2018
01.01

扉のページ

Category: 扉のページ
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このブログは、シャンソンの歌詞のご紹介がメインですが、イヴェント等のお知らせや各種の情報の記事も別のカテゴリーとして書いています。この「扉のページ」は各カテゴリーの記事への入り口です。カテゴリー名あるいは記事のタイトルをクリックするとそれぞれの扉が開きます。 ※スマホの場合はPCモードにしてご覧ください。

シャンソン歌詞・邦訳:原曲の歌詞とその邦訳をメインに、歌手や曲についての解説を適宜加えつつ曲を紹介しています。

 最新記事 Bruxellesブリュッセル:Jacques Brel

掲載曲リスト:掲載した曲を原題のアルファベット順にリストアップしています。タイトルをクリックすればその曲のページが開けます。

《アミカル・ド・シャンソン》:シャンソン(カンツォーネ・ラテン・ジャズ)を原語で歌う会《アミカル・ド・シャンソン》の活動内容のご紹介、日程、個々のイヴェントのご案内です。
 
 《アミカル・ド・シャンソン》へのお誘い
 《アミカル・ド・シャンソン》2017年度日程 
 ピアニストのご紹介
 《秋のシャンソンコンサート》11月12日

《東京日仏文化サロン》:《東京シャンソンコンクール》および《大阪ヴォーカルコンクール》に関する記事です。

 《第2回大阪ヴォーカルコンクール》 11月30日(木)。応募10月一杯。
 《第4回東京シャンソンコンクール》審査結果

朝倉ノニーより:ブログ・オーナーとして皆さんにお伝えしたい情報、そしてまたちょっと個人的なことがらも…。
   
 《世界の歌を美しい日本語で》10月6日(金)日本訳詩家協会コンサートに私も出演します。
 ありがとうございました!




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2017
11.30

《第2回大阪ヴォーカルコンクール》

《第2回大阪ヴォーカルコンクール》の要項が決まりました。

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2017
11.12

《秋のシャンソンコンサート》

11月12日の午後に 《秋のシャンソンコンサート》を富士見ヶ丘の 《ブレーメン・ハウス》 でおこないます。
ピアノは関根忍、ドラムはチッコ・ソウマ、ベースはドミニク・シャニョン。ドミニクも歌います。
コンサート終了後はビュッフェ・パーティーを予定しています。

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2017
10.06

《世界の歌を美しい日本語で》

《第4回東京シャンソンコンクール》日本語部門のグランプリ、長堀昌恵さんが歌われた「私の街で」の歌詞は、長掘さんの依頼で、エディット・ピアフÉdith PiafやザーズZAZが歌っている原曲のDans ma rueを私が訳詞したものです。以前から、邦訳のかたわら、原曲の内容に忠実な日本語歌詞に密かに(?)取り組んできましたが、これを機に日本訳詩家協会に入会しました。

そして、10月6日(金)の日本訳詩家協会主催のコンサート《世界の歌を美しい日本語で》に出演することになり、自作の日本語歌詞で3曲歌います。「私の街で」は長堀さんに権利があるので彼女の許可を得て歌います。あとの2曲は初公開です。私としてはあらたな世界に飛び込む感があります。ゲストの井関真人さんはじめ共演される方々はどなたも面識がなく、YouTubeで皆さんの歌を初めて聴かせていただきましたが、素晴らしい歌い手ぞろいで、共演できることがとても楽しみです。

入場は無料ですが、チケットが必要です。来場いただける方は、日本訳詩家協会(FAX03-3385-0788)にお申し込みください。「秘密」(管理者にだけ表示を許可する)にチェックしてコメントくださるか、 私にメールくださっても結構です(chatenparadis*gmail.comの*を@に変えて)。ご住所をお知らせくださればチケットをお送りいたします。

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2017
10.01

スブリームのシャンソンセミナー《マスタークラス》

本年度は、スブリームのシャンソンセミナー《マスタークラス》を、3月12日、6月11日、10月1日におこないます。
第4回東京シャンソンコンクールのフランス語部門入賞者のうち5名の方がスブリームさんの指導を受けた方々です。
その指導内容の素晴らしさをぜひ体験下さい。
第3回目の10月1日分の受講枠は満了いたしました。聴講は受付中です。

