2014
08.31

眠れぬままに朝が来てLes insomnies

Barbara Les insomnies


今回はバルバラBarbaraの「眠れぬままに朝が来てLes insomnies」です。

個人的な話から始めさせていただきますが、実は私、ここ数日間、夜眠れずに悶々として朝を待つという状態が続いておりました。
状況としては、まずは、8月12日から、2011年1月より続けてきたYahoo!ブログが、なぜか投稿も書き直しも削除もできなくなり、何をしてもいくら問い合わせても埒が明かず、途方にくれ、結局は引越しを考えて、15日にこのブログを新設しました。広告のいっぱい入るYahoo!よりFC2のほうがエレガントだし、投稿システムもよくできていて、とても気に入っています。ちょうど新築マンションに引っ越してピアピカのフロアーに新しい家具を持ち込んだみたいなルンルン気分で、おおいに張り切っていっぱい記事を書き始めた、そんなつもりでしたが…。

まだYahoo!ブログはそのまま、何もさわれない状態です。700曲ほど訳してあるのですが、間違いに気づいても訂正できません。2曲だけ全面的に書き直してこちらに移しましたが、新しい曲も取り上げたいし、すべてこちらに運ぶことは不可能。引越しを喜びながらも、残念な気持ちは根強く残ります。いずれYahoo!側の対処が進んで、私がやりたいことができるようになったとしても、もう、さよならを決めた私は、後片付けに出向くだけです。

そうしたことがきっかけだったのかもしれませんが、頭では割り切れるけど気分として割り切れないことが、ほかにもあれこれ脳裏に浮かんで、布団のなかで悶々としながら考え続けてしまうようになりました。眠れないなんて今まであまりなかった私なのに…。

そして今日、そういえばバルバラが不眠症がテーマの曲を歌っていたなと、この曲を思い出しました。たいへん面白い歌詞で、訳しているとなんだか気分が楽になってきた気がします。ま、なんとか元気を取り戻しましょう。

バルバラは1974年の6月に、自宅で大量の睡眠薬を飲んで病院に運ばれたことがあります。その実体験がこの歌詞の裏にあるようです。1978年の同名のアルバム(オランピア劇場でのライブ)に収録されています。



不眠を少々違った切り口で扱った曲としては、ジャック・プレヴェールJacques Prévertの詩をもとにした「あなたが眠るときQuand tu dors」があります。バルバラはこれも歌っています。



Les insomnies            眠れぬままに朝が来て
Barbara               バルバラ


A voir tant de gens qui dorment et s´endorment à la nuit,
Je finirai, c´est fatal, par pouvoir m´endormir aussi.
A voir tant d´yeux qui se ferment, couchés dans leur lit,
Je finirai par comprendre qu´il faut que je m´endorme aussi.

  夜に眠る人たちそして眠りにつくたくさんの人たちを見るけれど、
  私もまた、避けられないことだけど、最後には眠りにつくことができるだろう。
  ベッドに横たわって、閉じる目をたくさん見るけれど、
  私もまた眠りにつかなければならないと私は最後には理解するだろう。

J´en ai connu des grands, des beaux, des bien bâtis, des gentils
Qui venaient pour me bercer et combattre mes insomnies
Mais au matin, je les retrouvais, endormis dans mon lit
Pendant que je veillais seule, en combattant mes insomnies.

  立派な、美しい、がっしりした、やさしい男たちを私は知っている
  彼らは私をやさしく揺すり私の不眠とたたかうためにやって来る
  けれど朝には、彼らが私のベッドで寝入っているのを私は見る
  かたや私はひとり、不眠とたたかいながら寝ずの番をしていたというのに。

A force de compter les moutons qui sautent dans mon lit,
J´ai un immense troupeau qui dans mes nuits.
Qu´ils aillent brouter ailleurs, par exemple, dans vos prairies.
Labourage et pâturage ne sont pas mes travaux de nuit,

  ベッドのなかで飛び跳ねている羊を数えていると、
  夜のあいだに巨大な群れが歩き回っている。
  羊たちはよそへ草を食べに行けばいいわ、たとえば、あなたの畑に。
  農耕や放牧は私の夜の仕事じゃないのよ、

compter les moutons2


Sans compter les absents qui me reviennent dans mes nuits.
J´ai quelquefois des vivants qui me donnent des insomnies
Et je gravis mon calvaire, sur les escaliers de la nuit. 注1
J´ai déjà connu l´enfer, connaîtrai-je le paradis?

  夜なかに私のところに戻ってくる亡者たち以外に、
  私に不眠をもたらす生者たちも時にはいる。
  そして私はこの苦難から這い上がる、夜の階段を伝って。
  私はすでに地獄を知った、天国を知ることはあるのかしら?

Le paradis, ce serait, pour moi, de m´endormir la nuit
Mais je rêve que je rêve qu´on a tué mes insomnies
Et que, pâles, en robe blanche, on les a couchées dans un lit
A tant rêver que j´en rêve, les revoilà, mes insomnies.

  天国、それは、私にとって、夜眠りにつくこと
  けれど私の不眠たちが殺され
  青ざめて、白い衣装をまとって、ベッドに横たえられる夢を見ることを夢見る
  そんな夢を見ることを夢見ても、あいつたちはまた現れる、私の不眠たちは

Je rôde comme les chats, je glisse comme les souris
Et Dieu, lui-même, ne sait pas ce que je peux faire de mes nuits.

  私は猫のようにうろつき、私は鼠のように忍び込む
  でも神さまは、ご自身、私が自分の夜をどうできるかご存知ない。

Mourir ou s´endormir, ce n´est pas du tout la même chose.
Pourtant, c´est pareillement se coucher les paupières closes.
Une longue nuit, où je les avais tous deux confondus,
Peu s´en fallut, au matin, que je ne me réveille plus. 注2

  死ぬか眠るか、それはまったく同じことじゃない。
  だけど、同様にまぶたを閉じて横たわること。
  長い一夜、私はそれら二つを混同してしまった、
  朝に、私はもう目覚めないなんてことに危うくなりそうだった。

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Mais au ciel de mon lit, y avait les pompiers de Paris.
Au pied de mon lit, les adjudants de la gendarmerie.
Ô Messieurs dites-moi, ce que vous faites là, je vous prie.
Madame, nous sommes là pour veiller sur vos insomnies.

  でも私のベッドの上にはパリの消防士たちがいた
  ベッドの足元には、憲兵隊の曹長たちが。
  おお殿方たちねぇ、そこで何をしているの、いったい。
  奥様、私たちはあなたの不眠を夜通し見張るためにいるんですよ。

En un cortège chagrin, viennent mes parents, mes amis.
Gravement, au nom du Père, du Fils et puis du Saint-Esprit, 注3
Si après l´heure, c´est plus l´heure, avant, ce ne l´est pas non plus,
Ce n´est pas l´heure en tout cas, mais grand merci d´être venus.

  葬列を組んで、両親が、友人たちがやって来る。
  おごそかに、父の、子と精霊のみ名によりてと唱え、
  遅れたら、もはやその時じゃない、早すぎたら、それもダメ、
  いずれにせよそのタイミングじゃないのよ、でも来てくださってとってもありがとう。

Je les vois déjà rire de leurs fines plaisanteries,
Ceux qui prétendent connaître un remède à mes insomnies.
Un médecin pour mes nuits, j´y avais pensé, moi aussi.
C´est contre lui que je couche mes plus belles insomnies.

  私は彼らが気のきいた冗談を言ってもう笑っているのを見る、
  私の不眠に効く薬を知っているふりをする人たちが。
  私の夜のための医者、そのことは考えたわ、私も。
  私は彼に逆らったやり方で私のこの上なく美しい不眠を寝かせるわ。

A voir tant de gens qui dorment et s´endorment à la nuit,
J´aurais fini, c´est fatal, par pouvoir m´endormir aussi
Mais si s´endormir c´est mourir, ah laissez-moi mes insomnies.
J´aime mieux vivre en enfer que dormir en paradis.
Si s´endormir c´est mourir, ah laissez-moi mes insomnies.
J´aime mieux vivre en enfer que de mourir en paradis...

  夜に眠る人たちそして眠りにつくたくさんの人たちを見るけれど
  私もまた、避けられないことだけど、最後には眠りにつくことができるだろう。
  でももしも眠りにつくことが死ぬことなら、ああ不眠を私に残しておいて。
  私は天国で死んでいるよりも地獄で生きているほうがいいわ。
  もしも眠りにつくことが死ぬことなら、ああ不眠を私に残しておいて。
  私は天国で死んでいるよりも地獄で生きているほうがいいわ…

[注]
1 calvaire「(カルヴァリーの丘のキリストの)受難、苦難」
2 peu s´en fallut que…(ne)…「危うく…するところだった」
3 au nom du Père, du Fils et puis du Saint-Esprit (十字を切るときに唱える言葉)「父の、子と精霊のみ名によりて」



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2014
08.30

仏語アクサン文字の入力法

皆さんは仏語のアクサンの付いた文字をどうして入力してらっしゃいますか?
どこかからコピーペーストして間に合わせているとか、アクサン無しで済ますとかしている方が意外に多いんじゃないでしょうか?

わたしは、文書やメールでは、このような簡便入力法を用いています。ぜひお試しください。

[ALT keycodes]
Altを押しながら、テンキーで4桁の数字を入力した後、Altを離すだけ。
とても楽です。
慣れると、小文字の多用のものは自然に覚えられます。

à=0224 â=0226
ç=0231
é=0233 è=0232 ê=0234 ë=0235 
æ=0230
î=0238 ï=0239
ô=0244 œ=0156(または0339) 
ù=0249 û=0251 ü=0252

でも、アクサン付きの大文字は、ブログに記事を書く場合、この方法では直接入力できません。
半角のカタカナなどになってしまいます。
Wordなどでこの方法で文字を出してからコピーペーストしてください。

À=0192 Â=0192
É=0201 È=0200
Ç=0199
Î=0206
Ô=0212 Œ=0140
Ù=0217

これも必要かも。
€=0128

一覧表にして紹介しているサイトは→こちら
より詳しいのは→こちらです。「Alt key + Four digits」の欄を参考にしてください。

でも、せっかく入力しても、ブラウザーやサイトによって、「?」などに文字化けする場合がありますのでお気を付けください。

うまく行ったらコメントでご報告くださいね!


