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2015
09.03

ペンシオーネ・ビアンカLa pensione Bianca

Dalida La Pensione Bianca


ダリダDalidaの曲は、「ラストダンスは私にGarde la dernière danse pour moi」と「18歳の彼Il venait d'avoir 18 ans」をすでに取り上げていますが、あらためて彼女のプロフィールを簡単にご紹介しましょう。ダリダは1933年にエジプトで生まれ、ミス・エジプトに選ばれたのち、女優をめざしてパリへ。当初、「サムソンとデリラ」からとったデリラを名乗っていましたが、ダリダに変えました。
歌手としての活躍は「バンビーノBanbino」のヒットから始まりました。レパートリーは非常に広く、伝統的なシャンソンのみならず、ラテン系その他のワールド・ミュージック、英米のヒット曲のフランス語ヴァージョン、ディスコ系の曲などさまざまこなしました。長身で長い髪でロングドレスでステージに立つ美しい姿から、「聖母のような」歌手とあだ名されました。
しかし、私生活は不幸で、恋愛の破局や離婚のみならず、恋人の自殺を2度も経験し、54歳の時、「人生は耐えられない。許して。」という遺書を残し、睡眠薬自殺しました。2001年にはフランスの切手に描かれるなど、今でもその人気は衰えることがありません。

今回ご紹介するのは「ペンシオーネ・ビアンカLa pensione Bianca」という曲。1984年の作品で、アルバムDaliに収録されています。作詞・作曲者としてBernard Estardy, Bruno Gigliotti, Anne-Marie Gaspard, Claude Barzottiという複数の名前が挙げられていますが、詳細は不明です。とても雰囲気のある曲で、いつか歌いたいなぁとひそかに思っている私です。



La pensione Bianca           ペンシオーネ・ビアンカ
Dalida                 ダリダ


À la morte saison on a fermé boutique
On a fait provisions de vins et de musique
On a repeint de blanc la salle et le comptoir
Expliqué aux enfants le prix et le pourboire
Maintenant tout est prêt on peut lever le rideau
La famille au complet connaît le scénario 注1
Le papa, la Mama s'occupent des clients
La tante Agostina dit qu'elle s'ennuie tout le temps

  季節の終わりに私たちは店を閉めた
  私たちはワインと音楽の蓄えをした
  私たちはホールとカウンターを白く塗り直した
  子どもたちに価格とチップを説明した
  準備万端となった今、私たちは幕を開けることができる
  家族全員が計画を理解していた
  パパとママは客に応対する
  アゴスティナ叔母さんはずっと退屈だと言う

La Pensione Bianca1


À la pensione Bianca
Y'a du soleil des mandolines 注2
Le soir il y a un feu de bois
On y fait griller des sardines
À la pensione Bianca
On vend du rêve à la semaine 注3
Et vos problèmes on vous les noient
Dans le vin rouge et la verveine 注4
À la pensione Bianca
La, la, la...

  ペンシオーネ・ビアンカでは
  マンドリンが陽光のような音楽を奏で
  夕べには薪の火が燃え
  私たちはそれでイワシを焼く
  ペンシオーネ・ビアンカでは
  私たちは週単位で夢を売る
  そしてあなたがたの問題を私たちは紛らせる
  赤ワインと煎じ薬で
  ペンシオーネ・ビアンカでは
  ラ、ラ、ラ…

La pensione Bianca3


Ce sont toujours les mêmes
Des vieux habitués
Un qui fait des poèmes l'autre des mots croisés
Carlos et Thérésa ont un troisième enfant
Et la pauvre Angéla attend le prince charmant
Tout le monde joue le jeu prenant tout au sérieux
On dirait qu'ils se croient tous à Cinecittà 注5
Et l'italien là-bas plus vrai que sa légende
Séduit la p'tite sœur pour approcher la tante

  そうしたことはいつも同じ
  昔からのならわしだ
  ある人は詩を作り、またある人はクロスワードパズルをする
  カルロとテレザには3番目の子どもができた
  そしてかわいそうなアンジェラは素敵な王子さまを待つ
  誰しもがまったく本気になって遊びに興じる
  彼らはみんなまるでチネチッタ撮影所にいるつもりのようだ
  そしてあのイタリア人はうわさ以上に本当のことながら
  叔母に近づくために小さな従妹を誘惑する

À la pensione Bianca
Y'a du soleil des mandolines
Le soir il y a un feu de bois
On y fait griller des sardines
À la pensione Bianca
On vend du rêve à la semaine
Et vos problèmes on vous les noient
Dans le vin rouge et la verveine
À la pensione Bianca
La, la, la...

