2014
09.30

水の輪Des ronds dans l'eau

Françoise Hardy Des ronds dans leau


フランソワーズ・アルディーFrançoise Hardyの「水の輪Des ronds dans l'eau」(1970年、作詞Pierre Barouh、作曲Raymond Le Sénéchal)を一昨年の1月に旧ブログで取り上げましたが、歌詞の後半の解釈を大きく修正する必要があり、全体的に手直しして、こちらに運びました。

小石を水面に水平方向に投げ、小石がはねて飛ぶのを楽しむ、「水切り」という遊びがあります。その時に、水面にできる連なった波紋を「水の輪」と言っています。



Des ronds dans l'eau             水の輪
Françoise Hardy               フランソワーズ・アルディー


Tu commenças ta vie
Tout au bord d'un ruisseau
Tu vécus de ces bruits
Qui courent dans les roseaux
Qui montent des chemins
Que filtrent les taillis
Les ailes du moulin
Les cloches de midi
Soulignent d'un sourire 注1
La chanson d'un oiseau
Tu prenais des plaisirs
A faire des ronds dans l'eau

  あなたは人生を
  ある小川のほとりで始めた
  葦のあいだを流れ
  道を昇って
  雑木林を抜けてくる
  これらの音を糧にあなたは生きた
  風車の羽と
  正午の鐘が
  微笑んで
  小鳥の歌をひきたてる
  あなたは遊んでいた
  水に輪を作って

Des ronds dans leau5


Aujourd'hui tu ballottes
Dans des eaux moins tranquilles
Tu t'acharnes et tu flottes
Mais l'amour, où est-il ?
L'ambition a des lois
L'ambition est un culte
Tu voudrais que ta voix
Domine le tumulte
Tu voudrais que l'on t'aime
Un peu comme un héros
Mais qui saurait quand même
Faire des ronds dans l'eau

  今では、あなたは彷徨っている
  もっと穏やかならぬ水の上を
  あなたは必死になりあなたは揺れ動く
  でも愛は、どこに行ったの?
  野望には掟がある
  野望はひとつの宗教
  あなたは自分の声が
  喧騒を支配するよう望んでいる
  あなたは皆があなたを愛するよう望んでいる
  いわば英雄みたいに
  でもいったい誰が
  水に輪を作ることができたかしら

Des ronds dans leau3


S'il y a tous ces témoins
Que tu veux dans ton dos
Dis-toi qu'ils pourraient bien 注2
Devant tes ronds dans l'eau
Te prendre pour l'idiot
L'idiot de ton village
Qui lui est resté là 注3
Pour faire des ronds dans l'eau
Pour faire des ronds dans l'eau

  もしも背後から見ていてくれる
  目撃者たちがいたなら
  あなたの描く水の輪をまえにして
  彼らはあなたのことを
  お馬鹿さんだと思うかもしれないわ
  あなたの村のお馬鹿さん
  そのお馬鹿さんには、村はここに
  水に輪を作るため
  水に輪を作るためにまだあるのよ

[注]
1 soulignentの主語は前節のles ailes du moulinとles cloches de midi。
2 dis-toi,dites-vousはse dire「自分に言う、思う」の命令形だが、軽い呼びかけくらいの意味。
3 quiの先行詞はton villageで、luiはà l'idiot。つまり、「あなた」を「お馬鹿さん」に言い換え、「あなたの村は、あなたが水の輪を作るために昔のまま残っているから、戻って来て」と、野望が挫折して苦しんでいる彼に、幼なじみの彼女が語りかけている。


Des ronds dans leau4


アルディはソニー・ミラーSonny Millerの作詞で英語でも歌っています。語句はまったく異なり、「水の輪」は出てきませんが、もとの歌詞が伝えようとしているメッセージを具体的に説明するかのような内容です。



Now you want to be loved, yet you want to be free
  あなたは愛されたい、でも自由になりたい
Your world is full of dreams of what you hoped would be
  あなたの世界は、あなたの望む夢で満ちている
You would never be lost and where love was concerned
  あなたはけっして負けないでしょう、そして愛が関わっていた場所には
Your rivers would be crossed and bridges could be burned
  あなたの川は交わらず橋は焼け落ちるでしょう
It was great to be free, all the world to explore
  自由でいることはすごいことで、全世界が探検できる
And you would hold the key to open any door
  そしてあなたはどのドアでも開ける鍵を持つわ
Now you want to be loved, there's no peace in your mind
  あなたは愛されたい、あなたの心には平和がない
For suddenly you're grown and suddenly you find
  なぜなら突然あなたは大きくなり、突然あなたは分かったのよ
That the world's not a dream and this you'll have to learn
  世界が夢ではないことが、そしてあなたはこのことを学ばなきゃならない
A very precious love is something you must earn
  とても大切な愛はあなたが得なければならないもの
Now you want to be loved, yet you want to be free
  あなたは愛されたい、でも自由になりたい
But love is not a game and this should never be
  でも愛はゲームじゃない、けっしてそうじゃない
If you want to be loved, you can never be free
  もし、あなたが愛されたいのなら、自由になれないのよ
So face up to the truth and someday you may see
  だから事実に直面すればいつかあなたには分かるわ
If you open your heart and your heart can be true
  あなたが心を開いたら、あなたの心は真実のものになる
As you want to be loved, your love will come to you
  あなたが愛されたいのなら、愛はあなたのところにやって来る
Your love will come to you.
  愛はあなたのところにやって来るわ。



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2014
09.29

悦楽のカフェにてAu café des délices

Patrick Bruel Juste avant


今回は、パトリック・ブリュエルPatrick Bruel の「悦楽のカフェにてAu café des délices」。チュニジアの異国情緒たっぷりのステキな曲です。作詞:フェリックス・グレイFélix Gray、作曲:ブリュエルとグレイ。1999年のアルバム:Juste avantに収録されています。



アメル・ベントAmel Bentがステージで歌っています。後半、ブリュエルも加わって。



Au café des délices 悦楽のカフェにて
Patrick Bruel     パトリック・ブリュエル


Tes souvenirs se voilent
Ça fait comme une éclipse
Une nuit plein d´étoiles
Sur le port de Tunis 注1
Le vent de l´éventail
De ton grand-père assis
Au Café des Délices

  君の記憶はぼやける
  まるで日食のようだ
  チェニスの港の上に
  星がいっぱい輝く夜
  座っている君の爺さんの
  扇の風
  悦楽のカフェにて

Au café des délices1


Tes souvenirs se voilent
Tu vois passer le train
Et la blancheur des voiles
Des femmes tenant un fils
Et l´odeur du jasmin
Qu´il tenait dans ses mains 注2
Au Café des Délices

  君の記憶はぼやける
  君は電車が通るのを見る
  そして子どもを連れた女達の
  ヴェールの白さ
  そして彼が両手につけていた
  ジャスミンの香り
  悦楽のカフェにて

Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil 注3

  ヤリル ヤリル アビビ ヤリル ヤリル ヤリル アビビ ヤリル…

Tes souvenirs se voilent
Tu la revois la fille
Le baiser qui fait mal
Au port El Kantaoui
Les premiers mots d´amour
Sur les chansons velours
Abibi abibi

  君の記憶はぼやける
  君は彼女に、その娘に再会する
  口づけは苦い
  エル・カンタオイの港にて
  ビロードのように甘い歌にのせた
  最初の愛の言葉
  アビビ アビビ

Au café des délices3


Tes souvenirs se voilent
Tu les aimais ces fruits
Les noyaux d´abricot
Pour toi, c´étaient des billes
Et les soirées de fête
Qu´on faisait dans nos têtes
Aux plages d´Hammamet

  君の記憶はぼやける
  君は好んだ、これらの果物を
  アンズの種
  君にとって、それはビー玉だった
  そして僕たちが頭のなかで作り出す
  祭りの宵
  ハメットの浜辺で

Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil

  ヤリル ヤリル アビビ ヤリル ヤリル ヤリル アビビ ヤリル…

Tes souvenirs se voilent
À l´avant du bateau
Et ce quai qui s´éloigne
Vers un monde nouveau
Une vie qui s´arrête
Pour un jour qui commence
C´est peut-être une chance

  君の記憶はぼやける
  船の舳先で
  新しい世界に向かい
  遠ざかっていくこの埠頭
  始まった一日のために
  停止する人生
  たぶんそれはひとつのチャンスだ

Yalil yalil tu n´oublieras pas
Yalil yalil ces parfums d´autrefois
Yalil yalil tu n´oublieras pas
Yalil yalil même si tu t´en vas

  ヤリル ヤリル 君は忘れないだろう
  ヤリル ヤリル これらの昔の香りを
  ヤリル ヤリル 君は忘れないだろう
  ヤリル ヤリル たとえ君が去っても

Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil
Yalil yalil habibi yalil yalil yalil habibi yalil…

  ヤリル ヤリル アビビ ヤリル ヤリル ヤリル アビビ ヤリル…

Une nuit plein d´étoiles
Sur le port de Tunis
Et la blancheur des voiles
Des femmes tenant un fils
Le vent de l´éventail
De ton grand-père assis
Et l´odeur du jasmin
Qu´il tenait dans ses mains

  チェニスの港の上に
  星がいっぱい輝く夜
  子どもを連れた女達の
  ヴェールの白さ
  座っている君の爺さんの
  扇の風
  そして彼が両手につけていた
  ジャスミンの香り

Au café des délices2


Au Café des Délices
Au Café des Délices…

  悦楽のカフェにて
  悦楽のカフェにて

[注]
1 Tunis「チュニス」チュニジア共和国の首都。チュニジアは1881年にフランスの保護領となり、1956年にフランスから独立。
2 ilはここでは、2行前のun fils。だが、最後の節の同じ表現では、その2行前のton grand-pèreとなる。記憶がぼやけているせいか…。
3 チュニジアの言語はアラビア語チュニジア方言。これはアラビア語の詩によく用いられる表現で、yaは「おお」という呼びかけでlilは「夜」。abibiは「愛しい人」。「おお夜よ、おお夜よ、愛しい人、おお夜よ」という意味のようだ。




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2014
09.28

仲間を先に(パリジャン気質)Les copains d'abord

Georges Brassens


今回取り上げるのはジョルジュ・ブラッサンスGeorges Brassens(1921~1981)の代表作のひとつで、ジュール・ロマンJules Romainsの小説からの映画「Les copains(仲間たち)」の主題歌として1964年にブラッサンスが作詞・作曲して歌った曲「仲間を先に(パリジャン気質)Les copains d'abord 」です。
パリという街をひとつの船に譬え、その船の名前が「Les Copains d'abord(仲間を先に)」で、その船に乗り合わせた仲間、つまりパリの街に住む人々は、その船の名が示すとおり、「自分より仲間を先に」という気質(かたぎ)を持つんだという内容です。この歌のメッセージはなにもパリに限ったことではなく、日本という国、そして地球全体にあてはめることができるものです。のちに、バルバラBararaほか何人かの歌手も歌っています。

ブラッサンスは、レオ・フェレLéo Ferré、ジャック・ブレルJacques Brelとともに、60年代の3大歌手といわれます。また、レオ・フェレと同様、アナーキストを自認するシンガー・ソングライターです。ブラッサンスのあだ名はゴリラ、その由来は同名のシャンソン「ゴリラLe Gorille」で、この歌には、単純なメロディーと風変わりな表現の陰に死刑廃止へのメッセージが込められていて、彼の歌に対する態度が端的に示されています。
彼は南仏のセートで石屋の息子として生まれましたが、文学好きの彼は家業を嫌い、1940年の大戦直前、叔母を頼ってパリに出てきました。そして叔母の家にあった古いピアノを使い、自作の詩にメロディーをつけて作曲をし始めました。まもなくパリはナチス・ドイツに占領され、ブラッサンスも強制労働に駆り出されます。そこから逃げ出して隠れ住みながら音楽を作る際、ピアノが使えず、独学でギターを弾き始めました。ギターの弾き語りを始めたのはボブ・デイランBob Dylanより10年も早かったといいます。
1952年に歌手のパタシュウPatachouに出会い、その店で歌わせてもらうようになりましたが、そこではまったく売れず、パタシュウの紹介でトロワ・ボーデという店に出るようになってから人気が急上昇しました。そして、1954年、ディスク大賞を受賞。
健康面では、いろいろ問題が生じ、腎臓結石、肝臓の3回の手術を経て、60歳の若さで大腸ガンで亡くなりました。

私は実は、ブラッサンスの曲の良さがあまり分かりませんでした。メロディーが単調に思え、おやじっぽく聴こえ…。でも、この曲を聴いて、理屈抜きに美しい曲だと感じました。



Les copains d'abord            仲間を先に(パリジャン気質)
Georges Brassens             ジョルジュ・ブラッサンス


Non, ce n'était pas le radeau 注1
De la Méduse, ce bateau
Qu'on se le dise au fond des ports 注2
Dise au fond des ports
Il naviguait en père peinard
Sur la grand-mare des canards
Et s'app'lait les Copains d'abord 注3
Les Copains d'abord

  いや、それは港々の奥で密かに思われているような
  メディス号の筏のたぐいじゃなかった、この船は
  アヒルの沼を
  のんびり父さん風に航行する船
  その名はレ・コパン・ダボールだった
  レ・コパン・ダボール

le radeau De la Méduse


Ses fluctuat nec mergitur 注4
C'était pas d'la littérature
N'en déplaise aux jeteurs de sort
Aux jeteurs de sort
Son capitaine et ses mat'lots
N'étaient pas des enfants d'salauds
Mais des amis franco de port 注5
Des copains d'abord

  「たゆたえど沈まず」の標語
  それは空文句じゃなかった
  呪う者たちには気に食わないだろうが
  呪う者たちにはね
  船長も水夫も
  げす野郎じゃなく
  信じあえる仲間だった
  「仲間を先に」気質の

fluctuat_nec_mergitur.png

C'étaient pas des amis de luxe
Des petits Castor et Pollux 注6
Des gens de Sodome et Gomorrhe 注7
Sodome et Gomorrhe
C'étaient pas des amis choisis
Par Montaigne et La Boétie 注8
Sur le ventre ils se tapaient fort
Les copains d'abord

  それはかわいいカストルとポリュクスのような
  優れた仲でもないし
  ソドムとゴモラもどきの
  ソドムとゴモラもどきの腐ったやからでもなかった
  モンテニューやラ・ボエシーの
  お眼鏡にかなう仲間でもなかった
  腹をポンと叩いたのさ
  「仲間を先に」と

Castor et Pollux


C'étaient pas des anges non plus
L'Évangile, ils l'avaient pas lu
Mais ils s'aimaient toutes voiles dehors 注9
Toutes voiles dehors
Jean, Pierre, Paul et compagnie 注10
C'était leur seule litanie 注11
Leur credo, leur confiteor
Aux copains d'abord

  もちろん天使たちでもなかったし
  福音書、そんなの読みやしないが
  順風満帆に 愛し合った
  順風満帆にね
  ジャン(ヨハネ)とピエール(ペテロ)とポール(パウロ)と仲間たちにとって
  それが彼等の唯一のお題目だった
  「仲間を先に」への
  彼らの信仰宣言、彼らの告解が

Au moindre coup de Trafalgar 注12
C'est l'amitié qui prenait l'quart 注13
C'est elle qui leur montrait le nord 注14
Leur montrait le nord
Et quand ils étaient en détresse
Qu'leurs bras lançaient des S.O.S.
On aurait dit des sémaphores 注15
Les copains d'abord

  トラファルガー的危機がちょっとでも起こりゃ
  当直に就いたのは友情だ
  舵をとったのは友情だ
  舵をとったのは
  そして彼らが遭難した時
  SOS信号を打った時には
  「仲間を先に」が
  船舶信号みたいだった

un coup de Trafalgar


Au rendez-vous des bons copains
Y avait pas souvent de lapins
Quand l'un d'entre eux manquait à bord
C'est qu'il était mort
Oui, mais jamais, au grand jamais
Son trou dans l'eau n'se refermait
Cent ans après, coquin de sort
Il manquait encore

  仲間うちが集まる時に
  すっぽかす者はいなかった
  その内のひとりが甲板に現れないときは
  そいつは死んだってことだった
  ああ、だが決して、絶対に
  ヤツが海水に空けた穴はふさがらなかった
  百年たっても、ドジ野郎
  あいつがいなくて淋しいぜ

Des bateaux j'en ai pris beaucoup
Mais le seul qui ait tenu le coup 注16
Qui n'ait jamais viré de bord 注17
Mais viré de bord
Naviguait en père peinard
Sur la grand-mare des canards
Et s'app'lait les Copains d'abord
Les Copains d'abord

  あまたの船に乗っては来たが
  最後まで残る唯一の船だ
  決して針路を変えることのない船
  針路を変えることのない
  アヒルの沼を
  のんびり父さん風に航行する船
  そしてその名はレ・コパン・ダボール
  レ・コパン・ダボール

[注] 注には、重要語句の説明を加えたが、その解釈に関し、「ジョルジュ・ブラッサンス全集」のページを参照させてもらった。
1 ceはce bateau。le radeau De la Méduse「メデューズ号の筏」1816年に難破したメデューズ号の乗船者達150名は筏で避難したが、13日後に発見された筏には15名しか生存していなかった。生き残りをかけて水と食料の奪い合い、カニバリズムまでが行われ、狂気に陥った者さえいたという。ルーブル美術館にジェリコー作の絵が掛かっている。仲間意識の高いce bateauと正反対のものとして出されている。
2 queの先行詞はle radeau De la Méduse。se dire「思う」。代名詞leと次々行のilはce bateau。au fond des portsはau fond du cœur「心の中では」を掛けた表現。
3 Les Copains d'abord「仲間を先に」これが船の名前だとここでは言っている。各節の最後に繰り返される。船の名前の場合はCopainsと大文字で表記されている(訳語は「レ・コパン・ダボール」とした)。語の意味そのものの場合はcopainsと小文字になり、冠詞がdes,les,auxと変えられている(訳語としては「仲間を先に」に適宜言葉を加えた)。
4 fluctuat nec mergitur「たゆたえど沈まず」ラテン語で、パリ市の標語。セーヌ河に浮かぶシテ島に発祥したパリは帆船を市の紋章とし、その紋章にはこの言葉が刻まれている。
5 franco(franc) de port=exempt de port「送料免除」あるいはpayé par l’expéditeur「差出人払い郵便」。すなわち、「気兼ねなく信頼し合える」という意味でdes amisを形容している。port「港」の語を入れていることがポイントで、各所で船に関連した語を多く用いている。
6 Castor et Pollux「カストルとポリュクス」ギリシャ神話で、白鳥に姿を変えたゼウスがレダを誘惑し、レダが卵を産み、そこから双子として生まれた彼らはディオスクロイすなわちゼウスの子と呼ばれる。弟ポリュクスの父親はゼウスだが兄カストルの父親はレダの夫のテュンダレオースで死ぬ運命の人間であったので、ポリュクスは自分の不死性を兄に半分分け与え、双子は、1日(一説では1年)の半分は神として天上で過ごし、残りの半分は地上で人間として今も楽しく暮らしているという。彼らに因んで名づけられた双子座Gemini(β星がポルックス、α星がカストル)は兄弟愛の象徴とされる。航海の神ともされる。ラモーJean-Philippe Rameauは彼らをテーマとしたオペラを作っている。
7 Sodome et Gomorrhe「ソドムとゴモラ」旧約聖書の創世記に出て来る2つの都市。淫楽に耽る住民が神の怒りに触れ、硫黄と火の雨で焼き滅ぼされた。プルーストValentin Louis Georges Eugène Marcel Proustの「失われた時を求めてÀ la recherche du temps perdu」の中に両者の名をそれぞれ冠した2章があり、前者は男性の後者は女性の同性愛を意味している。
8 Montaigne「モンテーニュ」 (1533-1563)フランスの作家、思想家・「随想録Les Essais」で有名。La Boétie「ラ・ボエシー 」(1530-1563)フランスの作家、詩人。モンテニューの友人。「随想録」にその詩を取り上げた章あり。
9 toutes voiles dehors「順風満帆に」すなわちbeaucoupと同義。各所で船に関連した語を多く用いている。
10 Jean, Pierre, Paulフランス人の男性の名によくあるジャン、ピエール、ポールがここでは仲間の名として用いられているが、これらの名はもともと新約聖書に登場する聖者の名「ヨハネ、ペテロ、パウロ」。
11 Les copains d'abordに対してのLeur credo「信仰宣言」とleur confiteor「告解」がleur seule litanie「お題目、繰り言」だということである。
12 Trafalgar「トラファルガー」英国のネルソン提督L'amiral Nelsonが1805年にフランス、スペインの連合艦隊をジブラルタル海峡付近で全滅させた海戦の名。フランス人にとって、un coup de Trafalgar「トラファルガーの一撃」といえば「晴天の霹靂、予期せぬ敗北」を意味する。
13 prendre le quart「(船の)当直任務につく」。中心になって働くのがl'amitiéだと言っている。
14 montrait le nord 「北を示す」すなわち「舵を取る」。
15 On dirait qu/qc「まるで…のようである」条件法を用いた緩和表現で、ここではその過去形。sémaphoreは「船舶信号機」だが、ここでは複数形で「船舶信号」そのもの。Les copains d'abordがそのまま「仲間を先に」というメッセージのようだという。
16 tenir le coup「もちこたえる、耐久性がある」
17 viré de bord「船首を回す、進路を変える」で、「(特に政治的な)意見をがらりと変える、変節する」といった意味でも用いられる。



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2014
09.27

父Mon père

Sylvie Vartan Mon père


前回の「思い出のマリッツァLa Maritza」は、シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartanの父親が存命中に作られた曲でした。続いて、亡くなったのちの1972年に作られた「父Mon père」を取り上げましょう。こちらも実に美しい曲で、コンサートで続けて歌うこともあるそうです。



息子のダヴィッド・アリディーDavid Hallydayのピアノ伴奏で歌っているのは→こちら。お勧めです!

