、その舞台の曲集で、全曲とも、原曲の作詞はジョー・ダリオンJoe Darion, 作曲はミッチ・レイMitch Leigh、フランス語訳詞はブレル。そのなかの1曲、フランス語版「見果てぬ夢The Impossible Dream」すなわちLa quêteを今回取り上げましょう。
実はこの頃にはすでに肺ガンが彼の体を蝕んでいたようです。同じ68年の曲「孤独への道J'arrive」は死病に取りつかれた無念さを吐露するようなすさまじい内容の曲です。
74年、ガンの治療を受けたのち南太平洋に逃げます。そして、77年にパリに戻って出した最後のアルバム「偉大なる魂の復活Les Marquises」にはポリネシアで書いた18の新曲のうちの12曲が収録されていて、残りの6曲は永久に公開しないという契約が成されていたそうです。78年、再発した肺癌によりパリ郊外で亡くなり、フランス領ポリネシアのヒバオア島アツオナの墓地に埋葬されました。
後年、何人かの歌手が歌っていますが、ケベックのジネット・リノGinette Renoをお勧めしたいと思います。
ニコル・クロワジルNicole Croisille、ジョニー・アリディーJohnny Hallydayも聴いてみてください。双方ともちょっと感情を込め過ぎかとも思いますが…。
La quête 見果てぬ夢
Jacques Brel ジャック・ブレル
Rêver un impossible rêve
Porter le chagrin des départs
Brûler d'une possible fièvre
Partir où personne ne part
叶わぬ夢を抱く
旅立ちの悲哀を忍ぶ
能うるかぎりの熱情に燃ゆる
誰も向かわぬ地に向かう

Aimer jusqu'à la déchirure
Aimer, même trop, même mal, 注1
Tenter, sans force et sans armure,
D'atteindre l'inaccessible étoile
愛する、心張り裂けるまでに
愛する、過度なるまで、不都合なるまでに、
試みる、武器も鎧も持たず、
届き得ぬ星に至らんと
Telle est ma quête,
Suivre l'étoile
Peu m'importent mes chances 注2
Peu m'importe le temps
Ou ma désespérance
Et puis lutter toujours
Sans questions ni repos
Se damner 注3
Pour l'or d'un mot d'amour
Je ne sais si je serai ce héros
Mais mon cœur serait tranquille
Et les villes s'éclabousseraient de bleu 注4
Parce qu'un malheureux 注5
わが探求はかくなるもの、
星を追う
わが運気など なにせんや
時機など なにせんや
はたまた わが絶望など なにせんや
げに常に闘う
問わず休まず
身を滅ぼすまでに
愛の語の黄金を愛す
英雄になるや否や知ろうことか
なれどわが心は静かなりき
また 巷は青に染まりし
一人の不幸なる者の

Brûle encore, bien qu'ayant tout brûlé 注6
Brûle encore, même trop, même mal
Pour atteindre à s'en écarteler
Pour atteindre l'inaccessible étoile.
燃え尽きてなお さらに心燃え
過度なるまで、不都合なるまでに、さらに心燃ゆるが故に
身の引き裂かるるとも至らんとて
届き得ぬ星に至らんとて。
[注]原題を直訳すると「探求」。「募金、カンパ」の意味もあるが。
今回、ちょっとお遊びで文語調の訳語を用いてみた。
1 ブレルはmêmeの発音がベルギー訛り。
2 chancesは複数で「確率、可能性」、単数は「運、幸運」とされる。ここではmesがつき、個人の「可能性」ということで「運」と等しくなる。
3 se damner pour…「(身を滅ぼすほど)…を愛する、…に夢中になる」
4 s’éclabousser本来は「(自分で)水の跳ねを受ける」という意味。éclabousserは「モンマルトルの丘」にも出てきたが、水や泥についての表現が光や光線についても用いられる。
5 次節につながる。
6 bien que=malgré que…「…にもかかわらず」

英語の原曲もご紹介しましょう。
ピーター・オトゥールPeter O'Tooleの舞台
松本幸四郎(高橋大輔のフィギュアー・スケートの映像)
フランク・シナトラFrank Sinatraや、イル・ディーヴォIl Divoもいいですね。ほかには、エルヴィス・プレスリーElvis Presley 、アンディ・ウィリアムズAndy Williamsも歌っています。
The Impossible Dream
To dream the impossible dream
To fight the unbeatable foe
To bear with unbearable sorrow
To run where the brave dare not go
To right the unrightable wrong
To love pure and chaste from afar
To try when your arms are too weary
To reach the unreachable star
This is my quest
To follow that star
No matter how hopeless
No matter how far
To fight for the right
Without question or pause
To be willing to march into Hell
For a heavenly cause
And I know if I'll only be true
To this glorious quest
That my heart will lie peaceful and calm
When I'm laid to my rest
And the world will be better for this
That one man, scorned and covered with scars
Still strove with his last ounce of courage
To reach the unreachable star
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