2014
11.30

あの日、パリでCe jour-là à Paris

Jacqueline François Ce jour-là… à paris


今回はジャクリーヌ・フランソワJacqueline Françoisの「あの日、パリでCe jour-là à Paris」です。この歌詞に「11月の空Le ciel de novembre」という言葉が出てくるということに気づいたのは昨日。今日で11月が終わってしまうので大急ぎで出しました。なんとか滑り込みセーフです。
作曲:カルロ・アルベルト・ロッシCarlo Alberto Rossi作詞:マルク・ランジャンMarc Lanjean。1957年にアンドレ・クラヴォーAndré Claveauが創唱しました。

ジャクリーヌ・フランソワはミッシェル・ルグラン・オーケストラMichel Legrand et son orchestreをバックに歌っています。



アンドレ・クラヴォー



Ce jour-là à Paris           あの日、パリで
Jacqueline François         ジャクリーヌ・フランソワ


[Premier couplet chanté dans la version d'André Claveau :]
Les beaux souvenirs, Dieu merci, ça vous suit à la ronde 注1
Je suis sûr qu'en ce moment-ci, à l'autre bout du monde
Devant un verre de whisky, y a un gars qui raconte
Écoute ça, c'est comme ça, ce jour-là...


  [アンドレ・クラヴォーのヴァージョンで最初に歌われるクープレ:]
  美しい想い出、ありがたいことに、それは離れずについて来てくれる
  私は思う、いま、どこか世界の隅で
  ウィスキー・グラスを前にして、こう語る人がいるに違いないと
  その話を聞こう、それはこんな風だ、あの時…

La Seine flânait dans son lit
Le printemps rôdait sur la Seine
Notre-Dame sonnait midi
A Paris, à Paris, à Paris
Le ciel des beaux jours avait pris 注2
Le drapeau d'azur pour emblème 注3
Devant les passants tout surpris
A Paris, à Paris, à Paris

  セーヌは川底をぬらりくらりと流れていた
  春はセーヌの上をうろついていた
  ノートルダムは正午を告げた
  パリで、パリで、パリで
  晴天の空は
  紺碧の旗を紋章にする
  唖然としている人たちの目の前で
  パリで、パリで、パリで

Ce jour-là… à Paris1


Sur un air de valse, des morceaux de ciel
Dansaient, dansaient dans l'eau
Et, dans ce miroir, son sourire irréel 注4
Brillait comme un flambeau

  ワルツの調べに乗って、空のかけらたちは
  踊っていた、水のなかで踊っていた
  そして、この水鏡のなかで、虚像の微笑は
  松明のように輝いていた

Les moineaux de l'île Saint-Louis
Me soufflaient des vers de Verlaine
Mais nos cœurs parlaient mieux que lui 注5
A Paris, à Paris, à Paris

  サン=ルイ島のスズメたちは
  ヴェルレーヌの詩節を私にささやいていた
  でも私たちの心は彼よりもっとよく語ったわ
  パリで、パリで、パリで

Ce jour-là… à Paris2


Mais à Paris, tout s'envole au son d' l'accordéon
Et les images sur l'eau se noient dans un frisson
Y a trop d'oiseaux étourdis par la même chanson 注6
Et voilà, c'est pourquoi ce jour-là...

  でもパリでは、すべてがアコーデオンの音色に舞い上がり
  水面に映った像たちは慄きのなかに溺れる
  同じ歌に酔うたくさんの鳥たちがいる
  そうなの、そんなわけであの日…

La Seine flânait dans son lit
L'automne rôdait sur la Seine
Notre-Dame sonnait midi
A Paris, à Paris, à Paris
Le ciel de novembre avait mis
De l'or dans le gris des persiennes 注7
Devant les passants tout surpris
A Paris, à Paris, à Paris

  セーヌは川底をぬらりくらりと流れていた
  秋はセーヌの上をうろついていた
  ノートルダムは正午を告げた
  パリで、パリで、パリで
  11月の空は
  よろい戸の灰色のなかに金を置いた
  唖然としている人たちの目前で
  パリで、パリで、パリで

Sur un air de valse, la brise éperdue
Tournait, tournait, tournait
Le parfum volage des bonheurs perdus
Volait, volait, volait

  ワルツの調べに乗って、半狂乱のそよ風が
  回っていた、回っていた、回っていた
  失われたしあわせの移り気な香りが
  舞っていた、舞っていた、舞っていた

Ce jour-là… à Paris3


Les moineaux de l'île Saint-Louis
Me soufflaient des vers de Verlaine 注8
Mais mon cœur pleurait mieux que lui
Mon chéri, mon chéri, mon chéri
A Paris, à Paris, à Paris

  サン=ルイ島のスズメたちは
  ヴェルレーヌの詩節を私にそっとささやいていた
  でも私の心は彼よりももっと嘆いていたわ
  いとしい人、いとしい人、いとしい人
  パリで、パリで、パリで

[注]
1 このアンドレ・クラヴォーのヴァージョンのクープレは、ウィスキーという表現からも男性歌手向き。vous「不特定な人、人間一般」。à la ronde「四方に、まわりに」「順番に」。このフレーズは意訳した。
2 les beaux jours「気候のよい季節、春、青春時代」。des=de+les
3 フランスの国旗は青・白・赤の三色旗だが、このle drapeau d'azur「紺碧の旗」とは、フランスの王家のemblème「紋章」である Fleur-de-Lys(青い地色に金色の百合の花)の図柄の旗。空を擬人化し、立てられた旗を紋章として身に付けていると表現している。
Ce jour-là… à Paris4
4 ce miroir「この鏡」とはla Seine「セーヌ川」のl´eau「水」。son sourire irréel「非現実的な(現実に存在しない)微笑」とは水に映った太陽を擬人化しているようだ。
5 lui「彼」はVerlaine「ヴェルレーヌ」。
6 oiseaux「鳥たち」とは、(若い)人々のことであろう。
7 orは、紅葉の色、あるいは秋の日差しの色彩を「金」そのもののように示している。
8 このdes vers de Verlaine「ヴェルレーヌの詩節」とは「秋の歌(落葉)(Chanson d'automne)」を言うのだろう。「君に別れを告げに来た(手ぎれ)Je suis venu te dire que je m'en vais」の記事の最後にこの詩を記載した。



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2014
11.29

ラウンド・ミッドナイトAutour de minuit

Claude Nougaro


今回取り上げるのはAutour de minuitという曲で、その原曲の「ラウンド・ミッドナイトRound midnight」は、ジャズ・ピアニストのセロニアス・モンク Thelonious Monkが1942年に発表したジャズのスタンダード曲(発表時の題名はRound about midnight)。私は、以前はシャンソンよりもジャズのほうを多く聴いていましたので、今回は、少々ジャズにウエイトを置いてご紹介していきます。

モンクは1936年、19歳頃にGrand finaleという題名ですでにこの曲の下書きを作っていたといわれます。1944年にチャールズ・クーティー・ウィリアムズが版権を買い取り、彼のオーケストラのテーマ曲にしました。そのときのピアノはバド・パウエルBud Powell。その頃に、バーニー・ハニゲンBernard D. Hanighenが歌詞を作り、多くの歌手に歌われるようになりました。モンク自身は1946年からディジー・ガレスピーDizzy Gillespieのバンドで演奏し、当時のボーカルは、カーメン・マクレエCarmen McRae。世界で最も多くレコーディングされた曲として、現在まで、千枚を超えるアルバムに収録されてきました。

1986年に制作されたアメリカ・フランス合作の「ラウンド・ミッドナイトRound midnight」はバド・パウエルのフランスでの実話を元に作られた音楽映画で、ジャズ・サックス奏者のデクスター・ゴードンDexter Gordonが主演し、ハービー・ハンコックHerbie Hancockがアカデミー作曲賞を受賞しましたが、そのなかでも同名のこの曲が使われました。

セロニアス・モンクのピアノ・ソロ。長いです。クラシック系の人には良さが分かってもらえないかも。



カーメン・マクレエ。クリックしてYouTubeでご覧ください。



1978年に、クロード・ヌガロClaude Nougaro がフランス語に翻案して歌い、Tu verrasというアルバムに収録されました。英語の歌詞は、帰って来ない人を待つといった内容ですが、こちらはそれとは違って、夜空の星に憧れる、詩的な歌詞です。邦題は原曲の読みを用いることにしました。

クロード・ヌガロに関しては、後日、彼の代表曲「トゥールーズToulouse」を取り上げる際に解説する予定です。

1979年のライブの動画です。



レ・ヌビアンLes Nubiansという姉妹デュオの歌。歌詞の順序、代名詞がかなり変わっています。



Autour de minuit             ラウンド・ミッドナイト
Claude Nougaro              クロード・ヌガロ


Aux rendez-vous d’amour
Tout mon temps t’appartient et pour toujours
Aux rendez-vous d’amis
A n’importe quelle heure je suis admis
Aux rendez-vous d’affaires
Quand l’argent est urgent, je croise le fer 注1
Il est un rendez-vous pourtant 注2
Où j’aime aller isolément

  恋人との待ち合わせでは
  僕の時間はすべて君のもの ずっとね
  友だちとの待ち合わせでは
  何時だって僕は許してもらえる
  仕事上の待ち合わせでは
  緊急に金が必要なら、僕は剣を交える
  だが僕がまた別に向かいたい
  待ち合わせがある

Autour de minuit, je donne parfois rancard
A ma bonne étoile, la plus belle des stars
Elle est en retard, bien sûr
Cette étoile au baiser d’azur
Elle est en retard, bien sûr, du fond de ses nuits
Mais je l’attends quand même du fond de mon puits
Je l’attends comme une maman
Dans le noir du firmament

  真夜中ごろ、僕は時々デートの約束をする
  星々のうちで一番きれいな僕の幸運の星と
  彼女は時間に遅れる、きっと
  青色のキスをしてくれるこの星は
  彼女は時間に遅れる、きっと、夜の底に沈み込んで
  だがそれでも僕は井戸の底で待っている
  僕は彼女をママンを待つように待つ
  蒼穹の闇のなかで

Autour de minuit1


Je l’attends sous un vieux bec de jaz 注3
Vu de loin, j’peux paraître un peu nase
Mais ne t’inquiète pas, passant
Si tu me croises au tournant
Je ne guette comme un gosse
Qu’un clin d’œil du cosmos

  僕は古いジャズ楽器の吹口の下で彼女を待つ
  遠くから見て、僕はちょっとクレイジーに見えるかもしれない
  でも心配しないで、通りがかった君
  もしも君が曲がり角で僕とすれ違っても
  僕は小僧っ子のように
  宇宙のウインクしか待ち受けていないんだ

Autour de minuit2


Autour de mes nuits, allez luis, je t’attends
O toi ma bonne étoile, allez, va, descends
Dans tes bras d’années-lumière
Je veux tomber en poussière
Poussière d’étoile autour d’minuit 注4

  僕の夜の時間に、そら、光ってよ、僕は君を待っている
  オー君、僕の幸運の星よ、そら、来てよ、降りてよ
  君の何光年もの腕のなかで
  僕は砕け散って屑になりたい
  真夜中の星屑に

Autour de minuit3


[注] 題名のAutour de minuitは英題のRound midnightと同義で「真夜中ごろ」の意味。
1 croiser le fer avec qn.「(…と)剣を交える、(…と)議論を戦わせる」
2 Il est=Il y a
3 jaz「ジャズ」(gaz「ガス」としている歌詞が多いが音源で判断した)、したがってbecは「吹奏楽器の吹口」。映画に主演したサックス奏者のデクスター・ゴードンをイメージした表現に思える。
4 スターダストStardustというジャズのスタンダード・ナンバーを想起させる。




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2014
11.28

行かないでNe me quitte pas

Ne me quitte pas


ジャック・ブレルJacques Brelの「行かないでNe me quitte pas」は、1959年にブレルが当時彼のピアニストだったジェラール・ジュアネストGérard Jouannestの協力を得て作った曲。女優であり歌手であったスザンヌ・ガブリエロSuzanne Gabrielloとの別れの後に書かれたとされますが、歌詞内容とは逆にスザンヌのもとを去ったのはブレルのほうだったとか。

Ne me quitte pas


ジャック・ブレル



ニーナ・シモンNina Simone



スティングSting



もう一つ加えましょう。ブラジルの若手女性シンガー、マリア・ガドゥMaria Gadú。非常に面白いアレンジです。



このように、何人もの大物歌手たちが英語ではなくフランス語で歌いたかったというのはとてもおもしろい現象ではないでしょうか。

英語ヴァージョンのIf You Go Awayもあり、ダスティ・スプリングフィールドDusty Springfieldはフランス語を一部加えながら歌っていて一番人気のようですが、バーブラ・ストライザンドBarbra StreisandマドンナMadonna もいいです。
そしてなんと、パトリシア・カースPatricia Kaasも英語で歌っています。
マルレーネ・ディートリッヒMarlene Dietrichはドイツ語です。


Ne me quitte pas             行かないで
Jacques Brel               ジャック・ブレル


Ne me quitte pas
Il faut oublier
Tout peut s'oublier
Qui s'enfuit déjà
Oublier le temps
Des malentendus
Et le temps perdu
A savoir comment
Oublier ces heures
Qui tuaient parfois
A coups de pourquoi
Le cœur du bonheur
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas

  行かないでくれ
  忘れるべきだ
  すでに過ぎ去ったことは
  すべて忘れうる
  行き違いの時を
  そして 疑問に
  費やされた時を
  忘れることだ
  なぜの一言で
  しあわせな心を
  しばしば抹殺してしまった
  そうした時を
  忘れることだ
  行かないで
  行かないで
  行かないで
  行かないで

Ne me quitte pas2


Moi je t'offrirai
Des perles de pluie
Venues de pays
Où il ne pleut pas
Je creuserai la terre
Jusqu'après ma mort
Pour couvrir ton corps
D'or et de lumière
Je ferai un domaine
Où l'amour sera roi
Où l'amour sera loi
Où tu seras reine
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas

  この僕は君に捧げる
  雨の降らない
  国から届いた
  雨のしずくの真珠を
  土を掘りつづけよう
  僕が死んだのちもなお
  君のからだを
  黄金と光で覆うために
  国をつくろう
  そこでは愛が王となり
  そこでは愛が掟となり
  そこでは君が女王となるだろう
  行かないで
  行かないで
  行かないで
  行かないで

Ne me quitte pas3


Ne me quitte pas
Je t'inventerai
Des mots insensés
Que tu comprendras
Je te parlerai
De ces amants-là
Qui ont vu deux fois
Leurs cœurs s'embraser
Je te raconterai
L'histoire de ce roi
Mort de n'avoir pas
Pu te rencontrer
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas

  行かないでくれ
  君のために
  奇抜な言葉を創り出そう
  君はそれを理解してくれるだろう
  君に話そう
  自分たちの心が燃え上がるのを
  ふたたび見た
  あの恋人たちのことを
  君に語ろう
  君に逢うことが
  できずに死んだ
  あの王の物語を
  行かないで
  行かないで
  行かないで
  行かないで

Ne me quitte pas4


On a vu souvent
Rejaillir le feu
De l'ancien volcan
Qu'on croyait trop vieux
Il est paraît-il
Des terres brûlées
Donnant plus de blé
Qu'un meilleur avril
Et quand vient le soir
Pour qu'un ciel flamboie
Le rouge et le noir
Ne s'épousent-ils pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas

  ひとはしばしば目にする
  あまりにも古いと思われていた
  昔の火山の火が
  再び吹き出すのを
  どうやら
  焼かれた土地は
  より良好な4月にもまして
  多くの麦をもたらすらしい
  夕暮れが訪れるとき
  空が燃え上がるようにと
  赤と黒とが
  契りを結ぶではないか
  行かないで
  行かないで
  行かないで
  行かないで

Ne me quitte pas6


Ne me quitte pas
Je n'vais plus pleurer
Je n'vais plus parler
Je me cacherai là
A te regarder
Danser et sourire
Et à t'écouter
Chanter et puis rire
Laisse-moi devenir
L'ombre de ton ombre
L'ombre de ta main
L'ombre de ton chien

  行かないでくれ
  もう泣くまい
  もう話すまい
  あそこに身を潜め
  君が踊りまた微笑むのを
  見ていよう
  そして君が歌いまた笑うのを
  聞いていよう
  ならせてほしい
  君のシルエットの影に
  君の手の影に
  君の犬の影に

Ne me quitte pas1


Mais
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas
Ne me quitte pas.