Mon père            父
Sylvie Vartan          シルヴィ・ヴァルタン


Que la maison me parait vide 注1
Sans son désordre et sans sa voix
Ça me semble encore impossible
Pourtant il y a deux ans déjà

  なんて家が広く感じられたことかしら
  彼の無秩序が姿を消しその声が聞こえなくなって
  まだわたしにはあり得ないことのように思える
  だけどもう2年も前のこと

Ma mère a rangé tous ses livres
Et ses outils de jardinier
Tous ces objets qu'il faisait vivre
Qui eux aussi vont s'ennuyer 注2

  母は片付けたわ 彼の本ぜんぶと
  庭いじりの道具を
  これらの物に彼はいのちを与えていた
  だから物たちだって所在無くなってくる

outils de jardinier


Il ne parlait pas de la guerre
Pourtant mon héros c'était lui
J'étais si fière qu'il soit mon père
Fière de m'appeler comme lui

  彼は戦争のことを話さなかった
  でもわたしにとっての英雄とは彼のことだった
  彼が自分の父親だということが誇らしく
  彼の名を受け継いでいることが誇らしかった

Ses colères étaient des tempêtes
Lorsque j'avais désobéi
Et puis il pleurait en cachette 注3
Parce que j'avais un premier prix

  彼が怒ると台風みたいだった
  わたしが言うことをきかなかったときなんか
  でも わたしが初めて賞をもらったとき
  彼はこっそり涙を流してくれた

C'était plus que de la tendresse
Qu'il avait pour tous nos rosiers
Il peignait avec maladresse 注4
C'était toujours moi qui posais

  彼はうちのバラの木ぜんぶに
  愛情以上のものを注いでいた
  彼は下手な絵を描いたけど
  モデルにはいつもわたしがなった

Sylvie Vartan portrait


Je sais bien que je lui ressemble
Que je suis têtue comme il l'était
J'ai ses yeux et ses côtés tendres
Et j'aime tout ce qu'il aimait

  たしかにわたしは彼に似ているし
  彼みたいに頑固だわ
  彼にそっくりの目と同じ優しい面を持っている
  そして彼が好きだったことはみんな好きよ

C'était mon ami et mon frère
Et tous mes souvenirs d'enfant
C'était mon ami et mon père
Et il me manque bien souvent 注5

  わたしの友だちでわたしの兄だった
  そしてわたしの子供の頃の思い出のすべてだった
  わたしの友だちでわたしの父だった
  そしてわたしはしょっちゅう彼が恋しい

chaise.jpg


[注]
1 Que….「なんと…だろう」。
2 quiの先行詞およびeux aussi「それらもまた」のeuxは、前行のtous ces objets。qu'il faisait vivre「彼がいのちを与えていた」とあるように、それらは生きているものとして擬人化されて、s'ennuyer「退屈する」という表現が用いられる。
3 en cachette「隠れて、こっそりと」
4 peignaitはpeindre「絵を描く」の半過去形で、peigner「櫛で梳く」の半過去形と同じ。
5 A manquer à B.「A(=大切な人や物)がBに欠けていて寂しい」。すなわち、寂しく思うのはBのほう。



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2014
09.26

思い出のマリッツァLa Maritza

Sylvie Vartan La Maritza


今回は、シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartanが祖国への郷愁を歌った美しい曲、「思い出のマリッツァLa Maritza」(作詞P.ドラノエP. Delanoë 、作曲 J. ルナールJ.Renard)です。父親が存命中の1968年に作られたこの曲も、亡くなったのちの1972年に作られた「父Mon père」と同様、父親への愛が込められています。
La Maritzaとは、故郷ブルガリアを流れるマリヅァ川。ブルガリアを西から東へと流れ、トルコとの国境を越えエーゲ海に注ぎます。マリッツァという仮名表記は疑問ですが、邦題としてすでに広く知られているので、タイトルでのみ用いることにします。



日本語で歌っています。



La Maritza               思い出のマリッツァ
Silvie Vartan              シルヴィー・ヴァルタン


La Maritza c'est ma rivière
Comme la Seine est la tienne
Mais il n'y a que mon père
Maintenant qui s'en souvienne
Quelquefois

  マリヅァはわたしの川
  セーヌがあなたの川であるように
  でも、いまそれを
  ときどき思い出す人は
  父しかいない

La Maritza2


De mes dix premières années 注1
Il ne me reste plus rien 注2
Pas la plus pauvre poupée
Plus rien qu'un petit refrain
D'autrefois :
La la la la...

  わたしの10歳までのものは  
  もうなにも残っていない
  いちばんみすぼらしいお人形さえ
  昔の歌の短いフレーズしか
  もう残っていない:
  ララララ…

Tous les oiseaux de ma rivière
Nous chantaient la liberté
Moi je ne comprenais guère
Mais mon père, lui, savait
Ecouter

  わたしの川の鳥たちは
  わたしたちに自由の歌を歌っていた
  わたしにはほとんど理解できなかった
  けれど父は、彼は、心得ていた
  その歌を聴くすべを

Quand l'horizon s'est fait trop noir
Tous les oiseaux sont partis
Sur les chemins de l'espoir
Et nous on les a suivis,
A Paris

  地平線がすっかり闇に閉ざされると
  鳥たちはみな飛び立つ
  希望の旅路へと
  そしてわたしたちも彼らについて行った、
  パリへと

La Maritza4


{Parlé}
De mes dix premières années
Il ne reste plus rien... rien

  わたしの10歳までのものは
  もうなにも…なにも残っていない

{Chanté}
Et pourtant les yeux fermés
Moi j'entends mon père chanter
Ce refrain :
La la la la …

  けれど目を閉じると
  わたしには聴こえる 父が歌うのが
  このフレーズを:
  ラ ラ ラ ラ …

La Maritza1


[注]
1シルヴィーは、8歳のときに家族で祖国ブルガリアを離れパリへ移住した。
2何も残っていない。人形さえ残っていない。短いフレーズしか残っていない。つまり、残っているのは短いフレーズだけ。



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2014
09.25

泉の傍の家La maison près de la fontaine

Nino Ferrer


「木の下の家La maison sous les arbres」の次は「泉の傍の家La maison près de la fontaine」と行きましょう。ニノ・フェレールNino Ferrerが作り歌った曲です。
フェレールは1934年にイタリアのジェノヴァで生まれました。1963年に出した最初のアルバム(45回転のEP)に、越路吹雪が歌って日本でも知られている「別離C'est irreparable」も入っていましたが、当初は話題にならず、1965年に、ミーナMinaがUn anno d'amoreの曲名でイタリア語で(日本語でも)歌い、それがヒットしたことで、フェレールの元の歌が注目されるようになりました。65年には「ミルザMirza」と「まぬけLes Cornichons」がヒットし、その後、ヒットが続くようになりました。そして、72年に出した、今回取り上げるこの曲と、75年に出した「南フランスLe Sud」は彼の代表作となりました。その後は活動が低迷し、半ば引退して絵画や演劇の脚本を手がけていました。もともと独特のシニカルな人生観を持っていた彼は、1998年、64歳の誕生日を目前に、自宅で銃により自殺しました。

この曲を聴くと、私は「セント・ジェームズ病院St. James Infirmary Blues」などのルイ・アームストロングLouis Armstrongのジャズの曲を思い出します。そこで調べてみましたら、やはり、フェレールはソロ・デヴューする前、ジャズに傾倒し、女性ジャズ・シンガーのバックなどをやっていたそうです。
この曲は、想い出の多い大切な家がなくなってしまったことを惜しむ歌ですが、鳥のさえずりから始まり、ジャズ的なアレンジと詩的な歌詞で、聴いていてとてもうれしくなります。



La maison près de la fontaine      泉の傍の家
Nino Ferrer                 ニノ・フェレール


La maison près de la fontaine
Couverte de vigne vierge et de toiles d’araignée
Sentait la confiture et le désordre et l’obscurité 注1
L’automne
L’enfance
L’éternité...

  泉の傍の家は
  清らかな葡萄の木と蜘蛛の巣に覆われ
  ジャムと無秩序と暗がりの匂いがした
  秋
  幼年時代
  永遠…

La maison pres de la fontaine2


Autour il y avait le silence
Les guêpes et les nids des oiseaux
On allait à la pêche aux écrevisses
Avec Monsieur le curé 注2
On se baignait tout nus, tout noirs
Avec les petites filles et les canards...

  まわりには静寂と
  スズメバチの群れと鳥の巣があった
  僕たちはザリガニを捕りに行った
  神父さまと
  僕たちは真っ裸で水浴びした、真っ黒に日焼けして
  女の子たちやアヒルたちと…

fontaine.jpg


La maison près des HLM 注3
A fait place à l’usine et au supermarché 注4
Les arbres ont disparu, mais çá sent l’hydrogène sulfuré
L’essence
La guerre
La société...

  公団住宅の傍の家は
  工場やスーパーに替わり
  木々は消え、そして硫化水素の匂いがする
  ガソリン
  戦争
  社会…

HLM.jpg


C’n’est pas si mal
Et c’est normal
C’est le progrès.

  それはそんなに悪いことでもなくて
  普通のこと
  進歩なのさ。

[注]
1 sentir+定冠詞+名詞「…の匂いを放つ、を思わせる、の印象を与える」。la confiture「ジャム」から、「匂い」を選んだが、le désordreとl’obscuritéは、雰囲気的な意味合いが強い。また、後続のl’automneほかも、これらに加わるかに見えるが、別に羅列されているとして訳した。3節目に関しても同様である。
2 大文字でMonsieur +定冠詞+役職名「…殿、様」curé本来は「(カトリックの)主任司祭」だが、話し言葉で「神父」。
3 HLM=habitation à loyer modéréは、第2次大戦後のフランスの主要な住宅政策のひとつで、低所得者のための低家賃住宅。日本では「公団」に該当する。
4 faire place à qc「…に取って代わられる」



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2014
09.24

木の下の家(パリは霧にぬれて)La maison sous les arbres

La maison sous les arbres


今回は、サスペンス映画「パリは霧にぬれてLa maison sous les arbres」のテーマ曲を取り上げましょう。この映画はパリに住むアメリカ人夫妻に起こった小児誘拐事件を描いたもので、アメリカの作家カヴァーノの小説を、1971年にルネ・クレマンRené Clément監督がフェイ・ダナウェイFaye Dunaway主演で映画化したものです。
このテーマ曲は、ジルベール・ベコーGilbert Bécaudによる演奏ヴァージョンと歌唱ヴァージョンがともに映画のなかで用いられています。映画のタイトル:La maison sous les arbres(「木の下の家」の意)は、子供が誘拐されて連れて行かれた家の周りが樹で囲まれている、ということでつけられているようです。

曲の原題も同じですが、歌詞内容は映画の筋書きとはまったく無関係。私としてはこの上なく好きな歌詞で、時間をかけて自分のものにしたい曲の一つです。
映画の邦題はなぜか「パリは霧にぬれて」ですが、曲の邦題は直訳的に「木の下の家」とし、映画の邦題は副題といたします。

ジルベール・ベコーGilbert Bécaudは1927年にフランスのトゥーロンで生まれ、幼少時よりピアノを学んでいました。第2次大戦後に作詞・作曲も始め、エディット・ピアフÉdith Piafに出会った後に、彼女の勧めにより自ら歌うようになりました。
パリのオランピア劇場で33回も公演し、紺地に水玉模様のネクタイがトレードマークで、「ムッシュ10万ボルト」とあだ名されました。最も知られるヒット曲は「ナタリー Nathalie」と「そして今はEt Maintenant」。ベコーは、会場内の観客からの死角ができないよう、ピアノの1本の足を切って改造し、常に僅かに傾いている状態のピアノで演奏したそうです。
彼は俳優でもあり、多くの映画にも出演しています。
2001年に74歳で亡くなり、ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。



La maison sous les arbres        木の下の家(パリは霧にぬれて)
Gilbert Bécaud              ジルベール・ベコー


La maison sous les arbres
Est en pierres de lune, 注1
Posées une à une
Comme des brindilles
Sur un nid d’oiseaux,
Des diamants qui brillent
Sur de l’eau.

  木の下にある家は
  ムーンストーンでできている、
  鳥の巣の
  小枝のように
  ひとつひとつ積み重ねられて、
  水面に輝く
  ダイアモンドだ。

La maison sous les arbres


La maison sous les arbres
Est en pierres de lune,
Posées une à une
Comme des brindilles
Pour te faire un nid.
Ce sera ton nid,
Ton abri.

  木の下にある家は
  ムーンストーンでできている、
  君に巣を作るための
  小枝のように
  ひとつひとつ積み重ねられて。
  それは君の巣に、
  君の隠れ家になる。

La maison sous les arbres
N’aura que des fenêtres
Et un toit peut-être
Où les hirondelles
Et leurs hirondeaux 注2
Rangeront leurs ailes
En duo.

  木の下にある家には
  窓しかない
  そして屋根しか たぶんね
  そこにはメスのツバメたちと
  その夫のツバメたちが
  翼を並べるだろう
  つがいで。

hirondelle1.jpg


Reviens, je l’ai faite pour toi
De mes mains.
Elle a besoin de toi,
Tu vois bien!
Elle est sans raison
Et n’a pas de nom
Sans toi.

  帰っておいで、君のために作ったんだ
  私の手で。
  この家には君が必要だ、
  分かっておくれ!
  この家は意味がないし
  名前もない
  君なしでは。

La maison sous les arbres
Est en pierres de lune,
Posées une à une.
Mais pour l’habiter,
C’est bien entendu,
Tu devras marcher
Les pieds nus,
Les pieds nus.

  木の下にある家は
  ムーンストーンでできている、
  ひとつひとつ積み重ねられて。
  だがそこに住むには、
  もちろん、
  君は歩かなきゃ
  はだしで、
  はだしで。

La maison sous les arbres3


[注]
1 pierre de lune「月長石ムーンストーン」
2 hirondelle「ツバメ」は女性名詞。この文脈では、それを「メスのツバメ」としている。hirondeau(複数形~x)は、古い表現でツバメの子をあらわすが、それを「オスのツバメ」としている。




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2014
09.23

ロレットの店でChez Laurette

Michel Delpech


今回は、ミッシェル・デルペッシュMichel Delpechの「ロレットの店でChez Laurette」。心温まる歌詞と郷愁を呼ぶメロディーの素敵な曲です。1965年にデルペッシュが自身の体験をもとに作詞し、作曲はローラン・ヴァンサンRoland Vincent。

ミシェル・デルペッシュは、高校時代をそして仲間たちと放課後に過ごしたクルブヴォアのカフェを後年よく思い出しました。彼は彼の両親と一緒にそのカフェの上に住んでいて、オーナーのクリスティアンヌ・ヴォークランChristiane Vauquelinは、彼にとってはたいへん大切な人でした。彼は1964年に最初のディスク、アナトールをリリースするときに、作曲家ローラン・ヴァンサンRoland Vincentに出会いました。そして打合せに、サン・ラザールから、ローラン・ヴァンサンの住むサン・クルーに向かうの汽車の中で、彼は、クリスティアンヌの思い出を込めた「ロレットの店で」の歌詞を書きました。そしてローラン・ヴァンサンは、すみやかにメロディーを見つけてくれました。この「青年期の懐かしい歌」は1965年5月1日にリリースされ、イエイエyéyé真っ只中のこの時代では売れ行きはさほどではなかったのですが、ラジオでよく放送され多くの人に歌われました。優しい顔立ちのデルペッシュが微笑みながら歌うと、誰しも心癒され、自分も微笑みたくなります。

デルペッシュはこの曲で一躍有名になりましたが、その後、派手なポップス系に向かい、ワイト島でのロック・フェスティバルへのオマージュという副題の「ワイト・イズ・ワイトWight is wight」や「君のためならPour un flirt」を出しました。またその後、再び方向転換し、フランスをマリアンヌという女性に譬えた「美しかったマリアンヌQue marianne était jolie」、「ランボーは歌うRimbaud chanterait」、「哀しみの終わりにLa maison est en ruine」などを出しました。現在は、新しい取り組みのかたわら、60年代の懐かしい曲を歌うÂge tendre et Têtes de boisのメンバーにもなりました。




Chez Laurette  ロレットの店で
Michel Delpech  ミッシェル・デルペッシュ


À sa façon de nous app’ler ses gosses
On voyait bien qu’ell’ nous aimait beaucoup
C’était chez ell’ que notre argent de poche
Disparaissait dans les machines à sous

  自分の子供たちという彼女流の呼び方で
  僕たちをとても愛してくれていることがよく分かった
  彼女の店で 僕たちのポケットの小銭が
  スロットマシーンのなかに消えた