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2014
08.29

浜辺のピアノLe piano de la plage

Charles Trenet Le piano de la plage


シャルル・トレネCharles Trenetは1913 年南仏生まれ。3歳の頃すでに、幼稚園で自作のメロディーを口ずさんで、先生を驚かせました。15 歳で初めての詩集を発表。デヴュー当初はジョニー・ヘスJohnny Hessとヴォーカル・デュオを組んでいましたが、第2次世界大戦後はソロとして活動をしていくようになりました。「歌う道化師Fou Chantant」というあだ名で万人に愛された彼は、1930年代にシャンソン・フランセーズとスウィング・ジャズを融合させるという快挙をやってのけます。第2 次世界大戦中には、ナチス・ドイツとの関わりを疑われたこともあったそうですが、彼のエンターテイナーとしての人気は不動で、1975 年に引退表明をした後も度々その姿を舞台で披露していました。その晩年、トレネは、彼が83年に2度にわたり辞退をしたAcademie Francaiseの称号に代わるLegion d’Honneour, Gran Prix national des Arts et Lettres, Membre de L’Academie des Beaux-Artsなど数々の賞・称号を得、フランス 文化の中で揺るぎない地位を得ました。2001 年に脳卒中で逝去。享年 87 歳でした。

今回はトレネCharles Trenetの自作の曲「浜辺のピアノLe piano de la plage」です。1959年のEPに収録されています。

ピアノは実際に浜辺にあったのではなく、浜辺で子供時代、青春時代を過ごした人たちの心のなかで聞えていたピアノ。懐かしい音を旋律を奏でてくれる街なかのキャバレーやダンスホールにあるピアノが、かつては浜辺にあったピアノだという虚構のお話のようです…。



Le piano de la plage               浜辺のピアノ
Charles Trenet                  シャルル・トレネ


Le vieux piano de la plage ne joue qu'en fa, qu'en fatigué.
Le vieux piano de la plage possède un la qui n'est pas gai,
Un si cassé qui se désolent
Un mi fané qui le console,
Un do brûlé par le grand soleil du mois de juillet,
Mais quand il joue pour moi les airs anciens que je préfère,
Un frisson d'autrefois
M'emporte alors dans l'atmosphère
D'un grand bonheur dans une petite chambre.
Mon joli coeur du mois de septembre,
Je pense encore encore à toi,
Do mi si la.

  浜辺の古いピアノはファの音しか、うんざりしながらしか出さない。
  浜辺の古いピアノは持っている 楽しくないラの音を、
  悲嘆に暮れるシの音を
  それをなぐさめるくたびれたミの音を、
  7月の灼熱の太陽に焼かれたドの音を、
  でもそのピアノが僕の好きな古い曲を僕に弾いてくれるとき、
  往時のおののきが
  小さな部屋のなかで大きな喜びに浸る
  気分に僕を導いてくれる。
  9月の僕の楽しい気持ち、
  僕はいまだにいまだに君のことを想う、
  ド ミ シ ラ。

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Le vieux piano de la plage ne joue qu'en sol, en solitude.
Le vieux piano de la plage a des clients dont l'habitude
Est de danser samedi, dimanche.
Les autres jours, seul sur les planches,
Devant la mer qui se souvient, il rêve sans fin...
C'est alors que je sors, tout courbatu,
De ma cachette
Et que soudain dehors, tremblant, ému,
Devant lui, je m'arrête
Et c'est inouï tout ce que je retrouve,
Comme cette musique jolie m'éprouve,
Me fait du mal, me fait du bien.
Je n'en sais trop rien.

  浜辺の古いピアノは孤独なソの音しか出さない。
  浜辺の古いピアノには
  いつも土曜、日曜にダンスするお客がいる。
  ほかの週日はひとり床の上で、
  思い出のなかの海を前に、ピアノはとりとめもなく夢を見る…
  その時だ 僕がよろよろと、
  隠れ家から抜け出したのは
  そしてとつぜん外に出て、震えつつ、感動して、
  ピアノの前で僕は立ち止まった、
  そして僕が見つけたものはまったくすごいものだ、
  このすてきな音楽がどれほど僕を試し、
  僕を打ちのめし、僕を元気づけたことか。
  僕にはまるでわけが分からない。

piano-plogoff.jpg


Adieu, adieu, piano. Tu sais combien peuvent être cruelles
Ces notes que tu joues faux mais dans mon coeur ouvrant ses ailes
S'éveille alors la douce rengaine
De mon heureux sort ou de mes peines.
Lorsque tu tapes tapes toute la semaine mais le samedi,
Quand les jeunesses débarquent,
Tu sais alors, brigand de la plage,
Que ton souvenir les marque
Et qu'un beau soir, passé le bel âge,
Un autre que moi, devant la piste, s'arrêtera là et sera triste
En écoutant, le cœur battant,
L'air de ses vingt ans.

  さよなら、さよならピアノ。君は分かっているかいどれほどひどいものか
  君が下手に奏でる音が だが僕の心のなかに翼を広げつつ
  僕の幸運のあるいは僕の苦しみの
  優しい流行り歌が目覚める。
  君は一週間のあいだずっとペタペタと音を出す だが土曜日には
  若者たちが押しかけて来る、
  君はその時分かる、浜辺の悪ガキだと、
  君の記憶が彼らをマークする
  そしてある夜、若い盛りを過ぎた、
  僕以外の誰かが、ステージの前で、足をとめて悲しい気持ちになるだろう
  彼の青春の調べを
  胸をどきどきさせて、聴きながら。

piano-plage.jpg




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2014
08.28

朝倉ノニーの「新シャンソン?法事典」

フランス語シャンソンの曲・歌詞・情報の探し方・取り込み方・消化の仕方。楽しみ方などなどに関し、私がよく使う方法を一部ご紹介いたします。偏った知識でしかありませんが、参考にしていただければ幸いです。

まずは、パソコンでできること…

[曲を聴く・取り込む] ただで曲を聴くには、何といってもYouTubeですが、私も5969NYANというIDで、シャンソンの動画をいくつか出しています。ほかにも、フランスのDailymotionIna.fr などでも、シャンソンが数多く紹介されています。

musicMe  フランスのサイトなので、扱っているシャンソンの数が多く、そこにある曲はほとんど全曲タダで聴けます。曲を買うこともできます。

Freemake Video Downloader 簡単にYouTubeやDailymotionの動画をダウンロードすることができるフリービデオダウンローダーです。制限なし!しかも一切無料!

iTunes はアップルが開発及び配布している、メディアプレーヤー(動画および音楽の再生・管理ソフト)。Amazon Cloud Playerも同じように使えます。

私は、YouTubeの曲をFreemake Video Downloaderで取り込み、iTunesに入れて使っています。iPodで聴いたり、CDを作ったり、メールで送ったりと。

MP3でダウンロードして曲を買うことができるのはiTunesストア、musicMe、Amazonなど。ほかにも多数ありますが怪しげなところでは買わないほうがいいでしょう。

[歌詞] Lyrics-Copy .com  私はこれを一番よく使います。ほかにも、原曲の歌詞を出しているサイトはいろいろあります。原題とparolesあるいはlyricで検索してください。
日本語の歌詞など、コピーできないようにしてある場合は、モニター画面に大きく表示しておいてキーボードの上の方のPrtScをクリックしてからPaint Shopなどを開いて「新しいイメージに貼り付け」をして画像として保存します。

邦訳は、私のこのブログと旧ブログ「朝倉ノニーの<歌物語>」や宇藤カザンのブログ「アミカル・ド・シャンソン」をどうぞご活用ください。間違っていることもままありますが…。英訳のサイトも参考になる場合があります。

[譜面] di-arezzoで注文するとフランスから送ってくれます。
Quick PartitionsSheet Musicではパソコンで譜面を取り込む形で購入できます。ほかにもいくつかのサイトで譜面を購入あるいは無料で取り込むことができます。

[情報] 一般的な検索はgoogleが一番役立ちます。(譜面を無料で手に入れたいときは、曲名を画像検索するとヒットする場合が結構あります。)

歌手に関してや曲のデータや背景などを調べたい場合などは、ウィキペディアWikipédiaが一番頼りになります。

太田光弘氏の「今日のシャンソンニュース」は、フランスの現在のシャンソン情報を知ることができます。並外れた情報量です。

特定の歌手に関する情報をかなりマニアックに提供しているサイトもいろいろあります。偶然見つけると、がんばってますねと応援したくなります。各歌手の公式サイトを覗いてみてもいいでしょう。

[練習]YouTubeにはカラオケの動画が多数出ていますし、Red Karaoke などのネット・カラオケ・サイトもあります。iTunesストアやAmazonでもカラオケを1曲ずつMP3でダウンロードして買うことができます。

[音楽ソフト] 譜面作成にはFinale PrintMusic、作曲やカラオケ作成にはBand-in-a-Boxなどが知られています。私は、音量の増減・余分な部分のカット・無音部分の追加・キーの変換などの音楽加工用に、Sound Engine FreeとSound Forge Audio Studioを用途別に使い分けています。耳コピ(採譜)用に「採譜の達人」というフリーソフトもあるそうですが、ヴォーカルは難しいようです。

パソコン以外で…

[書籍] ポップ・フランセーズ「名曲101徹底ガイド」(向風三郎著 音楽出版社)、「聴かせてよ 愛の歌を」(蒲田耕二著 清流出版)、大野修平氏の数冊、「薔薇色のゴリラ―名作シャンソン百花譜」(塚本邦雄著 北沢図書出版)、楽譜「シャンソン ベスト コレクション1・2」(全音楽譜出版社 絶版)など。