  だが
  行かないで
  行かないで
  行かないで
  行かないでくれ。

[注] よく知られている邦題の「行かないで」を使うことにした。そして歌詞中のNe me quitte pasと音節数がうまく合うのでそのまま歌詞中の訳語にもしたが、正確に訳すと、「僕のもとを去らないでくれ」となる。さらに砕けば、「僕を捨てないで」かも。
歌詞には難しい箇所はないが、「雨の降らない国から届いた雨のしずくの真珠を…」などと言語矛盾だらけである。思いつく限りの言葉を尽くして、去りゆく恋人を引き留めようとする、けなげな男心の歌だと理解いただければ結構。



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2014
11.27

あとには何もないIl n'y a plus d'après

Juliette Gréco Il ny a plus daprès


「あとには何もないIl n'y a plus d'après」は、サン=ジェルマン=デ=プレSaint-Germain-des-Présの様変わりを歌った歌。1960年にギイ・ベアールGuy Béart が作った曲で、歌っているのはジュリエット・グレコJuliette Gréco。「モンマルトルの丘La complainte de la butte」を歌ったコラ・ヴォケールCora Vaucaireが「サン=ジェルマン=デ=プレの白い貴婦人」と呼ばれていたのと対照的に、黒が彼女のシンボル・カラーです。

90歳のシャルル・アズナヴールCharles Aznavourも86歳のリーヌ・ルノーLine Renaudも現役。アンリ・サルヴァドールHenri Salvadorも90歳で亡くなるまで歌い続けていました。グレコは現87歳。今年も来日して歌ってくれました。シャンソン歌手は息が長いです。

彼女は、サルトルJean-Paul Sartreを始めとする実存主義者たちと親交や、彼女自身の生き方や歌に対する考え方のために実存主義的な歌手と評されます。ジャン・コクトーJean Cocteauの「オルフェOrphée」などに出演し、映画女優としても知られています。何度かの結婚暦のほかに、ジャズ・トランペッターのマイルス・デイビスMiles Davisと恋仲だったことがあり、セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgともつかの間の付き合いがあったようです。現在の夫はジャック・ブレルJacques Brelのピアニストだったジェラール・ジュアネストGérard Jouannestで、もう40年以上、彼女の伴奏を続けています。



この曲を作ったギ・ベアール自身がギターの弾き語りで歌っています。



アメリカの俳優のアンソニー・パーキンズAnthony Perkinsも歌っています。



Il n'y a plus d'après    あとには何もない
Juliette Gréco       ジュリエット・グレコ


Maintenant que tu vis
A l'autre bout d'Paris
Quand tu veux changer d'âge
Tu t'offres un long voyage
Tu viens me dire bonjour
Au coin d'la rue du Four 注1
Tu viens me visiter
A Saint-Germain-des-Prés 注2

  今、あなたは
  パリの向こうの端に住んでいるから
  歳を遡りたいと思ったら
  長い旅をしなきゃならないわ
  あなたは私にこんにちはを言いに
  デュフール通りの角までやって来る
  あなたは私を訪ねてくる
  サン=ジェルマン=デ=プレに

Il ny a plus daprès1


{Refrain:}
Il n'y a plus d'après
A Saint-Germain-des-Prés
Plus d'après-demain
Plus d'après-midi
Il n'y a qu'aujourd'hui
Quand je te reverrai
A Saint-Germain-des-Prés
Ce n'sera plus toi
Ce n'sera plus moi
Il n'y a plus d'autrefois

  あとには何もないわ
  サン=ジェルマン=デ=プレには
  明日以後もなく
  午後もなく
  今日しかない
  サン=ジェルマン=デ=プレで
  あなたがわたしに再会するときは
  もう昔のあなたじゃないし
  もう昔の私でもない
  昔のものは何もないわ

Tu me dis "Comme tout change ! "
Les rues te semblent étranges
Même les cafés-crème
N'ont plus le goût qu'tu aimes
C'est que tu es un autre 注3
C'est que je suis une autre
Nous sommes étrangers 注4
A Saint-Germain-des-Prés

  あなたは私に言う「なんという変わり様だ!」
  通りはあなたには見知らぬ通りのように見え
  カフェ・クレームだって
  あなたが好んでいた味じゃない
  それはあなたが別人になり
  私も別人になり
  私たちがよそ者になったってこと
  サン=ジェルマン=デ=プレでは

Il ny a plus daprès2


{Refrain}

A vivre au jour le jour
Le moindre des amours
Prenait dans ces ruelles
Des allures éternelles
Mais à la nuit la nuit 注4
C'était bientôt fini
Voici l'éternité
De Saint-Germain-des-Prés

  その日その日を生きていると
  恋のささいな一コマも
  永遠に続きそうなゆっくりした足どりで
  小路を辿っていたわ
  けれど夜がおとずれると
  それはもう終わってしまっている
  これがサン=ジェルマン=デ=プレの
  永遠というものなのよ

{Refrain}

[注]
1 la rue Dufourとする歌詞が多いが、通りの正式名を選択した。セーヌ川の南岸の第6区にある通り。
2 Saint-Germainは6世紀末にローマから来た聖人の名。des-Présのpréは牧草の生えた草地のこと。近くを意味するprèsとはアクサンが異なる。
3 男性が歌う場合は、tu es une autre / je suis un autreとなる。Nous sommes étrangersは、この街のよそ者になったという意味と、あなたと私が互いに見知らぬ人になったという2つの解釈が可能だが、前者を選択した。サンジェルマン・デ・プレが変わっただけでなく、自分たちも変わってしまったというところが、ニコレッタNicolettaの「想い出のサン=ジェルマン=デ=プレOù Es-tu passé mon Saint-Germain-des-Prés」との違い。
4 かつてそこで青春を送っていた時期が去ってしまった今を夜に譬えている。そして、Voici l'éternitéは反語的な表現。したがって、あとには何もないのである。




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2014
11.26

インデアン・サマーL'été indien

Joe Dassin Lété indien


今の季節、晩秋から初冬にかけて見られる、温やかで暖かい春に似た天気のことを「小春日和」と呼びますが、これは日本に限らず北半球全体で広く見られる気候現象で、英語でIndian Summerと呼ばれています。これをフランス語にした「インデアン・サマーL'été indien」をタイトルにした曲をジョー・ダッサンJoe Dassinが歌っています。11月ももうすぐ終わってしまいますね。もう少し早く思いつけばよかったですが、急ぎそれを取り上げましょう。

ジョー・ダッサンJoe Dassinのプロフィールから。
彼は、1938年に映画監督ジュールス・ダッシンJules Dassin(仏語読みではダッサン)の息子としてニューヨークに生まれました。
父親ジュールスはハリウッドの映画監督でしたが、なんらかの事情でハリウッドから追放され、一家は1950年にパリに移ります。ジュールスはその後、カンヌ国際映画祭の監督賞を受賞し、60年には、監督・主演したギリシャ映画「日曜日はダメよΠοτέ Την Κυριακή」の世界的な大ヒットでハリウッドを見返します。

息子ジョーは、スイスで教育を受けたのち、56年にアメリカのミシガン大学へ入学しますが2年で中退。ラジオ局でDJのアルバイトをしていたとき、まだ無名時代のボブ・ディランBob Dylanと知り合ったことなどをきっかけに音楽に関心を持ち始めます。60年代の初めにパリに戻り、一時は父ジュールスの仕事を手伝っていましたが、その後、フランスの大手ラジオ局のDJとなります。そして当時の恋人がジョーのデモテープを送ったことでCBSにスカウトされ、専属歌手となります。
そして、69年にリリースされたシングル「オー・シャンゼリゼLes Champs-Elysées」(イギリスの曲「ウォータールー・ロードWaterloo Road」の翻案)が爆発的にヒットし、ジョーはシャンソン界のトップ・スターとしての地位を確かなものにします。また、75年に発表された「インデアン・サマーL'été indien」は、彼の曲のなかで最大のヒットとなりました。79 年には3度目のオランピア劇場コンサートを成功させましたが、同年12月に心臓疾患で緊急入院して手術を受けます。翌80年、2度目の離婚のあと、彼の別荘のあるタヒチのレストランで食事中、心臓発作のため帰らぬ人となりました。

そのほかの曲としては、「君がいなかったらEt si tu n'existais pas」「野ばらのひとSiffler sur la colline」などを挙げておきましょう。

この「インデアン・サマーL'été indien」は、珍しく語りの多い曲です。



L'été indien            インデアン・サマー
Joe Dassin            ジョー・ダッサン


Tu sais, je n’ai jamais été aussi heureux que ce matin-là
Nous marchions sur une plage un peu comme celle-ci
C’était l’automne, un automne où il faisait beau
Une saison qui n’existe que dans le Nord de l’Amérique
Là-bas on l’appelle l’été indien
Mais c’était tout simplement le nôtre
Avec ta robe longue tu ressemblais
A une aquarelle de Marie Laurencin
Et je me souviens, je me souviens très bien
De ce que je t’ai dit ce matin-là 注1
Il y a un an, y a un siècle, y a une éternité 注2

  ねぇ、僕はあの朝ほど幸せだったことはないよ
  僕たちはちょっとこれと同じような浜辺を歩いていたね
  それは秋、晴れ渡った秋で
  北アメリカにしかない季節だった
  向こうではインデアン・サマーと呼ばれている
  だがそれはひたすら僕たちのものだった
  長いドレスを着た君は
  マリー・ローランサンの水彩画のようだった
  そして僕は覚えている、とてもよく覚えているよ
  あの朝に僕が君に言ったことを
  1年前、いや1世紀も前、もうずうっと前のことだ

Lété indien3


On ira où tu voudras, quand tu voudras
Et on s’aimera encore, lorsque l’amour sera mort
Toute la vie sera pareille à ce matin
Aux couleurs de l’été indien

  君が望むところに行こう、君が望むときに
  そしてまた愛し合おう、愛が消えてしまっても
  人生はずっと今朝みたいに
  インデアン・サマーの色をしているだろう

Aujourd’hui je suis très loin de ce matin d’automne
Mais c’est comme si j’y étais. Je pense à toi.
Où es-tu? Que fais-tu? Est-ce que j’existe encore pour toi?
Je regarde cette vague qui n’atteindra jamais la dune
Tu vois, comme elle je reviens en arrière
Comme elle je me couche sur le sable
Et je me souviens, je me souviens des marées hautes 注3
Du soleil et du bonheur qui passaient sur la mer
Il y a une éternité, un siècle, il y a un an

  今では僕はあの秋の朝から遠く離れてしまった
  だがまるであの日に戻ったようだ。僕は君のことを思う。
  君はどこにいるんだ?何をしているんだ?
  君にとって僕はまだ存在しているのか?
  決して砂丘まで届くことのないこの波を僕は見ている
  そう、その波のように僕は後ずさりする
  その波のように僕は砂の上に身を横たえる
  そして僕は思い出す、満潮と
  海の上を通る太陽と幸せを僕は思い出す
  もうずうっと前、いや1世紀前、1年前のことだ

Lété indien4


On ira où tu voudras, quand tu voudras
Et on s’aimera encore lorsque l’amour sera mort
Toute la vie sera pareille à ce matin
Aux couleurs de l’été indien

  君が望むところに行こう、君が望むときに
  そしてまた愛し合おう、愛が消えてしまっても
  人生はずっと今朝と同じように
  インデアン・サマーの色をしているだろう

[注]
1 ce que je t’ai dit「言ったことと」とは、次節に歌われる内容。
2 Il y a une éternité「ずっと昔のこと」。後の節では、un an、un siècle、une éternitéの順序を逆にしている。
3 des marées hautes潮がどんどん引いていく心境の現在と対比して、当時の心の高まりを満潮と表現している。潮汐は月と太陽の引力で引き起こされるが、それが海の上を通る太陽と幸せによって引き起こされたというつながりも読み取れる。



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2014
11.25

歳月を経し恋人たちの歌La chanson des vieux amants

Jacques Brel Mon enfance


今回は「懐かしき恋人たちの歌」という邦題で知られるジャック・ブレルJacques BrelのLa chanson des vieux amantsです。この曲は1967年にブレルが作詞し、ブレルの曲想をもとに、そのピアニストで現在はジュリエット・グレコJuliette Grécoの夫であるジェラール・ジュアネストGérald Jouannestが作曲しました。この邦題は歌詞内容に合わず意味不明です。英訳のタイトルはThe Song of Old Loversとされており、vieuxもoldも、「歳を取った」ではなく、「古くからの」という意味で用いられていますから、「歳月を経し恋人たちの歌」という邦題に変えました。
ひとりの伴侶と長い年月、人生を分かち合うことは素晴らしいことです。でも、それは生易しいことじゃないんだということをこの歌は語っています。これはブレル自身の人生から吐き出された言葉のようです。



ジュリエット・グレコ



モラーヌMaurane



イヴ・デュテイユYves DuteilミルヴァMilvaも歌っています。


La chanson des vieux amants          歳月を経し恋人たちの歌
Jacques Brel                    ジャック・ブレル


Bien sûr, nous eûmes des orages
Vingt ans d'amour, c'est l'amour fol 注1
Mille fois tu pris ton bagage
Mille fois je pris mon envol
Et chaque meuble se souvient 注2
Dans cette chambre sans berceau
Des éclats des vieilles tempêtes
Plus rien ne ressemblait à rien 注3
Tu avais perdu le goût de l'eau 注4
Et moi celui de la conquête

  もちろん、僕たちには嵐の日もあった
  20年の恋、それは気違いじみた恋だ
  いく度となく君は荷物をまとめ
  いく度となく僕は飛び出した
  そしてひとつひとつの家具は覚えている
  揺りかごのないこの部屋にかつて起こった
  何度かの嵐を
  もうなにもかもが意味をなさなくなって
  君は水の味も分からなくなり
  そして僕は征服欲をなくしていた

La chanson des vieux amants3


Oh, mon amour
Mon doux, mon tendre, mon merveilleux amour
De l'aube claire jusqu'à la fin du jour
Je t'aime encore, tu sais, je t'aime

  おお、恋人よ
  僕の甘い、優しい、素晴らしい恋人よ
  すがすがしい夜明けから日の暮れる時まで
  君をなおも愛している、そうだよ、君を愛している

Moi, je sais tous tes sortilèges
Tu sais tous mes envoûtements
Tu m'as gardé de pièges en pièges 注5
Je t'ai perdue de temps en temps
Bien sûr tu pris quelques amants
Il fallait bien passer le temps
Il faut bien que le corps exulte
Finalement, finalement
Il nous fallut bien du talent
Pour être vieux sans être adultes

  僕は君の魔力をすべて知っている
  君は僕の魅力をすべて知っている
  君はいくつかの罠から僕を護った
  僕は何度か君を見失いもした
  むろん君は何人か恋人を持った
  時間の経過が必要だったろうし
  肉体的快楽も必要だ
  つまりは、つまりは
  僕たちは成長せずに老いるための
  すべを必要としたんだ

La chanson des vieux amants1


Oh, mon amour
Mon doux, mon tendre, mon merveilleux amour
De l'aube claire jusqu'à la fin du jour
Je t'aime encore, tu sais, je t'aime

  おお、恋人よ
  僕の甘い、優しい、素晴らしい恋人よ
  すがすがしい夜明けから日の暮れる時まで
  君をなおも愛している、そうだよ、君を愛している

Et plus le temps nous fait cortège 注6
Et plus le temps nous fait tourment
Mais n'est-ce pas le pire piège
Que vivre en paix pour des amants
Bien sûr tu pleures un peu moins tôt
Je me déchire un peu plus tard
Nous protégeons moins nos mystères 注7
On laisse moins faire le hasard 注8
On se méfie du fil de l'eau 注9
Mais c'est toujours la tendre guerre

  時は僕たちに従順について来るだけに
  時は僕たちにうるさくつきまとう
  だが恋人同士として平穏に生きること
  それは最悪の落とし穴ではなかろうか
  もちろん君はそんなにすぐには泣かないし
  僕が自身をさいなむのも少し経ってからだ
  僕たちは内輪の隠し事を守ろうとし過ぎず
  なりゆきに任せ過ぎず
  水の流れにも気をつける
  だがそれはいつだって優しい戦いなのだ

La chanson des vieux amants2


Oh, mon amour...
Mon doux, mon tendre, mon merveilleux amour
De l'aube claire jusqu'à la fin du jour
Je t'aime encore, tu sais, je t'aime.

  おお、恋人よ
  僕の甘い、優しい、素晴らしい恋人よ
  すがすがしい夜明けから日の暮れる時まで
  君をなおも愛している、そうだよ、君を愛している

[注]
1「プレヴェールのシャンソン(枯れ葉に寄せて)La chanson de Prévert」で、男性名詞であるamourの複数形が女性名詞扱いされると書いたが、ここでfol(fouの男性第2形) が用いられていることに関しては、envolと韻を踏むためというしか説明がつかない。
2「家具が覚えている」という擬人化した表現。
3 ne ressembler à rien「ユニークである、並外れている」と「まともなものではない、意味をなさない」の二つの意味がある。Plus rienのrienが主語で、二重否定になるのではなく、後者の意味が強調されている。
4 perdre le goût de l'eauはperdre le goût du painは「やる気をなくす」と近い意味だろう。Barbaraの「ペルランパンパンPerlimpinpin」http://blogs.yahoo.co.jp/alfonsinayelmal/11980087.htmlの歌詞には、À en perdre le goût de vivre, Le goût de l'eau, le goût du painというフレーズがある。次行のceluiはle goût。
5 garderは「留めておく」と「(危険などから)守る」。de…en…は次のde temps en tempsと共通で、移行・度合・周期を示す表現。
6 plus…(et) plus「…が多ければ多いほどなお…が多い、…であればあるほどますます…である」
7 mystèreは、「神秘、不思議」というより「隠し事、秘密」の意味だろう。文脈的には、「自分たちの秘事を、外部に対して…」ととらえるのが自然である。「僕と君それぞれが、自分の隠し事を、相手に対して…」ということをnousとnosで一括りにした表現ととらえた方が意味が分かりやすいのだが…。
8 ここは、Laisser faire, laisser passer.「なすに任せよ、行くに任せよ」単に「レッセフェール」ともいわれる、アダム・スミスの放任主義の標語を想起させる。le hasardは「偶然」(「危険」という意味も別にある)。つまりは、「偶然のなすがままにさせ過ぎない。」ということ。
9 se laisser aller au fil de l'eau「自然の成り行きに任せる」という成句があり、le fil de l'eau「水の流れ」は「自然の成り行き」を意味する。それにse méfier「用心する」ということで、注7での表現を言い直している内容である。
この節の5行目以降は、vivre en paix pour des amants「恋人同士として平穏に生きること]というle pire piège「最悪の落とし穴」を乗り切るための自分たちのあり様を肯定的に列記している。最後にそれはla tendre guerre「優しい戦い」なんだと締め括られる。



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2014
11.24

アイルランドのバラードBallade irlandaise

Bourvil.jpg


ブールヴィルBourvilはコメディアンそして歌手。1917年にフランス北部で生まれました。パン屋などさまざまな職業につきましたが、1937年に軍隊に入り、同じ隊に、「バラ色の人生La vie en rose」「あじさい娘Mademoiselle Hortensia」などの作曲で知られるルイギーLouiguyがいたことで、音楽に関心をもち始めます。除隊後、「鉛筆Les crayons」を作詞し、ヒットします。その後も作品を出し続け、59年に出した「フルーツ・サラダの歌Salada de fruits」は世界的にヒットしました。彼はジョルジュ・ブラサンスGeorges Brassensと友だちで、シャンソンに関する知識を共有しあったそうです。

Wikipédeiaのフランス語のページは、ほとんど俳優としての活動をメインに書かれています。でも、ここではごく簡単に。1945年に映画デビューした以後、フランスで最も人気のあるコメディアンのひとりとなりました。また、シリアスな演技を見せることもあります。1956年の「パリ横断La treversée de Paris」でヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞。1962年の「史上最大の作戦The Longest Day」にも出演しました。当然ながら多くの俳優たちとも交流がありました。

彼は1970年にパリ郊外の病院で亡くなりました。

今回取り上げるのは、1958年にブールヴィルが創唱した「アイルランドのバラードBallade irlandaise」(作詞:エディ・マルネイEddy Marnay 、作曲:エミル・ステルンEmil Stern )。



ダニエル・ダリューDanielle Darrieuxという名女優は歌もすばらしいです。ブールヴィルとは少し歌詞が違います。



Ballade irlandaise アイルランドのバラード
Bourvil       ブールヴィル


{Refrain:}
Un oranger sur le sol irlandais,
On ne le verra jamais.
Un jour de neige embaumé de lilas,
Jamais on ne le verra.
Qu'est ce que ça peut faire ? 注1
Qu'est ce que ça peut faire ?

