fc2ブログ
2022
03.26

傷心L'homme au cœur blessé

Georges Moustaki Il y avait un jardin


今回はジョルジュ・ムスタキGeorges Moustakiの「傷心L'homme au cœur blessé」です。先日、「反戦のシャンソン」と題して、このブログで取り上げた曲をリストアップしました。忘れていた曲は思い出したら追加していますが、そもそも取り上げていない曲もあります。この曲はその一つです。
ギリシャでは、1967年4月21日に軍の将校らによる軍事クーデターが起こり、この曲が作られた1971年はその軍事政権下で、人々の自由は抑圧されていました 女優メリナ・メルクーリΜελίνα Μερκούρη は政府への批判を行なったとしてその市民権を剥奪され、作曲家で左翼政治家であったミキス・テオドラキスΜίκης Θεοδωράκηςの歌は禁止されました。ムスタキが作詞し、テオドラキスが作曲したこの曲は、その時代の空虚と不在と枯渇の日々を物語っています。軍事政権が終わったのは1975年。とても長い苦難の時代でした。

アルバム:Il y avait un jardinに収録されています。アルバムのタイトル曲「庭があったIl y avait un jardin」は先に取り上げており、そのページにムスタキのプロフィールについて少々述べていますのでご覧ください。
「傷心」という邦題で加藤登紀子が歌っています。辞書的な読みとしては「しょうしん」でしょう。仁井谷正充、高田みづえが歌っている「きずごころ」という読みが加えられているのは別の曲です。



L'homme au cœur blessé 傷心
Georges Moustaki     ジョルジュ・ムスタキ


Jour après jour, les jours s'en vont
Laissant la vie à l'abandon

 一日一日と、日々は過ぎ去る
 見棄てられた生を残しつ

Dans le jardin de l'homme au cœur blessé
L'herbe est brûlée. Pas une fleur
Sur l'arbre mort, plus rien ne peut pousser
Rien que les fruits de sa douleur

 心傷ついた男の庭には
 草は焼かれ、一輪の花とてない
 朽ちた木には、もうなにも芽吹かない
 彼の苦しみの果実しか

Lhomme au cœur blesse2


Les quatre murs de sa maison
N'abritent que l'absence
Où sont partis les compagnons
Avec leurs rires et leurs chansons?
Où sont partis les compagnons
Avec leurs rires et leurs chansons?

 彼の家の四面の壁は
 不在しか住まわせていない
 仲間たちはどこへ行ったのか
 かれらの笑いとかれらの歌とともに?
 仲間たちはどこへ行ったのか
 かれらの笑いとかれらの歌とともに?

Parfois, des larmes viennent abreuver
L'herbe brûlée du souvenir
Mais quel soleil pourra-t-il réchauffer
Les jours enfuis ou à venir?

 時おり、涙が濡らしもする
 思い出に焼き焦がされた草を
 だが、いかなる太陽が温め直してくれるのか
 過ぎ去ったあるいは来たるべき日々を?

Les quatre murs de sa maison
N'abritent que l'absence
Où sont partis les compagnons
Avec leurs rires et leurs chansons?
Où sont partis les compagnons
Avec leurs rires et leurs chansons?

 彼の家の四面の壁は
 不在しか住まわせていない
 仲間たちはどこへ行ったのか
 かれらの笑いとかれらの歌とともに?
 仲間たちはどこへ行ったのか
 かれらの笑いとかれらの歌とともに?

Lhomme au cœur blesse1


Jour après jour, les jours s'en vont
Laissant la vie à l'abandon

 一日一日と、日々は過ぎ去る
 見棄てられた生を残しつ


Comment:1
2022
03.03

指揮者は恋をしているLe chef d'orchestre est amoureux

Yves Montand Récital 1958 au Théâtre de LÉtoile


イヴ・モンタンYves Montandの「演奏会は失敗だったLe concert n'a pas été réussi」を以前取り上げましたが、今回は、同じくコンサートに関連した曲「指揮者は恋をしているLe chef d'orchestre est amoureux」です。作曲:ジョルジュ・リフェルマンGeorges Liferman, 作詞:ジャック・マレイユJacques Mareuil。1953年創唱。1959年の2枚組アルバム:Récital 1958 au Théâtre de L'Étoileの2枚目に収録されています。