[シャンソン情報誌] 季刊「シャンソンマガジン」や月刊「プチるたん」など。

[CD] 「決定版 シャンソン大全集」(10枚組 東芝EMI 絶版)

[シャンソン講座] 「サロン・ド・シャンソン」は、1,2ヶ月に1回開かれるシャンソン講座。上記「今日のシャンソンニュース」の筆者である太田光弘氏が、各種の貴重な映像を見せながら解説。

東京在住のフランス人歌手でフランス語講師のスブリームSublimeさん は、NHK「テレビでフランス語」にて「フランス語でシャンソン」というコーナーを担当。<アンスティテュ・フランセ(日仏学院)東京および横浜><NHKカルチャー八王子教室>などでシャンソンの歌唱と発音のクラスを持っているほか、《マスター・クラス》という公開レッスンを年に数回開き、自宅でも、シャンソンのグループレッスンや個人レッスンをおこなっています。私たちの《アミカル・ド・シャンソン》の顧問的存在です。

シャンソン・クラスを設けているフランス語の学校は各種ありますが、正しい発音で1曲ずつちゃんと歌うための指導は青山のクラス・ド・フランセがダントツ。フランス人歌手のパトリック・ヌジェPatrick Nugierさんが顧問で、授業料が高い分、きちんとした内容です。

[カラオケ店] 自分で歌う練習をするには、カラオケ店の利用をお勧めします。DAMという機種はフランス語シャンソンは30曲以上ありますし、パセラ・リゾーツというカラオケ店はCDやipodがつなげます。

[ステージで歌う] ピアノ伴奏で歌えるお店も都内にはたくさんあります。でもフランス語だけの歌会は、私たちの会《アミカル・ド・シャンソンAmicale de Chanson》だけかもしれません。

そしてさらにその後は、各種のシャンソン・コンクールを狙いますか?それとも…?



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2014
08.27

家へ帰るのが怖いJ'ai peur de revenir

Jai peur de revenir


8月3日にイヴェット・ジローYvette Giraudが亡くなりました。97歳でした。シャンソン研究家の太田光弘さんの「今日のシャンソンニュース№1385」に詳細な解説がありますのでご覧ください。

日本でも非常に愛された歌手であるイヴェット・ジロー、その曲を一つ取り上げたいと思います。「家へ帰るのが怖いJ'ai peur de revenir」(1951年)です。当時の夫で作詞家のJacques Planteが作詞、Johnny Hess作曲。越路吹雪の日本語歌唱でも知られています。YouTubeにこの曲が無くて、動画を作ることが先決となりました。

やっとできました。こちらです。イヴェットに捧げます!



Boscoe Holderというトリニダード・トバゴ出身の歌手も歌っています。



代表曲である「ポルトガルの四月 Avril au Portugal」と「あじさい娘Mademoiselle Hortensia」は旧ブログで取り上げています。そして、「アデューAdieu」 は、以前、YouTubeに動画も出しています。



J'ai peur de revenir          家へ帰るのが怖い
Yvette Giraud             イヴェット・ジロー

J'ai peur de revenir chez moi
J'ai peur des longues nuits sans toi
J'ai peur de ton parfum dans l'air
J'ai peur des soirs d'hiver

  家へ帰るのが怖い
  あなたのいない長い夜が怖い
  漂うあなたの匂いが怖い
  冬の夜が怖い

Tandis qu'aux bruits de la fête
On danse autour des villas
Je vais de-ci, je vais de-là
Comme en cachette
Et ton nom danse en ma tête
Et ta voix chante en mon cœur
Sous une pluie de fleurs

  祭の楽音に合わせ
  家々のまわりで人々が踊っているあいだ
  私はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり
  身を隠すようにしている
  あなたの名前が私の頭のなかで踊り
  あなたの声が私の心のなかで歌る
  花吹雪のもとで

J'ai peur de revenir chez moi
J'ai peur des longues nuits sans toi
Des heures où je serrais ton corps
J'ai peur d'aimer encore

  家へ帰るのが怖い
  あなたのいない長い夜が怖い
  あなたの体を抱きしめた時間を
  再び愛しむことが怖い

Dans ma maison que tu hantes
À chaque instant tu revis
D'un mot qu'on dit, d'un geste fait
D'un air qu'on chante
Et ton image obsédante
Où que je sois me poursuit
Et dans la nuit je fuis

  あなたがうろついている家のなかで
  しょっちゅうあなたは蘇ってくる
  ひとが言う言葉、ひとがするしぐさ
  ひとが歌う歌で
  そしてあなたのしつこい影が
  どこにいようと私につきまとう
  そして私は夜の闇に逃げ込む

J'ai peur de revenir chez moi
J'ai peur des souvenirs de joie
Je crains de te crier un jour
"Reviens, ô mon amour !"
J'ai peur d'aimer toujours

  家へ帰るのが怖い
  悦楽の思い出が怖い
  いつかあなたに叫んでしまいそう
  「帰ってきて、おお愛する人!」と
  いつもいつも愛していることが怖いのよ


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2014
08.26

パリの花Fleur de Paris

Jacques Hélian Fleur de Paris3


昨日8月25日は、「パリ解放70周年」でした。
「パリ解放Libération de Paris」の詳細は→ウィキペディアを参照ください。
パリ市内各所の今の写真に当時の写真を重ねて紹介しているページ

当時「パリ開放の讃歌」として人々に大いにもてはやされたのがジャック・エリアン楽団Jacques Hélian et Son Orchestreの「パリの花Fleur de Paris」(作詞:Maurice Vandair、作曲:Henri Bourtayre)。このオーケストラは25人編成で、戦後10年間を中心に、フランスはもちろんのこと、ベルギー、スイス、アフリカそしてカナダでも演奏活動をおこなってきました。「セ・シ・ボンC’est si bon」を創唱したことでも知られています。
パリ開放を歌った歌としては、シャルル・トレネCharles Trenetの「パリに帰りて Retour a paris」も、人々に愛されてきましたね。



Fleur de Paris              パリの花
Jacques Hélian et Son Orchestre   ジャック・エリアン楽団


Mon épicier l´avait gardée dans son comptoir
Le percepteur la conservait dans son tiroir
La fleur si belle de notre espoir
Le pharmacien la dorlotait dans un bocal
L´ex-caporal en parlait à l´ex-général 注1
Car c´était elle, notre idéal

  食料品屋はカウンターのなかにしまっていた
  収税吏は引き出しに保管していた
  僕たちの希望の美しい花を
  薬屋は瓶に入れてだいじにしていた
  元伍長は元大将にそれについて語っていた
  なぜならそれは、僕たちの理想だったから

Fleur de Paris1


C´est une fleur de Paris
Du vieux Paris qui sourit
Car c´est la fleur du retour
Du retour des beaux jours
Pendant quatre ans dans nos cœurs 注2
Elle a gardé ses couleurs
Bleu, blanc, rouge, avec l´espoir elle a fleuri, 注3
Fleur de Paris

  それは一輪のパリの花
  微笑む古きパリの
  なぜならそれは再来の花
  僕たちの心のなかの4年間の
  青春時代の再来の
  その花は色を保っていた
  青、白、赤の、希望とともに花は咲いた、
  パリの花は

Fleur de Paris4


Le paysan la voyait fleurir dans ses champs
Le vieux curé l´adorait dans un ciel tout blanc
Fleur d´espérance
Fleur de bonheur
Tout ceux qui se sont battus pour nos libertés
Au petit jour devant leurs yeux l´ont vu briller
La fleur de France
Aux trois couleurs

  農夫は自分の畑にそれが咲くのを見ていた
  年老いた神父は澄み切った空のなかで見とれていた
  希望の花
  しあわせの花
  僕たちの自由のために戦った人々はみな
  夜明けに目の前で輝くのを見た
  三色の
  フランスの花が

Fleur de Paris3


C´est une fleur de chez nous
Elle a fleuri de partout
Car c´est la fleur du retour
Du retour des beaux jours
Pendant quatre ans dans nos cœurs
Elle a gardé ses couleurs
Bleu, blanc, rouge, elle était vraiment avant tout
Fleur de chez nous

  それは僕たちの祖国の花
  それはいたるところに咲いた
  なぜならそれは再来の花だから
  僕たちの心のなかの4年間の
  青春時代の再来の
  その花は色を保っていた
  青、白、赤の、それはまさしくなんといっても
  僕たちの祖国の花なんだ

[注]
1 ex-は「前・元・旧」の意の複合語を作る第1要素
2ナチス・ドイツによるフランス占領は1940年6月から約4年間続いた。
3フランスの国旗は通称トリコロールTricolore(三色の意)と呼ばれる旗。ウィキペディアによると、青は自由、白は平等、赤は博愛(友愛)を表すというのは俗説で、正式には白がフランス王家の色、青と赤はパリ市の紋章の色であり、三色が合わさりパリと王家との和解の意味を表している。



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2014
08.25

子供たちのようにComme des enfants

Cœur de Pirate Comme des enfants


今回は、クール・ド・ピラトCœur de Pirateの「子供たちのようにComme des enfants」を取り上げます。彼女は1989年にカナダのケベックで生まれたシンガー・ソングライター。Cœur de Pirateとは「海賊の心」という意味で、カラフルなタトゥー(刺青)がトレード・マークです。(cœur「心」の発音をカナ表記して「クール」とされます。「クァール」のほうが近い気もしますが…。)母親がピアニストで、3歳の時からピアノを弾き始め、15歳からハードコアバンドのキーボードを弾いていて、ピアノの弾き語りを得意とします。この曲はケベックで2008年(フランスでは2009年)にリリースし、Prix Junoを受賞したアルバムCœur de pirateのなかの1曲で、2010年のヴィクトワール賞「最優秀楽曲賞」を受賞しています。作詞・作曲:ベアトリス・マルタンBéatrice Martin(彼女の本名)。