  アイルランドの地のオレンジの木、
  そんなの誰もけっして見やしない。
  リラの花の香りのする雪の日、
  けっして誰もそんなの見やしない。
  それがなんだっていうんだ?
  それがなんだっていうんだ?

Ballade Irlandaise4


Tu dors auprès de moi, (Je dors auprès de toi,)
Près de la rivière,
Où notre chaumière
Bat comme un cœur plein de joie.

  おまえは僕の傍らで眠る、 (私はあなたの傍らで眠る、)
  川のほとりで、
  そこでは僕たちの藁ぶきの家が
  喜びでいっぱいの心臓のように息づいている

Ballade Irlandaise1


Un oranger sur le sol irlandais,
On ne le verra jamais.
Mais dans mes bras, quelqu'un d'autre que toi, (Mais quelqu'un d'autre que toi dans mes bras,)
Jamais on ne le verra.
Qu'est ce que ça peut faire ?
Qu'est ce que ça peut faire ?

  アイルランドの地のオレンジの木、
  そんなの誰もけっして見やしない。
  だが僕の腕のなかに、おまえ以外の者など、 (でもあなた以外の人など私の腕のなかに)
  けっして誰もそんなの見やしないんだから。
  それがなんだっていうんだ?
  それがなんだっていうんだ?

Tu dors auprès de moi.  (Je dors auprès de toi.)
L'eau de la rivière,
Fleure la bruyère, 注2
Et ton sommeil est à moi.  (Et ton amour est à moi.)

  おまえは僕の傍らで眠る。(私はあなたの傍らで眠る)
  川の水は、
  ヒースの香りがする、
  そしておまえのまどろみは僕のもの。 (そしてあなたの愛は私のもの)

Ballade Irlandaise2


{Refrain}
Toi, mon enfant, tu es là !  (Toi, tu seras toujours là !) 注3

 おまえ、僕のかわいい子、おまえはここにいる!(あなた、あなたはいつもここにいるわ!)

[注] ダニエル・ダリューの歌は女性の立場の歌詞。違っている部分は括弧に入れて示した。
1 Qu'est ce que ça peut faire ? 「それがなんだっていうんだ?」は反語で、「なんでもないことだ」という意味。
2 fleurer「…の香りを放つ」。区切られてはいるが、前行のl'eauが主語。
3 ブールヴィルの歌詞のmon enfantは、妻・恋人をこう呼んでいるようだが、文字通り自分の子どもに対する呼びかけと捉えてもいいだろう。



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2014
11.23

カナダの私の小屋Ma cabane au Canada

Line Renaud Ma cabane au canada


リーヌ・ルノーLine Renaudの「カナダの私の小屋Ma cabane au Canada」は、1947年にミレイユ・ブロセイMireille Broceyが作詞し、リーヌ・ルノーの夫のルールー・ガステLoulou Gastéが作曲し、1949年にACCディスク大賞を受賞しました。

若い頃の歌




最近の歌です。歳を重ねてますます美しくなり、歌も磨かれていてステキです。見習いたいものです。




Ma cabane au Canada         カナダの私の小屋
Line Renaud             リーヌ・ルノー


Ma cabane au Canada
Est blotie au fond des bois
On y voit des écureuils
Sur le seuil
Si la porte n’a pas de clé
C’est qu’il n’y a rien a voler
Sous le toît de ma cabane au Canada

  カナダの私の小屋は
  森の奥にうずくまっている
  リスたちが
  戸口にいるのが見える
  ドアに鍵がないのは
  盗むものは何もないから
  カナダの私の小屋の屋根の下には

Ma cabane au canada1


Elle attend engourdie sous la neige
Elle attend le retour du printemps
Ma cabane au Canada
C’est le seul bonheur pour moi
La vie libre qui me plait
La forêt
A quoi bon chercher ailleurs
Toujours l’élan de mon cœur 
Reviendra vers ma cabane au Canada

  小屋は雪の下でこごえつつ待っている
  小屋は春が戻って来るのを待っている
  カナダの私の小屋
  それは私の唯一のしあわせ
  私の好きな自由な生活と
  森は
  他所を探してなんになるの
  いつも私の弾む心は
  カナダの私の小屋に戻って来るわ

Mais je rêve d’ y emmener
Celui qui voudra me suivre
Viens avec moi si tu veux vivre
Au cher pays où je suis née

  でも私はそこに連れて行くことを夢みている
  私について来たいと願う人を
  私といっしょにいらっしゃい もしもあなたが
  私が生まれた懐かしい国で生きたいと願うなら

Ma cabane au canada2


Ma cabane au Canada
J’y reviendrai avec toi
Nous rallumerons le feu tous les deux
Nous n’aurons pas de voisins
Parfois seul un vieil indien
Entrera dans ma cabane au Canada

  カナダの私の小屋
  私はそこにあなたと帰るわ
  私たちは二人でまた火を燃やしましょう
  私たちには隣人もなく
  時おり年老いたインデアンだけが
  カナダの私の小屋を尋ねて来るでしょう

Je te dirai le nom des fleurs sauvages
Je t’apprendrai le chant de la forêt
Ma cabane au Canada
Tant que tu y resteras
Ce sera le paradis
Mon chéri
A quoi bon chercher ailleurs
Je sais bien que le bonheur
Il est là
Dans ma cabane au Canada

  私はあなたに野生の花の名前を言うわ
  私はあなたに森の歌を教えるわ
  カナダの私の小屋
  あなたがそこに留まるかぎり
  そこは楽園になるわ
  いとしいあなた
  よそを探してなんになるの
  私には分かっているわ
  しあわせがそこにあるって
  カナダの私の小屋に

Ma cabane au canada3


[注] l’élan de mon cœur「胸の高まり」と訳したほうが正確だが、文脈上「弾む心」と意訳した。



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2014
11.22

パリ・カナイユParis canaille

Catherine Sauvage Paris canaille


「パリ・カナイユParis canaille」は、1952年にレオ・フェレLéo Ferréが作り、カトリーヌ・ソヴァージュCatherine Sauvageが創唱しました。canailleは「不良、ごろつき」といった意味。パリを擬人化して二人称で呼び、さんざんけなしつつも、この街への愛情を表現している歌です。1955年に作られた映画「パリ野郎Paris coquin」にこの曲が用いられました。coquinはcanailleと似たり寄ったりで「いたずらっ子、ろくでなし」の意味ですが、その邦題に合わせ、この曲も「パリ野郎」と呼ばれます。



レオ・フェレ自身、そしてイヴ・モンタンYves Montandジュリエット・グレコJuliette Grécoらも歌っています。

ザズZaz はかなり型破りな歌い方で面白いです。



Paris canaille             パリ・カナイユ(パリ野郎)
Catherine Sauvage          カトリーヌ・ソヴァージュ

かなり長い歌詞で特殊な表現が多いので、下線を引いた語句の説明をその右側に付けた。

Paris marlou
Aux yeux de fille
Ton air filou
Tes vieilles guenilles
Et tes gueulantes
Accordéon
Ça fait pas d'rentes
Mais c'est si bon

  パリのごろつき野郎
  女の子の目には
  アンタのペテン師みたいな風貌
  アンタの着古したボロ服
  そしてアンタの、がなりまくる
  アコーデオン
  そんなのお金になりゃしない
  だけどステキさ

Paris canaille1


Tes gigolos
Te déshabillent
Sous le métro
De la Bastille
Pour se saouler   =soûler
À tes jupons   ペチコート、(会話では)女、娘
Ça fait gueuler
Mais c'est si bon

  アンタんちの女たらしたちは
  バスチーユの
  メトロの駅の下で
  アンタを脱がす
  アンタの下着に
  酔いしれようと
  それはきゃあきゃあわめかせる
  だけどステキさ

Brins des Lilas   Porte de lilasにいる街娼のこと
Fleurs de Pantin   Porte de Pantinにいる街娼のこと
Ça fait des tas   faire le tas「街娼が客引きする」とtasの原義「たくさん」をかけている
De p'tits tapins   街娼の客引き
Qui font merveille    すばらしい効果をあげる
En tout'saison
Ça fait d'l'oseille   (俗語で)金銭
Et s'est si bon

  ポルト・ド・リラの小枝たち
  ポルト・ド・パンタンの花たちは
  たくさん
  ちょっとした客引をする
  それは効果てきめん
  年中やってりゃ
  結構な身入り
  それまたステキさ

Paris canaille4


Dédé-la-croix
Bébert d'Anvers   ベルギーのアントワープ
Ça fait des mois
Qu'ils sont au vert    =se mettre au vert田舎(実は刑務所)で療養中
Alors ces dames
S'font un' raison
A s'font bigames   二重結婚
Et c'est si bon

  デデ・ラ・クロワ
  アントワープのベベールは
  何ヵ月も
  別荘にいる
  そこで奥方たちは
  それをいいことに
  彼氏をつくる
  それまたステキさ

Paris bandit
Aux mains qui glissent
T'as pas d'amis
Dans la police
Dans ton corsage
De néon
Tu n'es pas sage
Mais c'est si bon

  滑り込む手を持つ
  パリのワルめ
  アンタは
  サツにダチはいない
  アンタのネオン飾りの
  ブラウスの中じゃ
  アンタはお利口ぶっていない
  だけどステキさ

Paris canaille2


Hold-up savants
Pour la chronique   新聞等のコラム
Tractions avant   前輪駆動
Pour la tactique
Un p'tit coup sec   鋭い一撃
Dans l'diapason    音域
Rang' tes kopecks   ロシア通貨「カペイカ」
Sinon t'es bon   窮した

  手を上げろ先生方
  新聞ネタになるぜ
  ポンコツ車は
  手筈した
  鋭い銃声が
  調子よく響く
  金を並べな
  さもなきゃ痛い目を見るぜ

À la la une
À la la deux
Fil'-moi trois thunes   filer(金を)与える。thune旧5フラン銀貨
J' te verrai mieux
La tout' dernière   dernière des éditions印刷物の最終版
Des éditions
T' es en galère   囚人や奴隷の「ガレー船」→「ブタ箱」
Mais c'est si bon

  あらら1枚
  あらら2枚
  5フラン銀貨を3枚よこせって
  アンタがどうなるかもっと分かるだろう
  最後の
  結末としちゃ
  アンタはブタ箱入りさ
  だけどステキさ

À la la der
À la la rien
T'es un gangster
À la mie d'pain   役たたずの
Faut être adroit
Pour fair'carton   標的を撃つ
La prochain' fois
Tu s'ras p'têt'bon   peut-être

  あららヘッポコ
  あららロクデナシ
  アンタはギャング
  見かけ倒しの
  腕がよくなきゃね
  的を射抜くには
  この次は
  アンタ上手く行くかも

Paris canaille6


Paris je prends
Au cœur de pierre 非情な心
Un compt' courant
Des bell's manières
Un coup d'chapeau   帽子を軽く持ち上げる挨拶
À l'occasion
Il faut c'qui faut
Mais c'est si bon

  パリさん、いただくよ
  心を鬼にして
  当座預金を
  手際良く
  失敬!
  必要に迫られた
  時にはね
  だけどステキさ

Des sociétés
Très anonymes
Un député
Que l'on estime
Un p'tit mann'quin
En confection
C'est pas l'bais'-main   手に接吻する礼
Mais c'est si bon

  まったく得体の知れない
  世の中だ
  評判のいい
  議員さんだって
  格好だけの
  しけたマネキンさ
  敬意に値しない
  だけどステキさ

Pass'la monnaie
V'la du clinquant   Voilà
Un coup d'rabais
And gentleman
Un carnet d'chèque
Sans provision   不渡り
Faut faire avec   あるもので我慢する
Mais c'est si bon

  お代をおくれ
  ほら、金ぴかだよ
  1パツ負けるよ
  ソレカラ ダンナ
  不渡りの
  小切手
  これで我慢しなきゃ
  だけどステキさ

Un p'tit faubourg
Saint Honoré
Trois petits fours
Et je m'en vais
Surpris'party   (昨今は)ダンスパーティ、(以前は)持ち寄りパーティ
Surpris'restons
On est surpris
Mais c'est si bon

  小さな通りの
  サントノレに寄って
  プチ・フールを3つ買い
  それから行くよ
  びっくりパーティーに
  こちらはびっくりしっぱなし
  みんなもびっくり
  だけどステキさ

Paris canaille3


Paris j'ai bu
À la voix grise
Le long des rues
Tu vocalises
Y'a pas d'espoir
Dans tes haillons
Seul'ment l'trottoir
Mais c'est si bon

  パリは、呑んじゃったよと
  酔っぱらった声で
  道すがら
  アンタは高らかに歌う
  アンタのボロ着にゃ
  希望はないが
  歩道だけはある
  だけどステキさ

Tes vagabonds
Te font des scènes   ここでは「喧嘩、大騒ぎ」
Mais sous tes ponts
Coule la Seine
Pour la romance
À illusion
Y'a d'l'affluence
Mais c'est si bon.

  アンタんちの浮浪者たちは
  いざこざをやらかす
  だけど橋の下には
  セーヌが流れ
  夢を膨らませるような
  ロマンスなら
  溢れかえっている
  だけどステキさ

Paris canaille7


Môm's égarées   égaréesが女性形なのでmômeは「少女」
Dans les faubourgs
Prairie pavée
Où pouss'l'amour
Ça pousse encore
À la maison
On a eu tort
Mais c'est si bon

  道にはぐれた少女たち
  場末で
  石畳の広場に
  恋が芽生え
  家の中だって
  恋が芽生える
  ひとは間違いをやらかしたさ
  だけどステキさ

Regards perdus   うつろな目
Dans le ruisseau
Où va la rue
Comme un bateau
Ça tangue un peu   船が縦に揺れる
Dans l'entrepont   中甲板、passager d’entrepont三等船室
C'est laborieux
Mais c'est si bon

  うつろな目を
  溝に落としていると
  通りが
  船みたいに行くかに見える
  少々揺れて
  甲板じゃ
  ご苦労なありさま
  だけどステキさ

Paris flon flon
T'as l'âme en fête
Et des millions
Pour tes poètes
Quelques centimes
À ma chanson
Ca fait la rime
Et c'est si bon

  パリはぷかぷかどんどん
  アンタはお祭り気分
  アンタんちの詩人たちには
  何百万
  私の歌には
  数サンチーム
  ちゃんと韻を踏んでるんだよ
  そしてステキなんだよ



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2014
11.21

見果てぬ夢La quête

Homme De La Mancha


ジャック・ブレルJacques Brelの曲は「アムステルダムAmsterdam」、「忘れないOn n'oublie rien」、「千拍子のワルツLa valse à mille temps」の3曲をすでに取り上げましたが、今回、彼のプロフィールを簡単にご紹介しましょう。

ブレルは1929年にベルギーに生まれたシンガー・ソングライター。地元で、父親の経営していた板紙工場で働きながら、自ら作った曲を歌い始めました。1953年に出した処女録音のレコードがフランスのディレクターの目に留まり、その招きによりパリに出ました。
1954年に初のアルバムを発表してから彼の評価はしだいに高まり、国に残した妻子を呼び寄せました。1959年に出した「愛しかない時Quand on n'a que l'amour」を含むセカンド・アルバムがディスク大賞を受賞し、同年、「行かないでNe me quitte pas」が世界的な大ヒットとなり、その後も、多岐にわたるテーマの幅広いスタイルの曲を次々と世に出しました。彼は、ちょっと堅物だったらしくその服装・雰囲気からも神父L'abbéとあだ名され、これまた大物歌手でゴリラGorilleとあだ名されるジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassensと仲がよかったようです。

彼は人気絶頂の1966年に、突然シャンソンからの引退を発表し、セルバンテスMiguel de Cervantesの小説「ドン・キホーテDon Quixote」をもとにしたブロードウェイ・ミュージカル「ラ・マンチャの男Man of La Mancha」(1965年)のフランス語版L'Homme de la Manchaの制作・上演に没頭します。
そして彼の作ったフランス語版ミュージカル「ラ・マンチャの男L'Homme de la Mancha」は、1967年にカーネギー・ホールで、1968年にはブリュッセルの「ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)」で、そしてまたパリの「シャンゼリゼ劇場Le théâtre des Champs-Élysées」で彼自身の主演で上演されました。
ブレルの68年のアルバム「ラ・マンチャの男L'Homme de la Mancha」は、その舞台の曲集で、全曲とも、原曲の作詞はジョー・ダリオンJoe Darion, 作曲はミッチ・レイMitch Leigh、フランス語訳詞はブレル。そのなかの1曲、フランス語版「見果てぬ夢The Impossible Dream」すなわちLa quêteを今回取り上げましょう。



実はこの頃にはすでに肺ガンが彼の体を蝕んでいたようです。同じ68年の曲「孤独への道J'arrive」は死病に取りつかれた無念さを吐露するようなすさまじい内容の曲です。
74年、ガンの治療を受けたのち南太平洋に逃げます。そして、77年にパリに戻って出した最後のアルバム「偉大なる魂の復活Les Marquises」にはポリネシアで書いた18の新曲のうちの12曲が収録されていて、残りの6曲は永久に公開しないという契約が成されていたそうです。78年、再発した肺癌によりパリ郊外で亡くなり、フランス領ポリネシアのヒバオア島アツオナの墓地に埋葬されました。

後年、何人かの歌手が歌っていますが、ケベックのジネット・リノGinette Renoをお勧めしたいと思います。



ニコル・クロワジルNicole Croisilleジョニー・アリディーJohnny Hallydayも聴いてみてください。双方ともちょっと感情を込め過ぎかとも思いますが…。

La quête        見果てぬ夢
Jacques Brel      ジャック・ブレル


Rêver un impossible rêve
Porter le chagrin des départs
Brûler d'une possible fièvre
Partir où personne ne part

叶わぬ夢を抱く
旅立ちの悲哀を忍ぶ
能うるかぎりの熱情に燃ゆる
誰も向かわぬ地に向かう

La quête1


Aimer jusqu'à la déchirure
Aimer, même trop, même mal, 注1
Tenter, sans force et sans armure,
D'atteindre l'inaccessible étoile

  愛する、心張り裂けるまでに
  愛する、過度なるまで、不都合なるまでに、
  試みる、武器も鎧も持たず、
  届き得ぬ星に至らんと

Telle est ma quête,
Suivre l'étoile
Peu m'importent mes chances 注2
Peu m'importe le temps
Ou ma désespérance
Et puis lutter toujours
Sans questions ni repos
Se damner 注3
Pour l'or d'un mot d'amour
Je ne sais si je serai ce héros
Mais mon cœur serait tranquille
Et les villes s'éclabousseraient de bleu 注4
Parce qu'un malheureux 注5

  わが探求はかくなるもの、
  星を追う
  わが運気など なにせんや
  時機など なにせんや
  はたまた わが絶望など なにせんや
  げに常に闘う
  問わず休まず
  身を滅ぼすまでに
  愛の語の黄金を愛す
  英雄になるや否や知ろうことか
  なれどわが心は静かなりき
  また 巷は青に染まりし
  一人の不幸なる者の

La quête2


Brûle encore, bien qu'ayant tout brûlé 注6
Brûle encore, même trop, même mal
Pour atteindre à s'en écarteler
Pour atteindre l'inaccessible étoile.