Après les cours on allait boire un verre
Quand on entrait Laurette souriait
Et d’un seul coup nos leçons nos problèmes
Disparaissaient quand ell’ nous embrassait

  学校が終わると一杯飲みに行ったもんだ
  僕たちが入ってくるとロレットは微笑み
  彼女が僕たちにキスしたら
  授業のことや問題ごとなんかいっぺんに吹っ飛んだ

C’était bien, chez Laurette
Quand on faisait la fête 注1
Elle venait vers nous.. Lau-rette

  ステキだったよ、ロレットの店は
  僕たちが羽目を外していたら
  彼女は僕たちのほうにやってきた…ローレットは

Chez Laurette12


C’était bien, c’était chouette
Quand on était fauché
Elle payait pour nous.. Lau-rette

  ステキだった、うれしかった
  僕たちがすかんぴんのときは
  彼女は僕たちにおごってくれたんだ…ローレットは

Et plus encore afin qu’on soit tranquille
Dans son café y avait un coin pour nous
On s’y mettait pour voir passer les filles
Et j’en connais qui nous plaisaient beaucoup 注2

  そしておまけに僕たちがおとなしくなるようにと
  彼女のカフェには僕たちのためのコ-ナーがあった
  僕らは女の子たちが通るのを見るためにそこに陣取った
  そして僕たちがすごく気に入った子らと僕は知り合った

Si par hasard on avait l’âme en peine
Laurette seule savait nous consoler
Ell’ nous parlait et l’on riait quand même
En un clin d’œil ell’ pouvait tout changer 注3

  もしもたまたま僕たちが苦しい気持ちを抱えていたなら
  ロレットだけが僕たちをなぐさめることができた
  彼女が僕たちに話しかけると僕たちはやはり笑顔になった
  ウィンク一つで彼女はなんでも変えられたんだ

C’était bien chez Laurette
On y retournera
Pour ne pas l’oublier Laurette
Ce s’ra bien ce s’ra chouette
Et l’on reparlera,
Des histoir’s du passé
Chez Laurette

  ロレットの店はステキだった
  あそこにまた行こう
  ロレットを忘れないために
  ステキだろう うれしいだろう
  そして僕たちはまた話すのさ、
  昔のことを
  ロレットの店で

Chez Laurette11


Ce s’ra bien ce s’ra chouette
Et l’on reparlera,
Des histoir’s du passé
Chez Laurette

  ステキだろう うれしいだろう
  そして僕たちはまた話すのさ、
  昔のことを
  ロレットの店で

[注] 
1 faire la fête「浮かれ騒ぐ、羽目をはずす、浮かれた生活を送る」
2 enは、ここではdes fillesの意味で、quiの先行詞。connaîtreは「知っている」ではなく「知り合う、近づきになる」。plaire à qn.「…の気に入る」主語のほうがqn.の気に入られる。
3 un clin d’œil「ウインク、目配せ」


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2014
09.22

黒いワシ(ローランスに捧ぐ)L'aigle noir(dédiée à Laurence)

Barbara Drouot


「黒いワシL'aigle noir」は、バルバラBarbaraが1970年に発表した代表曲。同年、初来日し、日本でも評判になりました。当時のLPを私は今も大事にしています。
「ローランスに捧ぐdédiée à Laurence」という副題のとおり、姪のローランスに捧げられた曲。実際に見た夢から着想を得て作ったということで、不思議なおとぎ話のような歌詞です。自伝のなかで父親との濃密な関係を告白していますので、この黒鷲が父親を暗示しているという説が広がりましたが、彼女は否定しています。



L'aigle noir(dédiée à Laurence)         黒いワシ(ローランスに捧ぐ)
Barbara                       バルバラ


Un beau jour, ou peut-être une nuit, 注1
Près d'un lac je m'étais endormie, 注2
Quand soudain, semblant crever le ciel,
Et venant de nulle part,
Surgit un aigle noir,

  ある日、あるいは夜だったか、
  湖のほとりで 私はうつらうつらとしていた、
  すると突然、空を引き裂くかのように、
  どこからともなく、
  黒い鷲が現れた、

Lagle noir1


Lentement, les ailes déployées,
Lentement, je le vis tournoyer,
Près de moi, dans un bruissement d'ailes,
Comme tombé du ciel,
L'oiseau vint se poser,

  ゆっくりと、翼を広げて、
  ゆっくりと、彼が旋回するのを私は見た、
  私のそばに、翼のざわめきのうちに、
  まるで空から落ちるようにして、
  鳥は降り立った、

Il avait les yeux couleur rubis,
Et des plumes couleur de la nuit,
À son front brillant de mille feux,
L'oiseau roi couronné,
Portait un diamant bleu,

  彼はルビー色の眼と、
  夜の色の羽を持ち、
  千の炎を燃やす額に、
  冠を戴いた王の鳥は、
  青いダイヤモンドを付けていた、

Lagle4.jpg


De son bec il a touché ma joue,
Dans ma main il a glissé son cou,
C'est alors que je l' ai reconnu,
Surgissant du passé,
Il m'était revenu,

  彼は嘴で私の頬に触れ、
  私の手に首筋を滑り込ませた、
  私が彼を思い出したのはその時、
  過去から現れて、
  彼は私の記憶に蘇った、

Dis l'oiseau, ô dis, emmène-moi, 注3
Retournons au pays d'autrefois,
Comme avant, dans mes rêves d'enfant,
Pour cueillir en tremblant,
Des étoiles, des étoiles,
Comme avant, dans mes rêves d'enfant,
Comme avant, sur un nuage blanc,
Comme avant, allumer le soleil, 注4
Être faiseur de pluie,
Et faire des merveilles,
L'aigle noir dans un bruissement d'ailes,
Prit son vol pour regagner le ciel,

  鳥よ、ねぇ、私を連れてって、
  帰りましょう 懐かしい国へ、
  昔のように、子どもの頃の夢の中で、
  星々を、星々を、
  慄きつつ摘むために、
  昔のように、子どもの頃の夢の中で、
  昔のように、白い雲の上で、
  昔のように、太陽を灯し、
  雨を降らせ、
  不思議を起こすのよ、
  黒い鷲は 翼をざわめかせて、
  空に戻るために飛び立った、

Lagle noir3


Quatre plumes couleur de la nuit 注5
Une larme ou peut-être un rubis
J'avais froid, il ne me restait rien
L'oiseau m'avait laissée
Seule avec mon chagrin

  夜の色の四枚の羽根
  一粒の涙 いえ、もしかしたら一玉のルビー…
  私は寒気を覚えた、彼は私に何も残さなかった
  鳥は私を置き去りにした
  ひとり悲しみとともに


Un beau jour, ou peut-être une nuit, 注6
Près d'un lac, je m'étais endormie,
Quand soudain, semblant crever le ciel,
Et venant de nulle part,
Surgit un aigle noir,

  ある日、あるいはもしかしたら夜だったか、
  湖のほとりで 私はうつらうつらしていた、
  すると突然、空を引き裂くかのように、
  どこからともなく、
  黒い鷲が現れた、

Un beau jour, ou était-ce une nuit,
Près d'un lac, je m'étais endormie,
Quand soudain, semblant crever le ciel,
Et venant de nulle part,
Surgit un aigle noir…

  ある日、あるいは夜だったか、
  湖のほとりで 私はうつらうつらとしていた、
  すると突然、空を引き裂くかのように、
  どこからともなく、
  黒い鷲が現れた、

Un beau jour, une nuit,
Près d'un lac, endormie,
Quand soudain,
Surgissant de nulle part
Surgit un aigle noir,

  ある日、ある夜、
  湖のほとりで、うつらうつらと、
  すると突然、
  どこから現れたのか、
  黒い鷲が現れた、

Un beau jour, une nuit,
Près d'un lac, endormie,
Quand soudain,
Il venait de nulle part,
Il a surgit, l'aigle noir..

  ある日、ある夜、
  湖のほとりで、うつらうつらと、
  すると突然、
  どこからやって来たのか、
  現れた、黒い鷲が…

Un beau jour, une nuit,
Près d'un lac, endormie,
Il venait de nulle part,
Il surgit, l'aigle noir..

  ある日、ある夜、
  湖のほとりで、うつらうつらと、
  どこからやって来たのか、
  現れた、黒い鷲が…

[注]
1 un beau jourは「ある晴れた日」ではなく「(不特定の)ある日」。誤訳の多いところ。
2 étais endormie の部分のリエゾンでは、ザンドルミとなるはずだが、サンドルミと聞こえるのは、彼女の声の特性のせいか。
3 disは「言って」ではなく、注意を促す言葉で「ねぇ」くらいの意味。これも誤訳が多い。
4 allumer le soleilは、ちょうど電球をつけるように太陽を灯して晴天にするイメージ。続く「雨を降らせる」ということと対になっていて、そうした天候を左右することを「不思議を起こす」と言っている。
5 用いた音源ではこの部分は歌っていない。
6 ここから後は、冒頭の1小節をアドリブ風に形を変えつつ繰り返している。




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2014
09.21

ふるさとの山La montagne

Jean Ferrat La montagne


今回は「ふるさとの山La montagne」です。この曲を作り歌ったジャン・フェラJean Ferrat(1930 - 2010)は、ルイ・アラゴンLouis Aragonの詩を好んで歌ったほか、シンガー・ソングライターとして、農民や移民など少数派の立場を題材にし、コミュニストとしての政治的な批判を込めながらも彼独特の優しい視点で曲作りをしました。優しいまなざしで歌うジャンは多くの人に愛される歌手でした。
彼の曲は旧ブログで幾つか訳しており、これもそちらから運んできました。でもただ運んできたのでは芸がないので、せっかくの機会ですから大幅な手直しも加えました。

この曲は、1964年に彼がアントレーグ=シュール=ヴォラーヌAntraigues-sur-Volaneを訪れた際に、その土地に啓示を受けて作りました。また同年その地に家を持ち1973年からそこに定住しました。

日本語でもよく歌われますが、日本語の歌詞はかなり近い内容ながらも美くしすぎて、原詞の持ち味には遠いように私には思えます。



La montagne               ふるさとの山
Jean Ferrat                ジャン・フェラ


Ils quittent un à un le pays
Pour s'en aller gagner leur vie
Loin de la terre où ils sont nés
Depuis longtemps ils en rêvaient
De la ville et de ses secrets 注1
Du formica et du ciné
Les vieux ça n'était pas original
Quand ils s'essuyaient machinal
D'un revers de manche les lèvres
Mais ils savaient tous à propos 注2
Tuer la caille ou le perdreau
Et manger la tomme de chèvre

  あいつらはひとりまたひとりと国を去り
  生きる糧を得るために
  生まれた土地から遠くへと行ってしまう
  長い間あいつらは夢見ていた
  都会とそこにある
  合板や映画といったまやかし物を
  老人たちは別に変わり者ってわけじゃない
  彼らが無意識に
  袖の折り返しで唇を拭ったとしても
  だが彼らはすべてちゃんと心得ていたんだ
  ウズラあるいはヤマウズラを絞め
  ヤギ乳のトムチーズを食べる術を

montagne4.jpg


Pourtant que la montagne est belle
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?

  けれど山はなんて美しいんだ
  どうして思えるんだろう
  ツバメの飛ぶのを見て
  秋が訪れたんだと?

Avec leurs mains dessus leurs têtes
Ils avaient monté des murettes
Jusqu'au sommet de la colline
Qu'importent les jours les années 注3
Ils avaient tous l'âme bien née 注4
Noueuse comme un pied de vigne 注5
Les vignes elles courent dans la forêt
Le vin ne sera plus tiré
C'était une horrible piquette 注6
Mais il faisait des centenaires 注7
A ne plus que savoir en faire
S'il ne vous tournait pas la tête 

  頭に手を載せやすやすと
  彼らは石垣を昇った
  丘のてっぺんまで
  何日だって何年だってなんてことない
  彼らはみな1本の葡萄の木のように節くれだった
  立派な魂を持っていた
  葡萄の木々は森のなかに蔓を伸ばしている
  ワインはもう作れないだろう
  それはひどくまずい低級ワインだった
  だが百歳の長寿者たちを作り出してきた
  それしかできずに
  ひとを酔わせることはなかったとしても

montagne2.jpg


Pourtant que la montagne est belle
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?

  けれど山はなんて美しいんだ
  どうして思えるんだろう
  ツバメの飛ぶのを見て
  秋が訪れたんだと?

Deux chèvres et puis quelques moutons
Une année bonne et l'autre non
Et sans vacances et sans sorties
Les filles veulent aller au bal
Il n'y a rien de plus normal
Que de vouloir vivre sa vie
Leur vie ils seront flics ou fonctionnaires
De quoi attendre sans s'en faire 注8
Que l'heure de la retraite sonne
Il faut savoir ce que l'on aime
Et rentrer dans son H.L.M. 注9
Manger du poulet aux hormones

  2頭のヤギと何頭かの羊
  1年は良くても別の年はダメで
  ヴァカンスもないし、よそに出かけることもない
  娘たちはダンスホールに行きたがる
  自分の人生を生きたいと望むことくらい
  当然なことはない
  あいつらの生き方としては、警官か公務員になるさ
  なんでまた、のほほんと待つのか
  定年が到来するときを
  きっと自分が何をしたいのか分かってるんだろう
  そして公団に戻り
  ホルモンたっぷりの鶏肉を食うんだろう

montagne1.jpg


Pourtant que la montagne est belle
Comment peut-on s'imaginer
En voyant un vol d'hirondelles
Que l'automne vient d'arriver ?

  けれど山はなんて美しいんだ
  どうして思えるんだろう
  ツバメの飛ぶのを見て
  秋が訪れたんだと?

[注]
1 secretは本義の「秘密」のほかに、複数形で「からくり、仕掛け」の意味がある。formica「合成樹脂積層板」米語の商標名から。ciné=cinéma「映画」ともに「まやかしもの」の意味合い。
2 à propos「都合よく、折よく」
3 Qu'importe…「…はどうでもいい、なんになる」
4 bien né「高貴の生まれの、素性のよい」
5 un pied de vigne「1本の葡萄の木」
6 piquette「ピケット」葡萄の搾りかすを水で薄めて発酵させた家庭用飲料、安ワイン。
7 ここから3行は指摘を受けて訂正した。ilは「ワイン」。à+不定詞は原因や状況を示す。A ne plus que savoir en faireはA ne plus savoir qu'en faireとすべきところを言い換えているようだ。Si…は譲歩の意味を込めた事実の提示。
8 De quoi+inf.「なんで…するのか」。s'en faire「心配する」
9 H.L.M.=habitation à loyer modéré「低家賃住宅、公団住宅」



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2014
09.20

シラキューズSyracuse

Henri Salvador Syracuse

アンリ・サルヴァドールHenri Salvadorは、カイエンヌ(フランス領ギアナ)の生まれで最初ギタリストとして出発したのちに歌手となり、喜劇番組にも出演し、ほんとうに長い長い芸能生活を送り、2008年2月に90歳で亡くなりました。

サルヴァドールの曲は非常にバラエティーに富んでいて、ちょっとおふざけが過ぎるものもあります。例えば、「アンリ・サルヴァドールはふざけるHenri Salvador s'amuse」なんて曲(?)は、最初から最後まで笑いっぱなしで歌ってなんかいません。あまりに面白いので動画を作ってアップしちゃいました



アンリ・サルヴァドールHenri Salvadorの曲は、旧ブログで9曲くらい訳しています。彼が作り他の歌手が歌っている曲も幾つか。名前で検索してみてください。それらを見ていただくと分かりますが、歌詞内容はとても豊かです。

今回、そのうちの1曲をこちらに運んできました。「シラキューズSyracuse」(1962年。作詞:ベルナール・ディメイBernard Dimey、作曲:アンリ・サルヴァドール)です。この曲には8つの地名が出てきますが、それらは、世界遺産に認定された、あるいは暫定リストに載せられた古代からの歴史をもつところばかり。この曲が作られた60年代初めから、歴史的価値のある遺跡や建築物等を国際的な組織運営で守ろうという動きが出始めたといわれますが、世界遺産条約が締結されたのは1972年だし、それぞれの場所が指定されたのはずっと後年。実に、この歌詞はそれを先取りしているのです。老荘思想を思わせるように雄大なというか鳥瞰的な世界がこの短い曲のなかに広がっています。すなわち45歳のときの曲で、「私の若さが失われていく前に そして私の青春が去ってしまう前に…」と、歌詞にありますが、彼の残り半分の人生で、その夢は実現したのでしょうか?



イヴ・モンタンYves Montandが歌っています。



ジャクリーヌ・フランソワJacqueline Françoisとイヴァン・ジュリアンYvan Julien



Syracuse              シラキューズ
Henri Salvador           アンリ・サルヴァドール


J’aimerais tant voir Syracuse
L’île de Pâques et Kairouan
Et les grands oiseaux qui s’amusent
A glisser l’aile sous le vent

  私はぜひとも見たい シラキューズを
  イースター島とケロアンを
  そして風を受けて楽しげに滑空する
  大きな鳥たちを

Syracuse.jpg L’île de Pâques 2 Kairouan.jpg grands oiseaux1


Voir les jardins de Babylone 注1
Et le palais du grand Lama
Rêver des amants de Vérone 注2
Au sommet du Fuji-Yama 注3

  バビロンの庭園を
  そしてダライラマの宮殿を見たい
  富士山の頂上で
  ヴェローナの恋人たちを夢見たい

Babylone.jpg palais du grand Lama Fuji-Yama.jpg Romeo and Juliet



Voir le pays du matin calme 注4
Aller pêcher au cormoran 注5
Et m’enivrer de vin de palme 注6
En écoutant chanter le vent 注7

  朝鮮の国を見たい
  鵜飼に出かけたい
  風の歌を聞きながら
  椰子酒に酩酊したい

matin calme Pecheurs_aux_cormorans.jpg vin de palme


Avant que ma jeunesse s’use
Et que mes printemps soient partis
J’aimerais tant voir Syracuse
Pour m’en souvenir à Paris

  私の若さが失われていく前に
  そして私の青春が去ってしまう前に
  私はぜひともシラキューズを見たい
  パリでそれを思い出すために

Paris1.jpg


[注]
1 les jardins de Babylone世界七不思議の一つ 「バビロンの空中庭園」。紀元前600年頃に新バビロニア王国の王、ネブカドネザル2世が、砂漠の国に輿入れするのを嫌がった王妃アミュティスを慰めるために建造した庭園。紀元前538年のペルシアによる侵略の時に破壊されて今はない。
2 「ヴェローナの恋人たち」とはロメオとジュリエットのこと。
3 「富士山」は本来は、le mont Fujiと表記される。
4 le pays du matin calmeは、「朝鮮」という国名を意味的にとらえて仏訳したものらしい。
5 pêcher au cormoran「鵜飼」もっぱら日本と中国でおこなわれているが、ペルーで、日本の鵜飼いより100年ほど前の5世紀ごろに行われたと思われる鵜飼いの様子を記した土器が発見されたという。
6 vin de palme「椰子酒」はもじどおり椰子で作った酒。インド、東南アジア、アフリカ中部・西部でつくられているが、遠く離れたメキシコやマリアナ諸島にもあるという。
7 chanter le vent「風が歌う」という表現は、シャルル・トレネCharles Trenetの名曲「風歌いChante le vent」を意識したのかと思ったが、トレネの曲は1964年で、シラキューズよりあと。