男女の三角関係がテーマのようで、ジャンヌ・モローJeanne Moreauが主演し主題曲の「つむじ風Le tourbillon」を歌っている映画「突然炎のごとくJules et Jim」をふと思い出します。



Comme des enfants             子供たちのように
Cœur de Pirate                クール・ド・ピラト


Alors tu vois, comme tout se mêle
Et du cœur à tes lèvres, je deviens un casse-tête
Ton rire me crie de te lâcher
Avant de perdre prise et d'abandonner
Car je ne t'en demanderai jamais autant
Déjà que tu me traites comme un grand enfant
Nous n'avons plus rien à risquer
À part nos vies qu'on laisse de coté 注1
Et il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort
Mais il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort

  ほらね、すべてがからまり合って
  胸のうちからあなたの口先まで、私はジグソー・パズルみたいになっている
  あなたの笑いは私にあなたを自由にしてくれと訴えている
  よすがを失い、放棄するまえに
  なぜならあなたは私を大きな子どもみたいに扱うけど
  私はあなたにそんなこと望まないだろうから
  私たちは賭けるものをもうなにも持っていない
  なおざりにしておいた私たちのいのちのほかは
  そして彼はまだ私を愛している、そして私、私はあなたをもうちょっと愛している
  でも彼はまだ私を愛している、そして私、私はあなたをもうちょっと愛している

Comme des enfants1


C'en est assez de ces dédoublements 注2
C'est plus dure à faire, qu'autrement
Car sans rire c'est plus facile de rêver 注3
À ce qu'on ne pourra jamais plus toucher
Et on se prend la main, comme des enfants
Le bonheur aux lèvres, un peu naïvement
Et on marche ensemble, d'un pas décidé
Alors que nos têtes nous crient de tout arrêter

  この二重の関係はもうたくさんよ
  もっとやり辛いわ、他の道よりも
  だって笑いごとでなく、夢見るのは簡単よ
  私たちがもう絶対に関わることができないことを
  そして手を取り合うの、子供たちのように
  唇にしあわせな笑みを浮かべ、ちょっと無邪気に
  そして連れ立って歩く、決然とした足取りで
  私たちの心がすべてやめたいと叫んでいても

Il m'aime encore, et toi, tu m'aimes un peu plus fort
Mais il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort
Et malgré ça il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort
Mais il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort

  彼はまだ私を愛している、そしてあなたはね、私をもうちょっと愛してる
  でも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  そしてそれでも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  でも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  
{Instrumental}

Comme des enfants3


Encore, et moi, je t'aime un peu plus fort
Mais il m'aime encore, et moi, je t'aime pas plus fort
Et malgré ça il m'aime encore, et moi, je t'aime un plus fort
Mais il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort

  まだ、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  でも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  そしてそれでも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  でも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる

Et malgré ça il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort
Mais il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort
Et malgré ça il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort
Mais il m'aime encore, et moi, je t'aime un peu plus fort

  そしてそれでも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  でも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  そしてそれでも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる
  でも彼はまだ私を愛している、そして私はね、あなたをもうちょっと愛してる

Comme des enfants2


[注]
1 laisser de coté「…をわきにほうっておく、無視する」
2 C'en est assez de qc.「…で十分である」。ここでは「…はもうたくさんだ」の意味。
3 sans rire「冗談(笑い事)でなく、まじめな話で」



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2014
08.23

ジョニー・ジェーンのバラードLa ballade de Johnny Jane

Jane Birkin La ballade de Johnny Jane


今回は、1976年にセルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgが作ったジェーン・バーキンJane Birkinの「ジョニー・ジェーンのバラードLa ballade de Johnny Jane」です。この曲も10月23日の《ゲンズブールを歌う》で歌う方があるので取り上げます。歌詞に、この曲と同年にゲンズブールが作り、バーキンが主演した映画「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュJe t´aime moi non plus」のタイトルが出てきますが、そのストーリーが関連していて、映画での役柄であるジョニーJohnnyとジェーンJaneを合わせた題名なのです。相手役のジョー・ダレッサンドロJoe Dallesandroは自身バイセクシャルであることを公言していますが、映画でも、彼が演じるクラスキーという男は相棒の男性とホモ関係にありながら、バーキン演じるカフェで働く少年のような娘ジョニーとホモまがい(sodomie)の関係を持ちます。不毛な愛がテーマだと言ってもいい映画でしょう、バーキンの鋭い叫び声が印象的です。この歌詞では、傷ついた彼女をいたわり慰めるような意図が感じられます。



セルジュ・ゲンズブール



La ballade de Johnny Jane  ジョニー・ジェーンのバラード
Jane Birkin            ジェーン・バーキン


Hey Johnny Jane
Te souviens-tu du film de Gainsbourg Je t´aime
Je t´aime moi non plus un joli thème
Hey Johnny Jane
Toi qui traînes tes baskets et tes yeux candides 注1
Dans les no man´s land et les lieux sordides
Hey Johnny Jane
Les décharges publiques sont des atlantides
Que survolent les mouches cantharides
Hey Johnny Jane
Tous les camions à benne 注2
Viennent y déverser bien des peines infanticides

  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  君は覚えているかい ゲンズブールの映画のジュテーム
  ジュテーム・モワ・ノン・プリュってステキなテーマ曲を
  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  バスケットシューズをひきずり無邪気な目をした君
  不毛の地、汚染地域で
  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  ゴミ捨て場はアトランティス大陸だ
  甲虫どもがその上空を飛ぶ
  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  ダンプカーはみな
  そこに嬰児殺しの痛みをぶちまけにやって来る

Johnny Jane2-3


Hey Johnny Jane
Tu balades tes cheveux courts ton teint livide
À la recherche de ton amour suicide 注3
Hey Johnny Jane
Du souvenir veux-tu trancher la carotide
À coups de pieds dans les conserves vides
Oh Johnny Jane
Le beau camion à benne
Te transportera de bonheur en bonheur sous les cieux limpides

  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  君は短い髪と青白い顔色を連れ歩く
  自滅した恋をまた探しに
  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  記憶の頚動脈を君は切断したいのか
  空き缶を蹴っ飛ばして
  オー、ジョニー・ジェーン
  美しいダンプカーが
  君を澄んだ空のもとでしあわせからしあわせへと運んで行ってくれるだろう

Hey Johnny Jane
Ne fais pas l´enfant ne sois pas si stupide
Regarde les choses en face sois lucide
Hey Johnny Jane
Efface tout ça, recommence, liquide
De ta mémoire ces brefs instants torrides
Hey Johnny Jane
Un autre camion à benne
Viendra te prendre pour t´emmener vers d´autres Florides

  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  子供じみたことをしないでそんなにお馬鹿さんにならないで
  物事を正面から見てお利口になれよ
  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  そんなことはすべて消し去れ、やり直せ、清算しろ
  君の記憶からこの短い焼け爛れた瞬間を
  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  別のダンプカーが
  やって来てもう一つのフロリダへと運ぶために君を乗せるだろう

Johnny Jane3


Hey Johnny Jane
Toi qui traînes tes baskets et tes yeux candides
Dans les no man´s land et les lieux sordides
Hey Johnny Jane
Écrase d´un poing rageur ton œil humide
Le temps ronge l´amour comme l´acide

  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  バスケットシューズをひきずり無邪気な目をした君
  不毛の地、汚染地域で
  ヘイ、ジョニー・ジェーン
  怒りを込めたこぶしで君の涙で潤んだ目を押しつぶせ
  時は酸のように愛を浸食する

[注]
1 バーキンはバスケットを持ち歩くスタイルがトレードマークであり、英国人なので、これは英語のbasketだと考えていた。googleでbaskets Jane Birkinで画像検索すると、バスケットを持ったバーキンばかり出てくる。だがコメントをいただいて、動画でバスケットシューズを履いたままの映画のsexシーンを見て考え直した。歌詞はバーキン自身のことではなく、映画の登場人物を描いたものであるから訂正した。ゲンズブールのことだから、かけているのかもしれないが。
2 camions à benne「ダンプカー」。映画では、ダレッサンドロ演じるクラスキーは廃棄物処理の仕事をしていて、ダンプカーでゴミをゴミ捨て場に落とすシーンがある。
3 suicideは名詞で先行のamourと同格。


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2014
08.22

ベジエの奥方La dame de Béziers

Charles Trenet La dame de Béziers


今回はシャルル・トレネCharles Trenet の「ベジエの奥方La dame de Béziers」。マドリガル風の魅力的な曲です。トレネ自身が作り1966年のアルバムÀ mi-cheminに収録されました。
Béziersは南仏にある都市で、そのシンボルともされるサン・ナゼール聖堂La cathédrale Saint-Nazaireは、高台に立つ大きな建造物で、その南東に位置するトレネの故郷ナルボンヌNarbonneからも望むことができるそうです。その姿を見て、この曲を思いついたのかもしれませんね。

Beziers1-1.jpg


動画はあらたに作りました。



La dame de Béziers          ベジエの奥方
Charles Trenet             シャルル・トレネ


La dame de Béziers,
Qui courait en voiture,
A perdu ses guipures,
Son mannequin d'osier.
Elle a perdu son charme
Et de ses yeux si beaux
Coulent parfois des larmes
Mouillant ses oripeaux.

  ベジエの奥方は、
  乗物に乗って走っていて、
  レースのショールと、
  柳のマネキン人形をなくした。
  彼女は色香をなくし
  そのとっても美しい瞳は
  ときおり涙を流す
  金ぴか衣装を濡らしつつ。

La dame de Béziers
Fut jadis grande Dame.
Au château Montosier, 注1
Elle avait charge d'âmes 注2
Mais d'un page rieur 注3
Elle eût une embrassade,
Un jour que son Seigneur
Partait à la Croisade.