  燃え尽きてなお さらに心燃え
  過度なるまで、不都合なるまでに、さらに心燃ゆるが故に
  身の引き裂かるるとも至らんとて
  届き得ぬ星に至らんとて。

[注]原題を直訳すると「探求」。「募金、カンパ」の意味もあるが。
今回、ちょっとお遊びで文語調の訳語を用いてみた。
1 ブレルはmêmeの発音がベルギー訛り。
2 chancesは複数で「確率、可能性」、単数は「運、幸運」とされる。ここではmesがつき、個人の「可能性」ということで「運」と等しくなる。
3 se damner pour…「(身を滅ぼすほど)…を愛する、…に夢中になる」
4 s’éclabousser本来は「(自分で)水の跳ねを受ける」という意味。éclabousserは「モンマルトルの丘」にも出てきたが、水や泥についての表現が光や光線についても用いられる。
5 次節につながる。
6 bien que=malgré que…「…にもかかわらず」


La quête3


英語の原曲もご紹介しましょう。

ピーター・オトゥールPeter O'Tooleの舞台



松本幸四郎(高橋大輔のフィギュアー・スケートの映像)



フランク・シナトラFrank Sinatraや、イル・ディーヴォIl Divoもいいですね。ほかには、エルヴィス・プレスリーElvis Presleyアンディ・ウィリアムズAndy Williamsも歌っています。

The Impossible Dream

To dream the impossible dream
To fight the unbeatable foe
To bear with unbearable sorrow
To run where the brave dare not go

To right the unrightable wrong
To love pure and chaste from afar
To try when your arms are too weary
To reach the unreachable star

This is my quest
To follow that star
No matter how hopeless
No matter how far

To fight for the right
Without question or pause
To be willing to march into Hell
For a heavenly cause

And I know if I'll only be true
To this glorious quest
That my heart will lie peaceful and calm
When I'm laid to my rest

And the world will be better for this
That one man, scorned and covered with scars
Still strove with his last ounce of courage
To reach the unreachable star


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2014
11.20

街角Coin de rue

Juliette Gréco Coin de rue


「街角Coin de rue」は、シャルル・トレネCharles Trenetが1954年に作詞・作曲したシャンソン。トレネはジュリエット・グレコJuliette Grécoの当時の夫だった俳優のフィリップ・ルメールPhilippe Lemaireに頼まれて、カフェ・テラスの紙ナプキンにわずか15分でこの曲を書いたといわれます。創唱はグレコですが、同年、トレネ自身も録音しています。歌詞の内容は、男性歌手・女性歌手いずれにも合うものです。過去への郷愁は、たびたび出て来るテーマながら、それぞれの曲がそれぞれの魅力をもっていますね。

トレネ



グレコ



新しいところで、バンジャマン・ビオレィBenjamin Biolay



Coin de rue             街角
Juliette Gréco           ジュリエット・グレコ


Je me souviens d'un coin de rue
Aujourd'hui disparu.
Mon enfance jouait par là.
Je me souviens de cela.
Il y avait une palissade,
Un taillis d'embuscades.
Les voyous de mon quartier
Venaient s'y batailler.

  思い出すわ
  いまは消えてしまった ある街角を。
  子供のころにそこで遊んだ。
  そのことを思い出すわ。
  柵を巡らしてあって、
  身を隠す茂みがあった。
  うちの近所の不良たちが
  喧嘩しにやって来た。

Coin de rue1


A présent, il y a un café,
Un comptoir tout neuf qui fait de l'effet, 注1
Une fleuriste qui vend ses fleurs aux amants
Et même aux enterrements.

  いまは、そこにはカフェが、
  ピカピカの新しいカウンターがあり、
  花売りが恋人たちに花を売っている
  また葬儀用にも。

Je me souviens d'un coin de rue
Aujourd'hui disparu.
Je me souviens d'un triste soir
Où, le cœur sans espoir,
Je pleurais en attendant
Un amour de quinze ans, 注2
Un amour qui fut perdu
Juste à ce coin de rue

  思い出すわ
  いまは消えてしまった ある街角を。
  ある悲しい夕べを思い出す
  そこで、希望をなくし、
  待ちながら泣いていた
  15歳の恋、
  うしなった恋
  ちょうどその街角で

Coin de rue3


Et depuis, j'ai beaucoup voyagé,
Trop souvent en pays étrangers.
Mondes neufs, constructions et démolitions,
Vous me donnez des visions. 注3

  それから、わたしはたくさん旅をしたわ、
  見知らぬ国々に何度も。
  新しい世界、建設と破壊、
  それらは私に幻覚を与える。

Je crois voir mon coin de rue
Et, soudain apparus,
Je retrouve ma palissade,
Mes copains, mes glissades,
Mes deux sous de muguet de printemps,
Mes quinze ans... mes vingt ans,
Tout ce qui fut et qui n'est plus,
Tout mon vieux coin de rue.

La la la la la la la
Tout mon coin de rue…

  私のあの街角を見た気がする
  そして、突然あらわれたの、
  私はまた目にする あの柵、
  仲間たち、滑りっこ遊び、
  春のすずらんの花を買った2スー
  私の15の頃…はたちの頃、
  過ぎ去ったものすべて そして戻って来ないものすべてを、
  私の昔の街角のすべてを。

  ラララララララ
  私の街角のすべてを…

Coin de rue6


[注] トレネとグレコの歌っている歌詞には異なる部分があるが、グレコに合わせた。
1 tout neuf「真新しい」。faire de l'effet「見栄えがする」
2 amourは前行のattendreの目的語と解釈でき、amourには「恋人」の意味もあるが、ここはそうとも言い難い。次行は区切られている。
3 vousは特定の人物ではなく、mondes neufs, constructions et démolitionsを擬人化したものか。
4 sou(お金の単位)「スー」。フランスでは、5月1日のメーデーにスズランの小さな花束が街中で売られている。トレネの歌っているようにMon muguet d’deux sous「2スーのスズラン」という語順のほうが理解しやすいが、グレコの歌っているとおり訳した。


Juliette Gréco1


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2014
11.19

今宵ただひとりJe suis seule ce soir

Leo Marjane


「今宵ただひとりJe suis seule ce soir」は、以前、放送大学のフランス語の科目でジュリエット・グレコJuliette Grécoの歌を学びましたが、もともとは、レオ・マルジャーヌLéo Marjaneが1941年に、単にSeule ce soirという曲名で歌っていた曲です。フランスがドイツに占領されていた時代で、夫がドイツで捕虜になっている女性たちの共感を呼び、彼女は一躍有名になりました。



この動画の英文の解説には、「レオ・マルジャーヌは、1930年代と1940年代のフランスの偉大な歌手のひとりでした。彼女の独特の"悲しそうに笑う"深みのある声と強い劇的な表現は、20年後、フランスのシャンソンの他の偉大なスター:ジュリエット・グレコにインスピレーションを与えました。レオ・マルジャーヌの壮大なキャリアは第二次世界大戦の終わりとともに突然終了しました。フランス人たちは、占領中に彼女がナチスを楽しませるのに少し熱心すぎたことを思い出しました。 1945年以降、彼女は引退しました。
この美しいメランコリックなスロー・フォックスは、シャルル・トレネによって作られました。画像は20世紀の偉大な写真家の一人、ブラッサイBrassai(彼のハンガリー名はジュラハラス)の写真。録音:Disqueグラモフォン、1941」といったことが書かれています。

ちょっと書き足しておきましょう。
スロー・フォックスとは、1910年代に米国で流行した、4分の4拍子または2分の2拍子の社交ダンスである、フォックス・トロット風のスローな曲のこと。
シャルル・トレネによって作られたというのは誤りで、作詞:ポール・デュランPaul Durand、作曲:ローズ・ノエルRose Noël& ジャン・カザノヴァJean Casanova。
レオは声を和らげるためにマイクロフォンに自分の絹のストッキングをかぶせることを思いついた人で、アメリカのコール・ポーターCole Porterやデューク・エリントンDuke Ellingtonらの曲も歌い、ジャズをフランスに紹介したのは自分だと言っています。

ジュリエット・グレコJuliette Grécoの歌はこちら。歌詞は順序が変わり、一部省略されています。



リュシエンヌ・ドリールLucienne Delyle、ジャクリーヌ・フランソワJacqueline François、ミレイユ・マチューMireil、アンドレ・クラヴォーAndré Claveauらも歌っています。

Je suis seule ce soir            今宵ただひとり
Léo Marjane               レオ・マルジャーヌ


Je viens de fermer ma fenêtre,
Le brouillard qui tombe est glacé 注1
Jusque dans ma chambre il pénètre,
Notre chambre où meurt le passé.

  われ 窓を閉ざしたり、
  たち込めし霧の冷たくて
  わが寝屋まで入りきたるに、
  昔日の失せしわれらが寝屋に。

Je suis seule ce soir4


{Refrain}:
Je suis seule ce soir avec mes rêves,  注2
Je suis seule ce soir sans ton amour.
Le jour tombe, ma joie s'achève,
Tout se brise dans mon cœur lourd.
Je suis seule ce soir avec ma peine
J'ai perdu l'espoir de ton retour,
Et pourtant je t'aime encor' et pour toujours 注3
Ne me laisse pas seule sans ton amour.

  今宵われひとり 夢いだきつ、
  今宵われひとり 君の愛なくして。
  日は暮れて、歓び潰え、
  わが重き心のうち すべて砕けし。
  今宵われひとり 悲しみいだき
  君の還り来る希みうしないて、
  けれどいまだとこしえに君を愛す
  われひとり君の愛なく残したもうな。

Je suis malade1


Dans la cheminée, le vent pleure,
Les roses s'effeuillent sans bruit,
L'horloge, en marquant les quarts d'heure,
D'un son grêle berce l'ennui. 注4

  炉の内奥に、風はうめき、
  音もなく薔薇の花びら散り、
  大時計は、四半時を示しつ、
  その甲高き音色にて憂きこころを慰むる。

Je suis seule ce soir5


{Refrain}

[注]ちょっと古めかしい訳語をあえて用いてみた。男性が歌う場合はseuleがseuleとなるが発音は変わらない。
1 Le brouillard tombe.「霧がたち込める」
2 グレコはこのルフランから歌い出し、第1節を歌い、またルフランを歌っておしまいで、Dans la cheminéeの節は歌っていない。
このルフラン部分は、一般の歌詞ではJe suis seule ce soirで行を替えているが、脚韻に合わせて区切りを変えた。
3 pour toujours「永遠に」
4 grêle「(音が)甲高くて弱い」




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2014
11.18

ムーラン・ルージュの歌Moulin Rouge

Mathé Altéry Moulin rouge


ムーラン・ルージュMoulin Rouge」は、19世紀末から20世紀初頭にかけて全盛を誇った、カフェ・コンセールのひとつで、いまだ健在です。その全盛時代を背景に、画家トゥールーズ=ロートレックHenri de Toulouse-Lautrecの伝記をもとにジョン・ヒューストンJohn Huston監督が作った映画が「赤い風車Moulin-Rouge」(1952年英米合作)です。

その映画のベル・エポックBelle Époqueの描き方に納得できないジャン・ルノワールJean Renoirが1954年に作った映画が「フレンチ・カンカンFrench Cancan」で、彼自身が作ったそのテーマ曲が、先に取り上げた「モンマルトルの丘La Complainte de la butte」。またずっと後の2001年には、ダメ押しのように、バズ・ラーマンBaz Luhrmannがミュージカル映画「ムーラン・ルージュMoulin Rouge」(ニコール・キッドマンNicole Mary Kidman、ユアン・マクレガーEwan Gordon McGregor主演)を作りました。ま、人の心を騒がせるものを持った場所なのでしょう。

話を戻しましょう。52年の映画「赤い風車」のテーマ曲The Song from Moulin Rougeは、ロートレックの生涯を思わせる内容の英語の曲で、映画のなかではIt's April Againと呼ばれ、Where is Your Heartという題名でも知られています。「悲しみよこんにちはBonjour Tristesse」も作ったジョルジュ・オーリックGeorges Auricが作曲しました。

映画のなかでJane Avril役のZsa Zsa Gaborが歌うシーン。実際に歌っているのはミュリエル・スミスMuriel Smith。つまり口パクです。



それにジャック・ラリュJacques Larueが、男女の恋を歌う美しいフランス語の歌詞を書きました。今回ご紹介する「ムーラン・ルージュの歌Moulin Rouge」です。この曲名は、そのカフェ・コンセールの名前というより、ただ、二人の恋を見守ってくれる「赤い色の風車」という意味。モンマルトルにはかつて14個の風車があったそうですが、現存するのは、3つだけ。この曲の内容には、ムーラン・ルージュの店の風車よりも、残る2つの素朴な風車のほうが相応しいでしょう。

「風車」と「恋」はどうやら関連がありそうで、この2つを結びつけた曲としては、他に、「太陽とそよ風の下でDans le soleil et dans le vent」と、「わが心の風車(風の囁き)Les moulins de mon cœur」をすでに取り上げました。ともにとても美しい曲です。

多くの歌手が歌っているなかで、マテ・アルテリMathé Altéryの声が大好きで選びました。彼女は、1927年パリに生まれ、クリスタルを思わせる美声でオペレッタの曲やシャンソンなどを歌い、エンリコ・カルーソーEnrico Carusoの相手役を務めるなどして1950年から2000年まで活動し、特に、1950年代から1960年代に「13のオペレッタ」「13のワルツ」「13の子守唄とセレナーデ」といった「13曲シリーズ」のLPを順次出したことで注目されています。2006年にはレジョンドヌール勲章L'ordre national de la légion d'honneurのシュヴァリエChevalierを受賞し、現在83歳。
この曲は1953年にすでに歌っていますが、1964年の「13の世界の最も美しいワルツLes 13 plus belles valses du monde」に収録され、1999年のLe meilleur de Mathé AltéryというCDにも再録されています。

ロートレックの絵を用いた動画です。



ワルツ調の心地よいメロディーのこの曲は、アンドレ・クラヴォーAndre Claveauリーヌ・ルノーLine Renaudジュリエット・グレコJuliette Grécoジョルジュ・ゲタリーGeorges Guétary、トアマTohama、クリスチャン・ボレルChristian borelらにも歌われています。

Moulin Rouge       ムーラン・ルージュの歌
Mathé Altéry       マテ・アルテリ


Moulin des amours
Tu tournes tes ailes
Au ciel des beaux jours
Moulin des amours

  恋人たちの風車よ
  晴れた空のもと
  おまえは羽根を回す
  恋人たちの風車よ

Moulin Radet


Mon cœur a dansé
Sur tes ritournelles
Sans même y penser
Mon cœur a dansé

  わが心は躍った
  おまえが繰り返すリズムに乗って
  しらずしらず
  わが心は躍った

Ah, mon Dieu, qu'ils étaient jolis
Ces yeux qui valsaient dans les miens
On s'aimait presqu'à la folie 注1
Et cet amour te plaisait bien

  あぁ、ほんとうにまぁ、なんと美しかったことか
  私の瞳のなかでワルツを踊る瞳は
  私たちは狂うほどに愛し合っていた
  そしておまえはこの恋が気に入っていた

Des mots de bonheur
Chantaient sur tes ailes
Des mots de bonheur
Simples comme nos cœurs

  しあわせの言葉は
  おまえの羽根に乗って歌になった
  私たちの心のように素朴な
  しあわせの言葉

Moulin Le Blute Fin


Dis-moi chéri, dis-moi que tu m'aimes 注2
Dis-moi chéri que c'est pour la vie

  言ってよ、あなた、私を愛してるって
  言ってよ、あなた、一生愛するって

Moulin des amours
Tu tournes tes ailes
Au ciel des beaux jours
Moulin des amours

  恋人たちの風車よ
  晴れた空のもと
  おまえは羽根を回す
  恋人たちの風車よ

Comme on a dansé 注3
Sur tes ritournelles
Tous deux enlacés
Comme on a dansé !

  おまえが繰り返すリズムに乗って
  私たちがどんな風に踊ったことか
  二人抱き合って
  どんな風に踊ったことか!

Que de fois l'on a répété 注4
Ces mots qui chantaient dans nos cœurs
Et pourtant que m'est-il resté
De tant de rêves de bonheur ?

  心のなかで歌われた言葉を
  私たちは何度繰り返しただろう
  けれど たくさんの幸せの夢の
  どれほどが私に残っているというの?

Un simple moulin
Qui tourne ses ailes
Un simple moulin
Rouge comme mon cœur !

  羽根を回す
  素朴な風車よ
  わが心のように赤い
  素朴な風車よ!