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2017
09.24

ブリュッセルBruxelles

Jacques Brel Les bourgeois


ジャック・ブレルJacques Brelの「ブリュッセルBruxelles」は彼の故郷のブリュッセルの祖父・祖母の若かりし時代(20世紀初頭?)を歌った曲。1962 年のアルバム:Les Bourgeoisに収録されています。作詞はブレル自身。作曲は、彼のピアニストであったジェラール・ジュアネストGérard Jouannest(後にジュリエット・グレコJuliette Grécoの夫となった)との共作。



Bruxelles   ブリュッセル
Jacques Brel ジャック・ブレル


{Refrain :}
C'était au temps où Bruxelles rêvait
C'était au temps du cinéma muet 注1
C'était au temps où Bruxelles chantait
C'était au temps où Bruxelles bruxellait 注2

 それはブリュッセルが夢を持っていた時代のこと
 それは無声映画の時代のこと
 それはブリュッセルが歌っていた時代のこと
 それはブリュッセルがブリュッセルだった時代のこと

Place de Broukère on voyait des vitrines 注3
Avec des hommes des femmes en crinoline 注4
Place de Broukère on voyait l'omnibus 注5
Avec des femmes des messieurs en gibus 注6
Et sur l'impériale 注7
Le cœur dans les étoiles
Y avait mon grand-père
Y avait ma grand-mère
Il était militaire
Elle était fonctionnaire
Il pensait pas elle pensait rien
Et on voudrait que je sois malin

 ブルッケール広場でショーウインドーを覗いたものさ
 男たちやクリノリン・スカートの女たちと
 ブルッケール広場で乗合馬車を見たものさ
 女たちやシルクハットの男たちが乗っていた
 そして屋上席には
 星間に心を馳せて
 僕の祖父がいた
 僕の祖母がいた
 祖父は兵隊で
 祖母は公務員
 祖父は考えもせず祖母は何も考えなかった
 そして僕が利口であるよう望んだ

{Refrain :}

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Sur les pavés de la place Sainte-Catherine
Dansaient les hommes les femmes en crinoline
Sur les pavés dansaient les omnibus
Avec des femmes des messieurs en gibus
Et sur l'impériale
Le cœur dans les étoiles
Y avait mon grand-père
Y avait ma grand-mère
Il avait su y faire
Elle l'avait laissé faire
Ils l'avaient donc fait tous les deux
Et on voudrait que je sois sérieux

 聖カトリーヌ広場の舗道の上で
 男たちやクリノリン・スカートの女たちが踊った
 舗道の上で乗合馬車が踊った
 女たちやシルクハットの男たちを乗せて
 そして屋上席には
 星間に心を馳せて
 僕の祖父がいた
 僕の祖母がいた
 祖父はなすべきことを知っていた
 祖母はそうさせた
 彼らは二人してそれをなした
 そして僕が真面目であるよう望んだ

{Refrain }

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Sous les lampions de la place Sainte-Justine
Chantaient les hommes les femmes en crinoline
Sous les lampions dansaient les omnibus
Avec des femmes des messieurs en gibus
Et sur l'impériale
Le cœur dans les étoiles
Y avait mon grand-père
Y avait ma grand-mère
Il attendait la guerre
Elle attendait mon père
Ils étaient gais comme le canal 注8
Et on voudrait que j'aie le moral 注9

 聖ジュスティーヌ広場のランタンのもとで
 男たちやクリノリン・スカートの女たちが歌った
 ランタンのもとで乗り合い馬車が踊った
 女たちやシルクハットの男たちを乗せて
 そして屋上席には
 星間に心を馳せて
 僕の祖父がいた
 僕の祖母がいた
 祖父は戦争を待っていた
 祖母は僕の父を待っていた
 彼らは運河のように陽気だった
 そして僕が意気軒昂であるよう望んだ