  ベジエの奥方は、
  かつてはれっきとした奥方だった。
  モントジエの城で、
  彼女は人々の面倒を見ていた
  だが一人の陽気な小姓の
  抱擁を彼女は受けた、
  彼女のダンナが
  十字軍に出兵したある日のこと。

Beziers2-1.jpg


Quand il revint après
Trente cinq ans de guerre, 注4
Il l'a vit de plus près
Et ne l'aima plus guère :
Du page elle avait pris
Les allures martiales
Et le Seigneur compris
Qu'il y avait là du mal.

  35年間の戦争ののち
  彼が帰って来たとき、
  彼女をより仔細に観察し
  そしてもう彼女を愛さなくなった:
  その小姓のことでは彼女は
  好戦的な態度をとっていた
  それでダンナには分かるのさ
  まずい事態が起こっていたことが。

Elle gagnait tournoi
Et Jugement de Dieu. 注5
Elle avait dans la voix
Quelque chose de vieux.
Alors, il l'a quitta
Retournant en croisade
Et depuis ce temps-là,
On dit, en embuscade

  彼女は戦いに勝ち
  そして神明裁判をくぐり抜けた。
  彼女は声に
  なにかしらの老いを伴っていた。
  そして、彼は彼女のもとを去り
  十字軍に戻った
  そしてその時以来、
  どうやら、落とし穴に嵌ったんだ

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On dit : "dame de Béziers
Eut de belles années."
A présent, il lui sied
D'être presque fanée.
A présent, il lui sied
De recevoir sans cesse
Visite de l'Huissier,
Dont les exploits la blesse.

  「ベジエの奥方は
  しあわせな歳月を過ごした。」らしいが
  今では、彼女には似つかわしくなった
  ほとんど色褪せた姿が。
  今では、彼女には似つかわしくなった
  差押え執行官の訪問を
  たえず受けることが、
  彼らの令状が彼女を痛めつける。

La dame de Béziers,
Qui courait en voiture,
Se perd dans la nature,
S'en va dans les fraisiers.
Seule a présent sans garde
Et sans page fripon,
Elle vit en clocharde
Et couche sous les ponts.

  ベジエの奥方は、
  乗物に乗って走っていて、
  自然のなかでわれを忘れ、
  イチゴ畑のなかにつっこんだ。
  今はただ一人お供も伴わず
  好色な小姓も伴わず、
  彼女はルンペン生活を送り
  橋の下で眠る。

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[注]
1 le château Montosier「モントジエ城」という名は検索したが見当たらない。Montosierという姓は18世紀頃の人名が幾つかヒットした。語源的にはmont(山)+osier(柳)だろう。
2 avoir charge d'âmes「魂を救済する義務がある、人の面倒をみなければならない」
3 pageは「ページ、頁」ではなく、「(王侯貴族に仕える)小姓」
4 Croisade「十字軍」。これは、短期間の出兵が何度か行われたキリスト教による対イスラム遠征軍ではなく、キリスト教の異端に対する遠征軍であるアルビジョワ十字軍Croisade des Albigeois(1209年 - 1229年)だと思われる。ウィキペディアによると、南フランスで盛んだった異端アルビ派(カタリ派)を征伐するために、ローマ教皇インノケンティウス3世が呼びかけた十字軍。35年の戦い、そして再び十字軍に戻ったと歌詞には書かれているが、これがアルビジョワ十字軍のことだとすると、1229年の終結後も、1255年まで何度かアルビ派が蜂起し鎮圧が行われたので、それも含めてのことかもしれない。
5 大文字のJugementは通常は「最後の審判」の意味。jugement de Dieuは、中世に行われた「神明(しんめい)裁判」。すなわち、鉄火・熱湯・くじなどを用い、正しければ神の加護により罰を受けないとした裁判を言う。



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2014
08.21

死に憧れてÀ mourir pour mourir

Barbara chante Barbara


18日に「パリのめぐり逢いVivre pour vivre」を取り上げましたが、バルバラBarbaraは「死に憧れてÀ mourir pour mourir」という曲を歌っています。この曲は1964年の「バルバラ自身を歌うBarbara chante Barbara」に収録され、このアルバムは翌1965年にACCディスク大賞を受賞しました。

pourの前後に同じ語を用いる表現は、「同じ…なら、どうせ…するんだったら」という意味で、Vivre pour vivreは同じ生きるのなら生きたいように生きたいということでした。一般的な邦題の「死に憧れて」を用いましたが、mourir pour mourirも捨て鉢な意味ではなく、こちらも、死をただ待つのでなく自分で選びたいということなのです。



À mourir pour mourir  死に憧れて
Barbara          バルバラ


A mourir pour mourir
Je choisis l’âge tendre
Et partir pour partir
Je ne veux pas attendre
Je ne veux pas attendre

  どうせ死ぬのなら
  私は若いうちを選ぶ
  そしてどうせ出発するのなら
  私は待ちたくない
  私は待ちたくない

J’aime mieux m’en aller
Du temps que je suis belle
Qu’on ne me voit jamais
Fanée sous ma dentelle
Fanée sous ma dentelle

  逝ってしまいたい
  私がきれいなうちに
  人がけっして見ることのないように
  レースの下で萎れた姿を
  レースの下で萎れた姿を

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Et ne venez pas me dire
Qu’il est trop tôt pour mourir
Avec vos aubes plus claires
Vous pouvez vous faire lanlaire 注1

  私に言いに来ないで
  死ぬにはまだ早すぎると
  あなたの携えるもっと明るい夜明けとともに
  さよならしていいのよ

J’ai vu l´or et la pluie
Sur des forêts d’automne
Les jardins alanguis
La vague qui se cogne
La vague qui se cogne

  私は黄金色と雨を見た
  秋の森で
  くたびれた庭
  打ち寄せる波
  打ち寄せる波

Et je sais, sur mon cou
La main nue qui se pose
Et j’ai su, à genoux
La beauté d’une rose
La beauté d’une rose

  そして私は気づく、私のうなじに
  おかれた裸の手を
  そして私は気づいた、ひざまずいて
  一輪のバラの美しさに
  一輪のバラの美しさに

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Et tant mieux s’il y en a
Qui, les yeux pleins de lumière
Ont préféré les combats
Pour aller se faire lanlaire

  そうしたものがあるのならうれしいことよ
  その人は、光を湛えた目が
  闘いを求めていた
  さよならするに際して

Au jardin du bon Dieu
Ça n’a plus d’importance
Qu’on s’y couche amoureux
Ou tombé pour la France
Ou tombé pour la France

  神の庭においては
  もはや重要じゃない
  私たちが愛し合ってそこに横たわるか
  あるいはフランスのために倒れるか
  あるいはフランスのために倒れるかなど

Il est d’autres combats 注2
Que le feu des mitrailles
On ne se blesse pas 注3
Qu’à vos champs de bataille
Qu’à vos champs de bataille

  軍隊の砲火とは
  別の闘いがある
  あなたの戦場でしか
  あなたの戦場でしか
  傷を負わないというわけじゃない

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Et ne comptez pas sur moi
S’il faut soulager mes frères
Et, pour mes frères, ça ira
J’ai fait ce que j´ai su faire

  そして私を当てにしないで
  もし私の兄弟を援助しなきゃならないなら
  それに、私の兄弟のほうは、なんとかなる
  私は自分のできることはやったわ

Si c´est peu, si c´est rien
Qu´ils décident eux-mêmes
Je n´espère plus rien
Mais je m´en vais sereine
Mais je m´en vais sereine

  もしもそれがわずかで、なんでもないことなら
  彼らが自分自身で決めればいい
  私はそれ以上なにも望まない
  けれど心穏やかに立ち去る
  けれど心穏やかに立ち去る

Sur un long voilier noir
La mort pour équipage
Demain, c´est l´au revoir
Je quitte vos rivages
Je quitte vos rivages

  長い黒いヨットの上で
  乗組員としての最後
  明日は別れの日
  私はあなたの岸辺を離れる
  私はあなたの岸辺を離れる

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Car mourir pour mourir
Je ne veux pas attendre
Et partir pour partir
J´ai choisi l´âge tendre

  だってどうせ死ぬのなら
  私は待ちたくない
  そしてどうせ出発するのならと
  私は若いうちを選んだ

[注] 題名および歌詞中のmourirの前のàは自分あるいは現在とのつながりすなわち状況を示すようだ。
1 lanlaireは、古い歌のルフランに由来する擬音語。faire lanlaire「…を追い払う」。現在ではVa te faire lanlaire !「出て行け」などの表現でのみ用いられる。歌詞全体を通じてvousはいわば「神」を指すようだ。
2 Il est=Il y a
3 ne…pas…que…「…だというわけではない」という制限の否定。



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2014
08.20

八月のパリParis au mois d'août

Charles Aznavour Paris au mois daout


8月も後半に入り、暑さのピークも過ぎたかと思われる今日このごろ。そういえば訳していなかったなと思い出したのがこの曲、シャルル・アズナヴールの「八月のパリParis au mois d'août」(作詞:Charles Aznavour、作曲:Georges Garvarentz)です。1966年のアルバムLa bohèmeに収録され、同年アズナヴール自身が主演したPierre Granier-Deferre監督の同名の映画(René Falletの小説の映画化)の主題曲となりました。

Charles Aznavour Paris au mois daoût2


妻子がヴァカンスに出かけた8月、シャルル・アズナヴール扮する中年男性は閑散としたパリの街にひとり残っています。そして撮影のためにパリを訪れたSusan Hampshire扮するイギリス人の若いモデルと出会い、熱烈な恋をするという物語。

1966年のステージ



1994年…30年ほど経って、ずいぶん歌い方が変わりましたね



Paris au mois d'août          八月のパリ
Charles Aznavour           シャルル・アズナヴール


Balayé par septembre
Notre amour d'un été
Tristement se démembre
Et se meurt au passé 注1
J'avais beau m'y attendre 注2
Mon cœur vide de tout
Ressemble à s'y méprendre 注3
A Paris au mois d'août