Moulin rouge1


Dis-moi chéri, dis-moi que tu m'aimes
Dis-moi chéri que c'est pour la vie

  言ってよ、あなた、私を愛してるって
  言ってよ、あなた、一生愛するって

[注]
1 onは、私と恋人の二人を指す。また、moulin des amours「恋人たちの風車」の「恋人たち」も同様。tuは「風車」。
2 このルフランの部分がdes mots de bonheurの内容である。ここではtuは恋人を指す。
3 commeは、感嘆をあらわす。
4 マテ・アルテリは、この節と次の節を歌っていない。




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2014
11.17

ジュ・ム・スヴィアンJe me souviens

Lara Fabian Je me souviens


ララ・ファビアンLara Fabianの歌う「ジュ・ム・スヴィアンJe me souviens」は、2005年にリリースされた「9」という名のアルバムに収録されている曲で、カナダのケベック州の公式モットーであるJe me souviensをテーマとした曲で、ララ・ファビアンとジェレミ・ジュニョーJérémi Jouniauxが作りました。Je me souviensは「私は覚えている」あるいは「私は思い出す」と二通りに訳せる言葉ですが、ウィキペディアの記事では、「ジュ・ム・スヴィアンは、私は忘れないという意味の公式モットー」だと説明しています。それに倣い原題の読みを邦題としました。

Je me souviens7


ララはベルギー人ですが、1996年、26歳のときにカナダ国籍も取得していて、彼女のカナダへの想いがこの歌に表れています。



Je me souviens            ジュ・ム・スヴィアン
Lara Fabian               ララ・ファビアン



Des fleurs de lys blanches sous un ciel bleu de cristal 注1
Des balades sous une neige en forme d'étoile
Des érables aux couleurs d'une passion fatale
Je n'oublie rien de rien,
Je me souviens

  クリスタルのように透明な青空のもとで咲く白百合
  星形の結晶の雪のもとでの散策
  宿命的な熱情の色のカエデ
  私はまったく何も忘れない、
  私は覚えている

Je me souviens8


Les odeurs d'une forêt qu'un beau lac dévoile 注2
Les reflets d'un grand feu sur nos visages pâles
Une lumière intense par des nuits boréales 注3
Je n'oublie rien de rien,
Je me souviens
 
  美しい湖があらわにする森の香り
  青白い私たちの顔に映る焚き火の炎
  北の夜空の強烈な光
  私はまったく何も忘れない、
  私は覚えている

J'aime tes poèmes, ton cœur, ta liberté
Tu es la seule terre où
Mon âme s'est posée

  私はあなたの詩、あなたの心、あなたの自由を愛する
  あなたは私の魂が憩う
  唯一の大地

Je me souviens2-1


Un accent dont personne ne connaît les secrets
Un français qui s'élance dans des mots oubliés
Une manière inimitable de chanter
Je n'oublie rien de rien,
Je me souviens

  誰もその秘密を知らない語調
  忘れ去られた言葉のなかに現れるフランス語
  まねて歌うことのできない調子
  私はまったく何も忘れない、
  私は覚えている

J'aime tes blasphèmes, ta foi, ta dignité
Tu es comme une île
Que l'on ne peut pas quitter

  私はあなたの悪言、あなたの信仰、あなたの自尊心を愛する
  あなたは離れられない
  島のようだ

Je me souviens3


J'aime tes poèmes, ton cœur, ta liberté
Tu es comme une île
Que l'on ne veut pas quitter

  私はあなたの詩、あなたの心、あなたの自由を愛する
  あなたは離れたくない
  島のようだ

Des paysages qui mélangent au plus que parfait 注4
Des dessins que la nature ne refait jamais
L'impression d'être entrée au jardin de la paix
Je n'oublie rien de rien
Et je reviens

  自然が二度と作り直せない構図を
  完璧以上なものに溶け合わせた風景
  平和の園に立ち入ったような印象
  私はまったく何も忘れない
  そして私は戻って来る

[注] 邦題は原題の読みを用いたが、歌詞中ではJe me souviensを文脈上、「私は覚えている」と訳した。
1 lys「ユリ」は、通常はlisと表記される。画像のとおり、ケベック州旗は青地にユリの図柄。カナダ国旗は赤地にカエデの図柄。
2 dévoilerは他動詞で、queの先行詞les odeurs d'une forêtを「あらわにする」のであり、「霧が晴れる」のではない。
3 une lumière intense「強烈な光」とはオーロラのことであろう。
4 mélanger A à B「BにA を混ぜる」の形で、Aにあたるのは次行のDes dessins。au plus que parfait「完璧より以上のものに」。ハイフンでつないで表記される文法用語のplus-que-parfait「大過去形」とは無関係。




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2014
11.16

冬の庭(温室) Jardin d'hiver

Henri Salvador Chambre avec vue


今回はアンリ・サルヴァドールHenri Salvadorの「冬の庭(温室) Jardin d'hiver」です。サルヴァドールは、1917年にフランス領ギアナに生まれました。最初ギタリストとして出発したのちに歌手となり、喜劇番組にも出演し、ほんとうに長い長い芸能生活を送り、2008年2月に90歳で亡くなりました。1957年に彼が作曲した「私の島でDans mon île」という曲を聴いたアントニオ・カルロス・ジョビンAntônio Carlos Brasileiro de Almeida Jobimが、それにヒントを得てボサ・ノヴァを生み出したとか。すなわち、彼はボサ・ノヴァの元祖です。

2000年、彼が82歳の時に出したアルバムが大ヒットし、ヴィクトワール賞を受賞。このアルバム名Chambre avec vueは2曲目のタイトルで「眺めのいい部屋」の意味ですが、「サルヴァドールからの手紙」という邦題がつけられています。このアルバムに含まれるこの曲は、もともとは、若き女流シンガー・ソングライターのケレン・アンKeren Annが自分のファースト・アルバムで「アンリ・サルヴァドールに捧ぐ」という副題をつけて発表した曲。感動した彼は、彼女とその恋人のバンジャマン・ビオレBenjamin Biolayのプロデュースにより、ボサノヴァ風の曲を中心とした自分のアルバムを作ったわけです。

Jardin dhiver1


上の写真は、ペール・ラシェーズ墓地のサルヴァドールのお墓。2010年5月1日にお参りして撮ってきました。エディット・ピアフÉdith Piafの隣です。サルヴァドールは、1950.年にジャクリーヌと結婚し、26年連れ添った後1976年に先立たれました。彼はこのお墓で、30年以上先に亡くなった妻のジャクリーヌといっしょに眠っています。

日本版のアルバムでは、今回取り上げるこの曲には「こもれびの庭に」という邦題がつけられていますが、季節がまったく違います。原名Jardin d'hiverは直訳すると「冬の庭」ですが「温室」のことも言います。私は、この曲は妻に先立たれた老年の男の心象風景ということで「冬の庭」なんだと思い、そう呼んでいましたが、複数のフランス人から、なんと老年の男が若い女性に恋をする話、すなわち、冬枯れの庭が温室に変わるような物語であることを教えられ、(温室)と括弧して加えることにしました。

南アメリカに住んでいた若い頃に1度結婚していたということは別として、サルヴァドールは、ジャクリーヌが亡くなった10年後の1986年(69歳)にサビーヌと結婚し1995年に離婚。そして、この曲の作られた翌年の2001年(84歳)から晩年までカトリーヌと結婚していたといったことも今になって知りました。

いえ、一人の妻を亡くなった後も何十年も愛し続けたという私の思い込みが壊れてがっかりしたというより、今まで抱いていた曲のイメージががらりと変わりました。



ケレン・アン



ステーシー・ケントStacey Kentの歌はおしゃれです。



Jardin d'hiver             冬の庭(温室)
Henri Salvador            アンリ・サルヴァドール


Je voudrais du soleil vert
Des dentelles et des théières
Des photos de bord de mer
Dans mon jardin d'hiver

  緑の陽射しが
  レースやティーポットが
  海辺の写真が 欲しい
  僕の冬の庭に

Je voudrais de la lumière
Comme en Nouvelle Angleterre
Je veux changer d'atmosphère
Dans mon jardin d'hiver

  ニュー・イングランドのような
  光が欲しい
  雰囲気を変えたい
  僕の冬の庭の

Jardin dhiver5-2


Ta robe à fleurs sous la pluie de novembre
Mes mains qui courent, je n'en peux plus de t'attendre 注1
Les années passent, qu'il est loin l'âge tendre 注2
Nul ne peut nous entendre 注3

  11月の雨のもとの君の花柄のドレス
  伸びる僕の両手、もうこれ以上、君を待ちきれない
  歳月は過ぎ、子どもの頃はなんと遠い昔なのか
  誰も僕たちのことを分かりやしない

Je voudrais du Fred Astaire 注4
Revoir un Latécoère 注5
Je voudrais toujours te plaire
Dans mon jardin d'hiver

  フレッド・アステアを気取りたい
  ラテコエールをまた見たい
  いつも君に気に入られていたい
  僕の冬の庭で

Jardin dhiver2


Je veux déjeuner par terre
Comme au long des golfes clairs
T'embrasser les yeux ouverts
Dans mon jardin d'hiver

  土の上で食事をしたい
  明るい入り江沿いなどで
  目を開けたまま君にキスしたい
  僕の冬の庭で

Ta robe à fleurs sous la pluie de novembre
Mes mains qui courent, je n'en peux plus de t'attendre
Les années passent, qu' il est loin l'âge tendre
Nul ne peut nous entendre

  11月の雨の下の君の花柄のドレス
  伸びる僕の両手、もうこれ以上、君を待ちきれない
  歳月は過ぎ、子どもの頃はなんと遠い昔なのか
  誰も僕たちのことを分かりやしない

Jardin dhiver3


[注]
1 je n'en peux plus de t'attendre「もうこれ以上、君を待ちきれない」は、確かに、過去の女性へではなく、現在自分の前にいる女性への気持ちをあらわしている。ケレン・アンなど女性が歌う場合は、ta robe がma robeに、mes mainsがtes mainsに変えて歌われる。
2 âge tendre「幼年期、子どもの頃」。老年の彼にとっては青春時代が「子どもの頃」のようなものだということか。
3 nul 文章用語で、「いかなる人も(…でない)」。今日ではneを伴って主語としてのみ用いられる。entendre「聞く」が本義だが、「理解する」の意味にもなる。
4 フレッド・アステアFred Astaireは、「パリの恋人Funny Face」「ザッツ・エンタテインメントThat's Entertainment」などに出演した、ハリウッドのミュージカル映画のスターで、粋で華麗なダンスが人々を魅了した。紳士の代名詞ともされる。
5 ラテコエール Latécoèreはフランス製プロペラ機。




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2014
11.15

第2回東京シャンソンコンクール

第2回東京シャンソンコンクールのご案内です。応募受付はもう始まっています。締め切りは3月20日。奮ってご応募ください。
チラシの郵送を希望される方は、東京日仏文化サロンまで、お電話・FAX・メールにてご連絡ください。

コンクールの公式サイトはこちら→東京日仏文化サロン

第2回コンクール2



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2014
11.14

私の心はヴァイオリンMon cœur est un violon

Lucienne Boyer Mon cœur est un violon


「私の心はヴァイオリンMon cœur est un violon 」は、19世紀のロマン派詩人ジャン・リシュパンJean Richepinの詩に基づいて、1945年に、ミアルカ・ラパルスリーMiarka Laparcerieが作った、いわば文学的シャンソンです。その年にリュシエンヌ・ボワイエLucienne Boyerが創唱。



アンドレ・クラヴォーAndré Claveau 、イヴェット・ジローYvette Giraudも歌っていますが。ジャクリーヌ・フランソワJacqueline Françoisがお勧めです。



また、ビング・クロスビーBing Crosbyがフランス語で歌っています。



Mon cœur est un violon           私の心はヴァイオリン
Lucienne Boyer                リュシエンヌ・ボワイエ


Mon cœur est un violon
Sur lequel ton archet joue 注1
Et qui vibre tout du long 注2
Appuyé contre ta joue
Tantôt l'air est vif et gai 注3
Comme un refrain de folie
Tantôt le son fatigué
Traîne avec mélancolie

  私の心はヴァイオリン
  その上をあなたの弓が戯れると
  全身で震えるのよ
  あなたの頬にもたれて
  ある時は 調べは生き生きと陽気で
  狂おしいルフランのよう
  またある時は けだるい音色が
  憂愁を伴いながながと響く

violon4.jpg


Dans la nuit qui s'achève
Mon cœur est plein de toi
La musique est un rêve
Qui vibre sous tes doigts
Sous tes doigts la caresse 注4
Rend mon désir si fort 注5
Qu'il va jusqu'à l'ivresse
Et meurt à la fin de l'accord 注6

  夜が明けゆくとき
  わたしの心はあなたへの想いでいっぱいよ
  音楽は夢
  あなたの指の下で震える夢よ
  あなたの指がもたらす愛撫が
  わたしの欲情を高める
  酩酊するほどまでに
  そして和合の果てにわたしは死にそうになるわ

violon7.jpg


Mon cœur est un violon
Sur lequel ton archet joue
Et qui vibre tout du long
Appuyé contre ta joue
Tantôt l'air est vif et gai
Comme un refrain de folie
Tantôt le son fatigué
Traîne avec mélancolie

  私の心はヴァイオリン
  その上であなたの弓が戯れると
  全身で震えるのよ
  あなたの頬に寄りかかって
  ある時は 調べは生き生きと陽気で
  狂おしいルフランのよう
  またある時は けだるい音色が
  憂愁を伴いながながと響く

violon6.jpg


Et vibrant à l'unisson 注7
Mon cœur est un violon...

  そして共鳴して震えるの
  私の心はヴァイオリン…

[注]
1 jouerにはもちろん「(楽器を)演奏する」という意味があるが、文脈上「戯れる」と訳した。
2 tout du long「すっかり、すべて」
3 tantôt… tantôt…「ある時は…ある時は…」
4 la caresse「愛撫」は次行のrend(rendre)の主語。tes doigtsが持っているton archetによる愛撫。
5 si…que+結果節「とても…なので…」。ilはmon désir。aller jusqu’à qc.「まで行く」。
6 accordは音楽用語の「和音、調律」の意味と、「一致、和合」といった意味とを重ねている。「男女が結ばれる」という意味もある「和合」を訳語として選んだ。
7 à l'unissonも音楽用語の「斉奏、ユニゾンで」の意味と、「一緒になって」といった意味とを重ねている。



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2014
11.13

競売場(貴婦人) Drouot

Barbara Drouot


「競売場(貴婦人) Drouot」は、1970年、バルバラ自身の作詞・作曲。題名のDrouot(ドルオ)は競売所を運営する会社組織の名前で、競売所の代名詞のように用いられています。「貴婦人」という邦題で知られていますので、少々違和感を感じながらもそれを副題としました。日本語の歌詞では、(ケチばかりつけるようで申し訳ないですが…)20歳から30年経ったとしながら「老婦人」という表現をしていますが、50歳ってもう「老婦人」と呼ばれる歳なんでしょうか?ちなみに、国連では60歳以上、WHOでは65歳以上を高齢者と呼ぶようで、私なんぞしっかり該当します。

この曲も私のレパートリーの一つです。バルバラの歌い方を直接真似ず、楽譜通りのワルツのメロディーに即した歌い方にして取り組んできましたが、同じメロディーが何度も繰り返されるなかで物語が展開していくこの曲はとても難しいです。今後もさらに時間をかけて歌いこんでいきたいと思っています。

動画を自分で作成して投稿しました。その音源は、昔買った1970年版のLPをパソコンに取り込んだものです。



Drouot     競売場(貴婦人)
Barbara    バルバラ


Dans les paniers d’osier de la salle des ventes
Une gloire déchue des folles années trente
Avait mit aux enchères, parmi quelques brocantes
Un vieux bijou donné par quel amour d’antan 注1

  競売所の柳の籠のなかに入れられて
  狂おしい30年の歳月の地に落ちた栄光が
  古物商のあいだで、競りにかけられていた
  古い宝石はどのような昔の恋の賜物なのか

Drouot1.jpg


Elle était là, figée, superbe et déchirante
Les mains qui se nouaient, se dénouaient tremblantes
Des mains belles encore, déformées, les doigts nus 注2
Comme sont nus, parfois, les arbres en Novembre

  彼女はそこにいた、こわばった、美しく痛ましい面持ちで
  その手は震えながら結ばれたりほどけたりしていた
  その手はまだ美しいけれど、形はゆがみ、指輪のない指は
  しばしば裸になる11月の木々を思わせた

Comme chaque matin, dans la salle des ventes
Bourdonnait une foule, fiévreuse et impatiente
Ceux qui, pour quelques sous, rachètent pour les vendre
Les trésors fabuleux d’un passé qui n’est plus

  毎朝のように、競売所では
  興奮して待ち切れない様子で、人々がざわめいていた
  彼らは、わずかのお金で、売却用に買い取るのだ
  過ぎた昔のとんでもない宝物を

Drouot4.jpg


Dans ce vieux lit cassé, en bois de palissandre
Que d’ombres enlacées, ont rêvé à s’attendre
Les choses ont leurs secrets, les choses ont leurs légendes
Mais les choses murmurent si nous savons entendre 注3

  紫檀でできた、この壊れた古いベッドで
  絡み合った影が、かつて夢み待ち望んだ
  彼らの持ち物が彼らの秘め事を身につけ、彼らの伝説を身につけることを
  だがもしも私たちに聞く耳があったならとそれらの物はささやく

Le marteau se leva, dans la salle des ventes
Une fois, puis deux fois, alors, dans le silence
Elle cria: "Je prends, je rachète tout ça
Ce que vous vendez là, c’est mon passé à moi"

  競売所で、木槌が振り上げられた
  一度、そして二度、そして、静寂のなかで
  彼女は叫んだ「わたしがいただくわ、わたしがそれをぜんぶ買い戻すわ
  あなた方がそこでお売りの品、それはわたしの過去なのよ」

Drouot5.jpg


C’était trop tard, déjà, dans la salle des ventes
Le marteau retomba sur sa voix suppliante
Tout se passa si vite, à la salle des ventes
Tout se passa si vite, on ne l’entendit pas

  遅すぎた、すでに、競売所では
  彼女の哀願する声を押しつぶすように木槌が再び打ち下ろされた
  すべてはとても速く過ぎ、競売場では
  すべてはとても速く過ぎ、彼女の声は聞かれなかった

Près des paniers d’osier, dans la salle des ventes
Une femme pleurait ses folles années trente
Et revoyait soudain défiler son passé
Défiler son passé, défiler son passé

  競売所の、柳の籠のそばで
  ひとりの女が狂おしい30年の歳月を嘆いていた
  そして突然目の当たりにした、自分の過去がよぎるを
  自分の過去がよぎるのを、自分の過去がよぎるのを

Je suis malade14


Car venait de surgir, du fond de sa mémoire
Du fond de sa mémoire, un visage oublié
Une image chérie, du fond de sa mémoire
Son seul amour de femme, son seul amour de femme

  なぜなら現れて来たから、彼女の記憶の底から
  彼女の記憶の底から、忘れていた面影が
  いとしい姿が、彼女の記憶の底から
  女としてのただひとつの恋が、女としてのただひとつの恋が

Hagarde, elle sortit de la salle des ventes
Froissant quelques billets, dedans ses main tremblantes
Froissant quelques billets, du bout de ses doigts nus
Quelques billets froissés, pour un passé perdu

  取り乱して、彼女は競売所を出た
  震える手のなかで、何枚かの紙幣をしわくちゃにしながら
  裸の指の先で、何枚かの紙幣をしわくちゃにしながら
  しわくちゃになった紙幣は、失われた過去の代替だった

Hagarde, elle sortit de la salle des ventes
Je la vis s’éloigner, courbée et déchirante
De son amour d’antan, rien ne lui restait plus
Pas même ce souvenir, aujourd’hui disparu...