<世界遺産に認定あるいは暫定リストに載せられた地名>
Syracuseシラキューズ
(仏語読み):古代ギリシャの都市シラクザであったが、現在は、イタリア共和国のシチリア島東岸に位置する都市シラクサ。古代ギリシャ時代の劇場・アポロ神殿・ゼウス神殿などがある。2005年に「シラクサとパンターリカの岩壁墓地遺跡」の名で世界文化遺産に登録。(ニューヨーク州中部にも同名の都市がある)
L’île de Pâquesイースター島:チリ領の太平洋上に位置する火山島。現地語名はラパ・ヌイRapa Nui(「広い大地」という意味)。正式名はパスクア島(西語:Isla de Pascua)で、Pascuaは復活祭を意味する。人面を模したモアイ像で知られる。1995年に世界遺産に登録。

Kairouanケロアン:チュニジアの古都。名前は「キャンプ、キャラバン」を意味するアラビア語のkairuwân,ペルシア語でのKâravânに由来。中世には、マグリブ地方のイスラームの中心地としての重要性から、イスラム世界でマッカ、マディーナに次ぐ第3の聖都となった。1979年に世界遺産に登録。

Babyloneバビロン:メソポタミア地方の古代都市。現在のイラクに位置する。アッカド語のバビリムBab-ilim(神の門)に由来するギリシャ語の名称。旧約聖書創世記では、「バベルの塔」の言い伝えで知られるBabel (語源的に「混乱」を意味する)と表記されていた。二重構造の城壁で囲まれており市域はバグダードの南方約90kmの地点にユーフラテス川をまたいで広がる。50以上の神殿がある。現在見る遺構は、紀元前7世紀に新バビロニアによって大改造されたもの。世界遺産へは、1983年に推薦され、現在も暫定リストに登録されている。

Véroneヴェローナ:イタリア北部の都市。その歴史は先史時代に遡る。中世の町並みにローマ遺跡が残り、円形劇場で知られている。2000年、ヴェローナ市街として、世界遺産(文化遺産)に登録された。

le palais du grand Lamaポタラ宮:チベットの中心地ラサのマルポリの丘の上に十数年をかけて建設された宮殿。13階建て、基部からの総高117m、建築面積にして1万3000㎡という、単体としては世界でも最大級の建築。政治的な執務にあてられた白宮と宗教的な領域である紅宮とがある。ダライ・ラマ13世は、新たにノルブリンカ宮を建て、夏はノルブリンカ、冬はポタラ宮を政府の所在地とした。チベット動乱の後、ダライ・ラマ14世はインドに亡命し、ポタラ宮は主を失った。中国政府はポタラ宮を接収し、現在は博物館として使用されている。1994年、周辺の遺跡と合わせてラサのポタラ宮の歴史的遺跡群として、ユネスコ世界遺産(文化遺産)として登録。2000年にジョカン(トゥルナン寺・大昭寺)が拡大登録。2001年にノルブリンカが拡大登録された。

le Fuji-Yama富士山:1990年代初めから世界遺産への登録運動が行われ、当初は自然遺産登録が検討されていたが、ゴミ問題等で国は推薦を見送っていた。2007年に暫定リストに登録され、2013年(平成25年)6月22日には関連する文化財群とともに「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の名で世界文化遺産に登録された。

Parisパリ:「パリのセーヌ河岸」は、フランスにあるユネスコ世界遺産のひとつ。首都パリを流れるセーヌ川の川岸のうち、中州であるシテ島とサン・ルイ島、および区域内に架かる橋も含み、シュリー橋からイエナ橋までのおよそ8kmほどにある、複数の物件が登録対象となっている。


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2014
09.19

ラ・マドラグLa Madrague

Brigitte Bardot La Madrague


ブリジット・バルドーBrigitte Bardotは、頭文字が B.B.(ベベ)であることから、同じ発音で「赤ん坊」を意味するフランス語 bébéとかけてBBという愛称で呼ばれます。今回は、BBが1963年に歌った「ラ・マドラグLa Madrague」(作詞:Jean-Max Rivière 作曲:Gérard Bourgeois)という曲。とてもすなおな歌い方で好感がもてます。

ラ・マドラグとは、 BB が1960 年代のスター時代に住んでいた、カヌビエ湾Baie des Canebiersを見渡すサン・トロペSaint-Tropezの別荘のこと。そもそもmadragueとはアラビア語由来のプロヴァンス語で、マグロを捕る大謀網を意味します。歌詞には、「エビやカニたちのお祭り」というフレーズが出てきますが、この別荘では、実際に盛大な「お祭り」が開かれ、エビ、カニならぬ、アラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモンド、マニタ・デ・プラタ(フラメンコのギタリスト)などが参加したようです。また、ギュンター・サックスは、ヘリコプターからバラの花びらの雨を降らせて彼女への愛を表現したとか。「百万本のバラ」という歌では、貧乏な画家が全財産をはたいてけなげな行為をし、しかも報われなかったわけですが、ギュンターさんはお金持ちだったようですし、ちゃんと彼女を射止めました。

Madrague6.jpg


BBは1973年に映画界から去り、動物愛護運動家(特に毛皮反対運動・犬の愛護・保護)として活動するようになります。その際、ラ・マドラグを、自分が設立した動物愛護団体に寄付しました。でも、その後も、BBの元別荘ということで、夏の間の観光船のルートの一部になっています。彼女は、自分の死後はここを博物館にして、その収益を動物愛護団体の活動資金に宛てることを考えているそうです。



La Madrague              ラ・マドラグ
Brigitte Bardot             ブリジット・バルドー


Sur la plage abandonnée
Coquillages et crustacés
Qui l'eût cru déplorent la perte de l'été 注1
Qui depuis s'en est allé
On a rangé les vacance
Dans des valises en carton 注2
Et c'est triste quand on pense à la saison
Du soleil et des chansons

  見捨てられた浜辺で
  貝たちやエビやカニたちが
  なんとまぁ 夏の終わりを嘆き悲しんでる
  それ以来、夏は行ってしまった
  人々はヴァカンスを
  段ボールの旅行鞄に片付けたわ
  そして 太陽と歌の
  季節を思うのは悲しいこと

Madrague3 (2)


Pourtant je sais bien l'année prochaine
Tout refleurira nous reviendrons
Mais en attendant je suis en peine 注3
De quitter la mer et ma maison

  でも私には分かっている 来年には
  すべてがまた花開くし 私たちは戻って来るって
  だけどそれまでの間 海と私の家から離れるのは辛いわ

Le mistral va s'habituer 注4
A courir sans les voiliers
Et c'est dans ma chevelure ébouriffée 注5
Qu'il va le plus me manquer
Le soleil mon grand copain
Ne me brulera que de loin
Croyant que nous sommes ensemble un peu fâchés 注6
D'être tous deux séparés

  ミストラルが
  ヨットのいない海に吹くのに慣れようとしている
  でも私の乱れた髪の中に
  吹いてくれなくなることが一番淋しいわ
  私の偉大な友である太陽は
  遠くからしか私を焼いてくれない
  お互いに離れ離れになって
  ともにちょっと気まずいと思ってか

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Le train m'emmènera vers l'automne
Retrouver la ville sous la pluie
Mon chagrin ne sera pour personne 注7
Je le garderai comme un ami

  汽車は私を秋に向かわせ
  雨の降る街へと運ぶ
  私の悲しみは誰にも見せない
  私はそれをお友達にしておくわ

Mais aux premiers jours d'été
Tous les ennuis oubliés
Nous reviendrons faire la fête aux crustacés
De la plage ensoleillée
De la plage ensoleillée
De la plage ensoleillée

  でも夏の初めの日々には
  すべての憂鬱は忘れ去られて
  私たちはエビやカニたちのお祭りをしに戻ってくるわ
  太陽の輝く浜辺での
  太陽の輝く浜辺での
  太陽の輝く浜辺での

Madrague5.jpg


[注]
1 Qui l'eût cruよく使われる表現で、「誰が信じただろう、信じられないことに」。
2 en carton「段ボール製の」旅行鞄が段ボール製とは妙だが、韻を踏むためもあってのことだろう。
3 en attendant 「それまでの間」。être en peine de「…を心配する」。
4 le mistralは、南仏で、冬から春のあいだ、ローヌ川の谷間から海に向かって吹く冷たい北風。
5 次行にかけて、c'est…queの構文。直訳すると、「それ(le mistral)が私に最も欠けることになるのは私の乱れた髪の中だ」。それを意訳した。
6 croyantの主語はle soleil。ensembleは不要な語だが音節数を合わせるために加えられているようだ。fâchéは「怒っている」というより、「気まずく思っている」くらいの意味。
7 être pour personne「誰のためのものでもない」すなわち「誰にも明かさない」。



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2014
09.18

わが心の風車(風の囁き)Les moulins de mon cœur

Amaury Vassili


スティーブ・マクイーンSteve McQueenとフェイ・ダナウェイFaye Dunaway主演の映画「華麗なる賭けThe Thomas Crown affair」(1968年)のなかでノエル・ハリソンNoel Harrisonが歌った「風の囁きWindmills Of Your Mind」は、お聴きになれば、誰しも聴き覚えのある曲だと思われるでしょう。
この曲は、ミッシェル・ルグランMichel Legrandが、モーツァルトMozartの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調」の第2楽章からメロディーを借りて作曲したと言われます。作詞はMarilyn BergmanとAlan Bergman。その後、バーブラ・ストライザンドBarbra Streisandやペチュラ・クラークPetura Clarkなどがカヴァーしています。
そして、エディ・マルネイEddy Marnayがフランス語に翻案した「わが心の風車(風の囁き)Les moulins de mon cœur」(Tous les moulins de mon cœur)も、ミッシェル・ルグラン本人をはじめとして多くの歌手に歌われています。

今回はこの曲を歌う若手の歌手をご紹介いたします。世界最年少のテノール歌手と言われるアモリ・ヴァッシリAmaury Vassiliで、1989年にルーアンで生まれ、現25歳です。14歳でジャック・ブレルJacque BrelのAmsterdamを歌って優勝したのをはじめとしてさまざまなコンクールに出場。2009年に出したファースト・アルバムVinceroが25万枚の売り上げで、順調にプロ・デヴューし、翌10年にセカンド・アルバムCanteroを出し、そのなかにこの曲が収録されています。彼は11年にデュッセルドルフでのユーロヴィジョン・コンクールにフランス代表として出場しましたが、15位に終わっています。去年13年5月に初来日。イケメンのテノール王子は日本でも大人気となりました。今後が大いに期待される歌手です。



ミッシェル・ルグラン本人のピアノ弾き語り




バーブラ・ストライザンドのWindmills Of Your Mind




Les moulins de mon cœur わが心の風車(風の囁き)
Amaury Vassili       アモリ・ヴァッシリ


Comme une pierre que l’on jette
Dans l’eau vive d’un ruisseau
Et qui laisse derrière elle 注1
Des milliers de ronds dans l’eau
Comme un manège de lune 注2
Avec ses chevaux d’étoiles
Comme un anneau de Saturne
Un ballon de carnaval
Comme le chemin de ronde 注3
Que font sans cesse les heures
Le voyage autour du monde
D´un tournesol dans sa fleur
Tu fais tourner de ton nom
Tous les moulins de mon cœur

  まるで小川の流水に投げ込まれ
  無数の水の輪を
  あとに残す石だ
  まるで星の馬たちをともなった
  月の回転木馬だ
  まるで土星の輪だ
  カーニヴァルの風船だ
  まるで時が休みなく辿る
  時計の文字盤だ
  ひまわりの花のなかの
  世界一周だ
  君は君の名で
  僕の心のすべての風車を回す

moulin.jpg


Comme un écheveau de laine
Entre les mains d’un enfant
Ou les mots d’une rengaine
Pris dans les harpes du vent
Comme un tourbillon de neige 注4
Comme un vol de goélands
Sur des forêts de Norvège
Sur des moutons d’océan 
Comme le chemin de ronde
Que font sans cesse les heures
Le voyage autour du monde
D´un tournesol dans sa fleur
Tu fais tourner de ton nom
Tous les moulins de mon cœur

  まるで子どもが両手に掛けた
  1かせの毛糸だ
  あるいは風琴にとらえられた
  はやり歌の文句だ
  まるで吹雪だ
  まるでカモメの飛翔だ
  ノルウェーの森を吹き荒れ
  海の白波を越える  
  まるで時が休みなく辿る
  時計の文字盤だ
  ひまわりの花のなかの
  世界一周だ
  君は君の名で
  僕の心のすべての風車を回す

goéland


Ce jour-là près de la source
Dieu sait ce que tu m’as dit 注5
Mais l’été finit sa course
L´oiseau tomba de son nid
Et voila que sur le sable
Nos pas s’effacent déjà
Et je suis seul à la table
Qui résonne sous mes doigts
Comme un tambourin qui pleure
Sous les gouttes de la pluie
Comme les chansons qui meurent
Aussitôt qu’on les oublie
Et les feuilles de l’automne
Rencontre des ciels moins bleus
Et ton absence leur donne
La couleur de tes cheveux

  あの日 泉のほとりで
  君が僕に言ったことは神様がご存じだ
  だが夏はその道程を終え
  鳥は巣から落ちる
  そしてほら 砂の上の
  僕たちの足跡はもう消える
  そして僕はひとりテーブルにつき
  テーブルは僕の指の下で音を立てる
  まるで雨粒の下で
  泣くタンバリンのように
  まるで忘れられるとすぐに
  消えて行く歌のように
  そして秋の木の葉は
  青みを失った空と出会う
  そして君の不在は
  木の葉に君の髪の色を与える

feuilles.jpg


Une pierre que l’on jette
Dans l’eau vive d’un ruisseau
Et qui laisse derrière elle
Des milliers de ronds dans l’eau
Au vent des quatre saisons
Tu fais tourner de ton nom
Tous les moulins de mon cœur

  小川の流水に投げ込まれ
  無数の水の輪を
  あとに残す石だ
  四季の風を受け
  君は君の名で
  僕の心のすべての風車を回す

[注]
1 elleは1行目のune pierre。
2 un manège de luneは、月の暈(かさ)を回転木馬にたとえ、星がその木馬だと表現している。
3 les heures「時間」がsans cesse「休みなく」 font「辿る」、chemin de ronde「円形の道」とは、「時計の文字盤」のこと。
4 実際は、un tourbillon de neige「吹雪」はsur des forêts de Norvège「ノルウェーの森の上」、un vol de goélands「カモメの飛翔」はsur des moutons d’océan「海の白波の上」というつながり。 
mouton「羊」は複数形で「白波」、「羊雲、綿雲」、「綿ぼこり」の意味に用いられる。
5 Dieu sait…「神様がご存じだ」すなわち「…は絶対間違いない、誓ってもいい」と、「神のみぞ知る」すなわち「…は分からないことだ」の両義があり、ここでは前者。




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2014
09.17

干草の上でCouchés dans le foin

Mireille Couches dans le foin


悲しい曲のあとは、「干草の上でCouchés dans le foin」という楽しい曲です。作詞はJean Nohainで、ミレイユMireille(Mireille Hartuch 1906-1996)が作曲し歌いました。1928年に彼女が作ったオペレッタFouchtraのなかの曲でしたが、ピル&タベPills et Tabet(Jacques Pills et Georges Tabet)のデュオが1932年に歌ってヒットし、その後、ミレイユ自身のほか、シャルル・アズナヴールCharles Aznavourなど多くの歌手が歌いました。

ミレイユは、「あなたが旅立つというので Puisque vous partez en voyage」をジャン・サブロンJean Sablonと歌った歌手。彼女は、1955年からLe Petit Conservatoire de la chanson(「シャンソンの小さな学校」の意味)という番組を持ち (1955年からラジオで、1960年から1974年まではテレビで)、そこでアリス・ドナAlice Dona、セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg、イヴ・デュテイユYves Duteil、フランソワーズ・アルディーFrançoise Hardy、アラン・スーションAlain Souchonら、明日を担う新人歌手を登場させて応援したことでも知られています。

ミレイユ



シャルル・アズナヴール



フランソワーズ・アルディーFrançoise Hardyとジュリアン・クレールJulien Clerc



Couchés dans le foin           干草の上で
Mireille                   ミレイユ


{Refrain:}
Couchés dans le foin
Avec le soleil pour témoin
Un p’tit oiseau qui chante au loin
On se fait des aveux
Et des grands serments et des vœux
On a des brindill’s plein les ch’veux
On s’embrasse et l’on se trémousse
Ah! que la vie est douce douce,
Couchés dans le foin avec le soleil pour témoin.


  お日様に見守られ  
  干草に寝そべって  
  小鳥が遠くでさえずっている
  私たちは愛の告白と
  大きな誓いと求愛を交わす
  私たちは髪を小枝だらけにし
  私たちは抱き合ってもぞもぞする
  ああ!人生はなんてステキなの、
  お日様に見守られ干草に寝そべって

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Il ne faut pas que je vous cache
Que j’eus toujours la sainte horreur des vaches. 注1
Dans ma famille, c’est un tort,
Hélas! le métier de toréador
N’a jamais été notre fort. 注2
J’aimerais mieux qu’on m’injurie,
Qu’on me pende ou qu’on m’expatrie
Plutôt que de toucher un pis, 注3
Un pis de ma vie.
Je suis ainsi, tant pis
Et c’est dommage.
Le fils de la fermière est charmant et on a le même âge 注4
Par bonheur pour les amoureux, 注5
Il est au grand air d’autres jeux 注6
Des jeux que j’aime davantage
Des jeux que j’aime davantage.

  あなたに隠すべきじゃないわ
  私がいつも雄牛をとっても恐がっていたことを。
  私の家ではね、それはいけないことで、
  あーあ!闘牛士の職業は
  けっして私たちには向いていなかった。
  むしろののしられたほうが、
  つるし首になったり国を追い出されたりしたほうがましよ
  牛の胸に触るより、
  つまり私の人生のもっと嫌なことに関わるよりは。
  私はそうなの、しかたないわ
  でも残念なことよ。
  農家の息子は魅力的で私たちは同じ年頃
  恋人たちにとって幸いなことに、
  野外には別の楽しみがあるわ
  私がもっと好きな楽しみが
  私がもっと好きな楽しみが。

{Refrain:}

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Vous connaissez des femmes du monde
Qui jusqu’à quatre-vingts ans restent blondes
Qui sont folles de leur corps. 注7
Pour leurs amours il leur faut des décors
Des tapis, des coussins en or
De la lumière tamisée
Et des tentures irisées
Estompant sous leurs baisers
Des appas trop usés,
Eh bien tant pis,
Mais c’est dommage.
Quand on est vigoureux, quand on aime et qu’on a mon âge
Tous ces décors sont superflus
Les canapés je n’en veux plus
Je ne fais plus l’amour en cage
Gardez, gardez vos éclairages.