  九月に追い払われ
  僕たちのひと夏の恋は
  悲しくも解体し
  そして過去へと姿を消す
  僕はそうなることは分かっていたはずだったが
  僕の心は八月のパリとそっくりに
  もぬけの殻になってしまった

Pari 8-3


De larmes et de rires
Etait fait notre amour
Qui redoutant le pire
Vivait au jour le jour
Chaque rue, chaque pierre
Semblaient n'être qu'à nous
Nous étions seuls sur terre
A Paris au mois d'août

  僕たちの愛は涙と笑いに満ち
  最悪の事態を怖れながらも
  日々を生きていた
  どの通りも、どの石ころも
  僕たちのためだけにあるように思われ
  僕たちだけがいた
  八月のパリに

Pour te dire je t'aime
Aussi loin que tu sois
Une part de moi-même
Reste accrochée à toi
Et l'autre solitaire
Recherche de partout
L'aveuglante lumière
De Paris au mois d'août

  君がどれだけ遠くに行ってしまっても
  愛していると言いたくて
  僕の半身は
  君にしがみついたままだ
  そして残る半身はひとり寂しく
  そこここに探し求める
  八月のパリの
  まばゆい光を

Paris 8-2


Dieu fasse que mon rêve 注4De retrouver un peu
Du mois d'août sur tes lèvres
De Paris dans tes yeux
Prenne forme et relance
Notre amour un peu fou
Pour que tout recommence
A Paris au mois d'août

  神よお願いだ 僕の夢を
  君の唇にあった八月を
  そして君の瞳にあったパリを
  わずかでもまた見出したいという僕の夢を
  実現させてくれそして返してくれ
  僕たちの少々狂った恋を
  すべてが再び元のように始まるよう
  八月のパリで

[注]
1 se mourirは文語的表現で「死にかけている、消えていく」
2 avoir beau「たとえいくら…しても(無駄である)、…だけれども」。s'attendre à「…を予想する、覚悟する」
3 à s'y méprendre「取り違えるほどだ」
4 Dieu +sub.「神が…してくれますように」。faire que+sub.「…となるようにする」。Dieu fasse que(mon rêve prenne forme) et (Dieu) relance notre amourというつながり。



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2014
08.19

忘れないOn n'oublie rien

Jacques Brel On noublie rien


今回はジャック・ブレルJacques Brelの「忘れないOn n'oublie rien」です。1961年にリリースしたアルバム「マリークMarieke」に収録されています。12月6日(土)にアミカル・ド・シャンソンのプティ・コンセール(歌手別のコンサート)の第6弾として《トレネ&グレコを歌う》を予定していましたが、グレコがこの曲を歌っているのをYouTubeで見たことがきっかけでトレネよりブレルのほうがいいんじゃないかと思い始めました。グレコの現在の夫はブレルのピアニストだったジェラール・ジュアネストGérard Jouannestだというつながりがあり、グレコはブレルの曲をよく歌い、「グレコ、ブレルを歌うGréco chante brel」というアルバムも出しています。コンサートの曲目を考えてみても、この組み合わせのほうが断然面白くなりそう。というわけで《ブレル&グレコを歌う》に変更することになりました。

On n'oublie rienは、正確には「僕たちは何も忘れない」という意味ですが、単純に「忘れない」としました。このほうがいさぎよいかと。


グレコ



ほかに、イザベル・オーブレYsabelle Aubretも「イザベル・オーブレ、ジャック・ブレルを歌うYsabelle Aubret chante Jacques Brel」というアルバムを出し、そのなかで歌っています。

On n'oublie rien      忘れない
Jacques Brel        ジャック・ブレル


On n'oublie rien de rien
On n'oublie rien du tout
On n'oublie rien de rien
On s'habitue c'est tout

  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちはすべて何も忘れない
  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちは慣れるだけだ

Ni ces départs, ni ces navires
Ni ces voyages qui nous chavirent
De paysages en paysages
Et de visages en visages
Ni tous ces ports, ni tous ces bars
Ni tous ces attrape-cafard 注1
Où l'on attend le matin gris
Au cinéma de son whisky 注2

  この出発さえ、この船さえ
  景色から景色へ
  面影から面影へと
  僕たちを揺れ動かすこの旅さえ
  これらの港すべてさえ、これらのバーすべてさえ
  これらのゴキブリ捕りすべてさえ
  そこで僕たちは灰色の朝を待つ
  ウィスキーで妄想に浸り

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Ni tout cela, ni rien au monde
Ne sait pas nous faire oublier
Ne peut pas nous faire oublier
Qu'aussi vrai que la Terre est ronde.
On n'oublie rien de rien
On n'oublie rien du tout
On n'oublie rien de rien
On s'habitue c'est tout

  そうしたものすべて、世の中のものは何も
  僕たちに忘れさせるすべをもたない
  僕たちに忘れさせることができない
  地球が丸いのと同様に本当のことだ
  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちはすべて何も忘れない
  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちは慣れるだけだ

Ni ces jamais ni ces toujours
Ni ces "je t'aime" ni ces amours
Que l'on poursuit à travers cœurs
De gris en gris de pleurs en pleurs
Ni ces bras blancs d'une seule nuit
Collier de femme pour notre ennui
Que l'on dénoue au petit jour
Par des promesses de retour

  灰色から灰色へ涙から涙へ
  僕たちがたがいの心を通して追い求める
  これらの「けっして」さえ、これらの「常に」さえ
  これらの「ジュテーム」さえ、これらの恋さえ
  一夜の白い腕さえ
  帰還の約束のために
  夜明けに僕たちが所在なくてほどく
  女の首飾り

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Ni tout cela ni rien au monde
Ne sait pas nous faire oublier
Ne peut pas nous faire oublier
Qu'aussi vrai que la Terre est ronde
On n'oublie rien de rien
On n'oublie rien du tout
On n'oublie rien de rien
On s'habitue c'est tout

  そうしたものすべて、世の中のものは何も
  僕たちに忘れさせるすべをもたない
  僕たちに忘れさせることができない
  地球が丸いのと同様に本当のことだ
  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちはすべて何も忘れない
  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちは慣れるだけだ

Ni même ce temps où j'aurais fait
Mille chansons de mes regrets
Ni même ce temps où mes souvenirs
Prendront mes rides pour un sourire
Ni ce grand lit où mes remords
Ont rendez-vous avec la mort
Ni ce grand lit que je souhaite
A certains jours comme une fête

  千もの悔やみの歌を僕が作り上げる
  その時でさえ
  思い出が
  僕に笑い皺を作るその時でさえ
  悔恨が死と待ち合わせする
  この大きなベッドさえ
  祭のような日々を
  僕が願うこの大きなベッドさえ

On noublie rien1-1


Ni tout cela ni rien au monde
Ne sait pas nous faire oublier
Ne peut pas nous faire oublier
Qu'aussi vrai que la Terre est ronde
On n'oublie rien de rien
On n'oublie rien du tout
On n'oublie rien de rien
On s'habitue c'est tout.

  そうしたものすべて、世の中のものは何も
  僕たちに忘れさせるすべをもたない
  僕たちに忘れさせることができない
  地球が丸いのと同様に本当のことだ
  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちは何もすべて忘れない
  僕たちはまったく何も忘れない
  僕たちは慣れるだけだ。

[注]
1 attrape-cafardは、attrape-mouche「ハエ取り紙」から類推すると「ゴキブリ捕り」とだが、cafardには「ゴキブリ」のほか「ふさぎの虫、憂鬱」の意味があり、そのニュアンスも含めているようだ。
2 cinemaは「映画」のみならず、「妄想」「芝居じみたまね」という意味でも用いられる。son whiskyすなわち「飲んだウィスキー」がその原因だというつながりのようだ。



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2014
08.18

パリのめぐり逢いVivre pour vivre

Nicole croisille chante Francis Lai2


旧ブログですでに取り上げたけれど、記事を大幅に書き改めたい曲が多々ありますが、今回はその第1弾。ニコル・クロワジルNicole croisilleの「パリのめぐり逢いVivre pour vivre」です。これはクロード・ルルーシュClaude Lelouch監督のフランス・イタリア合作映画「パリのめぐり逢いVivre pour vivre」(1967年)の主題曲。その前年、1966年のルルーシュの映画「男と女Un homme et une femme」と同様、フランシス・レイFrancis Laiが作曲しました。映画ではニコル・クロワジルNicole Croisilleはスキャットで歌っているだけですが、1984年に出したアルバム「ニコル・クロワジル フランシス・レイを歌うNicole croisille chante Francis Lai」で、フランス語の歌詞で歌っているのです。原題は映画と同じなので、曲の邦題も映画のタイトル「パリのめぐり逢い」としました。



この映画は、なぜか日本では上映されませんでした。イヴ・モンタンYves Montand、アニー・ジラルドAnnie Girardot、キャンディス・バーゲンCandice Bergenが主演し、男女の三角関係を描いています。映画のあらすじは→こちらを。
なお、アニー・ジラルドAnnie Girardotは、「愛のために死すMourir d'aimer」でも主演しています。→シャルル・アズナヴールCharles Aznavourが歌った主題曲

Vivre pour vivre            パリのめぐり逢い
Nicole Croisille             ニコル・クロワジル


L´habitude qui nous lie,
C'est le corps du délit 注1
Qui accuse ma vie
Le combat que nous menons
Dissimule son nom
Au nom de la raison
On se déchire, on se débat
Si l'on voit en cela
Qu'on ne renonce pas,
C'est vivre pour vivre

  私たちを結びつけるのは習慣
  私の生に責めを負わせるのは
  罪証の体
  私たちの戦いは
  その名を明かさない
  理性の名のもとに
  私たちは傷つけ合い、言い争う
  私たちがあきらめないものを
  その内に認めるとすれば、
  それはどうせ生きるのならということ