先日ご紹介したセルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgの「ブラック・トロンボーンBlack trombone」の解説に、「トロンボーンが初めて交響曲に使用されたのは、ベートーヴェンLudwig van Beethovenの交響曲第5番ハ短調Op.67「運命」第4楽章だった」と書きましたが、その「運命」は、「ジャジャジャジャーン」という有名な動機に始まります。これは全曲を通して用いられますが、特に第1楽章は楽章全体がこの動機に支配され、ティンパニーも終始この動機を打ちます。これはキアオジという鳥のさえずりがヒントになったそうで、ベートーヴェンは「このようにして運命は扉を開くのだ」と言ったとか。
このリズムがモールス符号ではVに当たることから、第二次世界大戦中、BBCではこれを victory の頭文字として放送開始時にこの曲を放送していました。ほぼ同じ理由で、アルトゥーロ・トスカニーニArturo Toscaniniはイタリアが降伏した1943年9月9日の放送ではNBC交響楽団とともに第1楽章だけを演奏し、「残りはドイツが降伏してから」と予告。そしてドイツが降伏した1945年5月8日の放送で全曲を演奏したそうです。

モンタンのこの曲では、その動機をPom pom pom pom(ポンポンポンポーン)と表現して歌詞に組み込んでいます。またそれと対比的に、ゆるやかなワルツのメロディーも挿入されています。それは、メキシコの作曲家・ヴァイオリニストのフベンティーノ・ローサスJuventino Rosas(1868-1894)の「波濤を越えてSobre las Olas」で、モンタンの歌詞では、Sur les flots bleusとなっていますが、フランス語の曲名は正しくはSur les grands flots bleus。ジャック・ブレルJacques Brelの「千拍子のワルツLa valse à mille temps」の前奏部にも用いられているメロディーです。

歌詞はフィクションながら、実在のフィラデルフィア管弦楽団 l'orchestre de Philadelphieの名前が出てきます。主人公の指揮者は架空の人物。でも、指揮者が恋した女性の名前をユージェニーEugénieとしているのには、当時楽団の主席指揮者だったユージン・オーマンディEugene Ormandyを思わせる意図があるのかもしれません。彼はユージェニーに気に入られるために「あるアイデア」を思いつきます。そのアイデアとは何でしょう?歌詞とモンタンの動画を見て聴いてお分かりいただけるかな?記事の下の注の欄も参照ください。

ちなみに、フィラデルフィア管弦楽団が創立以後ずっと本拠地としていたオペラ・ハウス:アカデミー・オブ・ミュージックAcademy of musicは、オーケストラにはまったく不向きな乾燥した反響のない音響だったようで、1950年代半ばにいくつかの改造を行いましたが、オーマンディはここでの録音を拒否したそうです。ユージェニーに響かなかったのはそのせいもあるのかなと、勝手な想像に走る私です。



Le chef d'orchestre est amoureux 指揮者は恋をしている
Yves Montand             イヴ・モンタン


Quand l'orchestre de Philadelphie 注1
Jouait sous sa direction la Cinquième Symphonie 注2
Les gens du monde entier
Et surtout les gens du monde 注3
S'exclamaient, se pâmaient
Et tombaient dans les
Pom pom pom pom 注4
Pom pom pom pom

 フィラデルフィア管弦楽団が
 彼の指揮の下で第5交響曲を演奏した
 世界中の人々が
 そして特に社交界の人々が
 叫び、痺れ
 そして嵌った
 ポンポンポンポーン
 ポンポンポンポーンに

Le chef dorchestre1


Si le grand maestro avait du génie
Ce n'était pas le cas de la belle Eugénie
Qui, ce soir-là, faisait
Son entrée dans le monde
Et bâillait, s'ennuyait
En écoutant les
Pom pom pom pom
Pom pom pom pom