  知っているかい、
  80歳まで金髪のままで
  情欲におぼれている世の中の女たちを。
  彼女たちの情事には室内装飾や
  絨毯や金ピカのクッション
  落とした明かり
  虹色の壁紙が必要なのさ
  愛撫のあいだ
  性的魅力の格段の衰えをぼやかすために、
  まあしかたがない、
  だが残念なことだ。
  頑健な年ごろ、愛する時、僕の年ごろには
  こうした装飾は余分だ
  ソファなんて要らない
  檻のなかで愛したりしない
  明かりを点けて、点けておくんだ。


[注] 歌詞は、ミレイユの歌に即した。フランソワーズ・アルディー&ジュリアン・クレールもほぼ同じ。ピル&タベとアズナヴールは、Il ne faut pasの節から歌い始めている。最後の節は彼ら以外は歌っていない(私も自分が歌うとしたら歌わないだろう)。
1 saint(e) (恐怖、反感などが)「非常な、極度の」。闘牛士の家系だが雄牛が怖いという、この節の内容は、男性の場合だと分かりやすいが、女性歌手が歌うと合わないように思える。
2 fort名詞で「長所、得意」などの意味。
3 plutôt que de+inf.「…よりもむしろ…」pis(牛や羊の)「そとばら、乳房」。次行のpisでは、「もっと悪いこと」の意味に変えている。
4 ミレイユとアルディはfils「息子」と歌っているが、ピル&タベとアズナヴールは、fille「娘」と歌っている。
5 par bonheur「幸いにも」
6 Il est=Il y a「…がある」。実主語はd´autres jeux 。grand air「野外、野山」。
7 fou(folle) de son corps「肉欲におぼれた」



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2014
09.16

太陽とそよ風の下でDans le soleil et dans le vent

Dans le soleil et dans le vent


今回は、ナナ・ムスクーリNana Mouskouriの「太陽とそよ風の下でDans le soleil et dans le vent」というとても悲しい歌。この原曲はD. Novkovic作のDie alte Mühle und der Windというドイツ語の歌で、フランス語の歌詞はミッシェル・ジュールダンM. Jourdanが書きました。

ナナは1934年にクレタ島で生まれ、3歳の時に家族でアテネに移り住みました。父親は映写技師で、ナチスへの抵抗運動に携わっていました。彼女は生まれつき声帯の膜が一つしかなく、それが並外れた音域の広さを生み出しているといわれますが、6歳ごろから早くも音楽の才能を示し始めました。12歳の時から歌とピアノと和声を学んだあと、16歳のときからアテネの音楽学校でピアノ科と和声科を専攻。1958年に、アルバイトでジャズを歌ったことが学校にばれて退学させられ、オペラ歌手の夢は閉ざされました。

ナナのレコーディング・キャリアはその1958年に始まります。1962年ジョルジュ・ブラッサンスとオランピア劇場で共演。そして1963年にユーロヴィジョン・コンクールのルクセンブルグ代表として出場し、8位となります。その後、世界中でコンサート・ツアーをおこない、世界中をディスクの市場とします。日本には、1974年に初来日し、中野サンプラザでコンサートを開きました。

歌手活動50年のあいだに、売れたアルバムの総数は3億枚。フォルクローレ、ジャズ、ポップ、クラシック(ヴェルディ、モーツアルト)など、さまざまなジャンルにわたる230以上のゴールド、ダイアモンド、プラティナ・ディスクを記録。1550曲以上も録音していますが、それは、フランス語、英語、ギリシャ語、ドイツ語、オランダ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ヘブライ語、ウェールズ語そして日本語など多くの言語にわたります。

また音楽活動のかたわら、EU議会のギリシャ代表として政治活動を行い、また現在もユニセフの親善大使を務め、平和活動に携わっています。

そして、2007年にパリのオペラ座でお別れコンサートを開き、翌08年のHerode Atticus劇場でのお別れコンサートで、活動の幕を閉じました。

ナナはいつもメガネをかけていて、アンジェラ・アキを思い出させます。逆に、アキがナナ風なのかな。私が愛聴するAn Evening With Belafonte/Mouskouriというライブデュオアルバムがありますが、このツアー時のエピソードで、ハリー・ベラフォンテが、舞台上でメガネを掛けないように注意したところ、ナナはメガネは自分の一部であると主張して、これを拒否し、ベラフォンテが折れたそうです。メガネをかけ、身重でオランピアのステージに立ったこともあるとか。

ハーモニカの伴奏が郷愁を誘い、歌詞の意味を思いながら聴くと、つい涙ぐんでしまいます。



ドイツ語



Dans le soleil et dans le vent              太陽とそよ風の下で
Nana Mouskouri                      ナナ・ムスクーリ


C'est presque l'automne
Les enfant moissonnent
Et j'ai déjà
Rentré le bois 注1
Toi, en uniforme
Avec d'autres hommes,
Très loin d'ici
Tu es parti
Toi qui chantais

  秋はもう間近
  子どもたちは刈り入れをする
  私ももう
  薪を取り込んだわ
  あなたは、軍服姿で
  ほかの男たちといっしょに、
  遠いところへと
  出発した
  この歌を歌っていたあなたは

{Refrain:}
Dans le soleil et dans le vent
Tournant les ailes du vieux moulin
Elles tourneront aussi longtemps
Que nous vivrons main dans la main

  陽の光を浴び 風のなか
  古い風車の羽は回る
  僕たちが手を取り合って生きるあいだ
  羽はずっと回るだろう

mouin5.jpg


Un peu de poussière
Sur la tabatière
Me prouve bien
Que tu es loin
Mais, je crois entendre
Le refrain si tendre
Que l'an dernier
Pour me bercer
Tu me chantais

  煙草入れにうっすら積もった埃で
  私にはよく分かるわ
  あなたは遠いところにいるんだと
  でも、聞こえる気がするの
  去年
  私をなぐさめようと
  あなたが歌ってくれた
  とても優しい歌が

{Refrain}

mouin2.jpg


Ton ami hier
Est rentré de guerre, 注2
Il n'a rien dit
Mais j'ai compris
En voyant ta chaîne
Ton blouson de laine
Que plus jamais
Tu ne viendrais 注3
Me rechanter.

  あなたのお友だちが昨日
  戦場から帰ってきた、
  彼はなにも言わなかったわ
  でも分かったの
  あなたのチェーンや
  ウールの上着を見て
  もうけっして
  あなたが帰ってきて
  また歌を歌ってくれることはないんだと。

{Refrain}

mouin4.jpg


Tournent les ailes dans la lumière
Tourne le temps rien n'a changé
Mais dans mon cœur, depuis hier
Le vieux moulin s'est arrêté ...

  陽の光を浴びて羽は回る
  時は巡りなにも変わっていない
  でもわたしの心のなかでは、昨日から
  古い風車は止まってしまった…

[注]
1 rentrerは他動詞で「(外のものを中へ)取り込む」。 le boisは「森」ではなく、「薪」。「森へ帰る」なら、renter au boisとなる。
2 本来ならde la guerre
3 主文のj'ai comprisに時制を一致させるため、未来を表す表現が条件法の形になっている。




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2014
09.15

私の青春は逃げて行く(もう森へなんか行かない)Ma jeunesse fout l'camp

Michele Arnaud Ma jeunesse fout lcamp


「もう森へなんか行かない」という邦題で知られている曲は、フランスのシンガー・ソングライター、ギイ・ボンタンペッリGuy Bontempelliの作詞・作曲。彼の作った曲は、ジュリエット・グレコJuliette Gréco、ダリダDalida、ニコレッタNicoletta、ブリジット・バルドーBrigitte Bardotほか多くの歌手に歌われています。
この曲は1962年にミッシェル・アルノーMichèle Arnaudが創唱しました。フランソワーズ・アルディーFrançoise Hardyがこの曲を歌ったのは、1967年。TBS系列で放送された山田太一脚本のドラマ「沿線地図」で挿入歌として使われて、日本でも有名になりました。ジャン=クロード・パスカルJean-Claude Pascalものちに歌っています。邦題は原題のMa jeunesse fout l'campに即し「私の青春は逃げて行く」とし、一般に知られている「もう森へなんか行かない」は副題とします。

実は、「私たちはもう森へは行かないNous n'irons plus au bois」という童謡があり、これは18世紀なかばに、グレゴリオ聖歌の「天使のミサLa Messe des Anges」と呼ばれる曲の旋律にJ.A.ポワソンJeanne-Antoinette Poissonすなわちポンパドール夫人Madame de Pompadourが歌詞を付けたものだといわれます。「ダンスにお入んなさい、どんな風にダンスするかごらんなさい、跳んで、踊って、好きな相手にキスなさい。Entrez dans la danse, voyez comm' on danse, Sautez, dansez, embrassez qui vous voudrez.」という歌詞が繰り返され、「森へは行かない」という題名ながらも森で楽しく過ごすといった内容です。

ちなみにクラシック音楽のほうでは、ドビュッシーに、この童謡に基づく曲が4曲ありますが、そのうち特に「忘れられた映像」の第3曲「嫌な天気だから“もう森へは行かない”の諸相」がこの童謡を主題にしています。これは後に「版画」の第3曲「雨の庭」で、同じ主題を用いながら書き改められました。

ポンパドール夫人作の童謡



Ma jeunesse fout l'campでは、それを踏まえ、ほんとうに「森へなんか行かない」と言明するもので、そうした森での楽しみをもう持つことはなく、私の青春は過ぎ去ってしまったと歌います。

フランソワーズ・アルディー



ギイ・ボンタンペッリ自身



ミッシェル・アルノー



以上のなかで私が一番気に入ったアルノーの歌として、歌詞をご紹介しましょう。
彼女は大学で文学・政治学・哲学を学び二つの学士号を持つ知的な歌手で、レオ・フェレLéo Ferré作の「サン・ルイ島L'Île Saint-Louis」でデビュー。何人ものシンガー・ソングライターから曲を提供されて歌ってきましたが、特に、セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgを絵画の道からシャンソンへと転向させるきっかけを与え、ゲンズブールを最初に歌った歌手としても知られています。レジオンドヌール勲章シュヴァリエChevalier de la Légion d'honneurを受賞。

Ma jeunesse fout l'camp     私の青春は逃げて行く(もう森へなんか行かない)
Michèle Arnaud          ミッシェル・アルノー


Ma jeunesse fout l'camp 注1
Tout au long d'un poème 注2
Et d'une rime à l'autre
Elle va bras ballants 注3
Ma jeunesse fout l'camp
A la morte fontaine
Et les coupeurs d'osier
Moissonnent mes vingt ans 注4

  わたしの青春は逃げて行く
  一篇の詩を通って
  ひとつの韻から別の韻へと
  腕をぶらつかせながら
  わたしの青春は逃げて行く
  枯れた泉へと
  そして柳を切る木こりたちが
  わたしの二十年の歳月を刈り取る

forêt


Nous n'irons plus au bois
La chanson du poète
Le refrain de deux sous
Les vers de mirliton 注5
Qu'on chantait en rêvant
Aux garçons de la fête 注6
J'en oublie jusqu'au nom
J'en oublie jusqu'au nom

  わたしたちはもう森へなんか行かない
  詩人の唄を
  安っぽいルフランを
  俗っぽい詩句を
  祭りで会った男の子だちを
  思いながら歌った
  その名前ももう忘れた
  その名前ももう忘れた

Nous n'irons plus au bois
Où sont les violettes  注7
La pluie tombe aujourd'hui
Qui efface nos pas
Les enfants ont pourtant
Des chansons plein la tête
Mais je ne les sais pas 注8
Mais je ne les sais pas

  わたしたちはもう森へなんか行かない
  スミレが咲く森へは
  きょうは雨が降って
  わたしたちの足跡を消す
  でも子供たちは持っている
  歌を頭のなかいっぱいに
  でもわたしはそれを知らない
  でもわたしはそれを知らない

violette.jpg


Ma jeunesse fout l'camp
Sur un air de guitare
Elle sort de moi même
En silence à pas lents
Ma jeunesse fout l'camp
Elle a rompu l'amarre 注9
Elle a dans ses cheveux
Les fleurs de mes vingt ans

  わたしの青春は逃げて行く
  ギターの調べに乗って
  わたしから逃げ出す
  黙ってゆっくりとした足取りで
  わたしの青春は逃げて行く
  きずなを断ち切り
  その髪に
  わたしの二十歳の花を飾って

Nous n'irons plus au bois 注10
Voici venir l'automne
J'attendrai le printemps
En effeuillant l'ennui 注11
Il ne reviendra plus
Et si mon cœur frissonne
C'est que descend la nuit
C'est que descend la nuit

  わたしたちはもう森へなんか行かない
  秋がもうそこに来ている
  わたしは春を待とう
  憂鬱の花びらをむしりながら
  春はもう戻らないわ
  そしてわたしの心が震えるとしたら
  それは夜のとばりが下りるから
  それは夜のとばりが下りるから


effeuiller la marguerite


Nous n'irons plus au bois
Nous n'irons plus ensemble
Ma jeunesse fout l'camp
Au rythme de tes pas 注12
Si tu savais pourtant
Comme elle te ressemble
Mais tu ne le sais pas
Mais tu ne le sais pas

  わたしたちはもう森へなんか行かない
  わたしたちはもういっしょに行かない
  わたしの青春は逃げて行く
  あなたの歩調に合わせて
  だけどあなたが知ってくれたら
  どんなに青春があなたに似ているか
  でもあなたはそれを知らない
  でもあなたはそれを知らない

Ma jeunesse fout l'camp 注13
A la morte fontaine
Et les coupeurs d'osier
Moissonnent mes vingt ans

  わたしの青春は逃げて行く
  枯れた泉へと
  そして柳を切る木こりたちが
  わたしの二十年の歳月を刈り取る

[注]
1 foutre le camp兵隊が野営地を逃げ出すということから、(話し言葉で)「立ち去る、ずらかる」=ficher le camp。
2 tout au long de「…の間ずっと、を通じて」
3 bras ballants「腕を揺らして、腕をだらりとさせて」
4 vingt ans「二十歳」は「青春」の意味でも用いられる。ここでは生きてきた20年間と捉えたほうが意味がつながる。
5 mirliton「小さな管楽器」または「ルイ15世金貨」。de mirliton「俗っぽい、下手な」
6 作詞したボンタンペッリは男性なので、garçons「男の子たち」ではなくfilles「娘たち」と歌っている。chantait aux garçons「男の子たちに歌う」ではなくrêvant aux garçons「男の子たちを思いながら」と判断。
7 ここはアルノーの歌を聴きとって書いたが、この部分を、ボンタンペッリはattendre la violetteと、アルディーはchercher la violetteと歌っている。
8 lesはles enfantsではなくdes chansons。
9 rompre l'amarre=rompre les amarres「繋留索が切れて漂流する」ということから、「関係を断つ」という意味に。
10 アルノーはこの節を歌っていない。
11 effeuiller la marguerite「マーガレットで恋の花占いをする」という成句がある。elle (il) 彼女(彼)は私をm'aime愛している, un peuちょっぴり, beaucoupいっぱい, passionnément熱烈に, à la folie気が狂うほどに, pas du tout全然(愛していない)。…と花びらを1枚ずつむしりながら当てはめていく。マーガレットの代わりにl'ennuiを数えながら「春が戻って来る、戻って来ない」と言いながら春を待つわけか。そしてまた、printempsは「青春」の代名詞でもある。
12 ここで初めて登場する「あなたtu」にelle すなわちma jeunesseが似ているという。ボンタンペッリの男性の立場で考えると、去っていくあなたと去っていく青春が似ているということで理解できるが、そのままアルノーとアルディの歌詞にされているので妙に感じられる。しかし、日本語では名詞の性別がないので、訳してしまえば違和感が解消される。
13 アルノーだけがこの部分を付け足して歌っている。



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2014
09.14

太陽は死んだIl est mort le soleil

Nicoletta2.jpg


ニコレッタNicolettaの「想い出のサン=ジェルマン=デ=プレOù Es-Tu Passé Mon Saint Germain Des Prés」を先に取り上げましたが、今回は彼女の最初のヒット曲、「太陽は死んだIl est mort le soleil」(作詞:Pierre Delanoë、作曲:Hubert Giraud)です。この曲は1967年の最初のアルバムに収録されて大きな反響を生み、1968年にレイ・チャールズRay Charles が非常に気に入って、The Sun Diedと題して英語に翻訳して歌い、1971年にはトム・ジョーンズTom Jones が歌いました。

1971年に発売された日本版アルバムでは、この曲は「太陽が消えた朝」という邦題になっています。また、アルバムのタイトルは、「パリの女豹/ ニコレッタ・デビュー」。たしかに彼女のイメージは「女豹」かもしれませんが…。このアルバムには、原版に入っていない「過ぎさりし恋Je n'pourrai jamais t'oublier」(金子由香利が日本語で歌っている「再会」の原曲)も入っています。



レイ・チャールズ



トム・ジョーンズ



Il est mort le soleil              太陽は死んだ
Nicoletta                     ニコレッタ


Il est mort,
Il est mort, le soleil
Quand tu m’as quittée
Il est mort, l’été
L’amour et le soleil,
C’est pareil.

  死んだ、
  死んだわ、太陽は
  あなたがわたしのもとを去ったとき
  死んだわ、夏も
  恋も太陽も、
  それはおなじもの

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Il est mort,
Il est mort, le soleil
Mais je suis la seule à porter le deuil 注1
Et le jour ne franchit plus mon seuil. 注2

  死んだ、
  死んだわ、太陽は
  わたしひとり喪の悲しみを抱き
  新たな日はもうわたしにはおとずれない。

Hier, la couleur que j’aimais le mieux
C’était la couleur de tes yeux
C’était la couleur de la mer
C’était hier.

  昨日、わたしがいちばん愛した色
  それはあなたの瞳の色
  それは海の色
  それは昨日のことだった。

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Il est mort,
Il est mort, le soleil
L’ombre est sur ma vie,
Dans mon cœur, la pluie
Et mon âme s’habille de gris.

  死んだ、
  死んだわ、太陽は
  わたしの人生に影が差し、
  わたしの心に雨が降り、
  わたしの魂は灰色の衣をまとう。

Hier, on dormait sur le sable chaud
Hier pour nous il faisait beau
Il faisait beau même en hiver 注3
C’était hier

  昨日、わたしたちは熱い砂の上で眠っていた
  昨日は わたしたちにとってはいい天気だった
  冬でもいい天気だった
  それは昨日のことだった

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Il est mort,
Il est mort, le soleil
Quand tu m’as quittée
Il est mort, l’été
L’amour et le soleil,
C’est pareil,
C’est pareil.

  死んだ、
  死んだわ、太陽は
  あなたがわたしのもとを去ったとき
  死んだわ、夏も
  恋も太陽も、
  それはおなじもの、
  それはおなじもの。

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[注]
1 être seul(e) à+inf.「…するただ一人のものである」と同義
2 franchir un seuil「敷居をまたぐ」→「入ってくる、やってくる」
3「夏も恋も太陽もおなじ」だから、「恋」がまだ生きていた昨日は、実際の季節が冬であれなんであれ、自分にとっては、「太陽」が輝いていい天気だし、砂が熱い「夏」なのである。



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2014
09.14

悲しみよこんにちはBonjour tristesse

Tino Rossi Bonjour tristesse


ティノ・ロッシTino Rossiも「悲しみよこんにちはBonjour tristesse」という曲を歌っています。これはジュリエット・グレコの曲とはまったく別物。1955年に、同名のBonjour tristesseという映画に出演しているのでその映画で歌った曲かもしれません。
YouTubeに以前からTino Rossi Bonjour Tristesseとして唯一つ出ているのは、タイトルを間違えているようで、Tristesseという曲です。この曲は<アミカル・ド・シャンソン>で紹介されています。

Bonjour Tristesseの音源を私は持っていたので、急きょ動画を作ってアップしました。



Bonjour tristesse         悲しみよこんにちは
Tino Rossi             ティノ・ロッシ

Bonjour tristesse
Amie des mauvais jours et de mes peines
Le long de ma vie
Mon cœur attend toujours que tu reviennes.