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Pour vivre on répond présent 注2
Quand on sent le présent
Qui nous semble impatient
A chacun sa vérité 注3
Le présent, le passé
Vont bien s'y retrouver 注4
Mais si l'on garde le désir
Au moment de choisir
De plaquer l'avenir,
C'est vivre pour vivre

  生きるために私たちは呼びかけにはいと答える
  現在というものに私たちが気づくとき
  それがせっかちなものに思える
  人それぞれに、現実があり
  現在、過去は
  そこでうまく折り合いがつく
  だが選択の際に
  もしも未来を捨てたいという
  望みを保つとしたら
  それはどうせ生きるのならということ

J'ai le cœur qui se prolonge
Il absorbe tes mensonges
Quand je plonge
Au fil de tes amours
Mais la vie reprend son cours
Dans le courant de mes jours
Mon cœur s'y lave toujours
Quand je l'appelle au secours, au secours

  私の気持ちは続いていて
  あなたの愛の流れに
  私が身を任せるときには
  あなたの嘘を受け入れる
  でも人生はまた続く
  日々が流れゆくなかで
  私の心はつねに洗われる
  そのとき私は助けて、助けてと叫ぶ

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Quand de New York à Paris
On peut changer sa vie
En sept heures et demie
Quand de Paris-Amsterdam
On ne fait plus qu'un drame
De la vie d'une femme
Et quand, par orgueil ou passion,
Un voyage en avion
Remet tout en question,
C'est vivre pour vivre

  ニューヨークからパリへならば
  ひとは自分の人生を変えることができる
  7時間半のうちに
  パリ、アムステルダム間なら
  ひとは一人の女の人生の
  ひとつのドラマしか成し得ない
  そして、自尊心あるいは情念によって、
  空の旅は
  再びすべてを問題化する、
  それはどうせ生きるのならということ

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Oh, c'est vivre pour vivre
C'est vivre pour vivre
Vivre pour vivre
Vivre pour vivre

  おお、それはどうせ生きるのならということ
  それはどうせ生きるのならということ
  どうせ生きるのなら
  どうせ生きるのなら

[注] 原題Vivre pour vivreの、pourの前後に同じ語を用いる表現は、「同じ…なら、どうせ…するんだったら」であり、「生きるために生きる」ということではない。
1 corps du délitは法律用語で「罪体」すなわち、殺人罪における死体、放火罪における焼失した家屋などを言うが、そこまで固く捉えずにおこう。
2 répondre présent (à l’appel)「点呼に答える、出席の返事をする」
3 同様の用法として、À chacun son goût「人それぞれに好みあり、蓼食う虫も好き好き」がある。
4 s'y retrouver「立替え金を返してもらう、元を取る」



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2014
08.17

私のレパートリー

60歳を過ぎてから歌い始めた私。現在歌っている、あるいは歌おうとしている曲目をご紹介します。イタリア語、スペイン語、日本語等で歌っているものも少しありますが、特記していないものはすべてフランス語です。書き忘れている曲もあるかもしれません。歌詞は覚え一応は歌えるようになったけれど自分に合わないと感じた曲は省きました。

シャンソンの曲は、曲名をクリックしていただくと解説ページ(旧ブログのページも含まれます)が開きます。一部、私の歌の動画も加えました。

●レパートリー
Nuages雲(→動画)、Drouot競売場(貴婦人)J'oublie(Oblivion)忘却(→動画)、Moliendo Caféコーヒー・ルンバ(西)(→動画) 、 La valse à mille temps千拍子のワルツ Inch´AllahインシャラーKennedy roseケネディ・ローズLes sardinesイワシたちSeñor(Colimasong)セニョ-ル(カタツムリの歌)Où es-tu passé mon Saint-Germain-des-Prés ?想い出のサンジェルマン・デ・プレJe me souviensジュ・ム・スヴィアンBambinoバンビーノMa jeunesse fout l'campもう森へなんか行かないEmportez mon amour恋は切なくLost songロスト・ソングDansons la rose(Roses de Picardie)ピカルディーのバラJardin d'hiver冬の庭(温室)MélancolieメランコリーChez Lauretteロレットの店でMon café russe私のロシアンカフェLa valse des lilasリラのワルツDans ma rue私の街で(日オリジナル)Mon mec à moiわたしの彼氏(モン・メッカ・モア)(日オリジナル)La maison sous les arbres木の下の家(パリは霧にぬれて)L'Aquoibonisteアクワボニスト(無造作紳士)Tu ne me parles plus d'amourあなたはもう愛を語ってくれない(日オリジナル+仏)GelsominaジェルソミーナLettre à Franceフランスへの手紙(哀しみのエトランゼ)À peineア・ペーヌCe matin-là今朝J'aime Paris au mois de mai五月のパリが好きLa chanson de Delphineデルフィーヌの歌Sans vous aimer愛すことなくLe chat de la voisineお隣さんの飼い猫La complainte de Mackieマッキーの哀歌Que reste-t-il de nos amours恋の名残は?(残されし恋には)Mon amant de Saint-Jeanサンジャンの恋人Coin de rue街角私は一人片隅でEt moi dans mon coin(日)Il pleut sur la route小雨降る径(仏+日)、 La chansonnetteラ・シャンソネットL'amour c'est pour rien恋心Bonjour tristesse悲しみよこんにちはLes yeux ouverts瞳をひらいてParlez-moi de lui彼のことを話してSans toiあなたがいなくてLa vie en roseバラ色の人生Les hommes qui passent通り過ぎる男たちQuoiコワEmmanuelleエマニュエルPrimevère (Telosma)夜来香(日+仏)Adoroアドロ(自作仏語歌詞&西)

(デュオの曲)
Vivre sans vivre・Samba em preludio(葡) あなたなしに(サンバ・プレリュード)(→動画)、Paroles parolesパロール、パロールPuisque vous partez en voyageあなたが旅発つというのでBrouillard dans la rue Corvisartコルヴィザール通りの霧Au parc Monceauモンソー公園にてLes Champs-Elyséesシャンゼリゼ通り(オー・シャンゼリゼ)Les parapluies de Cherbourgシェルブールの雨傘Au cabaret de la dernière chanceラストチャンス・キャバレーAmaporaアマポーラ(西)(→動画)、Tango delle rose(伊)Tango de la roseバラのタンゴ、哀しみのラストタンゴ(日)

●今練習中の曲
Dépression au-dessus du jardin公園を通りすぎる憂うつUn garçon pas comme les autres(Ziggy)ジギーYoukali Tangoユーカリ・タンゴHommage au passant d'un soir夜の通行人に捧ぐSeptembre (Quel joli temps) 9月(なんて美しい季節) J'suis snob僕はスノッブだVolevo un gatto nero!黒ネコのタンゴ(伊)

●これから歌いたいと思っている曲
Je n'irai pas à St-Tropez想い出のサントロペL'île aux mimosasミモザの島Un chat que j'ai apprivoisé僕になついちゃった猫Il est mort le soleil太陽は死んだHeureusement, on ne s'aimait pas愛し合わなくてよかったLa belle dame sans regret美女は後悔などしない通りのクリスマスLe Noël de la rue


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2014
08.16

萎れたバラLes roses fanées

Jacques Dutronc Les roses fanées


ジャック・デュトロンJacques Dutroncは1943年パリ生まれ。60年代初めに友人とロックバンドを結成しギターを弾いていました。兵役後、レコード会社のアートディレクターになった後に歌うようになります。66年に最初のレコードを出して大ヒットし、同年ACC大賞を受賞。翌67年、フランソワーズ・アルディーFrançoise Hardyといっしょになった年に出した「娘たちが好きJ’aime les filles」をはじめ、毎年のようにヒットを出し、最盛期には年間200回以上ステージに立ちましたが、73年以後はヒットに恵まれず、映画俳優に転身しました。「ヴァン・ゴッホVan Gogh」では主演男優賞を受賞。80年に音楽活動に戻り、その翌年にアルディーと正式に結婚。03年のアルバムは、息子トマThomasとのコラボ。2010年には国内ツアーをおこない、100回以上ステージに立ちました。

デュトロンは67年の「娘たちが好き 」のパロディとして、年増の女性が好きだという歌を作り歌っています(Merci !)。「萎れたバラLes roses fanées」です。「ジゴロ、ジゴロ」という女声の合いの手が入る面白い歌で、1975年のアルバムL'Île enchanteresseに収録されています。



セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourg、ジェーン・バーキンJanes Birkingとともに歌っている動画は→こちら

Les roses fanées          萎れたバラ
Jacques Dutronc          ジャック・デュトロン


{Refrain:}
J´aime les roses (gigolo)
J´aime les roses (gigolo)
J´aime les roses fanées (gigolo, gigolo, gigolo)
Les vieilles peaux (gigolo)
Les vieilles peaux (gigolo)
J´aime les vieilles paumées (gigolo, gigolo, gigolo)

  僕はバラが好き(ジゴロ)
  僕はバラが好き(ジゴロ)
  僕は萎れたバラが好き(ジゴロ、ジゴロ、ジゴロ)
  老いた肌が(ジゴロ)
  老いた肌が(ジゴロ)
  僕は年老いた惨めな女が好き(ジゴロ、ジゴロ、ジゴロ)

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Ceux qui boudent
Les vieux boudes 注1
N´y connaissent rien
Aux danses de l´enfer
Je préfère
Le fox-trot des années vingt

  仏頂面をした男ども
  年取った仏頂面どもは
  何も知らない
  地獄のダンスを
  僕は好きさ
  20年代のフォックストロットが

{au Refrain}

J´aime les vioques 注2
Qui débloquent 注3
J´aime les vieilles guenons 注4
Ces vieilles chouettes 注5
Ca sent chouette
L´after-shave lotion