{Refrain}

[注]
1 cinéma muet「無声映画、サイレント映画」トーマス・エジソンThomas Alva Edisonが映画の発明者と呼ばれるが、世界最初の映画は、フランスの発明家ルイ・ル・プランスLouis Aimé Augustin Le Princeが1888年に製作した、「ラウンドヘイの庭の場面Roundhay Garden Scene」という上映時間2秒の作品。1927年にアメリカのワーナー・ブラザースが世界初の長編商業トーキー「ジャズ・シンガーThe Jazz Singer」を製作するまではサイレント映画であった。
2 bruxellait:Bruxelleを動詞化した造語bruxellerの半過去形。Bruxelleは英語でBrussel であり、bristle「動物が怒って毛を逆立てる」の視覚方言brusselと同じ綴りなのでその意味合いも含ませているのかもしれない。
3 la place de Brouckère「ブルッケール広場」はブリュッセルにある広場。あとに出てくるla place Sainte-Catherine「サント=カトリーヌ広場」も同様。la place Sainte-Justine「サント=ジュスティーヌ広場」はウィキメディア・コモンズのCategory:Squares in Brusselsでも確認できない。歌詞にはないが、ブリュッセルで一番有名なのはヴィクトル・ユゴーVictor Hugoが賛嘆したことでも知られ、世界遺産であるグラン・プラスGrand-Place。ジャック・ブレルスクエアーJacques Brelsquareなるものも後年作られている。
4 crinoline「クリノリン」元来、19世紀なかばに登場する馬毛と麻の混紡地を使ったスカートを広げるためのアンダースカートを意味したが、のちには材料の如何に関わらず大きく膨らんだスカートやその腰枠をさすようになった。
5 omnibus「乗合馬車」元々はラテン語で「すべての人のための」の意味の言葉で、不特定多数の客を乗せ、一定の路線を時刻表にしたがって運行される馬車。1662年にパリで初めて走行したがいったんすたれ、1820年代に再発明されて19世紀が最盛期であったが、19世紀末に乗合自動車すなわちバスbus(語源はomnibus)が発明され次第に取って代わられた。路面に敷かれた馬車軌道を走行するようにしたものがのちに路面電車となった。
6 gibus「オペラハット」ばね仕掛けで折り畳めるシルクハット。普通の「シルクハット」はhaut-de-forme。
7 impériale「屋上席」は1855年以来設けられた。
8 canal「運河」のように陽気だというのは妙だが、canard「カモ、アヒル」を次行のmoralと韻を踏むため変えたのかと。
9 moralは形容詞としては「道徳的な」だが、名詞としては「気力、士気」の意味。



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2017
09.20

秋のさかりにAu cœur de l'automne

Marie Lafôret La vin de l’été


マリー・ラフォレMarie Lafôretの「秋のさかりにAu cœur de l'automne」は彼女の声の魅力がよく発揮された歌だと思います。1963年。作詞・作曲:ミッシェル・ジュルダンMichel Jourdan、アルマン・カンフォラArmand Canfora。1969年のアルバム:La vin de l’étéに収録されています。
陰暦8月は、今年の新暦では9月20日~10月19日にあたり、秋らしい風情が最高潮なので「盛秋」と呼ばれます。この曲のタイトルはちょうどその頃のことで、夏が恋の季節で秋は別れの季節、という定番とはまた違った季節感があらわされています。



Au cœur de l'automne 秋のさかりに
Marie Lafôret      マリー・ラフォレ


Au cœur de l'automne
Ce soir, deux enfants
Me rappellent qu'il y a longtemps
Notre amour de même
Notre amour de même
A fleuri tout en se cachant
Nous n'avions pas encore l'âge
Pour ce grand voyage
Que l'on fait lorsqu'on est grand
Et pourtant l'amour lui-même
D'une voix lointaine
Nous chantait "Je vous attends"

 秋のさかりに
 今宵、二人の若い子たちが
 私に思い出させる、遠い日の
 私たちの同じような愛を
 私たちの同じような愛は
 こっそり隠れつつ花開いた
 大きくなったらするような
 この大旅行に出る年頃には
 私たちはまだ至っていなかった
 けれど、愛は
 遠くから聞こえる声で
 私たちに歌っていた「あなたを待っている」と