  悲しみよこんにちは
  辛い日々と僕の苦しみのための女友達
  生涯
  僕の心はいつも君が帰ってくるのを待っているよ。

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Bonjour tristesse
Tes yeux ont la couleur des jours de pluie
Couleur de ma peine
Mais tu me tiens quand même compagnie. 注1

  悲しみよこんにちは
  君の目は雨の日の色をしている
  僕の苦しみの色だ
  だがそれでも君は僕に付き添ってくれる

Toi qui sais
Comment mon bel amour s'en est allé
Toi qui sais
Je trouve en moi quelqu'un pour en parler
Quelqu'un qui la connaît.

  君は知っているね
  僕の美しい恋人がどうして行ってしまったか
  君は知っているね
  僕が自分のなかにそのことを話す相手を
  そのことを知っている人を見つけたことを。

Bonjour tristesse
Et les plus mauvais jours de la semaine 注2
Ainsi redeviennent
Les plus jolis dimanches de ma vie.

  悲しみよこんにちは
  週のうちの最悪の日が
  そんなわけで
  僕の人生で一番すてきな日曜日に戻ったんだ。

Tu te rappelles
Le ciel de Provence
Le bal de Provence
Les nuits de Provence
Tu te rappelles
Le ciel immense
La mer immense
Mon rêve immense
Peut-être
Regrettes-tu toi-même
Le temps de nos "Je t'aime"
Peut-être...

  君は思い出すだろう
  プロヴァンスの空を
  プロヴァンスのバーを
  プロヴァンスの夜を
  君は思い出すだろう
  広大な空を
  広大な海を
  広大な僕の夢を
  たぶん
  君自身も心残りだろう
  僕たちが愛の言葉をささやいていた頃が
  たぶん…

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Toi qui sais
Comment mon bel amour s'en est allé
Toi qui sais
Je trouve en moi quelqu'un pour en parler
Quelqu'un qui la connaît.

  君は知っているね
  僕の美しい恋人がどうして行ってしまったか
  君は知っているね
  僕が自分のなかにそのことを話す相手を
  そのことを知っている人を見つけたことを。

Bonjour tristesse
Si tu voyais un peu de nostalgie
Au coeur de ma belle
Demain quand tu viendras
Viens avec elle.

  悲しみよこんにちは
  悲しみよこんにちは
  もしもなにかしらの里心を
  僕の美しい人の心に見出したら
  明日君が来るときに
  あの人を連れてきてよ。

Bonjour tristesse
Demain quand tu viendras
Viens avec elle.

  悲しみよこんにちは
  明日君が来るときに
  あの人を連れてきてよ。

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[注]
1 tenir compagnie à qn.「…に付き添う」。quand même「それでも」が間に入っている。
2 一週間の曜日のなかで、日曜日は、かつては恋人と過ごせて楽しかったが、彼女が去って一番いやな曜日になった。だけど、君がいてくれるようになって、また元通りのすてきな曜日に戻った。…といった意味。



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2014
09.12

悲しみよこんにちはBonjour tristesse

Bonjour tristesse


先に取り上げたジュリエット・グレコJuliette Grécoの「愛すことなくSans vous aimer」は、フランソワーズ・サガンFrançoise Saganが作詞した曲でした。今回のグレコの曲はサガンの小説を元にした、1958年のオットー・プレミンジャーOtto Preminger監督の映画「悲しみよこんにちはBonjour tristesse 」の同名の主題曲(作曲:Georges Auric、英語作詞:Arthur Laurents、仏語作詞:Henri Lemarchand / Jacques Datin)。こちらのほうがよく知られていますね。

この映画のヒロインのセシルはコート・ダジュールの別荘で父親といっしょに夏を過ごしていました。そこへやってきた亡き母の友人のアンヌは聡明な女性で、セシルも彼女が好きだったのですが、彼女が父親と再婚することになり、自分の自由な生活が奪われると懸念したセシルはそれを阻止するために計画を企てます。そこに、父親の軽薄な性格や行き違いなども絡み合った結果、アンヌは自動車事故で命を失ってしまいます。そして、セシルと父親の気楽な生活が戻るというところで映画は終わります。

この曲の歌詞は、セシルの自責の気持ちをあらわしたものですが、映画のなかでも主人公たちがダンスをしているシーンで、グレコがこの歌をステージで英語で歌っています。




フランス語の歌唱の既存の動画は→こちらを開いてYouTubeでご覧ください。

ここで直接開けるものを私も作ってみました。映画の映像に音源をつけましたので、グレコの口の動きと歌が合っていませんがあしからず。



Bonjour tristesse             悲しみよこんにちは
Juliette Gréco               ジュリエット・グレコ


Depuis qu'on est ensemble 注1
Tu viens chaque matin
Me donner la première caresse
Bonjour tristesse. 注2

  いっしょに暮らし始めてこのかた
  おまえは毎朝やってくる
  わたしに最初の愛撫をしに
  悲しみよこんにちは。

Amie qui me ressembles
Tu es le seul miroir
Où je peux contempler ma jeunesse
Bonjour tristesse.

  わたしに似た女友達
  おまえは わたしが自分の未熟さを映し出して見ることのできる
  唯一の鏡
  悲しみよこんにちは。

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Tu sais le secret de ma peine
Car c'est toi qui l'as bercé
Et s'il faut que je me souvienne
Tu viens poser ta main sur la mienne
Et toi tu n'oublies jamais

  おまえはわたしの苦悩の秘密を知っている
  だって それを育んだのがおまえなんだから
  わたしが思い出さなきゃならないなら
  おまえはわたしの手にその手を置きに来る
  そしておまえは決して忘れない

Depuis qu'on est ensemble
Tu es mon seul amour 注3
J'ai trop de faiblesse
Pour te quitter
Ma tristesse

  いっしょに暮らし始めてこのかた
  おまえはわたしのただ一人の愛する人
  おまえから離れるには
  わたしはあまりにも頼りない
  わたしの悲しみよ

Bonjour tristesse


Depuis qu'on est ensemble
Tu es mon seul amour
Et j'ai trop de faiblesse
Pour te quitter
Ma tristesse.

  いっしょに暮らし始めてこのかた
  おまえはわたしのただ一人の愛する人
  そして おまえから離れるには
  わたしはあまりにも頼りない
  わたしの悲しみよ。

[注]
1 être ensemble「一緒に暮らしている、同棲している」
2 tristesseは擬人化され、呼びかけの相手なので、冠詞がない。
3 amourは「愛、恋」が本義で、mon amourは、恋人、妻・夫などの呼称に用いられるが、tristesseは女性名詞で、先にamie「女友達」とも呼んでおり、同性なので「恋人」とはせず「愛する人」とした。



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2014
09.11

秋がやってきたからÀ la faveur de l'automne

tete.jpg


秋がやってきたから、「秋がやってきたからÀ la faveur de l'automne」という曲を。
セネガルに生まれフランスに移住した、黒人シンガー・ソングライターのテテTétéの曲。Tétéとはウォロフ語で「導師」の意味だそうです。地下鉄の駅、街頭やバーなどでライブを重ねてきましたが、2004年、この曲がヴィクトワール賞にノミネートされ、一躍有名になりました。日本でも、同年6月、NHK 教育テレビのフランス語会話でテテが紹介され、同番組で翌年4月から1年間、オープニングおよびエンディング曲に彼の曲が用いられて、なじみのある歌手となりました。

秋は失恋の季節。そのルートは、「枯葉Les feuilles mortes」、さらにはヴェルレーヌPaul Marie Verlaineに遡るのでしょうか。この曲は、「行かないでNe me quitte pas」同様、失恋しかかってるきわきわの状態をあらわしていて、磨き抜かれた歌詞と独特の歌い方で、とても魅力的なシャンソンになっています。聴くたびに涙ぐんでしまうという人も多いようです。



À la faveur de l'automne 秋がやってきたから
Tété              テテ


Posté devant la fenêtre
Je guette
Les âmes esseulées
A la faveur de l'automne 注1

  窓辺に陣どって
  僕はうかがう
  一人寂しい人がいやしないかと
  秋がやってきたから

Posté devant la fenêtre
Je regrette
De n'y avoir songé 注2
Maintenant que tu m'abandonnes 注3

  窓辺に陣どって
  僕は悔やむ
  そんなことは思いもしてなかったと
  君が僕を捨てる今

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A la faveur de l'automne
Revient cette douce mélancolie

  秋がやってきたから
  この甘い憂鬱が戻ってくる

Un, deux, trois, quatre
Un peu comme on fredonne
De vieilles mélodies

  アン、ドゥ、トロワ、カトル
  古いメロディーを
  ちょっと口ずさむみたいにして

Rivé devant le téléphone
J'attends 注4
Que tu daignes m'appeler
Que tu te décides enfin

  電話機の前にくぎ付けになって
  僕は待つ
  君が僕に電話してきてくれるかと
  君がやっとその気になってくれるかと

telephone.jpg


Toi, tes allures de garçonne
Rompiez un peu la monotonie 注5
De mes journées de mes nuits

  君は、君の男の子のような態度は
  僕の昼と夜の
  単調さを消してくれていた

A la faveur de l'automne
Revient cette douce mélancolie

  秋がやってきたから
  この甘い憂鬱が戻ってくる

Un, deux, trois, quatre
Un peu comme on fredonne
De vieilles mélodies

  アン、ドゥ、トロワ、カトル
  古いメロディーを
  ちょっと口ずさむみたいにして

automne3.jpg


A la faveur de l'automne
Tu redonnes
A ma mélancolie
Ses couleurs de super-scopitone 注6
A la faveur de l'automne
A la faveur de l'automne
A la faveur de l'automne

  秋がやってきたから
  君は僕の憂鬱に
  ジューク・ボックスの色彩を
  再び与えてくれる
  秋がやってきたから
  秋がやってきたから
  秋がやってきたから 

Comment ai-je pu seulement
Etre aussi bête ?
On m'avait prévenu
Voici la vérité nue

  どうして僕は
  あんなにバカになれたんだろう?
  誰かが僕に予告していたよな
  これが現実そのものなんだ

Manquerait
Plus que le mauvais temps
S'y mette,  注7
Une goutte de pluie et
J'aurais vraiment tout perdu 注8

  これで
  悪天候にでも
  なったら最悪だよ、
  雨のひと粒でも降ろうものなら
  僕はすべてを失ってしまう  

automne4.jpg


A la faveur de l'automne
Revient cette douce mélancolie

  秋がやってきたから
  この甘い憂鬱が戻ってくる

Un, deux, trois, quatre
Un peu comme on fredonne
De vieilles mélodies

  アン、ドゥ、トロワ、カトル
  古いメロディーを
  ちょっと口ずさむみたいにして

A la faveur de l'automne
Tu redonnes
A ma mélancolie
Ses couleurs de super-scopitone
A la faveur de l'automne
mmmmmm
A la faveur de l'automne
mmmmm

  秋がやってきたから
  君は僕の憂鬱に
  ジューク・ボックスの色彩を
  再び与えてくれる
  秋がやってきたから
  
  秋がやってきたから

  
[注] 題名を「秋に味方して」と訳している人もあるようだが、 à la faveur de~は、「~のお蔭で」といった意味。ここでは、もっと軽い訳語がふさわしく、日本版のCDに付けられたタイトル「秋がやってきたから」を採用した。
1 posterという他動詞には「(郵便物を)投函する」と「配置する、部署につける」の二つの意味がある。ここでは、後者の過去分詞で、「位置している」状態を示す。
2 yは「君が僕を捨てる」ことを暗に指している。
3 tu abandonnesと歌っている時もあるようだが、abandonnerは他動詞なので、meを入れたほうを選択した。
4 attendre+sub.は、ここでは「…を待つ」というより「…を期待する」という意味合いであろう。
5 toi+tes allures de garçonne=vous ということで、rompiezが二人称複数形になる。
6 super-scopitoneは昔流行った、カラー映像付きのジューク・ボックス。
7 Il ne manquerait(条件法) plus que~という常套表現で、「これ以上悪いことがあるとしたら~しかない」すなわち、「これで~でもあったら最悪だ」という意味。~の部分は、ここではle mauvais temps s'y metteという接続法の表現になっているが、名詞が入ることもある。
8 J'aurais vraiment tout perduの条件法過去は完了をマークし、未来に位置する。une goutte de pluieが、siによる条件提示の代わりとなっている。


super-scopitone.jpg

カラー映像付きのジューク・ボックスsuper-scopitone



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2014
09.11

故郷の九月C'est en septembre

Gilbert Bécaud Cest en septembre


ジルベール・ベコーGilbert Bécaudは1927年、フランスのトゥーロンで生まれ、幼少時よりピアノを学んでいました。第2次大戦後に作詞・作曲も始め、エディット・ピアフÉdith Piafに出会った後に、彼女の勧めにより自ら歌うようになりました。
パリのオランピア劇場で33回も公演し、紺地に水玉模様のネクタイがトレードマークで、「ムッシュ10万ボルト」とあだ名されました。最も知られるヒット曲は「ナタリー Nathalie」と「そして今はEt Maintenant」。ベコーは、会場内の観客からの死角ができないよう、ピアノの1本の足を切って改造し、常に僅かに傾いている状態のピアノで演奏したそうです。
彼は俳優でもあり、多くの映画にも出演しています。
2001年に74歳で亡くなり、ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。

「故郷の九月C'est en septembre」は、ジルベール・ベコーGilbert Bécaudがアメリカのシンガー・ソングライター、ニール・ダイアモンドNeil Diamondとの共作で1978年に発表した曲。ベコーがフランス語で録音した2年後にニールが英語のSeptember mornを録音。原題は「それは9月のこと」という意味ですが、一般的な邦題を採用します。
先日、バルバラBarbaraの「9月(なんと美しい季節)Septembre(Quel joli temps)」をご紹介しましたが、それと甲乙つけがたい美しい曲です。



ニール・ダイアモンドの英語の曲
めったさんのブログ、「めったPOPS」に、歌詞と邦訳が出ていますので参照ください。こちらは、膨大な数の英語の曲を訳されていますので、今後、シャンソンの英語版、あるいは英語の曲のフランス語翻案などの際にまた参照させていただけるようお願いしてあります。強い味方です。



C'est en septembre              故郷の九月
Gilbert Bécaud                 ジルベール・ベコー


Les oliviers baissent les bras
Les raisins rougissent du nez
Et le sable est devenu froid
Au blanc soleil
Maitres baigneurs et saisonniers
Retournent à leurs vrais métiers
Et les santons seront sculptés 注1
Avant Noël

  オリーヴの木が腕を垂れ
  ブドウは鼻を赤くする
  そして白い太陽のもと
  砂は冷たくなった
  水泳コーチと夏のアルバイトの人たちは
  自分たちの本業にもどる
  そしてサントン人形が彫られるだろう
  クリスマスまでには

9-5.jpg


C´est en septembre
Quand les voiliers sont dévoilés
Et que la plage tremble sous l´ombre
D´un automne débronzé
C´est en septembre
Que l´on peut vivre pour de vrai 注2

  それは9月だ
  ヨットが帆をおろすのは
  日焼けの癒えた秋が落とす
  影の下で浜辺が身震いするのは
  それは9月だ
  ひとがマジに生きることができるのは

En été mon pays à moi
En été c´est n´importe quoi
Les caravanes le camping-gaz
Au grand soleil
La grande foire aux illusions
Les slips trop courts, les shorts trop longs
Les Hollandaises et leurs melons 注3
De Cavaillon

  夏には、僕の故郷は
  夏には、なんでもありだ
  キャンピングカーだのキャンプ用のガスコンロだの
  輝く太陽のもとでの
  幻想の一大イベントだ
  短かすぎるスリップだの、長すぎる短パンだの
  オランダ人の女たちと彼女たちの
  カヴァイヨン産のデカいメロンだの

9-2.jpg


C´est en septembre
Quand l´été remet ses souliers
Et que la plage est comme un ventre
Que personne n´a touché
C´est en septembre
Que mon pays peut respirer

  それは9月だ
  夏が靴をまた履くのは
  そして浜辺が
  誰も触っていないお腹のようになるのは
  それは9月だ
  僕の故郷がひと息つくことができるのは

Pays de mes jeunes années
Là où mon père est enterré
Mon école était chauffée
Au grand soleil
Au mois de mai, moi je m´en vais
Et je te laisse aux étrangers 注4
Pour aller faire l´étranger moi-même
Sous d´autres ciels

  僕が若い頃に過ごした故郷
  そこに父は埋められている
  僕の学校は熱せられていた
  輝く太陽に
  5月に、僕は去った
  そして僕はおまえをよそ者たちに委ねた
  他の地に
  僕自身をよそ者にしに行くために

Mais en septembre
Quand je reviens où je suis né
Et que ma plage me reconnaît
Ouvre des bras de fiancée
C´est en septembre
Que je me fais la bonne année

  だが9月なんだ
  僕が生まれ故郷に戻るのは
  そして僕を覚えていた浜辺が
  フィアンセのような腕を拡げてくれるのは
  それは9月だ
  自分に新年おめでとうを言うのは

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C´est en septembre
Que je m´endors sous l´olivier

  それは9月だ
  僕がオリーヴの木の下で眠るのは

[注]
1 santon「サントン人形」おもにプロヴァンス地方で、クリスマスにキリスト誕生場面の模型に飾られる土製の小さな彩色人形(↓下図)。
2 pour de vrai「本当に、本気で」
3 leurs melonsは暗にオッパイのことを言っていて、ベコーはステージではジェスチャーでそれを表現する。カヴァイヨンCavaillonはメロンの産地として有名。写真は本物のカヴァイヨン産メロン。
4 teはpays「故郷」のこと。étrangersは、ヴァカンスにやって来る人々のこと。自分は彼らと入れ替わりにその時期に他の地によそ者として出稼ぎに行く。

9-4.jpg

サントン人形



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2014
09.11

ケネディ・ローズKennedy Rose

Patricia Kass Kennedy rose


パトリシア・カースPatricia Kassの「ケネディ・ローズKennedy Rose」は、アメリカ合衆国の35代大統領ジョン・F・ケネディーおよび第64代司法長官ロバート・ケネディの母親で慈善家のローズ・ケネディRose Elizabeth Fitzgerald Kennedyに捧げられた曲。

彼女は1890年に生まれ、9人の子供を生み育て、1995年に亡くなりました。ジョンとロバートはともに暗殺され、娘のロ-ズマリーは精神状態に問題があるということでロボトミー手術を受けたために精神が幼児化し、施設の中で一生を終えたといわれます。末娘のジーン・アンは存命ながら、ほかの兄弟4人も不慮の死を遂げています。
「ケネディ家の呪いKennedy tragedies」などという言葉もあり、そうしたタイトルの本も出版されているそうですが、いずれにせよ、諸々の悲しみを超えて104歳まで生きたローズは並大抵の女性ではなかったのでしょう。

この曲は、作詞:Élisabeth Depardieu(俳優のGérard Depardieuの妻)、作曲:Didier Barbelivien, François Bernheim、編曲:J.Y. D'Angelo, K. Rustamで、1990年のアルバムScène de vieに収録されています。