  取り乱して、彼女は競売所を出た
  わたしは彼女が、背をかがめて憔悴した様子で遠ざかって行くのを見た
  彼女のかつて恋の名残は、なにももう残っていなかった
  想い出さえも、今日 消え去った…

Drouot3.jpg


[注]
1 antanは「去年」の意味のほかに、「昔、かつて」の意味で用いられる。
2 les doigts nus「裸の指」は、結婚指輪や婚約指輪をつけていない、つまり、独り身だということを表す。les mains nuesなら「(手袋をしない」素手」。
3 競売所でそれらの物品を購入しようという人々には、それらに込められたもとの所有者の想いが伝わらない。




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2014
11.12

お隣さんの飼い猫Le chat de la voisine

Yves Montand Le chat de la voisine


イヴ・モンタンYves Montandの「お隣さんの飼い猫Le chat de la voisine」は、1958年にルネ・ラガリィRené Lagary が作詞し、「ラ・シャンソネットLa Chansonnette」を作曲したフィリップ・ジェラールPhilippe Gérardが作曲しました。作詞したルネ・ラガリィはバスの運転手でしたが、この曲がモンタンの歌唱で大ヒットして歌の世界に乗り換え、自身もこの曲をレコーディングしています(ituneで買えます)。
一般には「隣の女の飼い猫」という邦題で知られています。la voisineは「隣人」の女性形ですから、女性が独りで住んでいて猫を飼っているのでしょう。歌詞に描かれた猫の様子から、隣の女性はリッチで上品な人だと想像されますから、「隣の女」を「お隣さん」に変えることにしました。実はこの曲、私の十八番なんです。軽快で、歌っているととても気持ちのいい曲です。

ぬくぬくと生きている隣家の猫と、彼があえて語りたくない歌いたくないという事柄の対比を皆さんはどう捉えますか?

モンタンのステージは最高ですね!



Le chat de la voisine         お隣さんの飼い猫
Yves Montand             イヴ・モンタン


Le chat de la voisine
Qui mange la bonne cuisine
Et fait ses gros ronrons
Sur un bel édredon dondon

  お隣さんの飼い猫はね
  おいしいご馳走を食べ
  綺麗な分厚い羽布団の上で
  盛大にのどをゴロゴロ

Le chat de la voisine
Qui s´met pleines les babines
De poulet, de fois gras
Et ne chasse pas les rats
Miaou, miaou
Qu´il est touchant le chant du chat
Ronron, ronron
Et vive le chat et vive le chat

  お隣さんの飼い猫はね
  チキンを、フォアグラを
  口いっぱいにほおばり
  ネズミを追いかけない
  ミャオー、ミャオー
  猫の歌声のなんと心にしみること
  ゴロゴロ、ゴロゴロ
  猫ちゃん万歳 猫ちゃん万歳

Le chat2


Je ne dessin´rai pas l´homme et son agonie
L´enfant des premiers pas qui gèle dans son nid
Je ne parlerai pas du soldat qui a peur
D´échanger une jambe contre une croix d´honneur
Du vieillard rejeté aux poubelles de la faim
Je n´en parlerai pas, mieux vaut ce p´tit refrain

  僕は描かない 人とその末後を
  自分ちで凍えるよちよち歩きの子どもを
  僕は語らない
  片脚を名誉勲章に引き換えることを恐れる兵士のことを
  飢えてゴミ箱にはまり込んだじいさんのことを
  僕はそんなことは語らない、この小さな歌のほうがいいさ

Le chat de la voisine
Qui mange la bonne cuisine
Et fait ses gros ronrons
Sur un bel édredon dondon

  お隣さんの飼い猫はね
  おいしいご馳走を食べ
  綺麗な分厚い羽布団の上で
  盛大にのどをゴロゴロ

Le chat


Le chat de la voisine
Qui s´met pleines les babines
De poulet, de fois gras
Et ne chasse pas les rats
Miaou, miaou
Qu´il est touchant le chant du chat
Ronron, ronron
Et vive le chat et vive le chat

  お隣さんの飼い猫はね
  チキンを、フォアグラを
  口いっぱいにほおばり
  ネズミを追いかけない
  ミャオー、ミャオー
  猫の歌声のなんと心にしみること
  ゴロゴロ、ゴロゴロ
  猫ちゃん万歳 猫ちゃん万歳

Je n´serai pas l´empêcheur de déjeuner en rond 注1
A louanger la sueur qui brûle sur les fronts 注2
Je ne parlerai pas de l´ouvrier qui pleure
La perte de ses doigts morts aux champs du labeur
De la jeune fille fanée avant d´avoir aimé
Je n´en parlerai pas, il vaut mieux glorifier

  僕は額に輝く汗を賞賛するために
  ぬくぬくと昼食を摂ることを邪魔したりしない
  僕は語らない
  仕事場でつぶした指を失って嘆いている労働者のことは
  恋をしないうちに萎れちゃった若い娘のことは
  僕はそんなことは語らない、それより褒めそやしたほうがいいさ

Le chat 3


Le chat de la voisine
Qui mange la bonne cuisine
Et fait ses gros ronrons
Sur un bel édredon dondon

  お隣さんの飼い猫はね
  おいしいご馳走を食べ
  綺麗な分厚い羽布団の上で
  盛大にのどをゴロゴロ

Le chat de la voisine
Qui s´met pleines les babines
De poulet, de fois gras
Et ne chasse pas les rats
Miaou, miaou
Qu´il est touchant le chant du chat
Ronron, ronron
Et vive le chat et vive le chat...

  お隣さんの飼い猫はね
  チキンを、フォアグラを
  口いっぱいにほおばり
  ネズミを追いかけない
  ミャオー、ミャオー
  猫の歌声のなんと心にしみること
  ゴロゴロ、ゴロゴロ
  猫ちゃん万歳 猫ちゃん万歳…

[注]
1 empêcheur de danser(ou tourner) en rond「人の楽しみの邪魔をする人、一座の興をそぐ人」の言い換え。
2 日本語と同様、à la sueur de son front「額に汗して、苦労して」という表現があり、la sueur qui brûle sur les fronts「額に輝く汗」は勤勉の象徴である。




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2014
11.11

ジェルソミーナGelsomina

Lucienne Delyle Gelsomina


とっても古いですが、1954年のフェデリコ・フェリーニFederico Felliniの「道La strada」が私の一番好きな映画です。浜辺の砂の一粒にすぎないいのち、でもそれが大切なんだということが1シーンで語られていて、それが悲しいストーリーと、ジュリエッタ・マシーナGiulietta Masina演ずる主役のジェルソミーナGelsominaの印象的な表情とともに心に残っています。そして、その主題曲「ジェルソミーナGelsomina」も大好きで、私のレパートリーの一つとなりました。

この曲は、ニノ・ロータNino Rotaが作曲、もとはイタリア語の歌詞でとても短いもの。これを、映画のストーリーに忠実な内容でロベール・シャブリエRobert Chabrierがフランス語にしました。リュシエンヌ・ドリールLucienne Delyleが歌っている動画はYouTubeにありましたが、歌詞をネットで探してもどうしても見つかりませんでした。たったひとつ見つかったのは韓国語のサイト。ドレミ楽譜出版社の「シャンソン名曲アルバム5」に収録された譜面にも歌詞が書かれていましたが、双方ともあやしい部分が多く、両者を見比べつつ歌を聴いて歌詞を直して歌っていました。そして、最近になってやっと信頼できる歌詞をネットで見つけ、自分が苦労して拾った歌詞が正しかったことが分かりました。

リュシエンヌ・ドリール。映画「道La strada」の幾つかのシーンの画像を用いた動画です。



ブラジルのカエターノ・ヴェローゾCaetano Velosoは、ほとんど「ラララ」で、後半少しイタリア語の歌詞で歌っています。
スペイン系のテナー歌手ルイス・マリアーノLuis Marianoもフランス語で歌っています。


Gelsomina        ジェルソミーナ
Lucienne Delyle     リュシエンヌ・ドリール


Dans une roulotte
Sur le grand chemin
Une enfant entre ses mains sanglote

  大通りの
  馬車のなかで
  両手で顔をおおって女の子が泣いている

Ô Gelsomina
Pauvre enfant perdue 注1
Va vers le public et ris
Prends ton vieux tambour
Fais trois petits tours
Et triste pantin bondit

  おお ジェルソミーナ
  寄る辺ない哀れな子よ
  観客のところに行って笑いなさい
  古い太鼓を手にもって
  3回小さく回りなさい
  すると悲しいマリオネットが飛び跳ねる

Gelsomina3.jpg


Sous le soleil ou la pluie
Tu dois jouer la comédie
Et si ton cœur, d'amour, est plein
Pour Arlequin 注2

  晴れた日も雨の日も
  コメディを演じるのがあなたの役目
  するとあなたの心は、いっぱいになるわ
  アルルカンへの愛で

Nez enluminé
Là sur le pavé
Danse, Gelsomina, pour lui

  鼻を赤く塗って
  路上で
  踊って、ジェルソミーナ、彼のために

Gelsomina2.jpg


Il brise des chaines 注3
Il meurtrit ton cœur
Dans ses doigts.
La plus bell fleur s'égrène

  彼は鎖をこわし
  あなたの心を傷つける
  その指で。
  この上なく美しい花がこぼれ落ちる

Ô Gelsomina
Pauvre enfant perdue
Va vers le public et ris
Prends ton vieux tambour
Fais trois petits tours
Et triste pantin bondit

  おお ジェルソミーナ
  寄る辺ない哀れな子よ
  観客のところに行って笑いなさい
  あなたの古い太鼓を手にもって
  3回小さく回りなさい
  すると悲しいマリオネットが飛び跳ねる

Gelsomina7.jpg


Sous le soleil ou la pluie
Tu le suivras, c'est là ta vie
En l'admirant, en le servant
Mais cependant

  晴れた日も雨の日も
  彼について行く、それがあなたの人生
  彼を称えつつ、彼に尽くしつつ
  けれども

Tu seras blessée
Jamais consolée
Ô Gelsomina, par lui

  あなたは傷つけられるでしょう
  けして慰められはしないで
  おお ジェルソミーナ、彼によって

Gelsomina1.jpg


[注] Gelsominaジェルソミーナは、イタリア語でジャスミンの意味。純粋さの象徴である。
1 enfant perduは本来「迷子」だが、ジェルソミーナの場合は、親に捨てられた、いえ、ザンパノにお金で買われた子。
2 Arlequinイタリア喜劇の道化役。大道芸人として働かされているジェルソミーナをいつも励ましてくれる若い綱渡りの男を指している。
3 彼女を買って働かせているザンパノの出しものは、胸を膨らませて鎖を切ること。



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2014
11.10

モンマルトルの丘La complainte de la butte

Cora Vaucaire La Complainte de la butte


「サン・ジェルマン・デ・プレの白い貴婦人」という別名を持つ大物歌手、コラ・ヴォケールCora Vaucaireが歌った「モンマルトルの丘La complainte de la butte」は、映画監督で文筆家でもあるジャン・ルノワールJean Renoirが自作の映画「フレンチ・カンカンFrench Cancan」(1955)のために作詞しジョルジュ・ヴァン・パリスGeorges van Parysが作曲した曲です。ジャンは印象派の画家オーギュスト・ルノワール Auguste Renoirの次男。

映画でこの歌が歌われるシーン。出演している女優の口パクとしてコラが歌っています。



題名のcomplainteは「悲歌」の意味。butteは「丘」で、「モンマルトルの丘」を指します。直訳すると「モンマルトルの丘の悲歌」です。詩人がモンマルトルの丘で出会い愛したのは、未成熟の痩せこけた貧しい娼婦。「丸い胸」や「白い肌の女」といった形容を含んだ日本語の歌詞とは次元の異なる世界がここにはあります。美しく悲しく五感のすべてに語りかけてくるメルヘンの世界が。

モンマルトルの風景写真を数多く用いた動画です。



La complainte de la butte    モンマルトルの丘
Cora Vaucaire           コラ・ヴォケール


En haut de la rue St-Vincent
Un poète et une inconnue
S'aimèrent l'espace d'un instant
Mais il ne l'a jamais revue

  サン・ヴァンサン通りの上手で
  ひとりの詩人と見知らぬ娘は
  ほんのひと時のあいだ愛し合った
  けれど彼はその娘に二度と会わなかった

La Complainte de la butte5


Cette chanson il composa
Espèrant que son inconnue
Un matin d'printemps l'entendra
Quelque part au coin d'une rue

  その見知らぬ娘が いつか春の朝に
  通りの片隅のどこかで
  聞いてくれることを願い
  彼はこの歌を作った

La lune trop blême
Pose un diadème
Sur tes cheveux roux
La lune trop rousse
De gloire éclabousse
Ton jupon plein d'trous 注1

  とても青ざめた月は
  きみの赤茶けた髪の上に王冠を載せ
  (君の髪の色で)とても赤みを帯びた月は
  後光となって
  穴だらけのきみのスカートに光を散らす

La lune trop pâle
Caresse l'opale
De tes yeux blasés 注2
Princesse de la rue
Soit la bienvenue 注3
Dans mon cœur blessé

  とても青白い月は
  きみの醒めたオパール色の瞳を
  優しく撫でる
  通りのお姫さま
  僕の傷ついた心に
  ようこそいらっしゃい

La complainte de la butte 2


Les escaliers de la butte sont durs aux miséreux
Les ailes des moulins protègent les amoureux

  丘の階段は貧しい者たちにはきびしく
  風車の羽根は恋人たちを見守ってくれる

Petite mandigote
Je sens ta menotte 注4
Qui cherche ma main
Je sens ta poitrine
Et ta taille fine
J'oublie mon chagrin
Je sens sur ta lèvre 注5
Une odeur de fièvre
De gosse mal nourri
Et sous ta caresse
Je sens une ivresse
Qui m'anéantit

  小さな乞食娘よ
  きみのちっぽけな手が
  僕の手を求めているのを感じる
  僕はきみの胸と
  か細い身体を感じて
  自分の苦しみを忘れる
  きみの唇に
  栄養の足りない子供の
  熱の匂いを感じる
  そしてきみの愛撫に
  僕は酔いを感じ
  その酔いが僕を骨抜きにする

Les escaliers de la butte sont durs aux miséreux
Les ailes des moulins protègent les amoureux

  丘の階段は貧しい者たちにはきびしく
  風車の羽根は恋人たちを見守ってくれる

La complainte de la butte 3


Mais voilà qu'il flotte 注6
La lune se trotte
La princesse aussi
Sous le ciel sans lune
Je pleure à la brune 注7
Mon rêve évanoui

  けれど雨がぱらついて
  月はゆっくりと歩み去り
  通りのお姫さまもまた…
  月のない空のもと
  僕は あかつき時に
  消え去った夢を嘆く

[注]
1 un juponは下着のペティコートだが、ここでは粗末なスカートを示している。
また、前行の動詞éclabousserはもともと泥をはねるという意味だが、ここでは光が散るさまを表現している。
2 tes yeux blasés つらい生活に打ちひしがれて感動を失っている状態をあらわしている。l'opaleも同じニュアンスを色彩で表現しているようだ。
3 tu(君)に対する命令形としてSois la bienvenueとする歌詞もあるが、Princesse de la rue が前にあるので、間接的に第三人称で示すsoitを選択しよう。Soyez le bienvenu ! 「ようこそいらっしゃい」(vousの場合の男性形)はよく使われる表現。
4 menotteは(複数形で)「手錠」の意味だが、話し言葉で「(特に幼児の)小さな手、おてて」の意味で用いられる。相手のpetite mandigote「小さな乞食娘」は、幼児ではないにせよ、まだ成熟していない少女。sein「乳房」ではなくpoitrine「胸」としているのも、押韻のためだけではない。
5 「唇」は、本来は複数形(tes lèvres)だが、コラは単数形で歌っている。
6 flotterは「浮く」の意の動詞とは別で、話し言葉でpleuvoir同様「雨が降る」の意で用いられる動詞。
7 la bruneは夕暮れまたは明け方の暗い空の色を示し、さらにはその時刻を示す。ここでは、文脈上、夜が明ける時刻。



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2014
11.09

恋に病んでJe suis malade

Serge Lama


セルジュ・ラマSerge Lamaは1943年にボルドーで生まれ、7歳のときに家族でパリに移住。父親はオペレッタの歌手。最初はデザインの勉強をしていましたが、1963年の末にアルジェリアでの兵役から戻り、翌64年にキャバレー・レクルーズで雇われます。そして、当時そこの花形だったバルバラBarbaraのピアニストのリリアンヌ・ベネリLiliane Benelliと恋に落ちます。同年、4曲入りの初めてのディスクを録音。

65年、ツアーの途中で自動車事故に逢い、婚約者リリアンヌを亡くし、自身も重傷を負って命を失いかけました。前回取り上げたバルバラの「小さなカンタータUne petite cantate」はリリアンヌに捧げられた曲でした。バルバラのほか、ジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassens、マルセル・アモンMarcel Amont、レジーヌRégine、エンリコ・マシアスEnrico Maciasなどが彼を支援するためのコンサートをオランピアで開き、その収益は彼に贈られました。

翌66年、病院のベッドで動けない状態のまま、2枚のディスクを録音。その後活動を再開し、67年には「赤い風船Les ballons rouges」が収録されたディスクを録音。14回の手術と長いリハビリの末、レクルーズに出演し、続いてナナ・ムスクーリNana Mouskouriの前座としてオランピアに出演。69年に、66年~67年の曲を集成したアルバムLes ballons rougesを出し、71年、ユーロヴィジョンのフランス代表として、Un jardin sur la terreを歌いますが、10位に終わります。でも、その作曲をしたアリス・ドナAlice Donaとは重要な出逢いとなりました。

73年、セルジュ・ラマ自身の作詞、アリス・ドナの作曲で、Je suis maladeを出し、これは彼の初めてのゴールド・レコードdisque d’orとなりました。
その後も精力的な活動を続けていますが、ご紹介はここまでに。

このJe suis maladeには、「灰色の途」「病の果てに」という邦題がつけられていますが、「恋に病んで」という題に変えました。

セルジュは何人かの女性歌手とデュエットでも歌っていますが、ひとりで歌っている動画を選ぶことにします。



ララ・ファビアンLara Fabian



この曲の作者、アリス・ドナの弾き語りも非常に素晴らしいです。曲の最後、わざとそんな終わり方をしたのか、切れてしまったのか…?