Au cœur de lautomne2


Au cœur de l'automne
Ce soir, deux enfants
Ont les yeux perdus dans le ciel
Notre amour de même
Notre amour de même
Espérait vivre au grand soleil
Mais nous vivions en cachette
Loin des bruits des fêtes
Nous attendions le printemps,
Le printemps pour avoir l'âge
De n'être plus sage
Et pour nous aimer vraiment

 秋のさかりに
 今宵、二人の若い子たちが
 目を空にさまよわせている
 私たちの同じような愛
 私たちの同じような愛は
 赤日のもとに生きたいと願っていた
 けれど、私たちは隠れて生きていた
 祭りの喧騒からは遠ざかって
 私たちは春を待っていた、
 春を、もうお利口にしていなくていい
 年になるために
 そして本当に愛し合えるために

Au cœur de lautomne1


Au cœur de l'automne
Deux enfants bientôt
Connaîtront leur premier matin
Autant que l'on s'aime,
Presque autant que nous,
Eux aussi s'aimeront
Demain

 秋のさかりに
 二人の子どもたちはまもなく
 最初の朝を知るだろう
 人々が愛し合うのと同じように
 私たちと同じように
 彼らもまた愛し合う
 明日



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2017
09.15

ヴェローヌの恋人たちLes amants de Vérone

Isabelle Aubret Les amants de Vérone


1949年のアンドレ・カイヤットAndré Cayatte監督の映画「火の接吻Les amants de Vérone」は、セルジュ・レジアーニSerge Reggiani とアヌーク・エーメAnouk Aimée が主演。筋書きは、ロメオとジュリエットの物語の映画撮影に、主役のスタントマンとして雇われた二人が恋に落ち、ロメオとジュリエットの悲劇そのままの運命を辿るというもの。音楽担当は ジョゼフ・コズマJoseph Kosma。

映画と同じ原題のLes amants de Véroneという曲を1965年にイザベル・オーブレIsabelle Aubretが歌っています。ジャン・フェラJean Ferratの作曲で、「太陽の子供たちDeux enfants au soleil」と同様、作詞はクロード・ドレクリューズClaude Delécluse。Véroneの仮名書きを用いて「ヴェローヌの恋人たち」としましょう。ロメオとジュリエットの物語の舞台である街ヴェローヌに、「あんたはあの二人をどうしちゃったの?」と訊きます。「ロミオとジュリエット」の話自体はフィクションですが、イタリアの新婚旅行の定番都市といえば、ヴェローナ。「ジュリエットの家」と呼ばれる建物があり、バルコニーでの記念撮影はカップル旅行の定番で、庭に作られたジュリエット像の右胸に触ると幸せな結婚ができるともいわれます。
ミッシュル・ポルナレフMichel Polnareffの「ジュリエットとロメオのようにComme Juliette et Roméo」は、恋人の理想であるあの二人のようになりたいという、ポルナレフにしてはたいへん素直な内容でしたね。
ちなみに、劇団四季の「ヴェローナの恋人たち」は、シェイクスピアWilliam Shakespeareの第一作とされる「ヴェローナの二紳士The Two Gentlemen of Verona」をミュージカル化したものでロメオとジュリエットには無関係。



Les amants de Vérone ヴェローヌの恋人たち
Isabelle Aubret      イザベル・オーブレ


{Refrain:}
Vérone
Qu'as-tu fait
Des deux amants si beaux
Qui s'appelaient je crois,
Juliette et Roméo ?

 ヴェローヌ
 あなたどうしちゃったの?
 とっても美しい二人の恋人たちを
 その名はたしか
 ジュリエットとロメオだったわね

Les amants de Vérone
Sont à jamais couchés 
Est-ce donc pour mourir
Qu'ils se sont tant aimés ?
Plus de baisers donnés,
Plus de corde au balcon
Le temps qui brise tout
N'a laissé que de l'ombre.
L'alouette qui chante
Pour annoncer le jour,
Ne verra plus s'enfuir
L'amoureux et l'amour.