Kennedy Rose                 ケネディ・ローズ
Patricia Kass                 パトリシア・カース


[Refrain]
Je suis pas comme Rose Kennedy
J´voudrais pas qu´mes fils chéris
Deviennent plus tard quelle folie
Présidents des Etats Unis

  私はローズ・ケネディみたいじゃない
  私は望まない 自分の息子が
  とんでもないことに
  のちに合衆国の大統領になるなんて

Elle s´appelait Kennedy Rose
Mais dites-moi quelle métamorphose
A fait d´une si jolie fille rose 注1
Une dame pour qui ses fils osent
De toute leur vie faire un défi
De toute leur vie faire un défi

  彼女はケネディ・ローズという名前だった
  でもいったい どんな変容が
  ひとりのとてもかわいいバラ色の娘を
  こんな女性にしたの
  彼女のためにその息子たちが全人生かけて挑戦を敢行する
  全人生かけて挑戦を敢行するような

Kennedy Rose1


[Refrain]

Rose Rose
Mais quelle est la cause
Il a dû se passer quelque chose 注2

  ローズ ローズ
  だがどういうわけだろう
  何かが起こったにちがいなかった

Elle s´appelait Kennedy Rose
C´était une jolie p´tite fille rose
Ses fils chéris de l´Amérique
Auraient pu faire de la musique
Des sciences ou des mathématiques
Au lieu de n´être que défis

  彼女はケネディ・ローズという名前だった
  とてもかわいい小さなバラ色の娘だった
  その大切なアメリカの息子たちは
  音楽をやることだってできただろう
  科学をあるいは数学を
  挑戦でしかなかったことのかわりに

Kennedy Rose2


[Refrain]

[注]
1 faire+A+de+B「BをAにする」。大文字のRoseは名前だが、このroseは「ばら色の」の意味の形容詞。
2 devoirは「…しなければならない」「必ず…する」の意味もあるが「…に違いない」だと判断した。過去分詞はduだが、de+leのduと区別するために男性単数のみdûと綴る。非人称のil+動詞+名詞の形。意味上の主語はquelque chose。




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2014
09.10

愛すことなくSans vous aimer

Juliette Gréco chante Françoise Sagan


前回に続き、この季節に相応しい曲をもうひとつご紹介しましょう。
ジュリエット・グレコ Juliette Grécoが「比べものがないほど強い歌だ」と評している「愛すことなくSans vous aimer」です。

作家のフランソワーズ・サガンFrançoise Saganがグレコ に4曲のシャンソンの歌詞を捧げました。それらは、1957年に、「ジュリエット・グレコ、フランソワーズ・サガンを歌うJuliette Gréco Chante Françoise Sagan」というアルバムに収録されました。そのうちの1曲です

なお、サガンの小説をもとにした映画の主題曲、グレコの歌う「悲しみよこんにちはBonjour Tristesse」は近々取り上げます。

私はこの曲にとても惹かれます。朝目覚めるときにふと歌詞が心に浮かんでくるほどに…。1年くらいはかける覚悟で取り組んでみたいと思います。



Sans vous aimer             愛すことなく
Juliette Gréco              ジュリエット・グレコ


Sans vous aimer
Sans l’avoir jamais pu
Je m’en vais oublier cet été
Vous et l’été
À jamais disparus
Leur mémoire va bientôt s’effacer

  あなたを愛すことなく
  それがけっしてできないまま
  わたしはこの夏を忘れていく
  永遠に過ぎ去った
  あなたと夏
  その想い出はまもなく消えゆく

Sagan1.jpg


{Refrain:}
Tes mots du soleil
Et tes mots de la nuit
Reviennent assourdis
Et l’automne en sourit
Toujours, toujours
Je n’aime que toi
Prends-moi, prends-moi
Prends-moi dans tes bras
Je n’aime que toi
Ne me quitte pas

  陽の光に満ちたあなたの言葉
  そしてあなたの夜の言葉が
  かすかによみがえる
  そして秋はそれをあざ笑う
  いつまでも、いつまでも
  わたしはあなたしか愛さない
  抱いて、抱いて
  抱いてあなたの腕のなかに
  わたしはあなたしか愛さない
  行かないで

Sans vous aimer
Je suis seule et déçue
Vous m’aimiez, et l’été me brûlait
Et dans l’allée
Où l’hiver revenu
Me fait trop ces brûlures regretter

  あなたを愛すことなく
  わたしはひとりぼっちで沈み込む
  あなたはわたしを愛し、夏はわたしを焦がした
  そして小径におとずれた冬は
  かつての火傷を悔やませた

Sagan2.jpg


{au Refrain}

Sans vous aimer
Je n’ai jamais rien cru
De ces mots, de vos lents baisers
Et si jamais votre cœur l’eut voulu
Oubliez, oubliez cet été

  あなたを愛すことなく
  あなたの言葉も、あなたの長い口づけも
  わたしはけっして信じなかった
  だからあなたの心がかつてそれを望んだのだとしても
  忘れて、この夏を忘れて

{au Refrain}

Sagan3.jpg

3枚の写真は、サガンとグレコ


[注] タイトルのSans vous aimerは「契らず」にという邦題がもともと付けられていた。言葉の響きがいいので、最初それに引きずられて訳したが、aimerの本義に立ち戻り、訳し直した。心を開くことができなかったのだと解釈し直して。



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2014
09.09

雲Nuages

Lucienne Delyle Nuages


リュシエンヌ・ドリールLucienne Delyleが歌う「雲Nuages」は、1940年にジャンゴ・ラインハルトDjango Reinhardtが作曲した曲で、ジャック・ラリュJacques Larueが作詞しました。ラインハルトはgypsy swingと言われる、フランス在住ジプシーによるジャズの創始者で、この曲も、形容しがたい独特の魅力を持っています。
イヴ・モンタンYves Montand、ローラ・フィジーLaura Figyも歌っています。

ジャンゴ・ラインハルト



リュシエンヌ・ドリールの動画は私が作成しました。



そしてついでながら恥ずかしながら私の歌です。FM小金井に出演した時に歌ったもの。とても狭いスタジオで初めてのラジオ番組収録の経験でしたから、ちょっとかしこまった歌い方になってしまいました。また歌い直したいです。



Nuages                  雲
Lucienne Delyle              リュシエンヌ・ドリール


Lentement dans le soir
Le train s’en va
Sur le quai son mouchoir
S’enfuit déjà
Dans la glace comme un songe
Le mur gris de sa maison
Sous le jour qui s’allonge 注1
S’estompe à l’horizon
Un nuage s’étire 注2
Sur son toit bleu
En passant il semble dire
Un triste adieu
Et tout ce que j’aimais
Lorsque le train vire
Dans un flot de fumée
S’efface à jamais

  夕暮れのなかをゆっくりと
  列車は去っていく
  プラットホームの彼のハンカチは
  もう消えた
  車窓にまぼろしのように映る
  彼の家の灰色の壁が
  傾いた陽の光のもとで
  地平線にかすむ
  家の青い屋根に
  雲がたなびく
  過ぎ去りながら雲は
  悲しいさよならを告げているようだ
  そしてわたしが愛したものはみな
  列車が向きを変えると
  煙のなかに
  永遠に消え去る

maison2.jpg


Le cœur rempli de fièvre un jour
Croyant trouver l’amour
On fait un beau rêve
Mais l’orage emporte votre bonheur
Et le beau roman s’achève
Et serrant votre cœur 注3

  熱い想いに胸ふくらませ
  いつの日か愛を見つけると信じて
  ひとは美しい夢を抱く
  だが雷雨がしあわせを持ち去り
  美しい物語は終わりを告げる
  胸を締める想いを残して

Lentement dans le soir 注4
Un train s’en va
Sur le quai un mouchoir
S’enfuit déjà
Dans la glace comme un songe
Le mur gris d’une maison
Sous le jour qui s’allonge
S’estompe à l’horizon
Un nuage s’étire
Sur un toit bleu
En passant il semble dire
Un triste adieu
Et tout ce qu’on aimait
Lorsque le train vire
Dans un flot de fumée
S’efface à jamais

  夕暮れのなかをゆっくりと
  列車は去っていく
  プラットホームのハンカチは
  もう消えた
  車窓にまぼろしのように見える
  家の灰色の壁が
  傾いた陽の光のもとで
  地平線にかすむ
  家の青い屋根に
  雲がたなびく
  過ぎ去りながら雲は
  悲しいさよならを告げているようだ
  そしてひとが愛したものはみな
  列車が向きを変えると
  煙のなかに
  永遠に消え去る

train.jpg


[注]
1 jourを主語にして「(時間的に)日が長くなる」と言う場合は自動詞のallongerを用いる。ここもjourが主語だが題名動詞s’allongerを用いていて、「(空間的に)長くなる、伸びる」の意味で太陽の位置を言っているととらえた。
2 この行と次の行は、歌詞サイトから引用した歌詞には抜けている。歌を聴いて判断した。主役の「雲」が登場するところはここだけであり、非常に大切な部分だと思うが…。nuageはここでは単数形だが原題は複数形。
3 現在分詞の用い方がちょっと不思議だが、同時性というより結果を示すと判断される。votreはvous(不特定な人を指す)の代わりに用いられたonを受けている。
4 この節は、冒頭の節を繰り返すようでありながら、代名詞が変えられ、私と彼の話が普遍的な物語に変わっている。ここも、歌を聴いて判断した。作成した動画でも、そうしたニュアンスで画像の置き方を変えてみた。



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2014
09.08

9月(なんと美しい季節)Septembre (Quel joli temps)

Barbara Le mal de vivre


一雨ごとに涼しさが増してきます。目を閉じて虫の音が心に沁みるのをゆっくり味わう喜びはこの季節ならではのもの。
バルバラBarbaraの歌う美しい曲「9月(なんと美しい季節)Septembre (Quel joli temps)」を前のブログから運んできましょう。埃をはらいちょっとお化粧直しして。

9月になったら歌おうと毎年のように思いつつ、今年もその機会を逸してしまいそう。簡単そうに見えて、バルバラらしく何度も転調するのでちょっと難しい曲です。



この曲は、1964年のLe mal de vivreというアルバムに収録されています。

Septembre (Quel joli temps)         9月(なんと美しい季節)
Barbara                     バルバラ


Jamais la fin d'été n'avait paru si belle.
Les vignes de l'année auront de beaux raisins.
On voit se rassembler, déjà les hirondelles 注1
Mais il faut se quitter.
Pourtant, l'on s'aimait bien.

  夏の終りがこんなに美しく思えたことはなかったわ。
  今年の葡萄の木は美しい葡萄を実らせることでしょう。
  ツバメたちがもう集まってきている
  けれどお別れしなければならない。
  だけど、私たちとても愛し合っていたわね。

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Quel joli temps pour se dire au revoir. 注2
Quel joli soir pour jouer ses vingt ans. 注3
Sur la fumée des cigarettes,
L'amour s'en va, mon cœur s'arrête.
Quel joli temps pour se dire au revoir.
Quel joli soir pour jouer ses vingt ans.

  なんと美しい季節に別れの言葉を交わすの。
  なんと美しい夜に青春を愉しむの。
  煙草の煙に乗って、
  恋は去って行き、私の心は留まる。
  なんと美しい季節に別れの言葉を交わすの。
  なんと美しい夜に青春を愉しむの。

Les fleurs portent déjà les couleurs de Septembre
Et l'on entend, de loin, s'annoncer les bateaux. 注4
Beau temps pour un chagrin que ce temps couleur d'ombre. 注5
Je reste sur le quai, mon amour.
A bientôt.

  花々はもう9月の色を帯びている
  そして、遠くで、船の汽笛が聞こえる
  悲しみに相応しい季節 なんと影の色を帯びた季節なの。
  私は桟橋に残る、愛するあなた。
  また近いうちにね。

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Quel joli temps, mon amour, au revoir.
Quel joli soir pour jouer ces vingt ans.
Sur la fumée des cigarettes,
L'amour nous reviendra peut-être.
Peut-être un soir, au détour d'un printemps. 注6
Ah quel joli temps, le temps de se revoir.

  どんなに美しい季節かしら、愛するあなた、さようなら。
  どんな美しい夜にこの青春を愉しむのかしら。
  煙草の煙に乗って、
  恋は私たちに戻って来るわきっと。
  きっとある夜、春がめぐって来たら。
  ああどんなに美しい季節かしら、再会の時は。

Jamais les fleurs de Mai n'auront paru si belles. 注7
Les vignes de l'année auront de beaux raisins.
Quand tu me reviendras, avec les hirondelles,
Car tu me reviendras, mon amour, à demain... 注8

  5月の花々は今までになく美しく思えることでしょう。
  今年の葡萄の木は美しい葡萄を実らせることでしょう。
  あなたが私のもとに戻ってきたら、ツバメたちとともに、
  だって、あなたが私のもとに戻ってくるのよ、愛するあなた、もうすぐ…

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[注]
1 les hirondelles 「ツバメたち」がdéjà「すでに」se rassembler「集まる」のをon voit「ひと (私たち)は見る」。
2 Quel はここでは感嘆を示す。後の節では、未来を予想する内容なので疑問の意味合いになる。
3 nousの意味でonを用いているので、ses vingt ans=nos vingt ans。4節目では、同じ発音ながらニュアンスを変えてces vingt ansとなっている。これを予定してsesを用いているようだ。
4 s'annoncerは、通常は到着を知らせることを言うので、彼が乗るはずの船が着いたのか。
5 beauは「美しい」ではなく「マッチした」といった意味合いであろう。tempsはここも「季節」としたが、「天候」という訳語も可能だろう。
6 au détour de「…を回って、の曲がり角で」。ここでは、「春になったらいつか」といった不確定で不特定な表現。
7 前未来形で、あなたが戻って来るという未来の時点を起点としての表現。
8 demainは「明日」というより「近い未来」の意味。



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2014
09.07

私は知らないLa question

Françoise Hardy La question


フランソワーズ・アルディーFrançoise HardyのLa questionは1971年にリリースされた彼女の11番目のアルバム。ブラジルの女流ギタリスト、トゥーカTucaのギター伴奏で歌っている曲はすべて素晴らしいです。

アルバムの12曲すべてが入っている動画です。



このアルバムは「私の詩集Un Recueil De Mes Poésies」というタイトルで1979年に日本でも発売されました。

元のアルバムのタイトルとなっている曲「私は知らないLa question」をまず取り上げましょう。作詞アルディー自身、作曲はトゥーカ。題を「問い」とストレートに訳そうと思いましたが、日本のアルバムの邦題に合わせることにしました.



La question            私は知らない
Françoise Hardy            フランソワーズ・アルディー


je ne sais pas qui tu peux être     あなたがいったい誰なのか知らない

je ne sais pas qui tu espères     あなたが誰を求めているのか知らない

je cherche toujours à te connaître     いつもあなたのことを知ろうとしているわ

et ton silence trouble mon silence     するとあなたの沈黙が私の静寂をかき乱す

je ne sais pas d´où vient le mensonge     その嘘がどこから来たのか知らない

est-ce de ta voix qui se tait     黙ってしまったあなたの声からなの

les mondes où malgré moi je plonge     私がいやいやながら入り込む世界は

sont comme un tunnel qui m´effraie    私を怯えさせるトンネルのよう

de ta distance à la mienne     あなたと私との隔たりのうちに

on se perd bien trop souvent     私たちはしばしばたがいを見失う

et chercher à te comprendre     そしてあなたを理解しようとすること

c´est courir après le vent     それは風を追いかけて走ること

je ne sais pas pourquoi je reste     なぜ私はとどまっているのかしら

dans une mer où je me noie     この身を溺れさせる海になかに

je ne sais pas pourquoi je reste     なぜ私はとどまっているのかしら

dans un air qui m´étouffera     私の息を詰まらせるこの空気のなかに

tu es le sang de ma blessure     あなたは私の傷口から流れる血 注1

tu es le feu de ma brûlure    あなたは私を火傷させる炎

tu es ma question sans réponse   あなたは答えの返って来ないわたしの問い

mon cri muet et mon silence   わたしの声にならない叫びそしてわたしの沈黙

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[注] 今回は、1行ずつの対訳とした。
1 この行と次行は、「…の…」という形は同じだが、二つの語の関係はまったく異なる。その関係を補って意訳した。




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2014
09.06

明日7日、歌会があります!

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明日9月7日14時から、大久保の「シャンソン未来」で《アミカル・ド・シャンソン》の歌会があります。
《アミカル・ド・シャンソン》へのお誘いのページを参照ください。

17人がフランス語のシャンソン33曲と英語の曲1曲を歌います。ピアノ伴奏はアニエス晶子さん。
2ステージで4時半までに終了の予定。

曲目は、
A Paris / Viens à Saint Germain / Une petite cantate / Quoi / Baby alone in Babylon / Baudelaire / Sous le soleil exactement / L'ultima Carmen / Señor / Si / Luna rossa / Les yeux fermés / Garde-moi la dernière danse / Mes mains / L’amour, c’est pour rien / Quand on a que l'amour / New York, New York / Barbara /Le poinçonneur des Lilas / Le charleston des déménageurs de piano / Pull marine / La complainte de la butte / Que reste-t-il de nos amours / Aimer jusqu'à l'impossible / Oblivion / C'était salement romantique / Fatiguée d'attendre / Kennedy Rose / C'est en septembre / La boème / L'un part l'autre reste / Speranza / Ne me quitte pas / Boléro
( マークの曲は私が歌います。)

お時間があったら、覗きにいらしてください。500円で、予約不要です。コーヒーと私の手製のお菓子をお出しします。今回はタルトタタンです。

未来地図


山の手線「新大久保」駅の改札口は一ヵ所で、大久保通りに出ます。線路沿いに新宿方面に歩き、韓国系商店街を過ぎると自動販売機に突き当たります。ほんの少し右に行き、ピアゴの店の前から「シャンソン未来」のオレンジ色の看板が見えます。「大久保」駅では新宿寄りの南口を左に出て下さい。ガード下を抜けたら右折し、次いで左折し、ピアゴの店の前まで行きます。山手線のガードの手前で徒歩3分です。




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2014
09.05

ひとりっきりSolitaire

Martine Clemenceau Solitaire


引き続きマルティーヌ・クレマンソーMartine Clémenceauです。前回の曲の10年後の1981年に歌った自作の曲「ひとりっきりSolitaire」を取り上げましょう。この曲は彼女の一番のヒット作となりました。

「La solitude孤独」というタイトルの曲をいろんな歌手が歌っています。レオ・フェレLéo Ferré、バルバラBarbara、ジョニー・アリディーJohnny Hallyday、ミレイユ・マチューMireille Mathieu等々。そしてご存知ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustakiの「私の孤独Ma solitude」は「孤独」を人格化して自分の連れ合いの女性のように表現していますね。

この曲は形容詞のSolitaireをタイトルにしています。「ひとりぼっち」というよりももっと積極的でスケールの大きい「ひとりっきり」という意味合いです。大自然のなかに自分しかいない、ひとりっきりだという経験のすばらしさを教えてくれる歌詞です。



Solitaire             ひとりっきり
Martine Clémenceau     マルティーヌ・クレマンソー


En haut de l'Himalaya, y'a pas d'visiteurs
Pas d'synthétiseurs, pas d'harmoniseurs. 注1
En haut du Fuji-Yama, y'a pas d'computer
Pas d'agitateurs, on est tout seul.
Et c'est bien fini l'habitude, y'a personne, c'est la solitude.