 その名指揮者が有能だったとしても
 それは美しいユージェニーには通じなかった
 彼女はその夜、
 社交界にデヴューした
 そしてあくびし、退屈していた
 ポンポンポンポーン
 ポンポンポンポーンを
 聴きながら

Quand le concert fut terminé
L'un à l'autre ils furent présentés
Sitôt, il en fut amoureux
Elle avait de si jolis yeux !
Ils se revirent bien souvent
Mais ce qui faisait son tourment
C'est qu'au "Crépuscule des dieux" 注5
Elle préférait "Sur les flots bleus" 注6

 コンサートが終わったとき
 彼らはたがいに自己紹介した
 すぐさま、彼は彼女に恋心を抱いた
 彼女はとても美しい目をしていた!
 彼らはしょっちゅう視線を交わした
 だが、彼を困らせたこと
 それは「神々の黄昏」よりも
 彼女は「波濤を越えて」を好んだことだった

Le chef dorchestre0


Comment pourrait-il émouvoir
Celle qui faisait son désespoir
Et qui se refusait à lui ?
L'idée lui en vint une nuit
Six mois plus tard, à Covent Garden 注7 
Après deux pages de Beethoven 注8
On vit Eugénie qui pleurait
Tandis que l'orchestre jouait

 彼はどうして感動させることができるか
 彼を絶望させ
 そして、彼を拒んだ彼女を?
 ある夜、彼はあるアイデアを思いついた
 6か月後、コベント・ガーデンで
 ベートーベンの2ページ後
 管弦楽団が演奏しているあいだ
 泣いているユージェニーを見た

Ce fut un scandale inouï
On en parle encore aujourd'hui
Il s'en fiche bien car désormais
Il a le cœur de celle qu'il aimait
Dans une brasserie de Saint-Quentin 注9
À la tête de six musiciens
Il jouera chaque soir d' sa vie
Pour les jolis yeux d'Eugénie

 信じられないほどのスキャンダルだった
 今もそれが語り草になっている
 彼は気にしない、なぜならそれ以来
 彼は愛する人の心をつかんだから
 サンカンタンのビヤホールで
 6人のミュージシャンの先頭で
 彼は一生、毎晩演奏するだろう
 ユージェニーの美しい目のために

Le chef dorchestre2


[注]
1 l'orchestre de Philadelphie「フィラデルフィア管弦楽団」ペンシルベニア州フィラデルフィアに創立された、世界有数のオーケストラで、「アメリカ5大オーケストラ」の一つである。この曲の当時はユージン・オーマンディEugene Ormandyが首席指揮者であった。
2 la Cinquième SymphonieベートーヴェンLudwig van Beethovenの交響曲第5番ハ短調Op.67「運命」
3 gens du monde「社交界の人々」。前行は「世界中の人々」である。
4 Pom pom pom pom「ポンポンポンポーン」注2に示した「運命」の有名な動機のオノマトペ的表現。
5 Crépuscule des dieux「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナーWilhelm Richard Wagnerが1869年から1874年までかけて作曲し1876年に初演した楽劇。
6 Sur les flots bleus=Sur les grands flots bleus「波濤を越えてSobre las Olas」メキシコの作曲家・ヴァイオリニストのフベンティーノ・ローサスJuventino Rosas(1868-1894)の曲。ダニエル・ダリューDanielle Darrieuxがシャンソンとして歌っている。(→こちら)
7 Covent Garden「コベント・ガーデン」は、ロンドン中心部にある商業地区だが、そこに所在する歌劇場:Royal Opera House「ロイヤル・オペラ・ハウス」の代名詞でもある。
8 Beethoven「ベートーベン」はla Cinquième Symphonie「第5交響曲」の言い換え。その楽譜の2ページのあと、Sur les flots bleusを演奏するのである。聴衆のブーイングを受け大スキャンダルとなったが、ユージェニーの心をつかむことになったのである。
9 Saint-Quentin「サン・カンタン」は、フランス北部、オー=ド=フランスHauts-de-France地域圏エーヌ県Aisneにあるコミューン。



Comment:0
back-to-top