  ばかなことを言う
  年寄りたちが僕は好き
  僕は年取ったブスが
  この因業ばばあたちが好き
  アフターシェーブ・ローションの
  いい香りがするぜ

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{au Refrain}

Elles se piquent 注6
Ces vieilles biques 注7
D´avoir de beaux restes 注8
Vieux fossiles 注9
Leurs faux-cils
Cachent des pensées un peu lestes

  このおいぼれたち
  彼女たちは誇りにしている
  往年の美貌の名残を留めていることを
  時代遅れの年寄りたち
  彼女たちの付けまつげは
  ちょっぴりみだらな思いを隠す

{au Refrain}

[注]
1 boude(s)は、文脈から名詞と判断されるが辞書になく、前行のbouder「ふてくされる、むくれる」から作られた造語のようだ。響きの合う「仏頂面」としてみた。
2 vioque=vioc「年寄り」「父母、両親」
3 débloquerは「歯止めを外す、封鎖・凍結を解除する」が本義だが、会話では「ばかなことを言う」の意味で用いられる。
4 guenon「雌猿」が本義だが、会話では「非常に醜い女、(ののしって)売女」の意味で用いられる。
5 chouette「フクロウ」が本義だが、vieille chouetteは「気難しいばあさん、因業ばばあ」。次行のchouetteは「すてきな、いかす」の意味の形容詞で名詞の前に付く。
6 piquer は「刺す」だが、se piquer deは「…を誇る、自慢する」。
7 bique「雌ヤギ」が本義だが、vieille biqueは「おいぼれ女、くそばばあ」。
8 avoir de beaux restes= avoir des restes de beauté
9 fossile「化石」が本義だが、会話では「頭の古い人、時代遅れの物」の意味でも用いられる。



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2014
08.15

ピアノ運搬屋のチャールストンLe charleston des déménageurs de piano

Serge Gainsbourg Le charleston des déménageurs de piano


「ピアノ運搬屋のチャールストンLe charleston des déménageurs de piano」は、セルジュ・ゲンズブールSerge Gainsbourgの1958年のファーストアルバムDu chant à la une !に収録された曲の一つです。10月13日の《ゲンズブールを歌う》でこの曲を歌う方があって急きょ取り上げることにしたのですが、予想以上に難しくて何日ものあいだ悶えた末、これ以上は無理だと自覚した時点で出すことにいたします。

「チャールストンは、ダンスの一種で、1920年代のアメリカで一世を風靡した。サウスカロライナ州チャールストン市が発祥。リズムに合わせて両膝をつけたまま、足を交互に跳ね上げるのが特徴。」(ウィキペディアより引用)
ピアノの運搬がチャールストンとどう関連するのでしょう?両腕はピアノを支え持ち、足だけがちょこちょこと動く様子が似ているのかなと…。

チャールストン・ダンス



ピアノの運搬



ゲンズブール



Le charleston des déménageurs de piano   ピアノ運搬屋のチャールストン
Serge Gainsbourg                セルジュ・ゲンズブール


C'est nous les déménageurs de pianos,
Des Steinway, des Pleyel et des Gaveau
Du tintement des pourboires économiques,
Nous on connaît la musique, 注1
Pour ce qui est du reste, ça c'est pas nos oignons, 注2
Artistes nous on ne l'est pas pour deux ronds 注3
Quand la musique vous a brisé les reins,  注4
Y'a pas de Charleston qui tient. 注5

  ピアノの運搬屋ってのは俺たちさ、
  スタンウェイ、プレイエルそしてガヴォーのね
  格安チップのチャリンチャリンの、
  音楽を俺たちゃ知ってる
  あとのことは、俺たちの知ったことじゃない
  たった2スーで俺たちは芸術家になんかなりゃしない
  音楽があんたを叩きのめしたとき、
  チャールストンじゃ歯が立たない

5 Charleston Lesson(3)


Pour nous prendre aux tripes, 注6
Faut se lever de bonnes heures, 注7
Dire qu'il y a des types, 注8
Qui sur cet engin de malheur 注9
Arrivent à faire croire à tout les ballots, 注10
Que la vie c'est comme au piano.

  俺たちが腹の底まで感動させられるには、
  朝早く起きることだ、
  この不幸な機械で
  人生ってのはピアノで弾くようなものだって
  馬鹿どもみんなを信じさせる
  やつらがいるんだから。

De l'amour ils en font tout un cinéma,
A les écouter de vrai y'aurait que ça,
Qu'est ce qui resterait pour les déménageurs,
Qu'en ont des tonnes sur le cœur, 注11

  彼らは愛をすべて大袈裟に演出する、
  彼らの演奏を聴くと実際それしかないのさ、
  運搬屋たちに残されてるのは何だ、
  俺たち運搬屋はそれがすごく気になっている。

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Il nous resterait qu'à nous noircir sur le zinc
Mais là encore faut se farcir le bastringue
Il se trouve toujours parmi nous un tocard
Pour y glisser ses pourboires.

  俺たちに残されてるのはカウンターの上で酔っ払うことだけだ
  だがそれにはダンスホールを満席にしなきゃならない
  いつだって俺たちの傍らにはマヌケがいる
  チップをそっと握らせてくれるような。

Pour tous les faire taire,
Y'a vraiment qu'une façon,
Les envoyer faire, un petit tour au charbon 注12
Sur le piano de massacre de la réalité
Ils toucheraient du doigt la purée. 注13

  みんなを黙らせるには、
  やり方は実際ひとつだけ、
  彼らを送り出してやらせるんだ、ひと仕事を、
  現実を打ち砕くピアノの上で
  彼らは指でじかに悲惨さに触れるのさ。

C'est nous les déménageurs de pianos,
Des Steinway, des Pleyel et des Gaveau
Du tintement des pourboires économiques,
Nous on connaît la musique,
Au fond à quoi que ça sert de discuter,
Comme l'a dit l'autre, a chacun son métier,
Tirer sur le pianiste, c'est pas notre boulot,
Nous on tire sur le piano
Nous on tire sur le piano.

  ピアノの運搬屋ってのは俺たちさ、
  スタンウェイ、プレイエルそしてガヴォーの
  格安チップのチャリンチャリンの、
  音楽を俺たちゃ知ってる
  実のところ議論したって何になる、
  他のやつが言うように、それぞれ自分の仕事を持つんだ
  ピアニストを引っ張ること、それは俺らの仕事じゃない
  俺たちゃピアノを引っ張るのさ
  俺たちゃピアノを引っ張るのさ

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[注]
1 nousとonは、同義の語を重ねている。
2 Ce n'est pas (nos)mes oignons.「私(たち)の知ったことではない。」
3 l'estのleはartistes。rondは「スー(sou)、小銭」
4 briser les reins à qn.「…を叩きのめす、…を破滅に追い込む」
5 Il n’y a pas de qc. qui tienne.「…ではとても歯が立たない、…ではダメだ」。本来は接続法を用いる。
6 prendre aux tripes「心の底まで感動させる」。再帰的な形ととらえた。
7 de bonnes heures「朝(夜)早く、早めに」
8 Dire que…!「…というじゃないか、…というんだから」。type「型、タイプ」が本義だが、会話では「男、やつ」の意味でも用いられる。
9 engin「道具、機械」「兵器、ミサイル、戦車」などの意味のほか、「(名前の分からない
奇妙な)もの」という意味でも用いられる。
10 ballot本義は「(商品・衣類の)包み」だが、会話では「ばか、うすのろ」などの意味でも用いられる。
11 avor qc. sur le cœur「…が気にかかる」。des tonnes de+複数名詞「莫大な量の」。
12 un petit tour au charbon はaller au charbon「(臨時に)骨の折れる仕事をする、厄介な役目を果たす」から類推し「ひと踏ん張り、一仕事」といった意味か。
13 puréeは「(野菜などを煮て裏ごしした」ピュレ」の意味のほかに「貧乏、貧乏人」の意味がある。



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2014
08.15

ご挨拶

シャンソンが大好きなもので、ネットで公開されているシャンソン歌詞の日本語訳に間違いが多いことをたいへん残念に思ってきました。そこで2011年1月6日よりYahoo!でシャンソン翻訳ブログ「朝倉ノニーの<歌物語>」を開き、700曲くらい邦訳してきました。1日の訪問者は300人位でした。
2014年8月15日より、このブログを開き、新しい記事はこちらに書くことにしました。以前のブログはそのまま残しますが、少しずつ書き改めてこちらに移し、徐々に引越しを進めていきます。

大阪出身でいわゆる団塊の世代です。京都大学仏文科に在籍していましたが、大学紛争時に中退し上京。4人の息子の母親となり、現在、孫が2人います。50歳を過ぎてから放送大学に入り、心理学専攻で卒業後、大学院に再入学しインド哲学研究で修士卒業。本業としては、30年くらいヨーガを教えています。

2012年6月に、水彩画家でシャンソン研究家の宇藤カザン氏とともに原語で歌う会「アミカル・ド・シャンソン」を開設しました。私自身、ブログ開設前からシャンソンを歌っていますが、ソロで歌うほか、宇藤氏とNonnie et Kazanというデュオを組んで歌ってもいます。宇藤氏と私は、良きパートナーとして、シャンソンに関する諸々の活動をさらにさらに展開しつつあります。ブログではそうした活動もご紹介し、予定しているイヴェントの情報も取り上げていきます。

シャンソンの動画がないこともあり、5969NYANというチャンネルでYouTubeに動画をアップするようになりました。またその後、アミカル シャンソンというチャンネルもあらたに設け、各人のステージ歌唱を紹介しています。

私の能力のおよぶ限り努力してシャンソンを邦訳していきたいと思っていますので、ご支援をよろしくお願いいたします。
単純ミスや理解のおよばないことも多々あるでしょうが、気が付かれたことはどんどんご指摘ください。皆さんと共同で翻訳して行くって楽しいことだと思います。


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