 ヴェローヌの恋人たちは
 永遠の眠りについた
 じゃあ二人があれほど愛し合っていたのは
 死ぬためだったの?
 もう口づけも与えられず
 バルコニーにはもう縄梯子も無く
 時がすべてを破壊し
 幻影しか残さない。
 時を告げて
 さえずるヒバリは、
 愛し合う恋人たちと恋が
 去る姿をもう見ることはないわ。

Les amants de Vérone1


{Refrain}

Les amants de Vérone
N'irons plus au jardin,
L'iris bleu de la nuit
Peut refleurir en vain.
Si parfois deux colombes
Inclinent un peu le cou,
C'est que le vent murmure
Quelque chose de fou.
Mais leurs cœurs apaisés
Ne craignent plus l'aurore
Et dans leurs mains trouées
La rose brûle encore.

 ヴェローヌの恋人たちは
 もう楽園に行くことはなく、
 夜の青いアイリスは
 むなしく咲くことでしょう。
 もし二羽の鳩が
 すこし首を傾げていたなら、
 それは風が
 おかしなことをつぶやくから。
 けれど安らいだ彼らの心は
 もはや夜明けを怖れず
 そして穿たれた二人の手のなかには
 今もバラが燃えているわ。

Les amants de Vérone2


{Refrain}

[注]  à jamais「永遠に」で「けっして…ない」ではない。



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2017
09.09

眼前の刑務所の壁Le mur de la prison d'en face

Yves Duteil Tarentelle


イヴ・デュテイユYves Duteilの「眼前の刑務所の壁Le mur de la prison d'en face」は、パリ14区のサンテ刑務所Prison de la Santéをテーマにした曲です。先にご紹介した「夜の通行人に捧ぐHommage au passant d'un soir」には、天文台大通りAvenue de l'Observatoireが出てきますが、その天文台はリュクサンブール公園 Jardin du Luxembourgの南に位置し、そのすぐ近く、アラゴ通りBoulevard Aragoを隔てたはす向かいの南東にサンテ刑務所はあります。歌詞に出てくるモンパルナス・タワーTour Mont-Parnasse.、セルジュ・ゲンズールSerge Gainsbourgの眠っているモンパルナス墓地Cimetière du Montparnasseなども近辺にあります。
サンテ刑務所に収容された著名人としては、詩人のギョーム・アポリネールGuillaume Apollinaire、作家のジョルジュ・ベルナノスGoerges Bernanosとジャン・ジュネJean Genetが挙げられます。日本人としてはアナキストの大杉栄、カニバリスト(?)の佐川一政が。

ギョーム・アポリネールはその体験を、詩集「アルコール」(1913年)に収録された詩「ラ・サンテ刑務所にてÀ la Santé」(1911年)であらわしています。
その最後の6節目の前半
J’écoute les bruits de la ville 私は街の物音を聴く
Et prisonnier sans horizon そして視界を持たぬ囚人の身の
Je ne vois rien qu’un ciel hostile 私に見えるのは悪意のある空と
Et les murs nus de ma prison 刑務所の裸の壁だけ 
が、この曲のヒントになったように思えます。
歌詞に挿入した写真をご覧ください。サンテ刑務所の壁は、並じゃない風情を持っています。この姿を見れば、この歌詞を作ったイヴ・デュテイユの気持ちが分かる気がします。でも、この壁は改装中で、2019年には新しい姿に生まれ変わるとか。

いえいえ、そんな注釈抜きで、この曲を味わって下さい。ほんとうに魅力的な曲です。1977年のアルバム:Tarentelleに収録されています。



2007年のEntre elles et moiでは、Véronique Rivièreとデュオで歌っています。急きょ自分で動画を作りました。



Le mur de la prison d'en face 眼前の刑務所の壁
Yves Duteil            イヴ・デュテイユ


En regardant le mur
De la prison d'en face,
J'entends tous les ragots
Et les bruits des autos,
Boulevard Arago,
Qui passent,
Sur les toits des maisons
Qui servent d'horizon, 注1
Un bout de la tour Mont- 注2
Parnasse.