  ヒマラヤの頂上に、訪問者はいない
  シンセサイザーもなく、ハーモニーを奏でる人たちもいない。
  富士山の頂上に、コンピューターはなく
  アジテーターもいない、たったひとり
  そして習慣は消えうせ、誰もいない、それは孤独。

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C'est beau comme un vol d'hirondelles.
C'est chaud comme un nouveau soleil.
Froid comme la grisaille, la brume d'hiver.
Solitaire, on se sent gagnant, solitaire, on est différent.
C'est bon d'être toute seule, solitaire.

  それはツバメの飛翔のように美しい。
  それは生まれたての太陽のように熱い。
  グリザイユ画のように、冬の霧のように寒々しい。
  ひとりっきりで、ひとは勝ちを得たように感じ、ひとりっきりで、ひとは独自性を自覚する。
  たったひとりでいるのはいいこと、ひとりっきり。

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Au cœur des champs de bruyère, y'a pas d'locataires
Pas de pensionnaires, pas de commentaires.
Plus haut que l'hélicoptère, y'a pas d'nucléaire, non, non, non
Pas de nucléaire, on est tout seul.
Et c'est bien fini l'habitude, y'a personne, c'est la solitude.

  ヒースの草原のまんなかには、借家人はいない
  下宿人もいない、コメントもない。
  ヘリコプターよりも上空には、原子力はない、ない、ない、ない
  原子力はない、たったひとり。
  そして習慣も消えうせ、誰もいない、それは孤独。

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C'est beau comme les amants fidèles, bon comme le nectar des abeilles
Et froid comme la grêle sur la mer.
Solitaire, on est plus vivant, solitaire, on sort du néant.
Solitaire, plus près des Dieux qu'avant.
Là où le vertige est plus grand, là où on est plus un enfant
Et là où l'on meurt comme un géant, solitaire, solitaire, solitaire.

  それは誠実な恋人たちのように美しく、蜂蜜のように美味
  そして海に降る雹のように冷たい。
  ひとりっきりで、ひとはより生き生きとする、ひとりっきりで、ひとは虚無から抜け出す。
  ひとりっきりだと、以前にまして神に近づく。
  眩暈がさらに高まるところで、ひとがもっと子供になるところで
  そしてひとが巨人として死ぬところで、ひとりっきり、ひとりっきり、ひとりっきり。

[注] solitaireの男性形と女性形は同じ。この歌詞では、男でも女でもいいon「(不特定の)あるひと」が主役。
1 harmoniseurは辞書に無い。synthétiseurと語尾を合わせるために、harmoniste「和声をつける人、編曲家」の代わりに作ったのであろう。あとの行のcomputerとagitateurと同様、物と人を並べている。
2 là où…「…の場所に、…の場合に」



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2014
09.04

ただ愛に生きるだけUn jour l'amour

Martine Clemenceau


上の画像は、私が持っているLPのジャケットです。
10年前に亡くなった私の夫はオーディオマニアで、自作の真空管アンプで音楽を聴いていました。彼は大量のLPを残していったのですが、去年、夫の友人で盛岡市で「開運橋のジョニー」というジャズ喫茶を開いている照井顕さんにそのほとんどを引き取ってもらいました。照井さんは店の棚に「朝倉俊博コレクション」を設けてくれ、眠っていたLPたちはそちらで生き返りました。うちには、シャンソンを中心にごくわずかだけ残しました。

そのうちの1枚がこれ。マルティーヌ・クレマンソーMartine Clémenceauの「ただ愛に生きるだけUn jour l'amour」です。

マルティーヌ・クレマンソーは1949年生まれで、1967年にラジオの新人コンテストに入賞したのち、ミュージカル「その子は私だったJe fus cet enfant」の主演女優に抜擢されて華々しくデヴュー。ジョー・ダッサンJoe Dassinが、国内の演奏旅行のパートナーに選んだこともあり、1971年には、「恋はみずいろL'amour est bleu」の作曲者として知られるアンドレ・ポップAndré Poppが、その透きとおるように美しい声と並外れた歌唱力に惚れこんでヤマハ世界歌謡祭に出場させ、みごとグランプリを得ました。その直後にポップは受賞曲の曲名を冠したアルバム(私が持っているのがこれです)をプロデュース。この曲の日本語歌唱も収録され、日本でもたいへん評判になりました。

その後、1973年にはSans toiという曲でフランス代表でユーロヴィジョンに出場しましたが下位に終わりました。1976年にはクロード・フランソワClaude FrançoisとデュオでQuelquefoisという楽しい曲を歌い、また1981年には自作の曲Solitaireを歌い、これが彼女の一番のヒット作となりました。その後、2005 年に、サセム Sacemのルネ・ジャンヌ賞 le Prix René Jeanneを受賞。そして2010年には新しいアルバムをリリースし、現65歳で現役です。

71年の受賞曲「ただ愛に生きるだけUn jour l'amour」を今回ご紹介いたしましょう。(3年前に旧ブログで取り上げたものを大幅に書き改めました。)詩的な歌詞とういういしい彼女の声が、40年以上も経った今聴いてもとても新鮮です。

動画では、日本語版の表紙の画像が出ています。



Un jour l'amour              ただ愛に生きるだけ
Martine Clémenceau           マルティーヌ・クレマンソー


Au fil du temps qui court 注1
La nuit, le jour
Je vis au bleu de mon amour 注2
Comme un oiseau blessé
Qui s'est posé
Un jour, au plus haut de l'été 注3

  過ぎゆく時の流れとともに
  夜も昼も
  わたしは愛の青みのなかで生きる
  ある日、夏の盛りに
  羽を休める
  傷ついた小鳥のように

Avant toi, je n'étais
Qu'un cri perdu 注4
Parmi tant de cris inconnus
Et puis tu es venu
Tout a changé
Un jour, mon soleil s'est levé

  あなたに会うまえ、わたしは
  たくさんの見知らぬ叫び声に紛れて
  かき消されるひとつの叫びにすぎなかった
  そしてあなたがやって来て
  すべてが変わった
  ある日、わたしの太陽が昇った

{Refrain:}
Un jour, l'amour
Comme un grand soleil, a brillé pour moi
Un jour, l'amour
A fait battre ce cœur qui n'était rien sans toi

  ある日、愛が
  大きな太陽のように、わたしのために輝いた
  ある日、愛が
  あなたに会うまでは空しいものだったこの心をときめかせた

Un jour lamour2


C'est peu, c'est presque rien 注5
L'oiseau, le pain
Le feu, la rose et le matin
C'est peu, c'est presque rien
Le monde entier
Quand on ne peut le partager

  つまらないもの、ほとんど何にもならないもの
  小鳥も、パンも
  火も、バラも、そして朝も
  つまらないもの、ほとんど何にもならないもの
  世界ぜんぶが
  あなたとともに分かち合うことができなくなると

{au Refrain}

Au fil du temps qui court
La nuit, le jour
Je vis au bleu de mon amour
Je vis auprès de toi
Je n'ai plus froid
Tu m'as donné ce cœur qui bat

  過ぎゆく時の流れとともに
  夜も昼も
  わたしは愛の青みのなかで生きる
  わたしはあなたのそばで生きる
  わたしはもう寒くない
  あなたがわたしにこのときめく心をくれたから

Un jour lamour1


[注]
1 au fil de…「…の流れに(沿って)、…につれて」
2 bleu「青」は、空の色、海の色であり、ロマンティックな、美しいといった意味を象徴する。
3 L'oiseau se pose au haut de l'arbre.「鳥が木の梢にとまる。」という表現と類似しているが、文脈から、au haut de l'étéは「夏の盛りに」と捉える。
4 criは「発する声」といった意味合いで「わたし」が歌手であるということも表しているようだ。
5 この節は、彼がいなくなってすべてが空しいものとなったことをあらわしている。次の節で、それでも心のなかに愛がまだ生きていると締めくくっている。



日本語の「ただ愛に生きるだけ」の歌詞もご紹介しておきましょう。

ただ愛に生きるだけ

青い羽をだきしめ 小鳥は眠る
夜も昼も 私は 愛をだきしめる

道に迷い 疲れた 私の目の前
あなたの手に すべてをゆだねたあの日

あの時 太陽の光さして
心は 暖かな 愛に充ちた

時は流れ 今では 何も残らない
鳥は鳴かず うつろな 私の部屋に

あの時 太陽の光さして
心は 暖かな 愛に充ちた

時は流れ あなたが すべて忘れても
夜も昼も 私は 愛に生きるだけ


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2014
09.03

さよならを教えてComment te dire adieu?

Comment te dire adieu


フランソワーズ・アルディーFrançoise Hardyは1944年パリ生まれ。ソルボンヌ大学で学ぶかたわら音楽学校で歌の勉強をしていました。62年に自作の「男の子と女の子Tous les garçon et les filles」を発表し大ヒットします。翌年、ロジェ・バディムRoger Vadim監督の映画「スエーデンの城Château en Suède」に出演。67年の「もう森へなんか行かないMa jeunesse fout l’camp」に続き、68年の「さよならを教えてComment te dire adieu」も大ヒット。73年の「告白Message Personnel」も好評でした。67年から同棲しているジャック・デュトロンJacques Dutroncと81年に結婚。88年に引退宣言を行い、占星術などをしていたそうですが、90年代はじめにカムバック。04年のアルバム「たくさんのすてきなことTant de belle chose」で05年に Victoire de la musiqueの女性賞を受賞。08年に、自伝「猿たちの絶望Le désespoir des singe」を出しました。2010年にも26枚目のアルバムを出し、まだまだ活躍を続けています。

今回は、「さよならを教えてComment te dire adieu?」です。セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgが作った曲とされますが、1954年に英国の歌手ヴェラ・リンVera Lynnが歌った「さよならも言えないIt hurts to say Goodbye」を1968年にゲンズブールがフランス語に翻案したものです。余談ですが、「さよならを教えて」という邦題と同名のテレビドラマが放映されたこともありますし、同名のアドベンチャーノベル形式のアダルトゲームも発売されているとか。



原曲となった、ヴェラ・リンの「It hurts to say Goodbye」



Comment te dire adieu?          さよならを教えて
Françoise Hardy              フランソワーズ・アルディー


Sous aucun prétex- 注1
te, Je ne veux
Avoir de réflexes,
Malheureux 注2
Il faut que tu m'ex-
pliques, un peu mieux
Comment te dire adieu

  どんな場合
  だって、わたしはいや
  みじめな
  反応しちゃうのは、
  わたしに説明
  してくれなくちゃ、もうちょっとうまく
  あなたにどうさよならを言えばいいのか

Mon cœur de silex
Vite prend feu
Ton cœur de pyrex
Résiste au feu
Je suis bien perplexe,
Je ne veux
Me résoudre aux adieux

  わたしの心は火打石
  ぱっと火が点く
  あなたの心は耐熱ガラス
  火に強い
  困っちゃうわ、
  わたしはいや
  さよならを決めるなんて

Comment te dire adieu1


{Parlé:}
Je sais bien qu'un ex 注3
Amour n'a pas de chance, ou si peu
Mais pour moi une ex-
plication voudrait mieux 注4

  よくわかってる 終わった
  恋は見込みないか、あってもわずか
  でもわたしに
  説明が必要よ

Sous aucun prétex
-te, Je ne veux
Devant toi surex-
poser mes yeux
Derrière un kleenex 注5
Je saurais mieux
Comment te dire adieu
Comment te dire adieu

  どんな場合
  だって、わたしはいや
  あなたの前にこの目を
  晒すなんて
  ティッシュのうしろに隠れたほうが
  よくわかるわ
  あなたにどうさよならを言えばいいのか
  あなたにどうさよならを言えばいいのか

{Parlé:}
Tu as mis à l'index 注6
nos nuits blanches, nos matins gris-bleu 注7
Mais pour moi une ex-
plication voudrait mieux

  あなたはこれっきりにしたのね
  二人の夜も、二人の夜明けも
  でもわたしに
  説明が必要よ

Comment te dire adieu2


Sous aucun prétex
-te, Je ne veux
Devant toi surex-
poser mes yeux
Derrière un kleenex
Je saurais mieux
Comment te dire adieu
Comment te dire adieu
Comment te dire adieu

  どんな場合
  だって、わたしはいや
  あなたの前にこの目を晒すなんて
  ティッシュのうしろに隠れたほうが
  よくわかるわ
  あなたにどうさよならを言えばいいのか
  あなたにどうさよならを言えばいいのか
  あなたにどうさよならを言えばいいのか

[注] ex(エックス)の発音で韻を踏んでおり、一つの単語内でもそこで切って歌っている。また、veux・yeux・mieuxと韻を踏んでいる部分も、発音には表れないxを行末に用いて形の上でもそろえているようだ。
タイトルと同じフレーズが何度も出てくるが、commentには「どのように」と「どうして」の二つの意味がある。あなたが私にならあきらかに「どうして」だが、私があなたになので両義を含んだ表現ともとれるが、「どのように」を選んだ。
1 prétexte「言い訳、口実」あるいは「きっかけ」だが、sous aucun prétexteは成句で「いかなる場合でも」の意味。
2 malheureuxには、「不幸な、哀れな」「苦しげな、不幸そうな」から「場違いの、へまな」の意味まで含まれる。
3ハイフンを付けたex-は「前・元・旧」の意の複合語を作る。このexはその意味で、次行のamourを修飾。
4 このvouloirは物が主語で、「必要がある、必要とされる」の意。
5 和仏で「ティッシュペーパー」をひくとkleenexが出てくる。商標ながら代名詞扱いされる。ここは「ティッシュペーパー」で、涙を拭いたついでに、目を隠すというよりうしろに隠れるといったほうがよかろう。2節目のpyrexも商標だが「耐熱ガラス」の代名詞扱い。
6 indexは「人差し指」「索引」「指数」が本義だが、カトリックの用語でl’index は「禁書目録」のことであり、mettre qn/qc à l'index「…をブラックリストに載せる、排除する」の意味となる。
7 nuit blanche「眠らぬ夜」。


ついでに英語の原曲の歌詞を紹介します。
分かりやすいので訳しませんでしたが、ゲンズブールに比べるとごく普通の内容です。

It hurts to say Goodbye
Vera Lynn

Take me in your arms and hold me tight,
tell me that your love is mine tonight,
say that everything will turn up right,
it hurts to say goodbye.

Let me know the thrill of your embrace,
memories that time can not erase,
why'd I kiss the teardrops from your face,
it hurts to say goodbye.

Wherever you are,
you will always be near to me,
wherever I go,
you'll be here in my heart.

Till the sun comes shining through again,
till we see a skie of blue again,
till I'm back with you, my loved, till then,
it hurts to say goodbye.

Wherever you are,
you will always be near to me,
wherever I go,
you'll be here in my heart.

Till the sun comes shining through again,
till we see a skie of blue again,
till I'm back with you, my loved, till then,
it hurts to say goodbye.
Till I'm back with you, my loved, till then,
it hurts to say goodbye.



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2014
09.02

想い出のサン=ジェルマン=デ=プレOù es-tu passé mon Saint-Germain-des-Prés

nicoletta.jpg


今回は、ニコレッタNicoletta「想い出のサン=ジェルマン=デ=プレOù es-tu passé mon Saint-Germain-des-Prés」です。私が初めてステージで歌ったのがこの曲。そして、旧ブログで最初に取り上げたのがこの曲。私にとってとても大事な曲なので、手直ししてこちらに運んで来ることにしました。そして近々、久しぶりに歌ってみたいと思っています。

作詞がアン・グレゴリーAnn Grégory 、作曲がミシェル・ルグランMichel Legrandとエディ・バークレイEddie Barclay。エディ・バークレイはニコレッタが所属していたフランス最大手のレコード会社バークレイ社の社長で、1970年に、この曲をミシェル・ルグランと共にニコレッタのために書き下ろしました。

2008年に出版された伝記La Maison d'en faceによると、ニコレッタは、1944年に知的障害のある女性が強姦されて生まれたそうで、ヒットした「マミー・ブルーMamy blue」はその母親のために歌ったということです。

最初は教会のコーラスのメンバーとして歌っていましたが、特にエルヴィス・プレスリーに大きな影響を受けたようです。お針子として働いたのち1961年にディスク・ジョッキーをしていましたが、バークレーのディレクターに見出されて66年に初めてシングル・アルバムを出します。そして翌67年に出したアルバム「太陽は死んだIl est mort le soleil」の同名の曲が最初のヒットとなり大きな反響を生みました。

レイ・チャールズRay Charles は「黒人の声を持つ唯一の白人女性」と、彼女を評していますが、ソウルフルという表現がふさわしく、ド演歌にも似てドスの効いた彼女の声は、そのなかになんともいえない哀愁を秘めていて、一度聴いたら忘れられません。

彼女は2010年1月に芸術文化勲章l'Ordre des Arts et des Lettresのオフィシエを受けたそうです。



ニコレッタがステージで歌っている動画はこちら

Où es-tu passé mon Saint-Germain-des-Prés
                         想い出のサン=ジェルマン=デ=プレ
Nicoletta                    ニコレッタ


Que s'est-il passé mon Saint-Germain-des-Prés
Non, rien ne peut plus masquer tes yeux cernés
On te lumièrise, on te concertise 注1
Mais ton cœur s'ébat, ne bat plus du bon côté 注2

  何が起こったの 私のサン=ジェルマン=デ=プレ
  いいえ、どうしたってもうおまえの目の隈を隠せやしない
  人々はおまえを照明で飾り立て、楽音でにぎわす
  だけど 浮かれたおまえの心は、もう虚しくときめくだけ

Saint-Germain-des-Prés1


Où es-tu passé mon Saint-Germain-des-Prés
Toi qui m'a donné la main pour me trouver
Même tes fenêtres ouvertes sont closes
Qui a bien pu t'emmener

  どこに行ってしまったの 私のサン=ジェルマン=デ=プレ
  手をさしのべて私を見つけてくれたおまえは
  開いていた窓さえもう閉ざされてしまった
  いったい誰がおまえを連れ去ってしまえたというの

Un soir, il pleuvait moi je te découvrais
Et je découvre on s'était mis,
L'amitié, l'amour et encore mieux que ça,
Un monde à moi, dans ce monde

  ある夜、雨が降っていて 私はおまえに出会った
  そこで私は出会う 人々が持っていた
  友情、愛情、そしてもっとすばらしいものに
  それはこの世のなかの、私の世界

Saint-Germain-des-Prés3


Où tu es passé mon Saint-Germain-des-Prés
Ma jeunesse se perd, elle ne veut plus penser
Qu'il pleut sur la ville, qu'une fille titube,
Déroute, avec sa solitude

  私のサン=ジェルマン=デ=プレ、おまえが行ってしまったところで
  私の青春は途方にくれる、彼女(青春)はもう考えたくない
  街に雨が降っていることしか、ひとりの娘がよろめきつ、
  孤独を抱え、行き先を変えることしか

[注] ネットに出ている歌詞のほとんどがこれと違うが、ニコレッタの歌を耳で聴いて最も近いものを見つけて一部訂正したものである。
1 lumièriserはlumièreから作られた造語。concertiserはconcertから作られた造語。
2 le bon côté「正しい方面、方向」



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