  ペンシオーネ・ビアンカでは
  マンドリンが陽光のような音楽を奏で
  夕べには薪の火が燃え
  私たちはそれでイワシを焼く
  ペンシオーネ・ビアンカでは
  私たちは週単位で夢を売る
  そしてあなたがたの問題を私たちは紛らせる
  赤ワインと煎じ薬で
  ペンシオーネ・ビアンカでは
  ラ、ラ、ラ…

Ici chacun a pu pour un mois être un autre
Ici chacun a cru aux histoires de l'autre
On ferme les volets jusqu'au prochain été
Et la jolie pension n'est plus qu'une vieille maison

  ここでは各々がひと月のあいだ別の人間になれた
  ここでは各々がひとの作り話を信じ込んだ
  私たちは今度の夏までよろい戸を閉める
  そして美しいペンションはもはや古い館にすぎない

La Pensione Bianca4


À la pensione Bianca
Y'a du soleil des mandolines
Le soir il y a un feu de bois
On y fait griller des sardines
À la pensione Bianca
On vend du rêve à la semaine
Et vos problèmes on vous les noient
Dans le vin rouge et la verveine
À la pensione Bianca

  ペンシオーネ・ビアンカでは
  マンドリンが陽光のような音楽を奏で
  夕べには薪の火が燃え
  私たちはそれでイワシを焼く
  ペンシオーネ・ビアンカでは
  私たちは週単位で夢を売る
  そしてあなたがたの問題を私たちは紛らせる
  赤ワインと煎じ薬で
  ペンシオーネ・ビアンカでは
  ラ、ラ、ラ…

[注]  Biancaは「白い」という意味のイタリア語の形容詞Biancoの女性形なので、pensioneは、フランス語も同義で同じ綴りだがイタリア語(アクセント記号を付けるとpensióne)であり、ダリダもイタリア語的に発音している。「年金」あるいは「食事付き宿泊」「寄宿舎、下宿」などの意味があるが、この歌詞では「ペンション」すなわち、小さい民宿を意味し、la pensione Biancaは固有名詞として用いられている。
1 au complet「全員そろって」
2 du soleilは部分冠詞が使われているので、「日光、日差し」や太陽の持つ何らかの特性。des mandolines「マンドリンの」という形容が続くが、推量にて意訳するほかなかった。
3 à la semaine「週単位で」
4 verveine「クマツヅラ」「クマツヅラの煎じ薬」
5 On dirait que…「…のようだ」。Cinecittà「チネチッタ」は、イタリア語で映画を意味するcinemaと都市を意味するcittàを合わせた造語で、イタリアのローマ郊外にある映画撮影所の名称。




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2015
09.02

ミツバチとチョウチョL'abeille et le papillon

Henri Salvador Labeille et le papillon


アンリ・サルヴァドールHenri Salvadorの歌う「ミツバチとチョウチョL'abeille et le papillon」は、先に取り上げた「オオカミと牝鹿と騎士Le loup, la biche et le chevalier」と同様に、アンリ・サルヴァドールHenri Salvadorが作曲し、モーリス・ポンMaurice Ponが作詞しました。1972年のアルバム Henri Salvador chante le petit poucetに収録されています。



リュシエンヌ・ヴェルネイLucienne Vernayの歌もすてきです。



L'abeille et le papillon       ミツバチとチョウチョ
Henri Salvador          アンリ・サルヴァドール


Une abeille, un jour de printemps
Voletait, voletait gaiement
Sur la rose bruyère en fleur 注1
Dont si douce est l'odeur

  一匹のミツバチが、ある春の日
  楽しげに飛び回っていた、飛び回っていた
  とっても甘い香りの
  咲いたピンクのエリカの上を

Labeille et le papillon1


Au pied de la bruyère en fleur
Une pauvre chenille en pleurs
Regardait voler dans le ciel
La petite et son miel 注2

  咲いたエリカの根元で
  泣いているかわいそうな青虫が
  かわいい子、彼のハニーが
  空を飛ぶのを眺めていた

Et la pauvre chenille en sanglots
Lui disait "Je vous aime"
Mais l'abeille là-haut, tout là-haut
N'entendait pas un mot

  そして嘆いている哀れな青虫は
  彼女に言った「君を愛している」と
  でも高いところにとても高いところにいるミツバチは
  一言も聞いてくれなかった

Labeille et le papillon2


Cependant que les jours passaient
La chenille toujours pleurait
Et l'abeille volait gaiement
Dans le ciel du printemps

  日々が過ぎていくあいだ
  青虫はずっと泣いていた
  そしてミツバチは楽しげに飛んでいた
  春の空を

Après avoir pleuré jusqu'à la nuit
Notre chenille s'endormit 注3
Mais le soleil de ses rayons
Vint éveiller un papillon

  夜まで泣き通したのち
  青虫くんは眠った
  でもお日様が自分の光で
  チョウチョを目覚めさせにやってきた

Labeille et le papillon3


Et sur une bruyère en fleurs
Notre abeille a donné son cœur
Tandis que chantaient les grillons,
Au petit papillon

  そして咲いたエリカの上で
  ミツバチちゃんは
  小さなチョウチョに心を委ねた
  コオロギたちが歌っているあいだに

Par les bois, les champs et les jardins
Se frôlant de leurs ailes
Ils butinent la rose et le thym
Dans l'air frais du matin

  森や、野原や、庭を
  羽でかすめながら
  彼らはバラやタイムの蜜をあつめる
  朝のすがすがしい空気のなかを

Labeille et le papillon4


Ma petite histoire est finie
Elle montre que dans la vie
Quand on est guidé par l'amour,
On triomphe toujours (×3)