ダリダDalida



La Nouvelle Star というテレビ番組では12歳のElena Hasnaが、スター・アカデミーStar AcademyではSofia Essaïdi が歌っています。

Je suis malade             恋に病んで
Serge Lama               セルジュ・ラマ


Je ne rêve plus je ne fume plus
Je n'ai même plus d'histoire
Je suis sale sans toi 注1
Je suis laid sans toi
Je suis comme un orphelin dans un dortoir 注2
Je n'ai plus envie de vivre ma vie
Ma vie cesse quand tu pars
Je n'ai plus de vie et même mon lit
Se transforme en quai de gare
Quand tu t'en vas

  僕はもう夢を見ない もうタバコを吸わない
  語る話さえもう持っていない
  君がいないと僕は薄汚い
  君がいないと僕はぶざまだ
  修道院の大部屋に収容された孤児のようだ
  自分の人生を生きたいとはもう思わない
  君が去れば僕の人生は終わる
  僕にはもう人生がなく  僕のベッドさえ
  駅のプラットホームに変わる
  君が行ってしまえば

Je suis malade3


Je suis malade, complètement malade
Comme quand ma mère sortait le soir
Et qu'elle me laissait seul avec mon désespoir 注3
Je suis malade parfaitement malade
T'arrive on ne sait jamais quand
Tu repars on ne sait jamais où
Et ça va faire bientôt deux ans
Que tu t'en fous 注4

  僕は病んでいる、完全に病んでいる
  夜に母親が出ていったときのように
  母親が僕を絶望の淵に置き去りにした時のように
  僕は病んでいる、完全に病んでいる
  いつ君が来るのか分からない
  どこへまた行ってしまうのか分からない
  じきに2年も経つ
  君はそれをなんとも思っちゃいない

Comme à un rocher, comme à un péché
Je suis accroché à toi
Je suis fatigué je suis épuisé
De faire semblant d'être heureux quand ils sont là 注5
Je bois toutes les nuits mais tous les whiskies
Pour moi ont le même goût
Et tous les bateaux portent ton drapeau 注6
Je ne sais plus où aller tu es partout

  岩にぶつかるように、罪につまずくように
  僕は君にひっかかった
  僕は疲れた くたびれはてた
  こんな状態で幸せなふりをすることに
  僕は毎晩飲んだ だがウィスキーはどれも
  僕にとっては同じ味だった
  そしてそのラベルの船はみな 君の旗を立てている
  僕はもうどこへ行きゃいいんだ 君が至るところにいて

Je suis malade0


Je suis malade complètement malade
Je verse mon sang dans ton corps
Et je suis comme un oiseau mort quand toi tu dors
Je suis malade parfaitement malade
Tu m'as privé de tous mes chants
Tu m'as vidé de tous mes mots
Pourtant moi j'avais du talent avant ta peau

  僕は病んでいる、完全に病んでいる
  僕は自分の血を君のからだに注ぎ込む
  そして僕は死んだ鳥みたいになる 君のほうは眠っていて
  僕は病んでいる、完全に病んでいる
  君は僕の歌をすべて奪い去った
  君は僕の言葉をすべて抜き取った
  だが僕のほうは君の肌を前にしてなす術を心得ていた

Cet amour me tue si ça continue
Je crèverai seul avec moi
Près de ma radio comme un gosse idiot
Ecoutant ma propre voix qui chantera

  この恋は もしそれが続くなら僕を殺してしまう
  僕は独りで勝手にくたばってしまうだろう
  自分のラジオのそばで おろかな子供のように
  こんな風に歌っている自分の声を聴きながら

Je suis malade5


Je suis malade complètement malade
Comme quand ma mère sortait le soir
Et qu'elle me laissait seul avec mon désespoir
Je suis malade
C'est ça je suis malade
Tu m'as privé de tous mes chants
Tu m'as vidé de tous mes mots
Et j'ai le cœur complètement malade
Cerné de barricades
T'entends je suis malade.

  僕は病んでいる、完全に病んでいる
  夜に母親が出ていったときのように
  母親が僕を絶望の淵に置き去りにした時のように
  僕は病んでいる
  そうなんだ 僕は病んでいる
  君は僕の歌をすべて奪い去った
  君は僕の言葉をすべて抜き取った
  僕は心が完全に病んでしまった
  障害物に取り囲まれて
  君は分かるか 僕が病んでいることを

[注]セルジュが歌う場合の男性用歌詞を示した。女性歌手が歌う場合は形容詞等の性変化がある。
1 seulとしている歌詞もある。Lara Fabianはlaid(e)を先に歌っている。
2 dortoir(修道院、兵営などの)共同大寝室
3 queはquandの代用。
4 se foutre de qc/qn「…をばかにする、問題にしない」
5 ilsは、示されていないことがらを漠然と指す。làも漠然と状況を指す。
6 カティサークなどのウィスキーのボトルのラベルには、帆船の絵柄が用いられている。




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2014
11.08

小さなカンタータUne petite cantate

Barbara Une petite cantate2


バルバラBarbaraの歌う「小さなカンタータUne petite cantate」は、1965年に、交通事故で亡くなったバルバラのピアニストでセルジュ・ラマSerge Lamaの婚約者であったリリアンヌ・ベネリLiliane Benelliに捧げられた曲です。この交通事故で、セルジュ・ラマ自身も重篤な重傷を負って命を失いかけました。リリアンヌはバルバラとともに、「今朝Ce matin-là」とNi belle ni bonneという曲を1963年に作っています。

バルバラ。クリックしてYouTubeでご覧ください。



セルジュ・ラマとマリー=ポール・ベルMarie-Paule Belleのデュオ



Une petite cantate            小さなカンタータ
Barbara                  バルバラ


Une petite cantate 注1
Du bout des doigts 注2
Obsédante et maladroite
Monte vers toi
Une petite cantate
Que nous jouions autrefois
Seule, je la joue, maladroite
Si, mi, la, ré, sol, do, fa

  指先でそっと弾く
  小さなカンタータが
  執拗ながらぎこちない音色で
  あなたのもとへと昇っていく
  私たちがかつていっしょに弾いていた
  小さなカンタータを
  ひとりで、私が弾く、ぎこちなく
  シ、ミ、ラ、レ、ソ、ド、ファ

Une petite cantate3


Cette petite cantate
Fa, sol, do, fa
N’était pas si maladroite
Quand c’était toi
Les notes couraient faciles
Heureuses au bout de tes doigts 注3
Moi, j’étais là, malhabile
Si, mi, la, ré, sol, do, fa

  この小さなカンタータは
  ファ、ソ、ド、ファ
  こんなにぎくしゃくした音色じゃなかった
  あなたが弾いていたときには
  スムーズな巧みな音が
  あなたの指先から流れ出た
  私のほうは、そのときも、へたくそだった
  シ、ミ、ラ、レ、ソ、ド、ファ

Mais tu est partie, fragile
Vers l’au-delà
Et je reste, malhabile
Fa, sol, do, fa
Je te revois souriante
Assise à ce piano-là
Disant "bon, je joue, toi chante
Chante, chante-la pour moi"

  でもあなたは旅立った、儚くも
  あの世へと
  そして私はとどまる、ぎこちなく
  ファ、ソ、ド、ファ
  あなたが微笑みながら
  あのピアノの前に座っているのが目に浮かぶ
  「じゃ、私が弾くから、あなたは歌って
  歌ってよ、私のために」と言いながら

Une petite cantate1


Si, mi, la, ré
Si, mi, la, ré
Si, sol, do, fa
(×2)

  シ、ミ、ラ、レ
  シ、ミ、ラ、レ
  シ、ソ、ド、ファ

Oh mon amie, oh ma douce
Oh ma si petite à moi
Mon Dieu qu’elle est difficile 注4
Cette cantate sans toi

  おお私のお友だち、おお私の優しい人
  おお私のとても可愛い人
  ああ なんて難しいのかしら
  このカンタータは あなたがいないと

Une petite prière
La, la, la, la
Avec mon cœur pour la faire
Et mes dix doigts
Une petite prière
Mais sans un signe de croix
Quelle offense, Dieu le père
Il me le pardonnera

  小さな祈りの曲
  ラ、ラ、ラ、ラ
  これを弾く私の心と
  10本の指
  小さな祈りの曲
  でも十字を切らずに
  なんという罪なんでしょう、父なる神
  神は私を許してくださるわ

Une petite cantate2


Si, mi, la, ré
Si, mi, la, ré
Si, sol, do, fa
(×2)

  シ、ミ、ラ、レ
  シ、ミ、ラ、レ
  シ、ソ、ド、ファ

Les anges, avec leur trompette
La jouerons, jouerons pour toi
Cette petite cantate
Que nous joueions autrefois
Les anges, avec leur trompette
La jouerons, jouerons pour toi
Cette petite cantate
Qui monte vers toi
Cette petite cantate
Qui monte vers toi

  天使たちが、トランペットで
  奏でるわ、あなたのために奏でるわ
  私たちがかつていっしょに弾いていた
  この小さなカンタータを
  天使たちが、トランペットで
  奏でるわ、あなたのために奏でるわ
  この小さなカンタータは
  あなたのもとへと昇っていく
  この小さなカンタータは
  あなたのもとへと昇っていく

Si, mi, la, ré
Si, mi, la, ré
Si, sol, do, fa...

  シ、ミ、ラ、レ
  シ、ミ、ラ、レ
  シ、ソ、ド、ファ

[注]
1 cantate「声楽曲の形式」とされるが、ここではピアノで弾き、それに合わせて歌うようである。また、トランペットで演奏するという表現もされている。
2 du bout des doigts「(指先でつまむように)そっと、丁寧に」
3 heureuse「幸福な」「幸運な」という意味がメインだが、「(表現などが)適切な、巧みな」という意味をここでは採用した。
4 Mon Dieu「おお、ああ」という感嘆詞。特に「神よ」と捉える必要はない。



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2014
11.07

レイのための小さなアヴェ・マリア(街角のアヴェ・マリア)Petit avé pour Ray

Alain Barrière Petit avé pour Ray


今回は、「街角のアヴェ・マリア」という邦題で日本語でよく歌われている、アラン・バリエールAlain BarrièreのPetit avé pour Ray。歌詞は英語まじりのフランス語で、日本語の歌詞とまったく違う内容ですし、原題に即し邦題を「レイのための小さなアヴェ・マリア」としたいと思います。この曲は、1968年のアルバム「首を吊った男Un homme s'est pendu」に収められています。アラン・バリエールは、代表曲「彼女はとても美しかった(風が連れ去った恋)Elle etait si jolie」を先に取り上げています。

原曲の動画も音源もまったく見つからなかったので、カナダからLPを取り寄せました。やっと入手した原曲を、日本語でこの曲を歌われる方、聴かれる方にぜひ知っていただきたくて、映像に凝らずジャケット写真だけを用いて急ぎ動画を作りYouTubeにアップしました。



この曲は、アメリカの盲目の黒人歌手レイ・チャールズ・ロビンソンRay Charles Robinson(1930-2004)に捧げられたものだと思われます。彼は、黒人である自らのルーツを遡るように、R&Bやジャズ、ゴスペル、黒人霊歌などのブラックミュージックを取り上げていくなかで、自分の魂を歌う「ソウルミュージック」をあらたに生み出し、「ソウルの神様」と呼ばれています。2004年に、伝記映画「レイRay」が公開されました。

レイ・チャールズ「我が心のジョージアGeorgia on my mind」(ジョージア州歌)



Petit avé pour Ray  レイのための小さなアヴェ・マリア(街角のアヴェ・マリア)
Alain Barrière     アラン・バリエール


Toi qui trimballes
Tout ce poids
De solitude

  この孤独の重荷を
  まるごと
  持ち歩いている君

Ray Charles1


All mess’d up inside
Because of you

  君のせいで
  気持ちが完全に落ち込んでしまった

Toi qui promène
Aux quatre vents 注1
Ta négritude 注2

  持ち前の
  黒人らしさを
  どこにでも
  たずさえて行く君

Just a little prayer
Only for you

  君のためだけの
  ほんのささやかな祈りだ

Ray Charles2


Toi dont les échos
De la voix
Crient la détresse

  その声の
  響きで
  苦悩を訴える君

Avé Maria

  アヴェ・マリア

Tous les malheurs
Du monde en toi
Tu les caresses

  君のうちにある
  この世の不幸のすべて
  君はそれを慈しむ

Avé Maria

  アヴェ・マリア

[注]
1 aux quatre vents「どの方向にも、四方八方に」
2 négritude「黒人性」黒人としての自覚、黒人文化の特質などを示す。


Alain Barrière


この曲が収録されたアルバムのタイトルの曲「首を吊った男Un homme s'est pendu」も、ついでにご紹介します。黒人差別を題材にしたビリー・ホリデイの「奇妙な果実Strange fruit」を思い出させますが、リンチされたのではなく自分で首を吊った男の話です。



Un homme s'est pendu            首を吊った男
Alain Barrière                 アラン・バリエール

Un homme s'est pendu à la branche
Les oiseaux ont chanté au-dessus
Chanté les amours qui commencent
Chanté pour la vie qui continue

  ひとりの男が木の枝で首を吊った
  鳥達が上空で歌った
  始まった恋を歌った
  続いていく生を歌った

Un homme sest pendu1


Oh oh oh oh oh.....

  オ オ オ オ オ…

Sommes-nous vraiment rien oh ma mie
Ma mère sommes-nous si petits
N'est-ce donc vraiment rien une vie
Une vie n'est-ce donc qu'un refrain

  俺たちは本当にクズなのか おおいとしい人よ
  母さん 俺たちはこんなにちっぽけなのか
  いったい人生は本当に無価値なのか
  いったい人生は繰り返しに過ぎないのか

Oh oh oh oh oh....

  オ オ オ オ オ…

Est-ce ainsi qu'ici-bas tout s'oublie
Pour cela que l'on traîne son chemin
Qu'on se bat qu'on supporte sa vie
Est-ce ainsi qu'un matin cela fini

  ここじゃこんな風にしてすべてが忘れられてしまうのか
  そのために自らの道のりを辿り
  そのために戦い そのために生命を保ってきたすべてが
  こんな風にしてある朝それが終ってしまうのか

Oh oh oh oh oh.....

  オ オ オ オ オ…

Un homme s'est pendu à la branche
Les oiseaux ont chanté au-dessus
Chanté les amours qui commencent
Chanté pour la vie qui continue

  ひとりの男が木の枝で首を吊った
  鳥達が上空で歌った
  始まった恋を歌った
  続いていく生を歌った

Oh oh oh oh oh

  オ オ オ オ オ…



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2014
11.06

忘却J'oublie(Oblivion)

Milva&Piazzolla Joublie(Oblivion)


1988年にアルゼンチンのバンドネオン奏者のアストル・ピアソラAstor Piazzollaが、イタリアの歌手のミルヴァMilvaとともに来日した折、まだピアソラのことをよく知らないまま、新宿厚生年金会館に聴きに行き、最高に感動しました。千秋楽ということで、スタッフがサプライズとして最後に舞台の上方から花をいっぱい落としてミルヴァを喜ばせたように記憶しています。それからしばらくの間は、ピアソラのCD、ピアソラの曲を他のミュージシャンが演奏しているCDを買い集めてしょっちゅう聴いていました。もう四半世紀も昔のことでした。

2009年の末に「ライヴ・イン・東京1988」が発売されました。これは、中野サンプラザホールでの演奏を収録されたもので、84年のパリ公演のライブ盤Live At The Bouffes Du Nordをしのぐ出来だと非常に評判がいいものです。シャンソンにのめり込むようになった耳で、パリ公演盤ともにあらためて聴いてみて、あの公演でミルヴァが歌った「忘却J'oublie(Oblivion)」という曲が、ひどいイタリア訛りながらフランス語だったことに初めて気づきました。この曲に満ち溢れている、けだるい郷愁のようなものがなんとも魅力的です。

東京公演の動画は残念ながら削除されたようなので、パリ公演の動画に差し替えます。



アストル・ピアソラAstor Piazzollaは1921年生まれ。アルゼンチン・タンゴに大革命を起こした人物です。彼の音楽はアルゼンチン本国よりも、ニューヨークなどの他の地で先に評価され、20年も時代を先取りしていたとも、彼の音楽を引き継げる者はいないともいわれます。Wikipediaには、「元来タンゴは踊りのための伴奏音楽であり、強いリズム性とセンチメンタルなメロディをもつ展開の分かりやすい楽曲であった。ピアソラはそこにバロックやフーガといったクラシックの構造や、ニューヨーク・ジャズのエッセンスを取り入れることで、強いビートと重厚な音楽構造の上にセンチメンタルなメロディを自由に展開させるという独自の音楽形態を生み出した。」と書かれています。私は「天使のミロンガMilonga del angel」という曲が特に好きです。
彼はフランスとも関連が深く、1954年にクラシックの作曲家を目指して渡仏したことが、タンゴ革命の可能性に目覚めるきっかけになったそうです。また、1990年パリの自宅で脳溢血により倒れ闘病生活に入ったとのことで、晩年はパリに住んでいたようです。そして、アルゼンチンに帰国し、1992年ブエノスアイレスの病院で亡くなりました。71歳。

ミルヴァMilvaは1939年生まれのイタリアの歌手で、ミーナ、オルネラ・ヴァノーニと共に3大プリマドンナとされます。たいそう魅力的な声の持ち主で、赤い髪が彼女の個性の象徴ともなっています。イタリア語の曲がもちろん中心で、「愛遥かにDa Troppo Tempo」が、私はいちばん好きでしょうか。「続・世界残酷物語」の主題歌「世界を愛してVoglio bene al mondo」も知られています。「リリー・マルレーンLili Marleen」は、マルレーネ・ディートリッヒも歌っているドイツ語の曲。「ウナ・セラ・ディ東京Una sera di Tokyo」など日本語でも歌っています。

私の歌の動画を、恥ずかしいので小さく出します。



J'oublie(Oblivion)            忘却
Milva&Piazzolla            ミルヴァ&ピアソラ


Lourds, soudain semblent lourds
les draps, les velours de ton lit
quand j'oublie jusqu'à notre amour...

  重たく、とつぜん重たく感じられる
  あなたのベッドのシーツが、ビロードが
  わたしたちの愛さえ忘れてしまったとき…

Joublie4.jpg


Lourds, soudain semblent lourds
tes bras qui m'entourent déjà dans la nuit
un bateau part, s'en va quelque part
les gens se séparent, j'oublie, j'oublie...

  重たく、とつぜん重たく感じられる
  暗闇のなかでわたしに巻きついたあなたの腕が
  一艘の船が出発し、どこかへと向かう
  人々は別れ、わたしは忘れる、忘れる…

Tard, autre part dans un bar d'acajou
des violons nous rejouent
notre mélodie, mais j'oublie...