 眼前の刑務所の
 壁を見ながら、
 僕はいろんな噂話や
 アラゴ大通りを、
 通る、
 車の音を聞く、
 地平の代わりとなる
 家々の屋根の上には
 モンパルナス・タワーの
 端っこが

Le mur de la prison den face3


L'hiver on voit les gens
Dans les maisons d'en face,
L'été les marronniers
Les cachent aux prisonniers
Et les bruits du quartier
S'effacent,
Quand l'école a fermé
Combien ont dû penser 注3
Au jour de la rentrée 注4
Des classes.

 冬には
 向かいの家々の人々が見える
 夏はマロニエの木々が
 それを囚人たちから隠し
 界隈の物音は
 消える、
 学校が休みになった時
 クラスが
 再開する日を
 どれだけの人が思ったことか。

Le mur de la prison den face2


En regardant le mur,
J'imagine à sa place 注5
Les grillages ouvragés
D'un parc abandonné
Explosant de rosiers, 注6
D'espace,
Les grillages ouvragés
D'un parc abandonné
Où les arbres emmêlés
S'enlacent.

 壁を見ながら
 僕はその代わりに想像する
 一面に
 バラの木々を爆発させる
 さびれた公園の
 凝った作りの柵を、 
 もつれた木々が
 たがいに絡み合う
 さびれた公園の
 凝った作りの柵を。

En regardant le mur
De la prison d'en face,
Le cœur un peu serré
D'être du bon côté, 注7
Du côté des autos,
Je passe
Et du toit des maisons
Qui ferment l'horizon,
Un morceau de la Tour
Dépasse.

 眼前の刑務所の
 壁を見ながら、
 壁のいい方の側にいることに
 少し心を締め付けられながら
 車たちの傍らを
 僕は通る、
 そして地平をふさぐ
 家々の屋根から
 タワーのかけらが
 抜きん出る。

Le mur de la prison den face5


[注]
1 servir de qc.「(…として)役立つ、(…の)役目を務める」
2 la tour Mont-Parnasse「モンパルナス・タワー」
3 フランスの新学期は9月。rentréeだけで「夏休み明け、新学期、新学年」の意味。
4 ontの主語はcombienで複数形扱い。
5 à sa place「それ(彼、彼女)の代わりに」。saはle mur「壁」。
6 explosantはexploser「爆発する」の現在分詞。比喩的な表現だが、あえて意訳しないでおく。
7 le bon côté de la routeは、「車が通行すべき側」(フランスでは右側)を言うが、ここでは、刑務所の壁の内側に対して外側を言っている




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2017
09.04

キャトル・セプタンブル駅Station Quatre Septembre

Vanessa Paradis Love Songs


Quatre Septembre今回はヴァネッサ・パラディVanessa paradisの「キャトル・セプタンブル駅Station Quatre Septembre」です。先にご紹介した「城壁Le Rempart」同様、作詞・作曲:バンジャマン・ビオレィBenjamin Biolayで2013 年のアルバム:Love Songsに収録されています。
タイトルはStation 4 Septembreとも表記されますが、パリ2区にあるメトロ3号線の駅で、オペラOpéraからブルスBourseまで東西に走る通り、la rue du Quatre-Septembreの中央に位置するのでQuatre-Septembreという駅名が付けられました。そもそもその通りの名称は「9月4日」の意味で、皇帝ナポレオン3世の廃位と第三共和政の開始が宣言された1870年9月4日を記念して付けられました。右上の地図は、通りと駅が出ていてちょうどいいので、ブック・オフさんお借りします。宣伝になるので許してね(#^.^#)
ついでながら、おもしろいエピソードを。昨2016年のエイプリル・フールの日に、RATPがパリの13のメトロの駅の駅名表示が言葉遊び風に変えました。この駅は「4月1日Premier avril 」とされました。→記事