  僕の小さな物語はおしまいさ
  この物語は示してくれる、人生においては
  愛に導かれたならば、
  常に勝利を収めることができるんだと

[注]
1 bruyère「エリカやヒースなどの低木」。 roseは名詞の「バラ」ではなく、形容詞の「バラ色、ピンク」 。
2 mielは「蜂蜜」だが、英語で愛する相手をhoneyと呼ぶのと同様の表現。 
3 さなぎになって眠ったわけである。notreは親しみを込めた表現で、「僕たちの、私たちの」という訳語に替えて「…くん、…ちゃん」とした。



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2015
09.01

エレ-ヌの歌La chanson d'Hélène

La chanson d’Hélène


ロミー・シュナイダーRomy Schneider (1938 –1982)は、オーストリア、ウィーン出身でドイツとフランスの国籍をもつ女優。映画「プリンセス・シシー Sissi」3部作で、お転婆なバイエルン王国公女(のちのオーストリア皇后シシー)を演じて人気を得たことから、「シシーSissi」という愛称で呼ばれます。

ハリウッドに進出して多くの映画に出演し、幾つもの賞を受賞しています。出演した映画は、オーソン・ウェルズGeorge Orson Welles監督の「審判The Trial」(フランツ・カフカFranz Kafk原作)、ジュールス・ダッシンJules Dassin監督の「夏の夜の10時30分10:30 P.M. Summer」(マルグリット・デュラスMarguerite Duras原作・脚本)など。クロード・ソーテ監督、ルキノ・ヴィスコンティLuchino Visconti監督などの作品にもよく出演し高い評価を受けています。

私生活においては、1958年に当時無名だったアラン・ドロンAlain Delonと恋に落ちて婚約し、1964年には別れることになったということでも知られています。そして2度の離婚、14歳の息子の事故死などの不幸が続き、睡眠薬の過剰服用が原因とされる心不全で、43歳の若さでパリで亡くなりました。詳しくは→ウィキペディアの記事参照。

Romy Schneider

コクテールCocktail :1982年に作られ、同年に没したロミー・シュナイダーに捧げられたバラ


「エレ-ヌの歌La chanson d'Hélène」は、1970年のクロード・ソーテClaude Sautet監督の映画「過ぎ去りし日の…Les choses de la vie」で用いられた曲。主演のロミー・シュナイダーRomy Schneiderが歌い、ミッシェル・ピコリMichel Piccoliが語っています。



La chanson d'Hélène         エレ-ヌの歌
Romy Schneider & Michel Piccoli  ロミー・シュナイダー & ミッシェル・ピコリ


Ce soir nous sommes septembre et j'ai fermé ma chambre
Le soleil n'y entrera plus
Tu ne m'aimes plus
Là-haut un oiseau passe comme une dédicace
 
Dans le ciel

  9月にはいった今夜 私は部屋を閉ざした
  陽の光はもう入って来ないだろう
  あなたはもう私を愛していない
  鳥が献辞のように通り過ぎる
  空の高みを


{Parlé:}
Je t'aimais tant Hélène
Il faut se quitter
Les avions partiront sans nous
Je ne sais plus t'aimer Hélène

  君をとても愛しているエレーヌ
  僕たちは別れなければならない
  飛行機は僕たちを乗せずに飛び立つだろう
  僕は君をこれ以上愛せないんだエレーヌ

La chanson d’Hélène1


Avant dans la maison j'aimais quand nous vivions
Comme dans un dessin d'enfant
Tu ne m'aimes plus
Je regarde le soir tomber dans les miroirs
C'est la vie

  私は愛していたわ ちょうど子どもが描く絵のように
  以前家で、私たちが暮らしていたときには 
  あなたはもう私を愛していない
  私は鏡のなかに日が暮れるのを見る
  それが人生


La chanson d’Hélène2
{Parlé:}
C'est mieux ainsi Hélène
C'était l'amour sans amitié
Il va falloir changer de mémoire
Je ne t'écrirai plus Hélène

  だからこの方がいいんだエレーヌ
  思い遣りのない愛だったんだ
  記憶を塗り替えねばならなくなるだろう
  僕はもう君に手紙を書かないよエレーヌ

L'histoire n'est plus à suivre et j'ai fermé le livre
Le soleil n'y entrera plus
Tu ne m'aimes plus

  物語はもう続かず私は本を閉じた
  陽の光はもう入って来ないだろう
  あなたはもう私を愛していない


[注] dédicace「(作品、著作の)献辞」「(記念碑の)奉献、碑銘」などの意味の語。Croix.png歌詞の最後に、 j'ai fermé le livre「私は本を閉じた」という表現があるので「献辞」と訳したが、この喩えは理解しにくい。キリスト教の教会などの建造物の柱や壁に奉献の意味でペイントあるいは彫られた十字架の図、すなわちcroix de dédicace(→右図)に、空を飛ぶ鳥のシルエットを重ねたという解釈のほうが私としては腑に落ちる。


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