  夜更けに、マホガニーのバーの片隅で
  ヴァイオリンがわたしたちにまた奏でる
  わたしたちのメロディーを、でもわたしは忘れる…

Tard, dans ce bar dansant joue contre joue 注1
tout devient flou
et j'oublie, j'oublie...

  夜更けに、このバーで、頬を寄せて踊りながら
  すべてはあいまいになり
  わたしは忘れる、忘れる…

Joublie2.jpg


Court, le temps semble court
le compte à rebours de nos nuits 注2
quand j'oublie jusqu'à notre amour...

  短く、時は短く感じられる
  わたしたちの夜々の過ぎるのを振り返ると
  わたしたちの愛さえ忘れてしまったとき…

Court, le temps semble court
tes doigts qui parcourent ma ligne de vie.
Sans un regard, des amants s'égarent
sur un quai de gare, j'oublie, j'oublie...

  短く、時は短く感じられる
  私のいのちの輪郭をなぞるあなたの指。
  目も向けず、恋人たちは離れる
  駅のプラットホームで、わたしは忘れる、忘れる…

Joublie3.jpg


[注]
1 danser joue contre joue「チークダンスをする」
2 compte à rebours成句としては「(日程などの)逆算、秒読み」だが、compter「数える」+ à rebours「さかさまに」という原義に戻した訳語にした。




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2014
11.05

ユーカリ・タンゴYoukali Tango

Méav Ní Mhaolchatha Youkali tango


理想郷のような「島」のことを歌った曲をご紹介します。「ユーカリ・タンゴYoukali Tango」です。「ユーカリYoukali 」とだけ呼ばれることも多いようです。この曲はドイツの作曲家クルト・ワイルKurt Julian Weillが1934年にJacques Devalの劇「マリーギャランテMarie galante」の付随音楽として作ったもので、のちにロジェ・フェルネRoger Fernayがフランス語の歌詞を付けました。

この曲は多くの歌手に歌われていますが、アイルランドの歌手でケルティック・ウーマンの結成メンバーの一人であるメイヴ・ニー・ウェールカハMéav Ní Mhaolchathaを選びました。Silver Seaというアルバムに収録されています。YouTubeに動画があったのですが、いつの間にかなくなっていて、音源も見つからず、他の歌手に替える気にもなれずにいたところ、アメリカのAmazonで中古CDを見つけました。それを取り寄せ、自分で動画を作りました。



Youkali Tango                 ユーカリ・タンゴ
Méav Ní Mhaolchatha            メイヴ・ニー・ウェールカハ


C'est presque au bout du monde
Ma barque vagabonde
Errante au gré de l'onde 注1
M'y conduisit un jour
L'île est toute petite
Mais la fée qui l'habite
Gentiment nous invite
A en faire le tour

  それは地の果てと言ってもいいところだった
  私のはぐれ船が
  波に運ばれて
  ある日私を連れて行ったのは
  その島はとっても小さかった
  でもそこに住む妖精たちが
  やさしく私たちをいざなった
  島をひと廻りするようにと

Youkali2.jpg


Youkali
C'est le pays de nos désirs
Youkali
C'est le bonheur, c'est le plaisir
Youkali
C'est la terre où l'on quitte tous les soucis
C'est, dans notre nuit, comme une éclaircie
L'étoile qu'on suit
C'est Youkali

  ユーカリ
  それは私たちの望みの国
  ユーカリ
  それは幸福、それは喜び
  ユーカリ
  それはすべての悩みから離れる地
  それは、夜に、雲間の空のように現れ
  私たちがついて行く星
  それはユーカリ

Youkali
C'est le respect de tous les vœux échangés
Youkali
C'est le pays des beaux amours partagés 注2
C'est l'espérance
Qui est au cœur de tous les humains
La délivrance
Que nous attendons tous pour demain

  ユーカリ
  それは交わされたすべての誓いの遵守
  ユーカリ
  それは美しい相愛の国
  それは
  すべての人の心にある希望
  私たち皆が明日に待ち望む
  解放

Youkali3.jpg


Youkali
C'est le pays de nos désirs
Youkali
C'est le bonheur, c'est le plaisir
Mais c'est un rêve, une folie
Il n'y a pas de Youkali

  ユーカリ
  それは私たちの望みの国
  ユーカリ
  それは幸福、それは喜び
  だがそれは夢、妄想
  ユーカリなど無い

Et la vie nous entraîne
Lassante, quotidienne
Mais la pauvre âme humaine
Cherchant partout l'oubli
A, pour quitter la terre 注3
Su trouver le mystère
Où nos rêves se terrent
En quelque Youkali

  そして人生は私たちを引きずって行く
  うんざりさせる、単調な人生は
  だが人間の哀れな魂は
  あちこち忘却を求めつつ
  この世を離れるために
  神秘を見いだすことを知った
  そこでは私たちの夢が潜り込む
  どこかのユーカリに…

Youkali Tango1


Youkali
C'est le pays de nos désirs
Youkali
C'est le bonheur, c'est le plaisir
Youkali
C'est la terre où l'on quitte tous les soucis
C'est, dans notre nuit, comme une éclaircie
L'étoile qu'on suit
C'est Youkali
 …
Youkali
C'est le respect de tous les vœux échangés
Youkali
C'est le pays des beaux amours partagés
C'est l'espérance
Qui est au cœur de tous les humains
La délivrance
Que nous attendons tous pour demain
 …
Youkali
C'est le pays de nos désirs
Youkali
C'est le bonheur, c'est le plaisir
Mais c'est un rêve, une folie
Il n'y a pas de Youkali
 …
Mais c'est un rêve, une folie
Il n'y a pas de Youkali

  だがそれは夢、妄想
  ユーカリなど無い

[注] 繰り返しの部分は訳を省いた。
1 au gré de「…のままに」
2 amour partagé「相思相愛」
3 pour quitter la terreは挿入されていて、a suとつながる。



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2014
11.04

アムステルダムAmsterdam

Jacques Brel Amsterdam


今回は、ジャック・ブレルJacques Brelの「アムステルダムAmsterdam」(1964年)。出します!



Amsterdam   アムステルダム
Jacques Brel  ジャック・ブレル


Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui chantent
Les rêves qui les hantent
Au large d'Amsterdam

  アムステルダムの港には
  つきまとってくる
  外海への夢を
  唄う水夫たちがいる

Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui dorment
Comme des oriflammes 注1
Le long des berges mornes

  アムステルダムの港には
  陰気くさい土手沿いに
  垂れた旗みたいになって寝ている
  水夫たちがいる

Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui meurent 注2
Pleins de bière et de drames
Aux premières lueurs

  アムステルダムの港には
  多量のビールと雑多ないざこざのせいで
  曙光のなかで
  死んだようになっている水夫たちがいる

Amsterdam1.jpg


Mais dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui naissent
Dans la chaleur épaisse
Des langueurs océanes

  またアムステルダムの港には
  海洋のけだるさがもたらす
  重苦しい暑さのなかで
  生き生きする水夫たちもいる

Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui mangent
Sur des nappes trop blanches
Des poissons ruisselants 注3

  アムステルダムの港には
  真っ白なナプキンの上の
  汁の滴る魚を
  食らう水夫たちがいる

Ils vous montrent des dents
A croquer la fortune
A décroisser la lune 注4
A bouffer des haubans

  奴らは歯をむきだして
  財を食いつぶし
  月を食いちぎり
  シュラウド綱をほおばる

Amsterdam2.jpg


Et ça sent la morue 注5
Jusque dans le cœur des frites
Que leurs grosses mains invitent
A revenir en plus

  そして鱈(売女)の匂いが
  フライドポテトの中まで染み込んだものを
  ごつい手で手招きする
  もっとよこせと

Puis se lèvent en riant
Dans un bruit de tempête 注6
Referment leur braguette
Et sortent en rotant

  それから笑いながら立ち上がり
  屁を一発かまし
  ズボンのチャックを閉め
  ゲップをしながら出ていく

Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui dansent
En se frottant la panse
Sur la panse des femmes

  アムステルダムの港には
  女たちの丸い腹に
  太鼓腹をこすり付けながら
  踊る水夫たちがいる

Et ils tournent et ils dansent
Comme des soleils crachés 注7
Dans le son déchiré
D'un accordéon rance

  古びたアコーデオンの
  かすれた音のなか
  彼らは車花火さながらに
  回って踊り

Ils se tordent le cou
Pour mieux s'entendre rire
Jusqu'à ce que tout à coup
L'accordéon expire

  互いの笑い声をもっと聞こうと
  首をよじる
  アコーデオンの音が
  プツリと消えるまで

Alors le geste grave
Alors le regard fier
Ils ramènent leur batave 注8
Jusqu'en pleine lumière 注9

  それからいかめしい物腰で
  不遜な目付きで
  水夫たちは連れのオランダ女を
  明るい場所に連れ出す

Dans le port d'Amsterdam
Y a des marins qui boivent
Et qui boivent et reboivent
Et qui reboivent encore

  アムステルダムの港には
  呑んだくれの水夫たちがいる
  呑んで、また呑んで
  またまた呑む

Amsterdam.jpg


Ils boivent à la santé
Des putains d'Amsterdam
De Hambourg ou d'ailleurs
Enfin ils boivent aux dames

  彼らはアムステルダムや
  ハンブルグや他の地の
  娼婦たちの健康を祝し酒を呑む
  つまりは 一枚の金貨のために

Qui leur donnent leur joli corps
Qui leur donnent leur vertu 注10
Pour une pièce en or
Et quand ils ont bien bu

  きれいな体を彼らに与えてくれる女
  操を彼らに捧げてくれる女のため
  彼らは酒を呑む
  そしてたっぷり呑んだら

Se plantent le nez au ciel
Se mouchent dans les étoiles
Et ils pissent comme je pleure
Sur les femmes infidèles

  鼻を天に据え
  星々のなかで洟をかむ
  そして僕だったら泣くのと同じに小便を浴びせる
  裏切り女たちに

Dans le port d'Amsterdam
Dans le port d'Amsterdam

  アムステルダムの港では
  アムステルダムの港では

[注]
1 oriflamme「旗」とは、風が無い時の旗のようにだらっとなった状態を言っている。
2 meurentとあるが、実際に死ぬのではなくて、死んだようになっているという意味。同様に、4行あとのnaissentも、生まれるのははなくて、生き生きとするという意味。
3 poisson ruisselantは、北欧特産のニシンの塩漬けや酢漬けを指すようだが、白いナプキンがシーツで、その上に横たわる女の体を表しているという見方もある。
4 décroiser「(組んだものを)解く」という動詞はあるが、décroisserは辞書にない。croissant「三日月」をもじって作った造語のようだ。
5 morueは「鱈」だが、「売春婦」をもあらわす。ここでは両義をかけている。
6 tempête「嵐」は語感の類似でpet「屁」、péter「おならをする」を暗に示している。
7 soleilは「車花火、回転上昇花火」で crachéは「(唾やガムなどが)吐き出された」だが、ガスや火花が噴出する場合にも用いる表現。
8 bataveはオランダ人の女性のこと。
9 en pleine lumièreは、朝の光のもとに、ではなく、暗いダンスホールから、バーなどの明るい照明の場所へ、ということ。
10 vertu「貞節」を娼婦が捧げるというのは、言葉の彩。



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2014
11.03

去りゆく君Vous qui passez sans me voir

Jean Sablon


ジャン・サブロンJean Sablonは、1935年にステージで初めてマイクロフォンを使った歌手だといわれます。
彼の代表曲「去りゆく君Vous qui passez sans me voir」を取り上げることにいたしましょう。36年に、彼のためにシャルル・トレネCharles Trenetが作詞した曲(作曲:Johnny Hess、Misraki / Raoul breton)で、ノスタルジックなメロディとサブロンのソフトな声がすてきです。

彼は、1906年にパリ郊外で生まれました。父親が作曲家で、兄弟もみな音楽界の経歴を持つという芸能一家で、本人も、リセを辞めて音楽学校に入り、17歳の時に歌手としての活動を開始しました。
歌手・作曲家・ピアニストという多芸なミレイユに伴われて最初のアルバムを出して、そこそこの成功をおさめ、1931年には有名なミスタンゲットMistinguettとともにカジノ・ド・パリに出演しました。そして、37年に、この曲が大ヒットし、ディスク大賞を受賞。一躍有名になり、同年、アメリカに渡り、コール・ポーターCole Porterやジョージ・ガーシュウィンGeorge Gershwinと共演し英語で何曲か録音します。その後はオランピアなどのステージで歌うことが多く、世界中で数百万枚のレコードが売れています。
彼はジャズの影響を受けた独特の歌い方が特徴で、フランスのビング・クロスビーBing Crosbyと呼ばれ、ギタリストのジャンゴ・ラインハルトDjango Reinhardtなど、世界中のいろんなミュージシャンと共演したレコードも数多く出しています。

晩年、1982年からは、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロに移り住みました。そちらでも彼は今も人気を保っています。1994年に亡くなり、モンパルナス墓地のサブロン家の墓に眠っています。



作詞したシャルル・トレネ自身の歌。ジャン・サブロンとは歌詞の歌う順序が違います。



Vous qui passez sans me voir          去りゆく君
Jean Sablon                    ジャン・サブロン


Les souvenirs sont là pour m'étouffer
Des larmes, de fleurs, de baisers
Oui je revois les beaux matins d'avril
Nous vivions sous les toits tout en haut de la ville.

  涙と、花と、口づけの
  想い出で 僕は今も息が詰まるようだ
  ああ 4月の美しい朝を想い出す
  僕たちは町の高台にある家に住んでいた。

passante4.jpg


Vous qui passez sans me voir
Sans même me dire bonsoir
Donnez-moi un peu d'espoir ce soir...
J'ai tant de peine
Vous, dont je guette un regard
Pour quelle raison ce soir
Passez-vous sans me voir ?
Un mot, je vais le dire : "Je vous aime"
C'est ridicule, c'est bohème,
C'est jeune et c'est triste aussi
Vous qui passez sans me voir
Me donnerez-vous ce soir
Un peu d'espoir ?

  僕に目も向けず
  僕に「今晩は」さえ言わずに通り過ぎる君よ
  今宵 僕にわずかな希望を与えたまえ…
  僕はとても苦しい
  君よ そのまなざしを僕が求めているのに
  なぜに今宵
  僕に目も向けずに通り過ぎるのか?
  ひとつの言葉を、僕は言おうとする「君を愛している」
  それは滑稽で、浮ついていて、
  青臭く悲しくもある
  僕に目も向けずに通り過ぎる君よ
  今宵 僕に与えてくれないか
  わずかな希望を?

passante5.jpg


{instrument}
.
..aussi
Vous qui passez sans me voir
Sans me donner d'espoir
Adieu... Bonsoir...

  …くもある
  僕に目も向けずに
  僕に希望も与えずに通り過ぎる君よ
  さようなら…こんばんは…


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2014
11.01

コーヒー色Couleur café

Couleur café


「コーヒー色Couleur café」は、1964年に出たアルバム「ゲンズブール・パーカッションGainsbourg Percussions」に収録された曲で、同年にシングルカットされています。このアルバムは、セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgがアフリカン・リズムを取り入れた新しい試みを示したものとして注目されました。
このアルバムは、1959年に発表されたアフリカ人アーティストのオラトゥンジBabatunde Olatunjiのアルバム、Drams of passionにインスパイアされて制作されたそうで、ゲンズブールの死後、オラトゥンジが同アルバム内の3曲が酷似していると訴訟を起こしたとか。その真相は定かではないようです。YouTubeにこのアルバムの曲と思われる動画が複数ありますので、興味のある方はBabatunde Olatunjiで検索してみてください。

ゲンズブール



Pow wowというアカペラ・グループのおもしろいアレンジです。



Couleur café                 コーヒー色
Serge Gainsbourg              セルジュ・ゲンズブール


J'aime ta couleur café
Tes cheveux café
Ta gorge café
J'aime quand pour moi tu danses
Alors j'entends murmurer
Tous tes bracelets
Jolis bracelets
A tes pieds ils se balancent

  君のコーヒー色が好きだ
  君のコーヒー色の髪が
  君のコーヒー色の喉が
  君が僕のために踊るときが好きだ
  そのとき君のブレスレットがみんな
  きれいなブレスレットが
  チャラチャラと音を立てるのが聞こえる
  君の足でそれは揺れている

Couleur café


Couleur café
Que j'aime ta couleur café 注1

  コーヒー色
  君のコーヒー色がなんて好きなんだろう

C'est quand même fou l'effet 
L'effet que ça fait
De te voir rouler
Ainsi des yeux et des hanches
Si tu fais comme le café
Rien qu'à m'énerver
Rien qu'à m'exciter
Ce soir la nuit sera blanche 注2

  効果はともかくも抜群だ
  君がこんな風に
  目を回し腰を回すのを見ること
  それがもたらす効果は
  もし君がコーヒーのように振る舞ったら
  ただただ僕を苛立たせ
  ただただ僕を興奮させ
  今夜は眠れない夜になるだろう

Couleur café5


Couleur café
Que j'aime ta couleur café

  コーヒー色
  君のコーヒー色がなんて好きなんだろう

L'amour sans philosopher
C'est comme le café
Très vite passé
Mais que veux-tu que j'y fasse 注3
On en a marre de café 注4
Et c'est terminé
Pour tout oublier
On attend que ça se tasse 注5

  哲学などしない恋
  それはコーヒーみたいに
  あっという間に過ぎ去る
  でも僕にはどうしようもない
  コーヒーに飽きてしまったら
  もうおしまいだ
  すべて忘れるため
  それがカップの底に沈むのを待つ

café


Couleur café
Que j'aime ta couleur café

  コーヒー色
  君のコーヒー色がなんて好きなんだろう

[注]
1 que 感嘆をあらわし、「なんと」
2 nuit blancheはフランソワーズ・アルディーFrançoise Hardyの「さよならを教えてComment te dire adieu?」にも出てきたが、「ずっと起きている、眠れない夜」。
3 que veux-tu que j'y fasse直訳すると、「君は僕が何をするよう望むのか」の意味。
4 en avoir marre de qc「もうたくさんだ、飽き飽きする」
5 tasserがtas「堆積」から派生した動詞とすると、se tasserは「詰め込まれる」の意味になるが、ここではfasse(注3)と韻を踏む都合もあってか、tasse「コーヒーカップ」に関連して、「(カップの底に)沈む」の意味で使われている。



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