Station Quatre Septembre キャトル・セプタンブル駅
Vanessa paradis       ヴァネッサ・パラディ


On s'est connus un matin station quatre septembre
Reconnus dès le lendemain pour aller boire un café ensemble
On en a fait du chemin, du moins il me semble
Depuis le premier verre de vin au dernier baiser sans la langue
On a connu les arrières cours, les frimas de décembre
Les ingénues qui portent court, qui font du pied aux pieds-tendres 注1
Les nuits moites allongé sur le coco et la cendre 注2
Le vin chenu, la misère nue mais quel bonheur ensemble

 私たちはある朝キャトル・セプタンブル駅で知り合った
 翌朝にはまた会って一緒にコーヒーを飲みに行った
 私たちはそんな成り行きに従った、少なくとも私にはそう思えたわ
 ワインを飲み始めてから、最後に黙ってキスをするまでのあいだ
 裏庭と12月の濃霧を何度も体験した
 うぶな娘たちは性急で、優しい足に足で合図する
 ココや灰の上に横たわる長い湿っぽい夜
 年代もののワイン、無一物の貧乏、でも二人でいることが幸せだった

Quatre Septembre2


Même au siècle prochain j'en parlerai encore
Même au siècle prochain j'en parlerai encore
Même au siècle prochain j'en pleurerai encore
Même au siècle prochain j'en pleurerai encore

 来世紀まで私はそれを語るわ
 来世紀まで私はそれを語るわ
 来世紀まで私はそれに涙するわ
 来世紀まで私はそれに涙するわ

On s'est perdus un matin station quatre septembre
Eperdus, ivres de ce vin qui vous fait les yeux en amandes
On a rasé quelques murs, toi levé quelques jambes 注3
Une pensée bien saugrenue, dire adieu à ces grands ensembles
Adieu nuits tendres, adieu caresses, adieu lait à l'amande
Adieu relative allégresse de prendre un café ensemble

 ある朝キャトル・セプタンブル駅で互いを見失った
 取り乱し、ひとの目をアーモンド色にさせるこのワインに酔って、
 私たちはいくつかの壁を取り払い、あなたはいくつかの支柱を取り除いた
 突拍子も無い考えが浮かぶ、この素晴らしい愛の暮らしにさよならすること
 やさしい夜よさよなら、愛撫よさようなら、アーモンドミルクよさよなら
 一緒にコーヒーを飲むことのそれなりの喜びもさよなら

Quatre Septembre3


Même au siècle prochain j'en parlerai encore
Même au siècle prochain j'en parlerai encore
Même au siècle prochain j'en pleurerai encore
Même au siècle prochain j'en pleurerai encore
J'en pleurerai encore

 私は来世紀までそれを語っているわ
 私は来世紀までそれを語っているわ
 来世紀までそれに涙しているわ
 来世紀までそれに涙しているわ
 涙しているわ

Même au siècle prochain j'en parlerai encore
Même au siècle prochain j'en parlerai encore
Même au siècle prochain j'en pleurerai encore
Même au siècle prochain j'en pleurerai encore
J'en pleurerai encore

 私は来世紀までそれを語っているわ
 私は来世紀までそれを語っているわ
 来世紀までそれに涙しているわ
 来世紀までそれに涙しているわ
 涙しているわ

Quatre Septembre4


[注]
1 faire du pied à qn.「(テーブルの下などで)…の足を自分の足で触る」異性の気を引いたりするため。
2 cocoは「ココナッツ」「ガソリン」「安酒」「頭」「靴」「パイロット」「喉」「胃」「卵」「幼児・恋人の愛称」「(軽蔑的に)ヤツ」「共産党員」「コカイン」など多数の意味がある。cendre「灰」が続くので「コカイン」か「安酒」かとも思ったが、仮名書きの「ココ」にとどめた。ちなみに、今、パリではジュリアン・ドレJulien DoréのCoco câlineという曲が流行っているという。これはココ・シャネルCoco Chanel同様、女性の名前。
3 lever quelques jambesは「脚を上げる」ではなくraser quelques murs「壁を取り払う」と合う意味として「支柱を取り外す」だろう。




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